苦労人
それは、常に苦労を背負う人の意
この大家族にも
苦労人は
確かに存在していた
Family
夕食の準備が整い、と亮だけではなく、翼や一馬たちもテーブルに出来立ての料理を運んでいた。
そこへ、ガチャっと玄関のドアを開ける音が響く。
「ただいまぁ」
「あ、おかえり!シゲ兄」
帰ってきたのは、四男の成樹。学校が終わったあと、直接バイトに向かったため、かなり疲労の色が見える。
しかし、そこは妹命のシゲ。の前ではそんな姿などおくびにも出さなかった。
「今日もお疲れ様!ご飯できてるよ」
のにっこりと笑う笑顔に癒されながら、部屋に向かわず、すぐにテーブルへ着く。そんなシゲに怒りを燃やしていたのは、ほかの兄弟だけが知る事実だった。
「あとは・・・克兄だけだね」
「あいつももうすぐ帰ってくるだろ。どうする?待ってるか?」
「せっかくシゲ兄が早く帰ってきて、家族全員でご飯食べるんだからもうちょっと待ってようよ」
亮の提案には楽しそうな笑顔を見せながら答える。は誰よりも家族を大切に思っているから、夕飯はなるべく全員で食べたがるのだ。
本来なら、克朗を待たずに早くの作った料理を食べてしまいたいところだったが、がそう言うのならしかたがない。ほかの兄弟たちもおとなしく長男の帰りを待った。
「、今日はやけに嬉しそうだったな。なんかあったのか?」
の向かい側に座っている一馬がそう聞く。するとはとってもきれいな笑顔を見せ、今日あった出来事を話し始めた。
「そうなの!いつも通ってる雑貨屋さんがね、掛け時計くれたんだぁvそれがとっても可愛くてすっごく嬉しかったの!」
「いつも通ってる雑貨屋さんって?」
「商店街の中にあるクローバーって雑貨屋さん。若い男の人3人が経営してて、すっごくしっとりとしたお店なんだよ!」
翼の質問に、またも嬉しそうな表情で答える。
しかし、「若い男3人」という単語にその場にいた以外の全員がピキっと青筋を立てた。
まさか俺のかわいい妹に手ぇ出してんじゃねぇだろうな。そんなことしてみろ。俺がただじゃおかねぇ・・・っ!
と、全員一致でまだ見ぬその男たちに毒づく。その瞬間、クローバーの3人に得体の知れない寒気が襲ってきたのは、また別の話である。
心の中でそんなこと思っていても、表情には出さないのが真のシスコンというもの。気づいていないのは、やはりだけだった。
そんな険悪な雰囲気(以外の心の中だけ)の中またもガチャリと玄関のドアを開ける音が聞こえてくる。長男のご帰宅だ。
「ただいま。お、もう夕食できているのか」
「おかえり、克兄!お疲れさま」
「みんな待ってたんやで。克兄も早くつきぃ」
「あはは、悪かった悪かった。それじゃあ、さっそくいただくとするか」
シゲの言葉を軽く笑って流したあと、克朗もスーツのまま席に着く。これで家族全員がそろった。ようやく夕食にありつける。
「「「「「「いただきます!」」」」」」
全員で声をそろえ、手を合わせる。そして、やっと夕食が始まった。
「今日はみんな、どうだったんだ?元気に過ごせたか?」
「克朗、お前それ22歳の発言じゃないぜ?40過ぎた親父の発言じゃねぇか」
「亮兄だって同じ22歳だってこと忘れないでよね。22歳があんなフリ――」
「翼!早く食べないと冷めるぞー!」
「なんで亮兄、そない焦っとるんや?一馬」
「さ、さぁ・・・・?」
「???」
亮と翼のやり取りに、もはてなマークを浮かべる。
亮が翼から開放される日はいつになるのだろうか・・・。
「は、学校どうだった?」
克朗がにやさしく問いかける。もにっこり笑いながら答えた。
「うん!今日も楽しかったよ!雑貨屋さんで掛け時計ももらえたんだv」
「ほぉ、掛け時計か。よかったな」
克朗ものかわいい笑顔に癒されつつ、爽やかな笑顔を向ける。相変わらずかわいいな。さすがは俺の妹だ、なんてやっぱり父親的なことを思っていた。
「あ、そうだ克兄。今日一人で帰ってきたんだよ」
翼の言葉に、一馬がビクっと反応する。隣にいる翼はにっこりと笑いながら、その状況を楽しんでいた。
なんでこのタイミングで言うんだ・・・と一馬の心の中は内心ビクビクだ。
「そうなのか?一馬はどうしたんだ?」
「俺は今日委員会の仕事があって・・・・」
「そうそう、今日は私一人だったの。でもそれがどうしたの?」
克朗が出すダークオーラにはまったく気づかず、そのまま夕食を続けている。
一馬の箸は完全に止まっていた。このあとどういうことになるか、だいたい予想がつくからだ。
「一馬・・・」
「は、はい;」
「今日の皿洗い、よろしくな」
「あ、後牛乳きれてたから後で買ってきなよね」
「それと今週の掃除当番も代わってもらおかv」
「買出しもな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
これが末っ子の運命。特にに関することとなると、そのペナルティも半端じゃない。
俺ってなんでこんなに不幸なんだろう、と一馬はよりいっそうその気持ちを強めた。
逆にほかの兄たちは自分の仕事が全部一馬に回ったので、すっきりとした顔をしている。シスコン家族、侮りがたし。
そんな一家団欒の夕食も終わりを告げ、自分たちの食べた皿を流し台まで戻していく。
一馬は洗い物をするため、準備をしていた。今日は宿題あったのに。俺、テスト期間中なのに。なんでこんなことしてんだ?
