「ちゃんは泣かないで偉いね」
違う、私は泣かないんじゃない
「ちゃんならなんでもできるよ」
私は何にもできない
私を勝手に決め付けないで
DOLL
大丈夫。それが最近口癖になってきた。昔から何かあるたびに大丈夫だから、と全部一人で解決してきたから、いまさら人を頼るなんてできないし。
別に好きで背負い込んでるわけじゃないけど、やっぱり周りには迷惑かななんて思えちゃって今までなんとか人の手を借りずに頑張ってきた。だけど・・・。
「今回はちょっときつそうだなぁ」
目の前に広がるのは、水浸しにされた私の鞄。鞄がないと思って探してみたら案の定この様。
なんて古典的なイジメなんだろう。もうちょっと頭使った方法使えないのかなぁ、いや私が言うのも変なんだけどね。
とりあえず、この鞄がないことにはどうしようも出来ない。なにせ大事なものは全部この中。財布まで入っちゃってる始末だし。とっとと乾かして、さっさと帰ろう。
中庭の汚い池からずぶぬれの鞄を取り出すと、そのまま家庭科室へ向かう。たぶんドライヤーの一本くらいあるだろうし、家庭科の先生は優しいからバレても怒られない。たぶん。
「失礼します」
短く言って立てつけの悪いドアをガラガラと開け放つ。しぃんと静まり返った家庭科室に濡れた鞄を持って入ると、雫の落ちる音だけが聞こえた。
ドライヤー探さないと。確か授業ん時にこの辺で見つけたはず・・・。
教卓の近くを探し始めると、すぐにドライヤーは見つかった。早速コンセントにつないで乾かし始める。まずは教科書類から。
「あ〜めんどくさい」
「手伝ってやろうか?」
独り言に返事が返ってきた。驚いて顔を上げると、ニヒルな笑みを浮かべたタレ目の男と目が合う。
三上亮。サッカー部の10番にして学校一のプレイボーイ。私とは小学校から一緒だった。
何でこんな時間にこんな奴がこんなとこにいるわけ?サッカー部は練習でしょうが。サボったんか、このやろう。
三上がいるとなぜか無性にイライラする。特に意味は無い、というか分からなかったけど確かにイライラした。だからこいつが近くにいると、むしゃくしゃしてくる。
「何ノ用デスカ」
「何でカタコトなんだよ。可哀想なちゃんを助けてあげようと思ってな」
「結構です。間に合ってます。ってか、なんでここにいるの?早く部活行きなよ」
「生憎今日は自主練なんだよ」
「じゃあさっさと寮に帰りなー」
「冷てぇな、おい。いいじゃねぇか、たまには昔のなじみとしゃべったって」
「今はそんな気分じゃないの。特にあんたとは」
冷たく言い放って、次の教科書を手に取る。その様子を三上は相変わらずの笑みを浮かべながら見ていた。
なんだかとても居心地が悪い。全てを見透かしたような目。この目が何より大嫌いだった。
「それ、誰にやられたんだ?」
突然の言葉を私はすぐに返すことが出来なかった。だいたい予想はついている。隣のクラスの奴らだ。
この前よくわからない理由でいちゃもんつけられてきたときに、全く相手にしなかったらこうなった。
考えることが幼稚すぎて言葉もでないわ、本当に。
「別に」
ここで名前を出したら、三上にも迷惑がかかる。だからあえて曖昧な表現をしてみた。こんなタレ目にも気を使う私って・・・。
「知ってんだろ、ホントは」
「知らないわよ。知ってたとしても三上に教える筋合いはない」
「せっかく協力してやろうと思ってんのに」
「巨大なお世話」
そう、お節介なのよ。大丈夫。このくらいもう慣れてるもの。私は強いから、何でも出来るから、一人でも十分生きていける。
他人の助けなんていらないの。
「本当は・・・・」
三上の顔つきが変わる。思わずドキっとした。
真剣な顔。こんなの見たことがない。それはとても綺麗な顔だった。
「本当は、辛いんじゃねぇのか?」
私の目を真っ直ぐ見つめて、静かにそう言い放った三上は今までとは全く違っていた。
でも違う。私は辛くなんかない。だってホラ、泣いてないでしょ?大丈夫。私は強いの。こんなことではへこたれないの。
「辛くなんて、ないわ」
