ずっと待っていた
いつか貴方が現れると信じて
その優しい笑顔で出迎えてくれると信じて
だから、どうか どうか
あの人に会わせてください
あの場所で -赤い蝶-
心ない人間達によって、私たちの住まう場所はどんどん奪われていった。
仲間とはぐれた私は、安らげる場所を探して飛び回る。
探しても探してもその場所は見つからなかった。そして力尽き、落ちる。
あぁ、このまま死ぬんだと柔らかな草の上で羽を下ろそうとした瞬間。私の身体が宙に浮いた。
「大丈夫?」
私をすくい上げたのは黒髪の少年。まだ幼く、小さな彼の手に私は全てを預けていた。
彼は私を近くの小川に連れて行き、水を飲ませてくれた。
冷たいその流れは私に命を与えてくれる。身体の隅々まで生気が行渡った。
もう一度生きられる。もう一度空を飛べる。私の羽はまだ動くことができた。
ありがとう。ありがとう。
私は少年の周りを飛ぶ。少年も嬉しそうに笑っていた。とても素敵な笑顔だと思った。
「ぼくの名前は真田かじゅま。蝶さんの名前は?」
まだたどたどしい言葉遣いで、一馬と名乗ったその少年は私を手に乗せ、そう聞いた。
私はただの蝶。名前なんてあるはずもない。もとい、必要もないもの。
でも、この少年に呼ばれる名なら、欲しいと思った。
「名前、ないの?」
そうよ。私に名前はないの。羽を一度閉じる。
「それじゃあ、僕がつけてあげるよ!」
一馬はすぐに考え始めた。いくつかの名前が出てきたけど、どれもしっくり来なかったようで、ずいぶん悩んでいるみたい。
「よし!決めた!」
しばらく悩んだあと、一馬は元気な声を上げて私と目線を合わせる。
そしてにっこり微笑んだ。
「!って呼ぶな!」
。これが私の名前。この人がつけてくれた、私だけの名前。
嬉しかった。特別な宝物をもらった気分で。私はもう一度一馬の周りを飛んだ。
「気に入ったの?良かった!」
楽しそうに笑う一馬の周りをひたすら飛び続ける。それにじゃれて、彼もまた走り回った。
楽しい時間の始まりだった。
それから数日間、私と一馬は同じ時間を共にする。毎日一馬はこの草原に来て、私と遊んでくれた。
その時間がとても楽しくて、とても嬉しくて。私は十分幸せだった。
そんなある日の夜。零れ落ちそうな星空の下、私は一匹の蝶に出会う。
蝶は黄金に輝き、とても大きな蝶だった。彼は私に話しかける。
「お前は仲間とはぐれ、一人になったところをあの少年に助けられたそうだな」
「はい」
「しかしいくら心優しい少年とはいえ、所詮は人間。我々の居場所を次々と奪って行った極悪の類だ」
「でも、あの少年は・・・・」
「黙れ!お前は敵と共に過ごし、仲間を探そうともしない。明日までに別れをつげ、もう二度と会うな」
蝶の言った言葉は、とても残酷なものだった。もう会えない。あの心優しい少年には、もう二度と。
そんなのあまりに悲しすぎた。
「お願いです!もう一度、もう一度だけ合わせてください!どうかお願いします!」
泣きながら懇願する私に、蝶は一つだけ条件をつけてその願いを聞き入れた。
「わかった。そこまで言うなら叶えてやろう。ただし、一つだけ条件がある」
「条件?」
蝶は空高く舞い上がり、明るく輝きながら言った。
「お前の命と引き換えに10年後、またこの場所で合わせてやろう」
私の命と、引き換えに・・・。蝶は消え、辺りは再び暗闇に包まれた。
明日がすぎれば、次会えるのは10年後。それと同時に私自身も消える。
それでも私は、彼に会うことを望んだ。消えても構わないと思えた。
だって、あの人は私に命をくれた人。そして私に名前を与えてくれた人。
この命に代えても、もう一度会いたかった。
それだけの価値があの人にはあったのだから。
そして翌日。私は一馬に別れを告げた。
「どうして?、なんで行っちゃうの?」
