指揮者
それはバンドにとって絶対的な存在
指揮者
それはまさしく神に等しい存在
だけど、私たちの指揮者は
ほんの少し変わってる
ガラクタ交響曲-変人指揮者-
「後3分26秒」
大きくも小さくもない無機質な声が朝の廊下に響きわたる。
不破の伝えるその数字を聞いて、いつもの遅刻組は狭い廊下をフルスピードで駆け抜けていった。
「あかん!今日遅刻してしもたら反省文や!」
「へっへ〜ん!残念だな、藤村!俺まだ後1回あるもん♪」
「そんなの自慢になんねーよ!!」
藤村、藤代、若菜の3人がお互いを邪魔しながら2音へと突進してくる。
もちろん、この時間帯になると大抵の部員は2音で音だしをしているけど、入り口付近には誰も寄り付かない。入り口に近いバスパートの人たちも早々に非難していた。
なぜなら・・・
「「「うぉりゃあああ!!!!!!!!!!」」」
遅刻組の最終手段、スライディングの餌食になりたくないからである。
しばらくしぃんと静まりかえる2音。3人は一斉に不破の隣にいる日生光宏ことみっくんを見つめた。
「ふぅ〜本日の遅刻者なし、っと・・・」
そう呟いて出席簿にメモをとるみっくんの姿に、3人は安堵の息を漏らした。
「よっしゃ!今日もぎりぎりセーフ!」
「これでなんとか反省文は免れたわぁ」
「ちゃ〜んvvどこぉ??」
毎日毎日懲りないなぁ;私なんか今日も鍵壊し・・・じゃなくて、チョットした裏技使って朝一番で来たってのに。
「あ、そろそろ曲の合わせしなくちゃ」
部活の始まるずっと前からいた私は、とっくに基礎練なんか終わらせていた。しかし、あまりに早すぎて人がいなかったため、昨日配られた新曲の合わせができていないのである。
個人でのパッセージは完璧なんだけどなぁ。低音の人との合わせもしたいし。
こりゃ〜あの人に頼むしかないよね!
キラーンと目を光らせる。その視線の先には、迷彩帽をかぶったバリサク奏者がいた。
「カズせんぱ〜いvv」
昨日の藤代よろしく後ろから飛びつく。ゴンっ!となんだか痛そうな音がしたけど、あえてスルー。
「なんばしよっとか・・・」
「おはようございます!カズ先輩!実はカズ先輩にたの・・・「断る」
早っ!!まだ何にも言ってないけど!?
「お前の頼みなんぞ大体分かると。大方、昨日の新曲の合わせやろ?」
うっ・・・図星;なんだこの人!エスパーか?エスパー功刀か!?
後でこっそり鞄を置いてみよう。もしかしたら入るかも。
「いいじゃないですか〜」
「ダメや。まだ基礎練が終わっとらんたい」
「基礎練なんてやらなくてもいいですよ」
「それが毎朝1時間以上基礎練やっとるやつの台詞ね!?」
なんとしても首を縦に振ろうとしないカズさんを見て、ふぅとため息をつく。
カズさんは、入部してから一度もロングトーン(音を長く伸ばす基礎練)を欠かしたことがないそうだ。
だからこんなに深くてしっかりとした低音が出るのかなぁ。なんにしても尊敬している先輩の一人。
でも、こんなことで断られるのは日常茶飯事。あきらめませんよぉ〜!
「お願いですカズ先輩!この通り!」
某錬金術師よろしく、顔の前でパンと手をそろえ、頭を下げる。
どう?効き目ありかな?
上目でカズさんを見ると、しょうがなかねといった顔をして、基礎練の本をしまっていた。よっしゃ!
「ただし、一回だけやぞ?」
「ありがとうございます!カズ先輩!!」
さっさとカズさんの隣(ホントは一馬の席なんだけど、来てないからいいや)に楽譜を置いて、楽器をセットする。
「それや、頭から・・・」
カズさんのアインザッツで曲が始まる。最初はゆったりとしたテンポで、基本となるメロディーが歌われる。ここはクラリネットのユニゾンなので、サックスはずっとのばし。
だけど、こののばしが重要なんだよね。音程とか合ってなかったり揺れてたりすると、その曲全体が壊れちゃうから。
テナーにとっては少し低い音でのロングトーン。ずいぶん息が苦しいけど、カズさんが上手くブレス(息つぎ)をあわせてくれるから、初めてなのになんだか上手く繋がっている。
さすがは先輩!後輩想いだねぇ♪
そして、次はいよいよサックスのメロディーライン!アルトからテナーは同じメロディーを吹くけど、バリサクは低音のリズムを刻んでいる。
ちょっとしたアンサンブルみたいで、面白かった。
あぁ・・・このままずっと吹き続けていたい・・・。
だけど、こういうときに限って神様は私の邪魔をするんだ。
「ミーティングを始めます。1音に集合」
渋沢部長の言葉で、2音が一気に静まりかえる。ありゃ〜;もうそんな時間だったか。
ふと、隣を見ればカズさんがさっさと楽譜を片付けていた。
「ちょ、ちょっとカズ先輩!なにかたしてんですか!!」
「なん言いよっとや?集合やけん、終わりやろ」
「もう少しでサックスアンサンブルじゃないですか!集合なんて出なくてもいいですよ」
「アホ。お前もそろそろサックス症候群ば直すべきったい」
そう言ってカズさんはスタスタと2音を後にした。
あ〜もう!!なんで良いときに限って私はサックスを吹けないの!?恨みでもあんのかこんちきしょー!!
