細い一本道を抜け、森を通り、川を下る。
そこにひっそりと立つ神社。紅い鳥居をくぐると、長い長い石段が続く。
上っても上っても一向に神社にはたどり着かない。やがて上り疲れて、石段に腰を下ろすとどこからともなく声が聞こえた。
-そこの方 そこの方-
鈴の音のような美しい声。しかし、辺りを見回しても人影はない。
その代わり、風が木々を揺らし、肌寒く感じた。
-青い鞠を知りませんか?-
声はたずねる。しかし、そんな鞠どこにも落ちていない。
素直に知らないと答えると、目の前に一人の女が現れた。誰もがため息をこぼしてしまいそうなほど美しい女だ。
女はひどく悲しそうにこちらを見ている。そして一言こう言った。
-それならば、あなたの紅い鞠をくださいな-
女は消え、神社には元の静けさが戻る。結局石段は誰一人最後まで上りきることができぬまま。
女を見たものは、3日後必ず死んだ。
死体の隣には血で染まった心臓が置かれていたという。
これは昔々、曾ばぁちゃんから聞いた話。
青い鞠を探す、悲しい女の物語。
青い鞠
「そういえば、そんな話もしてたわねぇ。小さい頃はよく聞かされてたわ」
昔を懐かしむかのように姉貴が頬に手を当て、ため息交じりに言った。
今日は曾ばぁちゃんの葬式。100歳をとっくに超えていた曾ばぁちゃんの葬式に来るのはほとんど身内だけ。なんとも質素な葬式だった。
大人たちは奥の部屋で酒を飲み交わしていた。人が死んだっていうのに、よく酒が飲めるよな。
あんまり居心地がよくなくて俺と姉貴は縁側で夜の空を見上げていた。
そんなとき、ふと思い出したのがその昔話。俺達がまだ小さい頃よく聞かせてくれた話だった。
ばぁちゃんたちの地方に伝わる逸話らしいけど、俺に言わせればたんなる怪談話だ。昔はよく怖がってたけど、今では全然怖くない。
未だになんでばぁちゃんがあの話を幼い俺達にしていたのか、理解できていなかった。
「一馬はその話聞くたびに泣き叫んでたわよね」
「む、昔の話だろ!」
「あの時は素直で可愛かったのに、今じゃこんなヘタレになちゃって・・・・」
「うるせぇ!」
ったく、これだから姉貴は。口を開くたび俺のことへタレへタレって言いやがって。俺だってそんくらい自覚してんだから、改めて言わなくてもいいだろうが。
これ以上ここにいるとまた姉貴の嫌味?を聞かなくちゃならなそうだから、ばぁちゃんの顔でも見に行こうかな。
俺はすっと立ち上がって、ばぁちゃんの遺体が置いてある部屋へ向かおうとした。そのとき、またもや姉貴の声がかかる。
「一回神社行ってみたら?もしかしたらそのヘタレ、直るかもしれないわよ?」
「だからヘタレじゃねぇって!」
くすくすと笑って姉貴は軽く手を振った。
少し急ぎ足になりながら部屋へと足を進める。そういえば、子どものころは怖くていけなかったけど、今になれば少し興味もあった。
よくよく聞けばあの女の人には謎が多い。なんで青い鞠を捜していたのか、なんで出会った人をみんな殺してしまうのか、あの神社は結局なんだったのか。
いろいろ考えながらふすまを開けると棺に入ったばぁちゃんがいた。棺を覗き込むとまるで眠っているかのようなばぁちゃんが横たわっている。
もうばぁちゃんからあの話を聞けなくなるのかと思うと、急に寂しさがこみ上げてきた。不覚にも目頭が熱くなる。
そのとき、少し開いていた窓から一陣の風が入り込んできた。風は俺の髪を揺らすと共に、棺の端っこにひっかかっていた紙切れを目の前に運ぶ。
「なんだこれ・・・」
紙切れを拾い上げるとそこには地図のようなものが書かれていた。形からすると、この家の近くのようだ。
しばらくその地図を見つめた後、ふと棺の横を見ると物置に青く光る何かを見つけた。
まるで引き寄せられるように俺は物置に近づき、青く光るものを拾い上げる。それは綺麗な刺繍のついた青い鞠だった。
「これって・・・」
