神が人間に恋をする
それはあってはいけないこと
だが私は
その禁忌を
犯してしまった
愛という感情
私は邪神、。
邪神とはつまり邪悪な神。故に人間からも神々からも疎まれる存在。
それでも私は少しも気にしなかった。
別に誰から好かれようと嫌われようと私には関係のないこと。
それでいい。
今までも、そしてこれからも。
えらく天気のいい日だった。いや、いつも天界は天気がいいのだが、今日は特別に天気がいい。
こんな日は仕事をする気分になどなれない。
なので、久しぶりに下界へ降りてみようと思った。
もちろん、仕事をしにではない。完全なプライベートだ。
不変を好む天界人にはいい加減飽き飽きしていたところだったから、たまには息抜きもいいだろう。
白い肌に似合わぬ黒い羽を羽ばたかせ、下界へ降りていく。
そしてたどり着いたのは、どうやら公園らしきところだった。
羽をしまうのも忘れて、大きく深呼吸する。なんと気持ちのいいことか。
と、そこに。一つのサッカーボールが転がってきた。
ボールの先には一人の少年。黒髪に少しつり目な、美少年と呼ぶにふさわしい人間だった。
神の姿は人間に見えない。しかし、この少年は明らかに私を凝視している。
まるで見たこともない生き物を見るかのように。
まぁ、見たこともない生き物なんだけれども。実際。
もしかして、私が見えているのか?
まさか、そんなことはない。いや、あってはいけなかった。
だが、どう考えても少年の目には私が写っているようだ。
その証拠に少年は一歩たりとも動いていない。額には冷や汗のようなものまで浮き上がっている。
「お前・・・なんだ?」
少年が発した言葉は私の仮定を裏付けるものとなった。
間違いなく少年は私が見えている。だが、どうして。
珍しいやつだな。驚いたのなんて久しぶりだ。やっぱり下界はおもしろい。
「私が見えるのか?」
「・・・・・・・あぁ」
少年は相変わらず私を一点に見つめながら微動だにしない。
怯えているのか、恐怖で動けないのか、単なる好奇心で離れないのかはわからないが。
そういえば、仕事以外で人間としゃべるのなんて初めてだ。
これは貴重な経験だった。
「そう怖がらなくていい。別に何をしようというわけではない」
「・・・・・・・・・・・・お前、なんなんだよ」
少年がこの質問をするのは2回目。
やっぱり私の正体が気になるのか、さっきから黒い羽ばかり見られて、少し恥ずかしい。
しまうタイミングを完璧に逃してしまった。
「私は邪神。邪を司る者」
「じゃ、邪神?」
「あぁ。でも安心してくれ。別になにもする気はない」
「邪神ってことは、神様なのか?」
「一応はな。そうだ、お前の名前は?」
「俺?」
「あぁ。私は。好きに呼んでくれ」
「真田、一馬」
小さな声で私の質問に答える少年――一馬。
せっかく私のことが見える人間に出会ったのだ。少しくらい話してもバチはあたらないだろう。
これも下界に降りてこその経験だし。
私はやっと羽をしまって、近くにあったベンチに腰掛けた。
一馬は一瞬びっくりした表情を浮かべたが、すぐにそれは疑問の顔へと変わった。
何をしているのかわからないのだろう。
すぐに私は手招きをする。
幸いこの公園は人気が少ない。話すにはもってこいの場所だ。
「一馬、少し話さないか?」
「・・・・は?」
「せっかく下界に来たんだ。もう少し人間と話してみたい。何度も言うが、何もする気はないから安心しろ」
「・・・・・・・・・」
「早く」
一馬は少し戸惑いを見せたが、すぐに小さくため息をつくと、私の隣にストンと腰を下ろした。
身長は私より少し高いのだろうか。近くで見ると無駄のない身体をしていることに気付く。
サッカーをやっていることはすぐにわかった。サッカーボールで練習していたのは、きっと一馬だったのだろう。
空は相変わらず晴れ渡っていて、気持ちが良かった。
私は少し空を見上げてもう一度深呼吸をする。
天界には及ばないが、下界の空気もなかなか綺麗で心地よかった。
「な、なぁ」
「なんだ?」
一馬が不意に声をかける。
私の方を見ながら、少し緊張した様子で。
「お前、本当に神様なのか?」
「どの部類に入るかといわれたら神の部類に入るのだろうな。その証拠にホラ、羽もある」
「邪神ってことは、命とったりするんだろ?」
「いや、それは死神の役目だ。私はただ・・・そうだな、いたずらをする神と言ったらいいのか」