「そんなに辛そうな顔で言っても説得力ないぜ」
「大丈夫、私は・・・」
言葉が出てこない。だから三上は嫌いなの。いつも私の中にどかどか入り込んできて、思わず弱音を吐いてしまいそうになる。
それをこらえるのに必死だから、気が気ではない。なんでか分からないけど、弱い私が出てきてしまいそうで、とても怖かった。
私はドライヤーのスイッチを切ってまだ少し湿っている教科書たちを無理やり鞄につめた。
早くここから立ち去りたい。そうしなくちゃ、今までの私でいられなくなってしまうような気がして。
何も言わずに席を立つと、三上がドアの前に立ち塞がった。
「どいてよ」
「嫌だ」
「なんで」
「一人にしたい奴を一人にしてやるほど優しい男じゃないんでな」
「この性悪。最低」
「聞こえねぇよ」
本当に最悪な奴だ、こいつは。怒鳴りたいのを必死に我慢して、自分を抑えた。ここで大声を出したら弱い自分をさらけ出すことになる。
それだけはなんとしても避けたかった。
「別に一人になりたいわけじゃないから。早くそこをどいて」
「、お前本当は・・・」
「いいから!」
ついに怒鳴り声を上げてしまった。三上の言葉を聞きたくなくて。
最悪だ、本当に。今日はもしかしたら厄日だったのかもしれない。こんな奴に、一番見せなくない奴に本音を見せてしまった。
どうしよう、これから。もうムリだ。なんか全部がどうでもいい。どうすればいいんだろう。
「やっと人らしくなったな」
「え?」
わけわかんない。人らしくなった?どういう意味よ。こっちはそれどころじゃないっていうのに。あんたのせいで。
「意味、わかんない・・・」
「大丈夫じゃないのに大丈夫なんて言うなよ」
「私は大丈夫。平気」
俯いて、静かに言った。私は大丈夫だから、平気だから。
そのとき。体中に暖かいものを感じた。それが抱きしめられているんだと分かるには少し時間がかかった。私は驚いて目を見開く。言葉を発することすら出来なかった。
「思いっきり泣けばいい」
「み、かみ・・・?」
暖かい。こんなぬくもり感じたことがなかった。何か枷みたいなものが外れた気がする。
「泣き所くらい、俺が貸してやるから」
「もう頑張るな」
涙があふれた。今まで人前で泣いたことなんて一度も無かったのに、よりによって一番嫌ってる奴の腕の中で泣くとは。
それでも涙は止まらなくて、止めどなく流れ出る。なぜか安心できた。とても居心地がいい。
きっと大丈夫なんかじゃなかったんだ。強くなんてなかったんだ。
だって私は、泣くことを恐れていた臆病者。弱さをさらすことを恐れていた。
一人で全部背負い込んで、自分で自分を苦しめて。三上の優しさにも気付かないで。
最悪なのは私のほうだ・・・。
しばらくそのまま声をあげて泣いた。その間三上はずっと私を抱きしめていてくれた。
「はい」
「あ?」
差し出した缶ジュースを一瞬戸惑いながらも受け取る三上。
帰り道にたまたまあった自販機で奢ってやろうとした私の気持ちを、素直に受け止めろよ。あ?はないでしょ。
「さっきの、お礼」
「そりゃドーモ」
少し肌寒くなった秋の道。二人で歩くのは何年ぶりだろうか。少し懐かしくなった。
「ちょっとはすっきりしたか?」
「おかげさまで」
心が軽いっていうのは、こういうときに使うんだろう。すごく気持ちが楽になった。
三上におっきな貸し作っちゃったみたいだなぁ。
「三上」
「ん?」
「ありがとう」
「やっと笑ったな」
優しい笑みを浮かべて、三上はまた私を抱きしめた。
今度は私からも三上を引き寄せる。
もっともっとこの暖かさを感じたかったから――
2600HITをとってくださった天月恵さまに捧げます。三上ドリームです。大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
強がり気味ヒロインということでしたが、シリアスになってしまいました;すみません;
駄文すぎて申し訳ありません!これからもっと精進します故、よろしくお願いいたします。
花月
