アナタの優しさが
アナタの笑顔が
私の支えになっているから
私も精一杯の心で
アナタを想いたい
純白の想い
「ど・・・どうしよう・・・」
あまりの驚きに私は思わずトイレの壁にもたれかかり、そのままずるずると下へ下がっていった。
最近なんだかおかしかった。
やたらすっぱいものが食べたくなるし、吐き気もするし、なにより生理が大幅に遅れていて。
もしかしてと思って調べてみたら案の定。
市販の検査薬はしっかり妊娠反応を示していた。
99%の正確さで陰性と陽性を分けるこの検査薬が間違いを示すはずもなく、目の前にあるのは現実のみ。
頭の中が真っ白になってしまった。
いや、ホントなら喜ぶべきことなんだろう。愛する人との子どもが私の身体に宿っているってことは、すごくステキなこと。
でも、素直に喜べなかった。
だって私はまだ結婚していない。同棲すらしていないのに、子どもができたなんて・・・。
一馬――パートナーが知ったらなんていうか。
やっと最近レギュラーに選ばれるようになったのに。調子がいい時なのに。
そんな中子どもができたなんていったら、一馬はどう思うだろう。
俺の子じゃないって言われるかな。おろせって言われたらどうしよう。
嬉しさよりも不安が頭を埋め尽くした。
一馬の子どもなのは間違いない。浮気なんてする気もないし、第一一馬以外見に覚えがないのだから。
なんて言ったらいいんだろう。
「とりあえず、外出よう」
手を洗って外に出る。もうすっかり夜は明けていた。
朝焼けが目にまぶしい。今日も気持ちよく晴れるといっていたけど、私の心は晴れてくれなかった。
不意に、手がおなかをさすっているのに気がつく。
ここにはもう命があるんだ。私だけの身体じゃなくなったんだ。
愛しい、と思った。
本当なら真っ先に一馬に報告して、一緒に喜びを分かち合いたかったが、それは叶わない。
時刻は5時。寝ているところを起こすのも悪いから、電話もできないし、第一まだ言えるだけの度胸がなかった。
散歩でもしてみるか。
もうすぐ夏とはいえ、明け方の外はまだ寒い。
スプリングコートを羽織って、外へ出る。
犬の散歩をする人、ジョギングをする人、早くも出勤する人。
いろんな人がいる中、私はただ一人どこへ行くでもなく歩き続けた。
頭の中はパニック状態。冷静でいられるほど、できた人間ではないから当然のことだけど。
はぁ・・・これからどうしようかな・・・。
高い高い空を見上げながらおなかを優しくさする。
その手はもう母のそれだった。
少ないとはいえ、行き交う人の中立ち止まっている私は、どう見えているんだろう。
「あ、ちゃん?」
「え?」
ふいに声をかけられ、後ろを振り返るとそこにいたのは私より数十センチ背の高い男の人。
一馬の親友、結人君だった。
「どうしたのーこんなとこで!散歩?」
「うん、まぁそんなとこ。結人君はジョギング?」
「おう!天気良かったからな」
太陽みたいににっかしと笑う結人君を見て、悩んでいた心が少し安らいだ。
こんなところで、しかもこんな時間に偶然会うなんて、世の中ってのは狭いもんだね。
頬を伝う汗を肩にかけたタオルで拭いながら、結人君は一息ついた。
その爽やかな風貌を私はなぜか直視できなかった。
誰かに言いたい。言ってすっきりしたいし、何よりどうしたらいいか相談したかった。
でも、相手は一馬の親友だし、一馬に言う前に言っていいのかどうか・・。
また悩みの渦にはまってしまう。
私はそっと下を向いた。
「ちゃんどうしたの?なんか元気ないけど」
「え!?あ、いや・・・べ、別になんでもないよ!ホント!」
「なんか変。一馬となんかあった?」
「そういうわけじゃないんだけど・・・ちょっとね」
「まさか!アイツが浮気したとか!?ちくしょー!一馬のやつ、ちゃんっていう可愛い彼女がいるのに・・・!!」
「あ、違うの!結人君誤解だから!」
「へ?じゃあどうしたんだ?」
「・・・・・・・・・・・」
なにも言えなかった。
妊娠したって。嬉しいのに、どうしたらいいかわからない。
むしょうに一馬と会いたくなった。
一馬の笑顔が頭に浮かび、私は思わず涙を流してしまった。
「ふぇ・・・」
「お、おい!ちゃん!?」
ごめんね結人君。
あたふたしている結人君と泣き続ける私。
周りから見れば結人君が私を泣かしたみたいに見えるだろう。
とりあえず場所移動しよう、と結人君は私を連れて近くのファミレスへ入っていった。
「で、どうしたの?ちゃん」
結人君がケータイで呼び出した英士君にそう聞かれ、私はまた黙ってしまう。
こんな朝早くなのに、英士君はすぐに駆けつけてくれて、真剣な顔で私の話を聞こうとしてくれた。
本当にありがたい。一馬は良い親友を持ったね。
「一馬には・・言わないで欲しいの」
「わかった。だからなんでも話してよ」
うん、とひとつ頷いて、私はまたため息をついた。
