どなたか気付いてくれませんか














私はここで待っています














私の存在に気付く方を














永久に














いつまでも



































































紅き葉の化身









































































満月の夜。少し肌寒い秋の夜道を、芭唐はキセルを加えながら歩いていた。

道沿いに続く川には、紅葉の葉が流れている。風情のある夜だ、と芭唐は一人笑みをこぼした。

ほどなくして、一枚の紅葉が顔に当たる。顔をしかめ、ふと前を見れば、月に照らされた見事な紅葉。

「ほぅ・・・・」

キセルから白い煙を吐いて、芭唐は木を見上げた。見事なものだ。この美しさ、まるで人間の血じゃないか。

さっき切ってきた男の鮮血が蘇る。身震いするほど美しかった、紅。

風が吹き、紅葉たちが一斉に散る。それにあわせて芭唐も視線を下げれば、さきほどまでいなかった一人の女が立っていた。

真っ赤な着物に黒い長髪。散りゆく紅葉の中に凛と立つその姿は、紅葉の化身かと思わせるほど美しい。

女はじっと芭唐を見つめ、なにも言わなかった。芭唐も女をただ黙ってみている。

風の音だけが、二人の間に聞こえていた。

「女、そこで何をしている?」

先に声をかけたのは芭唐の方だった。キセルから白い煙をたなびかせ、じっと女の返事を待つ。

女は何も言わなかった。ただ黙って芭唐を見ているだけ。

芭唐は思った。この女、切ればきっとこの紅葉のような赤が見られる。

きっとこの綺麗な女から流れる赤は、他の比ではないだろう。

腰に挿した刀が血を求めているのが伝わった。一刻も早く切りたくなる衝動を抑え、芭唐はキセルから息を吐く。

漆黒の闇に、白が混ざった。

「満月の夜に女が一人で出歩くたぁ、いけねぇな」

言葉とは対照的に口元には怪しげな笑み。それでも女は眉一つ動かさず、ただそこに立っている。

だんだん芭唐もおかしな気分になってきた。まるで時間が止まってしまったかのような、不思議な感覚。

ヒラヒラと落ちる紅葉以外、ここに動くものは何もない。川の流れすら、止まって見えた。

やがて、一陣の風が吹きぬける。紅葉の葉もどこかへと吹き飛ばされた。

「ちっ!」

舌打ちをして、砂の入った眼を閉じる。コレで女に逃げられては意味がない。痛む眼を無理やり開いて木を見れば、案の定。そこに女の姿はなかった。

残ったのはいつもの風景。ゆっくり流れる川、その川に流される紅葉。

ヒラヒラと舞い落ちる、赤き葉。

一人取り残された芭唐は足元に落ちていた紅葉を拾う。真っ赤な着物に白い肌、黒い長髪。

女の姿は芭唐の脳裏にしっかり焼きついて、離れない。

あいつは、何者だったんだ?

紅葉を風に流し、自身も風に身を任せる。

心地よい秋の風が、芭唐の身体を包み込んだ。

「のがさねぇよ」

小さく呟いた一言。その言葉は、女の耳に届いていたのだろうか。



































































翌日。芭唐は再び昨日の場所へと訪れた。

やはり紅葉はなんら変わらず舞い続け、川も相変わらず流れている。

しかし、女の姿はどこにもない。

俺に恐れをなし、逃げてしまったか?

鋭い目つきであたりを探す芭唐。そのとき、雲間から月の光が差し込んだ。

「お前は・・・」

木の下には、また女の姿が浮かび上がる。黒い長髪を風に遊ばせ、ただそこに立つ美しい女。

今日こそは、この女を切ってやる。

芭唐は刀に手をかけた。月明かりに照らされ、輝く刀が抜かれる。

だが、女はそれを見てもいっこうに動く気配をみせない。

今までの奴らは命乞いをして、逃げ回っていた。みんな恐怖に顔をゆがませ、どんなに美しい女でもひどく醜く見えた。

この女は違う。相変わらず無表情のまま、立っている。まるで人形だ。

「・・・・なぜ逃げない」

芭唐は刀を構えたまま問う。女はほんの少し眼を細めた。そして、ゆっくりと――笑う。









「私は貴殿を待っていた」








また風が吹く。今度は女もそのままに、ただ髪を揺らすだけの風。

「俺を待っていただと?」

女を睨みながら、芭唐は質問を繰り返す。まったくわけのわからないことを言う女だ。

芭唐は刀をしまう。興ざめしてしまった。キセルを取り出し、口にくわえる。

「私は。紅葉の化身・・・」

「紅葉の、化身」

口からキセルが落ちそうになった。やはりこの美しさ、紅葉の化身だからこそか。

は一枚の紅葉を手に取り、芭唐のほうへ近づいた。

そしてゆっくり芭唐の顔を両手で包み込む。

「貴殿は人斬り。私はその証を貴殿に授けるため、人の姿を借りた者」

次第に芭唐の目元が熱くなる。その熱さに耐え、眼を瞑った。

やがてその熱さも消え、目を開けるとはいつの間にかもとの場所へと戻っていった。

「貴殿の顔を見てごらんなさい」

の言うとおり、川に移る己の姿を見る。

目元には赤い跡が残されていた。

「貴様!何をした!!」

また刀を向け、叫ぶとはそっと上を見上げる。

「それは貴殿が人斬りという証。そして、私と出会った印」

「お前と出会った印だと?」

は芭唐のほうに視線を移し、鈴のような声で言った。

「どうかお忘れなきよう。貴殿は私と出会ったのです」

その言葉の直後、初めて出会ったときのような風が吹いた。

眼を瞑り、開ける。やはりそこには女の姿はなかった。

芭唐は紅葉を見つめ、思う。

あの美しい、という女のことを。







貴殿は私に出会いました








どうかお忘れなきように








私の存在に気付いてくれた方は








貴殿だけだったのだから











初和ミス。意味不明ドリームですみません;

花月