当然の疑問である。哀れ、一馬。
「あ、そうだ。一馬」
「なに?克兄?」
「洗い物するなら、これを使ってくれ」
そういって取り出したのは、ご存知克朗愛用のフリフリエプロン。亮はそれを見ただけで青ざめた。
「えっ!?い、いや俺この前家庭科で作ったエプロン使うから・・・」
「一馬。俺のエプロンが着れないっていうのか?」
「・・・・・・・・・はい」
本当に幸薄な五男の一馬。泣きながらフリルのエプロンを受け取り、しぶしぶ身に着ける。
そして、それをみた兄たちは――
「「あははははははははははは!!!!!!!!」」
シゲと翼、大爆笑。あまりにもそのエプロンは一馬に似合っていた。
「お、お前・・・似合いすぎやで・・っ!!」
「それ写真におさめといてあげようか!?くっく・・・っ!!」
それに対しては目を輝かせて一馬を見つめていた。
「一馬兄かわいい!すっごいキュート!」
「そ、そうか・・・ありがとう・・・」
妹にかわいいって言われてる俺っていったい・・・。っていうかだけには見られたくなかったのに。
そんな一馬の姿を見て、亮は哀れみの視線を送った。彼もそのエプロン姿をネタに持たれている犠牲者の一人だ。
だから、一馬を笑うことなんてできない。
克朗はよく似合ってるぞ、と爽やかな微笑みを向けた。
それぞれの反応が、まるでその人の性格を現しているような風景だ。なんとも微笑ましい。(一馬と亮以外は)
一通り笑い終えたところで、みんな各々の居場所へ戻っていく。
亮は仕事をしに部屋へ。翼はダイニングのテーブルで明日提出するノートをまとめていた。
シゲはとテレビを見ている。克朗はやはり仕事をしに、自室へ行ってしまった。
もちろん、一馬は皿洗い。
シゲのポジションがうらやましいと、全員が思いながらもそれぞれのやることをこなしていた。
テレビでは音楽番組が流れている。
「最近の音楽情報、まったく知らんなぁ」
「シゲ兄バイトで忙しいからね。でも店で有線とかかかってるでしょ?」
「あんまり聞いてへんわ。曲名もわからんしな」
「そっかぁ。でもシゲ兄が一番CDとか持ってるよね」
「そやな。そろそろまた集めんと。そういえば、こないだ貸してほしいCDがあるとか言うてへんかったか?」
「あ、そうそう!ジャンヌのNEWアルバム貸してほしいの」
「わかった、後で持ってくるな♪」
まるで恋人同士のような会話に周りの兄弟たちはやきもちを焼きながら、それでも黙って作業を進める。
もしこの場に亮と克朗がいたら、きっとなんとしてでも会話に割り込んでくるのだろう。翼もそれをしたかったが、なにせノートをまとめるのに少し手間取っていたし、音楽の話題はあまり得意じゃなかった。
一馬にはそんな恐ろしいことできない。彼の別名はヘタレだ。
夕食の後のひとときは、一部を除き和やかな雰囲気で流れていった。
こうして、家の夜は更けていく。
はたして、一馬に幸福が訪れるのはいったいいつになるのだろうか。
あぁ一馬に幸あれ
花月