人気のなくなった2音を、みんなに続いてトボトボと出て行く。もちろん、My楽器をしっかり持って。
「;なんで毎回楽器もってくるんだ?」
「あら、かじゅま。おはよう」
「かじゅまっていうな!!」
相変わらず可愛い反応v顔真っ赤だよ。これだから一馬いじめはやめられないのよね〜♪
「今日の欠席いる?」
「今日はいないみたいだぜ。黒川もいるし」
パートリーダーはその日の出欠をミーティングのときに報告しなくてはならないため、私はさっさとパート内を見回す。
いつもは朝練にほとんどこない黒川が、今日はしっかり来ていた。うん!優秀なパートだわv
「めずらしいね、黒川。朝のミーティングに間に合うなんて」
「まぁ、たまにはな」
つかみどころがないなぁ、黒川は。けど、パートで一番頼りになるからいいんだけどね。
「ミーティングをはじめます。パートリーダーは出欠を報告してください」
前で渋沢部長が声を響かせる。その両隣には副部長であるよっさんと有紀が立っていた。
はぁ〜今日も麗しいね、有紀はvクラスも部活も一緒だから、私たちはずいぶん仲良し。部内でも数少ない女の子でもあるから、入部してすぐに意気投合した。
「それでは、これでミーティングを終わります」
ぞろぞろと3年生から1音を出て行く。
「なに!?もう終わったの!?」
「が小島に見とれてる間にさっさと終わったよ」
窓に寄りかかりながら爽やかな笑顔でみっくんが答える。
「早っ!なんで召集したんだか・・・;で、今日の予定は?」
「合奏だって。西園寺先生の」
あ〜合奏か・・・。たぶん新曲の合わせだろうなぁ。ってなにぃ!!!???
「まだアンサンブルのソロやってない!!」
「大丈夫だろ、あの程度なら初見でいけるって」
余裕の表情で笑うみっくん。みっくんは初見に強いからそんなことが言えるんだ。
それに比べて私は、めっぽう初見に弱い。じっくり時間をかけないとできないタイプ。
う〜・・・どうしよう。ま、悩んでてもしかたないか。(開き直り
3年生が全員で終わって、私たち2年が2音へつくころには、もう西園寺先生が来ていた。
やばっ!早く席につかないと!!
「起立、気をつけ、例」
「「「「「「お願いします!!」」」」」」
全学年がそろったあと、渋沢部長の号令で合奏が始まる。西園寺先生はにっこり笑って「お願いします」と声を響かせる。
西園寺玲先生、音楽教師。一見「教師!?嘘でしょ!?」と言いたくなるような美貌の持ち主だけど、腕はピカイチ。
有名な楽団からいくつもオファーが来るほどの実力者なのだ。
「今日は、昨日配った楽譜の通しをやります。では、最初から・・・」
西園寺先生が指揮棒を掲げると全員が楽器を構えた。いよいよ、曲が始まる。
先生のタクトが振り下ろされると、最初の主題が始まった。そして曲は順調に流れていき、いよいよサックスアンサンブルへ入っていく。
最初は普通のアルトサックスのソロ。みかみん先輩め、なんやかんやいってかなり上手い。さすがは前回部内ソロコン(ソロコンテスト)の優勝者。
今年はなんとしても私が優勝してやる・・・!
なんて、ライバル心を燃やしているうちにとうとうテナーのソロが来てしまった。どうしよ・・・;
幸いスローテンポなので、慎重にやれば吹けないこともなかったが、それだけで満足する西園寺先生ではなかった・・・・。
「ストップ。ちょっと止めて頂戴」
指揮台をコンコンと叩いて、曲をやめさせる。き、来た・・・;
「テナーのソロは、さんだったわよね?」
「は、はい・・・」
「音程が少しあってないわね。それと・・・」
「なぜ私を見ないの?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?
何を言い出すんだこの人は。
私だけじゃなく、他の部員たちも唖然としている。
「指揮者を見るのは奏者の基本でしょ?ましてや、こんなに有能で美しい私が指揮を振っているんですもの、見られないわけじゃないわよね」
どこからともなく現れた手鏡をみつめ、うっとりとしている先生。この人の唯一つの弱点は、コレなのだ。
コレさえなければ、すっごく良い先生だと思うんだけどなぁ・・・。
「とにかく、もっと私を見なさい。二度目はないわよ?」(にっこり)
あああああ・・・こ、殺される!!さすがはこの部活の先生。ダークオーラの出し方が半端じゃない。
私はすっかり青ざめてしまった。それほど西園寺先生の黒い笑顔は恐ろしいのだ。
「は、はい・・・・」
「よろしい。それじゃ、もう一度最初から」
がたがたと震えながら返事をすると、何事もなかったかのように再び指揮を振りはじめる。
こうして、恐怖の朝はすぎていった。
変わり者を束ねるのは
やっぱり変わり者でしかなかった
偽西園寺さん登場。西園寺ファンの皆様、すみません;
はたしてコレはお題にあっているんだろうか・・・。なんだかかなり心配です。
花月