ごめんなさい。これしか私があなたにもう一度会えるチャンスがないの。
だからそんなに、泣きそうな顔をしないで。お願いだから、笑った顔を見せて。
私は七色に光輝きながら、高く高く舞い上がる。そして一馬と約束をした。
-このご恩は忘れません。もし貴方がずっと私を覚えていてくれるなら-
-10年後、またこの場所で会いましょう-
私は消えた。跡形もなく。
その後、あの草原に近づく人はいなかった。
それでも私は待ち続ける。10年後また会える日を信じて。
この静かな草原で、一人――
人の形を借りて夢に出た。赤い羽根は赤い髪に変わり、昔の一馬と話をした。
遠くの方に大きくなった少年がいたけど、それが一馬なのかはわからない。
赤い髪は風に揺れ、遠い昔を思い出していた。
貴方と遊んだあの日のことを。名前をもらったあの日のことを。
どれも大切な宝物だった。
そして訪れる、10年後。貴方は覚えていてくれるかしら。
朝日が出てきても、太陽が空高く上っても、夕日が赤く染まっても、貴方は現れなかった。
一馬さん。私はここで待っています。
太陽が遥か遠くの地平線に消えていく。
あの日の約束、たとえ貴方が忘れてしまっていたとしても
空は輝く星で埋め尽くされる。
私はあなたを信じて待ち続けています。
あの日と同じ、溢れんばかりの星空。
あぁ、神様。だからもう一度だけ
時は静かに流れていく。
愛しいあの人に合わせてください―――
後ろで、草を踏む音が聞こえて振り返る。
そこには息を切らせて立っている青年がいた。
ずいぶん背が伸びて、顔つきも大人っぽくなっていたけど、私にはすぐに分かった。
私が待ち焦がれた人。真田一馬だってことが。
「、か?」
恐る恐る私の名を呼ぶ声が、胸にしみる。涙が溢れた。
「覚えていて、くれたんですね」
嬉しい。忘れてはいなかった。また私の名を呼んでくれた。
「、お前はどうして・・・」
「一馬さん」
言葉を遮って、私は言う。ごめんなさい、もう時間がないの。
ゆっくりと手を近づけて、彼の頬に触れる。暖かい。とても優しいぬくもり。
「ありがとう、ございました」
「?」
「ここはもうすぐ無くなってしまうそうです。だから・・・」
この10年でここに寄り付く人といえば、この土地を売ろうとする人と買おうとする人ばかりだった。
最近やっと買い手が見つかって、もうすぐ本格的な開拓が始まる。
その前に、どうしてもちゃんとお別れがしたかった。
「さようなら」
すると、徐々に私の身体が消えていった。もう、本当のお別れ。そう思うと涙が頬を流れた。
「・・・!」
心配そうに私を見つめるその瞳は、昔と何にも変わっていない。
-一馬さん-
その言葉が声になって伝わることはなかった。最後は笑顔で、貴方の思い出に残る私の顔は笑顔であって欲しい。
一馬さん、一つだけ伝えたいことがあるんです。
それはとてもおこがましいことだと思うかもしれない。だけど、どうしても伝えたかった。
だから私は、この命と引き換えにもう一度貴方に会ったんです。
叶わなくてもいい、ただ気持ちを伝えられれば。
あ い し て い ま す
最後の言葉は、私を空へと消し去った。
私は貴方の心に残ることができましたか?
もしそうだとしたら、時々思い出してください。
貴方と出会ったあの日のことを。
そして、どうか私に会いに来てください。
私はいつでもあの場所にいます。
もう会えないけれど、それでも私は待っています。
奇跡が起きるそのときまで
あの場所で待っています
-このご恩は忘れません。もし貴方がずっと私を覚えていてくれるなら-
-10年後、またこの場所で会いましょう-
あの場所での続編です。チビかじゅま登場☆
本当によくわからんドリームですね。まったく理解不能です;
花月
