泣いたりしない
名残惜しくもない
ただ一つだけ気になるのは
貴方のことだけ
はじまり
卒業証書を入れた黒い筒をパカパカと閉じたり開けたりして、私は一人夕日に染まる帰り道を歩いていた。
今日は瀬田第3中の卒業式。たぶん、公立の中学校ならほとんどの学校が今日は卒業式だろう。
現に、さっきも泣きながら歩いている卒業生らしき人たちを見かけた。
私は泣いたりしない性格だから、あんなに大げさには泣けない。ただ、答辞のときはちょっとヤバかった。
隣の子や友達はみんな号泣。そんな中私だけは至って冷静だった。
絶対同窓会やろうね、って言われたけどすぐには実感がわかなかった。10年や20年後のことなんて、今言われてもわかんないでしょ?
中学校3年間を締めくくる卒業式は、こんな感じであっさりと終わった。
家に着き、自分の部屋へ入ると目の前に姿見が置いてある。そこで自分の格好を見て、初めて気が付いた。
もうほとんど制服としての機能を果たしてない。外れるものは全部後輩達にあげてしまった。
部活にも入ってないのに、なんであんなに殺到するんだ?それも半分が女子。
でも、女の子に人気があるってのは嫌なことじゃない。むしろ嬉しいくらい。
「オークションとかにかけられるのかなぁ」
ふと、私の制服の部品たちがどうなるのか気になった。闇オークションとかあったら面白い。いや、たぶんあるんだろうけど、私のがオークションにかけられるとは限らない。
私が中2のときも、人気だった先輩たちの品物が出回ってた。1番高いもので、2万円前後。バカらしいと思いながら、友達の話を聴いてた覚えがある。
スカーフのない制服は、どこか寂しげに見えた。それでも着替えるのが楽でいいかな、なんて考えてみたり。
さっさと制服を脱いで、普段着に着替える。これから打ち上げがあるらしい。本当は疲れてたから行きたくなかったんだけど、無理やり誘われた。
まぁ、これでもうしばらく会うこともないし、いいか。たまには行っても。
いつもならすぐに制服はクローゼットの中にしまうのだが、今日だけはなぜかベッドの上に寝かせた。
名残惜しいのか、単なる気まぐれかはわからない。けど、制服がやたら気になるのは事実。
鞄から荷物を移す時、生徒手帳が落ちた。
結局数えるほどしか使わなかったなぁ。それでも中をぱらぱらとめくる。
そこに、1枚の写真が挟まっていた。二人の人がにっこりと笑ってピースしている。
修学旅行。京都に行く途中の新幹線の中での写真。
写ってるのは私と・・・。
「結人・・・」
若菜結人。私の幼馴染。クラスも一緒。しかも小学校のときから。
家も近所で、本当に仲が良かった。今もよく一緒に遊んでいる。
でも、今日は一回もしゃべっていない。なんでだろう、自分でも不思議。
原因というか、理由?的なことはわかっている。結人が女の子に囲まれているところを見てしまったからだ。
制服のボタンをあっという間になくしていく結人の姿。それはなんだかとても寂しく感じた。
その感情がなんていう名前なのか、私には検討もつかないけれど、もやもやした気持ちは拭い去れない。
確か結人も打ち上げには来る。その時、私はどうやって接すればいい?あんまり自信ない。
「まぁ、最後だし。いっか」
手早く生徒手帳をしまって、コートを羽織る。春とはいえ、まだ夜の街は冷えるだろう。
そしてすっかり暗くなってしまった空の下に飛び出した。
「あ、ー!こっちこっち!」
学生たちがよくいくファミレスにつくと、奥のテーブルに見慣れた顔の人たちがたくさんいた。軽く手を振ってそっちへ駆け寄る。
「もしかして最後?」
「そのとーり!席はここしか空いてない!」
「いいよ別にどこで・・・も・・・・・・・」
勧められた席を見ると、その隣に座っているのはあの結人。卒業アルバムを見ながら、友達とワイワイやっていた。
あぁ、いつもの結人だ。
なんてことを考えながら、私は気まずさも覚える。結人はそんなこと思ってないんだろうけど、私の心の中は重い。
あーよりによってなんで今日この席?遅れてきた私が悪いんだけど・・・。
「お、じゃん!遅ぇよ!」
「まぁね」
「どうした?座んねぇの?」
「座る」
案の定単語しかしゃべってない。せっかくの打ち上げなのに、テンションが上がろうとしてくれなかった。
誰にも気付かれないようにため息をついて、一応席についた。
友達からウーロン茶を受け取り一気に飲み干す。少しは落ち着いたかな。
「、ウーロン茶を酒みたいに飲むなよ」
「いいじゃない。ヤケ酒よ」
「ヤケ酒って・・・酒じゃねぇってば」
「じゃあヤケ茶」
「アハハ!なんだよそれ!」
いつもの笑顔、いつもの会話、いつもの笑い声。
今まで散々見てきた結人の顔。それがもう見れなくなるのかと思うと、急に寂しさがこみ上げてきた。
卒業式では気配すらみせなかった涙が、不意に姿を現す。
「お、おい!なに泣いてんだよ!」
「泣いてない!」
「とにかく外出るぞ?な?」
結人に腕を引っ張られ、そのまま店の外へ。後ろからヒューヒューなんていう囃子声が聞こえたけど、そんなのに構ってる余裕なんてなかった。
外の風はやっぱりまだ冷たい。それでも顔だけは充分すぎるほど熱かった。
「なにいきなり泣いてんだ?」
「だって・・・」
「だって?」
このもやもやはなんていうの?言葉にできない感情が心を埋め尽くしていた。
ただ涙だけが流れ続ける。とまらない。雫も、気持ちも。
「、俺さ」
「な、に・・?」
「ずっと渡そうと思ってたんだけど、どうしても渡せなくて」
「なにを?」
結人は泣いてる私の手のひらに小さな紙包みを置いた。
ゆがむ視界で包みをあけると、そこには制服のボタンが入っていた。
「これって・・・」
「俺の第二ボタン。危うく後輩にとられるとこだったんだけどな」
照れくさそうに笑いながら、結人は頭を掻いた。
そうか、わかった。この気持ちの正体。
私は結人が好きだったんだ。だからやきもちやいてたんだ。
第二ボタンは好きな人にあげるのが定番。ということは・・・。
「ふぇ・・・」
「お、おい!;」
また涙が溢れ出した。それと同時に結人に抱きつく。
愛しい。大好き。そんな言葉じゃ足りないくらい。
「ずっと、好きだった」
「私も・・」
いつからだろう。こんな気持ちになったのは。
今日が私たちの卒業式。
幼馴染から恋人へ