言わなきゃ。言わなきゃ。
「子どもが・・・出来ちゃった」
二人の動きが止まるのがわかる。
そりゃ驚くよね。こんなこと、一馬よりも早く聞いちゃったんだもん。
一馬が聞いたらどれだけ驚くか・・・。
「それ、本当なのか?」
結人君がゴクンと息を飲み込み、聞いた。
本当だよ、と私は下を見つめ答える。
英士君はなにも言わないまま、次の言葉を待った。
「それなら、早く一馬に言わないと――」
「い、いいの!一馬には言わないで!」
「なんでだよ!一番に言わなきゃいけないのは一馬だろ!?」
「わかってる。わかってるけど・・・怖いの」
「怖い?」
英士君が首をかしげ、問いかけた。
また一つ、こくんと頷く。
なんて言われるかわからない。一馬の重荷になりたくない。
そんな理由でって思われるかもしれないけど、私にとってはすごく重大な問題だった。
私のせいで一馬のサッカー人生が狂うようなことがあれば、それは私が死ぬことよりも嫌なこと。
誰より、何より、一馬が一番大事だった。
「ねぇ、ちゃん。一馬はおろせなんていうようなやつじゃないよ」
「そうだよ。むしろ喜ぶと思うぜ?」
「・・・・・ホント?」
「うん、とりあえず一馬に言ってみないと何も始まらないよ。すぐに・・・今日の夜にでも言わないと」
「もし一人で一馬の言葉を受け止める自信がないなら、俺たちも一緒に付き添うからさ」
正直、私だけで一馬と向き合うのは辛いものがあった。
でも、これ以上英士君や結人君に迷惑をかけるわけにもいかなかったので、私一人で一馬に事実を伝えることにした。
二人にお礼をいい、先にファミレスを出る。
外の風はまだ肌寒かった。
5分ほどで家路に着くはずが、倍くらいかかってしまった。
それは私がいろいろ言葉を考えながら歩いていた所為。
家に着いたのは7時すぎ。この時間なら一馬も起きているだろう。
携帯のメモリから大好きな一馬の名前を選び、通話ボタンを押す。
数回呼び出し音がかかったあと、聞きなれた声が帰ってきた。
『もしもし?か?』
「おはよう一馬。こんな朝早くから電話してゴメンね」
『いや、もう起きてたし大丈夫だよ。どうした?』
「あの、えっと・・・今日の夜とか会えないかな・・・」
『あぁ、大丈夫だけど・・・なんか変じゃないか?なんかあったのか?』
「その時に言うよ。じゃあ、また夜に――」
『あ、おい!』
一馬の言葉を遮って、電話を切った。
一馬の声が蘇ってまた涙が溢れた。
辛い・・・喜びたいのに喜べないことがこんなにも辛いだなんて知らなかったよ。
今すぐ一馬に抱きしめてもらいたい。一人でいたくなかった。
どれくらい時間が経ったのだろうか。すっかり太陽は頭上へと上がって、アツい日差しを降り注いでいた。
コートも脱がず、電気もつけずに私はずっとソファに座っていた。
ケータイを握り締め、時間だけが過ぎていく。
頭の中は今夜一馬にいうセリフを考えるのにいっぱいいっぱいだった。
―ピンポーン―
急に玄関のチャイムが鳴った。
出る元気もなかったけど、あまりにもしつこく何回もん鳴るので、根負けして出てみることにした。
「はい・・・――!?」
「よっ」
そこに立っていたのは、朝電話したばかりの恋人、一馬。
手にはコンビニの袋をぶら下げ、太陽にも負けない笑顔で笑っていた。
「か、か、一馬!?どうして・・・」
「なんか様子が変だったからな。練習も早く終わったし、寄ってみた」
しれっと言う一馬に圧倒されながら、素直に家へ招き入れる。
一馬の持ってきた飲み物を飲んで一段落ついたところで、一馬は真剣な顔で私の目を見つめた。
「。どうしたんだ?何があった?」
「・・・・・・・・・・・・・」
いつも以上に真剣な目をする一馬。
その目を見つめられずに私はまた黙ったまま。
なんて言えばいい?まだ心の準備ができていなかった。
でも、ちゃんと言わないと。
私たちの赤ちゃんができたって、報告しないとダメだ・・・。
「あ、あのね・・・」
「ん?」
言わないと――
「こ、子どもができたの・・・」
一馬は何も言わないまま、目を大きく見開いた。
驚くよね。これで私と一馬の恋は終わるのかな。
おろせって、言われるのかな・・・。
その瞬間。私の身体は何かに包まれた。
え・・・?
何、が起きたの?
「・・・ありがとう」
「か、ずま・・?」
ありがとうって?
どうして抱きしめてくれるの?
喜んで、くれてるの?
「産んで、いいの?」
「当たり前だろ。俺との子だ。産んじゃいけないなんて誰が決めた?」
「一馬・・・一馬ぁ・・!」
私は泣いた。
これは悲しみの涙なんかじゃない。
嬉しいから。一馬の言葉が、産んで良いよっていうその言葉が・・・何よりも嬉しかった。
「結婚しよう、」
「はい――」
私たちは優しいキスをした。
純白のベールを纏ってキスをする日は、そう遠くない。
似たようなネタ書いたな・・・;一馬出番少ない
花月