地図には神社の記号のようなものも書かれている。それに加えてこの鞠。昔話とあまりにも一致していた。
あの女の人が探しているのはもしかしたらこの鞠なのかもしれない・・・。
俺は地図と鞠を持ってすぐに家を飛び出した。もちろん昔話なんて信じていない。けど、心のどこかで確信していた。
これはきっとばぁちゃんの遺言。あの不思議な物語は嘘じゃない。
今日は新月。外灯が少ない田舎の道を地図の通りに進む。
昔話にあった細い一本道も、森も、川も全て地図には書かれていた。その通りに俺は道を進んだ。
ほんの20分ほどで地図にある神社のところへついた。人気のないくらい場所にそれはあった。
さび付いた鳥居には『立ち入り禁止』の札が貼られている。一瞬そのおぞましい雰囲気に気圧されたけど、意を決して札を潜り抜けた。
薄い霧の中、石段を一歩一歩上っていく。それでも一向に先は見えない。
俺の靴音だけが耳に残る。響いては消え、消えてはまた響く。こうしてだいぶ石段を上ったとき、俺はふと足を止めた。
すると冷たい風が吹きぬけ、周りの木々を揺らし始めた。ざわざわと騒がしくなる神社。しばらくして、女の声が聞こえてきた。
-そこの方 そこの方-
昔話と一緒だ。頬に一筋の汗が滴り落ちるのを感じる。俺はゆっくりと後ろを振り返る。
そこにいたのは紅い着物を着た髪の長い女だった。
美しい。その言葉がこれほどまでに似合う人が、今までにいただろうか。どんなに有名な芸能人だってこの人の前ではすっかり輝きを失ってしまいそうなほど、女は美しかった。
石段の少し下にいた女を見下ろしながら俺は小さく問うた。
「貴方は・・誰ですか?」
女は小さく微笑んで真っ赤な唇を少し動かし、しゃべる。
「私はと申します。一馬様」
「なっ!なんで俺の名前・・・!」
俺の様子がおかしいのか、はくすくすと笑みをこぼして笑った。その笑顔もまた綺麗なものだった。
「私をお忘れですか?悲しいですね・・・」
俯いたは悲しそうに微笑む。
そこで俺は気が付いた。たしか曾ばぁちゃんの名前も・・・。
「曾ばぁちゃん・・・なのか?」
はまた嬉しそうに笑みをこぼす。
やっぱりそうだったんだ。は、俺のばぁちゃん。つまり・・・幽霊ってことか!?
「私は生前、たくさんの罪を侵しました。でもそれも今日で報われる。あなたが持っている青い鞠で私はやっと成仏できます」
「この青い鞠は一体・・・」
「それは私の心臓なのです」
混乱する頭をフルに活動させながら、俺はの話を必死に理解しようとする。
が話すことはこういうことだった。
は昔、この神社でよく遊んでいた。しかし、ある日。何者かによって生きたまま心臓を取られ、殺された。
それ以降、は他人の心臓を取り続け、自分の心臓を探していた。
「ちょ、ちょっと待てよ!だってばぁちゃんが死んだのは今日のことだぜ?それがどうして・・・」
「あれは後に生まれた私の妹。私の死を嘆き悲しんだ両親が私の名前をつけたのです」
誰にも気付かれず、ずっと自分の心臓を探していた悲しい女。ばぁちゃんが語っていたのは自分の姉のことだったんだ・・・。
「一馬様。どうかその鞠を私にくださいな。早く成仏したいのです」
俺は自分の手の中にある青い鞠を見つめた。これがの心臓・・。なんだかとても光り輝いていた。
しばらくその光を見つめたあと、にそっと鞠を手渡す。すると鞠はの胸に溶け込んでいった。
「ありがとう・・・ございました・・・・」
にっこりと微笑んだは、そのまま消えていった。
ざわついていた木々もおとなしくなり、霧も晴れる。
-一馬様 どうぞお幸せに・・・-
最後にこんな言葉を残しては完全に気配を消した。
石段の上には青く光る鞠。その鞠の隣には紅い鞠も置いてあった。
二つの鞠を持って俺は石段を下りていく。
春の初めに起きた、不思議な物語。
なにが書きたかったんだかよくわからないけど、突然書きたくなった作品。
いつも以上に意味不明ですみません・・・;;
花月