「いたずら?どんな?」
「運命のいたずらってあるだろ?それを起こしているのが、私だ。」
「つまり・・・一概に悪いやつじゃないってことか?」
「悪いか悪くないかはわからない。ただ、私は神が決めた人間の運命に脚色を加えているだけ」
脚色、と小さく呟く一馬。
その横顔にはまだあどけなさが残っていた。
一生懸命私の言った言葉を整理しているのだろう。可愛いやつだ。
「一馬はサッカーをしているのか?」
今度は私から質問してみる。
すると一馬はすごく嬉しそうな、得意げな顔をして頷いた。
「あぁ、やってるよ。FW。東京選抜にも選ばれてて・・・って言ってもわかんねぇよな」
「わかる。下界についての知識は一通り持っているからな」
「そうなのか。やっぱり神様ってのはすごいんだな」
「別にすごくはない。・・・ん?」
「どうした?」
私は公園の目の間にある小さな小道を歩く二人の人間を見つめ、口を閉じた。
二人はどうやら男と女。
ただ歩いているだけなら問題はない。だが、二人は手を繋いで歩いていた。
「なに見てんだよ、」
「あ、いや・・・なんであいつらは手を繋いで歩いてるんだ?」
「あぁ、あれか。恋人同士だからだろ?」
「恋人・・・」
恋人とは惹かれあう男女が一緒にいる関係のことをいう、と聞かされていた。
だが、私は手を繋いで歩くなんて見たことも聞いたこともない。
なぜ手を繋ぐ必要があるんだ?
「恋人とは手を繋がなくてはいけないものなのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど・・・大抵みんな繋いでるな」
「なぜだ?」
「そりゃ少しでも好きな人に触れていたいというか・・・俺もよくわかんねぇけど、好きだからじゃないのか?」
好きだから手を繋ぐ、か。
手を繋げば好きになったといえるのか?
人間というのはよくわからない。
「一馬は人を好きになったことがあるのか?」
「は、はぁ!?」
「なぜそんなに驚く」
一馬は顔を真っ赤にしながら、私を見た。
そして少ししてから俯き、答える。
「あ、あるよ・・・・」
「そうか。それはどんな感情なんだ?」
「どんなって・・・そいつの隣にいると気持ちがあったかくなったり、いつも一緒にいたいって思えたり・・とにかく、優しくなれるんだよ」
「私には、わからないな」
「まぁ、神様だしな」
近くにあった小石をポンとけると、結構遠くに飛んだ。
私たちには無縁の感情。愛とか恋とかよくわからないけど。
一馬が言っていることが本当なら、きっとステキな感情なんだろう。
「体験してみたいな」
「恋をか?」
「あぁ」
「できるといいな」
「邪神の私でもできるのだろうか」
「できるさ、きっと」
「なら一馬。お前が相手になってくれ」
「・・・・・・・・えぇ!?」
「だからなぜそんなに驚く」
これで一馬が奇声を発するのは2度目。
まぁよくこんなに感情を表現できるのもだな。
「お前、なに言ってるかわかってんのか?」
「わかっている。一馬に恋というのはどういうものか、伝授してもらおうと思ってな」
「つまり・・・か、か、彼氏になれってことか・・・?」
「彼氏・・というか、一番手っ取り早いのは恋人同士になることだろう?」
「確かにそうだけど・・お前神様なのに人間と恋していいのか?」
「まぁ、バレなきゃいいだろう。というわけで、やるのかやらないのか」
「・・・・・・・やる」
「よし」
いつの間にか日は暮れて西日が辺りを照らしていた。
そろそろ返らなくては。上級神に怒られる。
「一馬、私は帰るぞ」
「あ、あぁ」
「また来る。そしたら今度は、恋の仕方を伝授してくれ」
「わかった」
じゃあまた、と羽を羽ばたかせて飛び立つ。
下には一馬が私を見送っているのが見えた。
「ー!!」
いきなり叫ばれて、一瞬びっくりして止まる。
するとそこにはこちらを向いて大声を出している一馬がいた。
「大切にするからなー!!」
ここから見ても真っ赤になっていることなんて大体予想がついた。
あぁ、少しわかった気がする。
「私も、大切にする。一馬」
これが愛という感情なのか。
「また会おう!」
一目散に空を目指し、飛んでいる私の脳裏には一馬の照れくさそうな笑顔が蘇っていた。
相手を思いやる気持ち。
相手を愛おしく思う感情。
それが・・・。
愛っていうものなんだ。
ヒロイン不破っちみたいなしゃべり方。
花月
