昔、誰かが言っていた。
『血に染まった身体を隠すには赤い服を着るのが一番だ』
なら、私は・・・穢れてしまった私は・・・。
同じように、穢れるのが一番でしょう?
闇の世界で生きるには、闇に紛れるしかない。
そうやって生きてきた。何年も、何年も。
愛してる、なんて言わないで。
裏切られるくらいなら、私は誰も信じない。
今日もまた、私の身体は穢れていく。
そうやって、生きていく。
過去も、現在も。
そして、未来も――・・・
穢
華やかな夜の街。ここ、京都・島原では夜の闇に鮮やかな遊郭が立ち並んでいる。
そんな中、漆黒の服に身を包んだ男が一人。ある店を目指して歩いていた。
少しタレた目に黒髪。長身を包む黒い服には刀がさしてある。
その整った顔立ちに、道行く女たちは振り返り、そっと頬を赤らめた。女郎をもうならせるこの美貌。黙っていても女が寄ってきそうだ。
男がたどり着いたのは、街で一番人気の遊郭。赤い暖簾をくぐり、中に入れば一人の男が手をこねながらやってくる。
「これはこれは、三上の旦那。いらっしゃいやし。毎度おおきに」
「あぁ」
三上と呼ばれた男は営業スマイル満点の店主に刀を預け、履物を脱ぎつつ短い返事をした。
「今日は誰にしはりますか?」
「昨日とは違う女」
あぁ、またか。
店主は心の中で思う。
この三上という色男。毎日店に訪れるが、そのたびに違う女郎を要求してくる。
普通の客は一度決めた女郎をずっと指名する、いわば永久指名が暗黙の了解になっているが、三上は違った。
気に入らないのか、単なる女たらしなのか。真意のほどは定かではないが、毎回違う女郎を差し出さなければならない店側にとって、三上は少し困りものだった。
(ま、そん代わり倍の料金払ってくれはるからええんやけど)
営業用の笑顔を浮かべたまま、店主は頭にそろばんを思い浮かべる。
「そろそろそっちにも本気出してもらわねぇとな。もうこの店にも見切りつけちまうぜ?」
「そ、そんなぁ!わかりやした、今日は店一番の女郎を紹介いたしやす」
「店一番?」
「そうです。今まで三上の旦那が来る日には別のお客はんが付いていたので紹介できひんかったんですが・・・今日はちょうど空いておりますので」
「ほぉ・・・」
三上はすっと目を細め、黒い笑みを見せた。
男でも頬を赤らめてしまいそうなほど、妖しい笑顔。これは女郎たちの中でも噂になるのが頷ける。
だが、今回の相手はどうなることやら・・・。
店主について、奥へと案内されれば、やがてたどり着いたのは今まで見たこともないような広い部屋。どうやらここが、今回の相手の部屋らしい。
以前の部屋とは大違いだ。その女郎はずいぶん優遇されているらしい。
「今お呼びいたしやす。少々お待ちくださいませ」
深く頭を下げて、店主はそっと戸を閉める。
窓から見える月が美しい。煙管を取り出して、三上は手早く火をつけた。
京都に来て、早1年。もうずっとこんなことを繰り返している。
いくつもの遊郭を回り、女郎を探しているが、未だに見つからぬその女。
別に、特定の人物がいるわけじゃない。ただ、探しているだけだ。
自分のような女を。
同じ暗闇で生きる女を・・・。
「失礼いたします」
鈴のような声が聞こえ、三上は思考回路を停止した。どうやらその女郎とやらが来たらしい。
「入れ」
煙管から煙を出しながらそういうと、ゆっくり戸が開いた。
きらびやかな衣装に豪華な簪。顔立ちは少し幼さを残すが、それさえもまた妖しく見せるほど、女の顔は整っていた。
三上と同じ漆黒の髪を遊ばせ、女はふっと微笑んだ。
「と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「、か・・・」
おそらく夜の名前だろう。本名で働く女郎など、滅多にいない。
三上が顎で入れと示せば、はそっと戸を閉じ、三上の傍へ近寄った。
近くで見れば見るほど、の姿は美しく、妖しい。
まるで月の女神のように。まるでかぐや姫のように。ただ、彼女に惹かれたのはその容姿だけではない。
彼女がかもしだす、その雰囲気。そして、瞳。
全身から妖しい空気が滲み出る。しかし、の瞳はとても寂しげだった。
深く、暗い闇。にはそれが宿っていた。
「やっと、見つけた・・・」
「え?」
俺と同じ闇を持つもの。穢れた存在。
どれだけ綺麗に身を包んでも、同じにおいが伝わってくる。
俺もお前も、闇でしか生きられない者だ。
「。お前、なんで女郎になったんだ?」
「なにを・・・おっしゃっているのですか?」
「いいから話せ」
客の要望にはどんなことでも応えなければならない。それが女郎。
この世界に身を置いた日から封印してきた過去。まさかこんなところで明かすことになるなんて。
はふっと一息ついたあと、静かに口を開き始めた。
「私、人殺しなんです」
「え・・・?」
昔。貧しい農家の家に生まれた私は、今とは比べ物にならないくらいひもじい生活を送っていた。
でも、優しい両親。優しい村の人々。人の心の温かさだけは、知っている。
何もなかったけど、大切なものがそこにはあった。それがなにより幸せだった。
そんな幸せも、脆く崩れ去るのに時間はかからない。
所詮、砂の城なのだから。
『キャー!』
『盗賊だぁー!!逃げろー!』
村には火が放たれ、一瞬にして辺りは火の海と化した。
私たち家族もすぐに村を離れようとしたけど、それは叶わぬ夢になる。
『おいおい、逃げるなんて野暮なことしないでくれよ。せっかくの楽しい夜なんだからさ』
『くっ・・・!!お前だけでも逃げろ!』
『い、嫌!お父さんとお母さんが一緒じゃないと・・・!』
お父さんが刀を持ち、お母さんは私をかばうように覆いかぶさった。その時。
『ぐわぁ・・!!』
『あぁ・・!!っ!』
辺りは一瞬にして、血が埋め尽くした。
ゆっくり倒れていくお父さんとお母さん。私は体中にその血を浴びた。
私をかばって、二人は死んだ。
人殺し。
赤い、赤い、赤い。
コレが、血・・・?
キモチワルイ
『へへっ・・・俺たちに逆らうからこうなるんだよ。さて、お嬢さん。俺たちの相手してもらおうか』
声は出なかった。感情がどこか遠くへ行ってしまって。
その夜、私は血の中で何人もの男達に犯された。
痛い。苦しい。汚い。
私は穢れてしまった。
気が付くと、そこは島原。店主から数人の男達が私をここに売ったことを聞いた。
「女郎屋に売られたと知ったとき。私、安心したんです」
「安心・・?」
「えぇ。」
だって――
「ここなら、この穢れた身体を隠せるでしょう?」
悲しそうに笑うを見て、思わず三上はを腕の中に収めた。
「お前は全然汚くねぇよ」
「・・・・・・」
「俺と同じ。俺も穢れた存在だから」
「貴方が?」
「俺も、人を殺した。一人や二人じゃねぇ。何人も何人も」
「そんな・・」
「赤い血を隠すには同じように穢れを重ねるしかないだろ?」
「でも私は!」
「お前を否定したら、俺は俺を否定したと同じことになる」
そっとの瞳を見つめ、触れるだけの口付けを交わした。
三上の目は優しく、美しい。
探していたんだ。俺と同じ目を持つもの。俺を理解しうるもの。
「俺と来い、」
力強い目。それは、の心を全て理解できるたった一人の人間がもつ瞳だった。
この人の痛みをわかってあげられるのも、私の痛みを理解できるのも・・・。
この人だけなんだ。
「一緒に、来い」
「――・・・はい」
静かにこぼれた涙。何年ぶりに泣いたのだろうか。
その夜、静かには泣いた。
人の温かさを感じながら。
関西弁と江戸弁?が混ざってる・・・;;
花月
