そいつの歌声はとても力強くて
だけどどこか繊細で
まるで本当の
俺自信みたいだった――
君 の 歌 声
東京選抜の練習があった、その帰り道。新しいスパイクがほしくて、俺は政輝たちと別れたあと繁華街に寄った。
この時間にもなると、かなりガラが悪くなっている。俺を女だと勘違いして声をかけてくる奴もいた。当然背負い投げして、さんざん言ってやって、動かなくしてからその場を離れたけど。
さっさとスパイク買って、早く帰ろ。こんなとこにいたらバカになる。
急ぎ足で街を歩くと、たくさんの音が聞こえてきた。店から流れる音やギターを片手に歌っているストリートミュージシャン。うるさくてしょうがない。
いつもなら別になんとも思わないけど、今日はなぜかイライラしていた。急ぐ足が、余計荒くなる。
そのとき。ふと、俺の耳に綺麗な旋律が聞こえてきた。
鈴の音のような美しい声、この街には似合わぬバラード調の歌。あらゆる面で、そいつの歌声はどこか違って聞こえた。
(どこから聞こえるんだ?)
あたりを見回す。ガシャガシャとアコギをかきならす二人組みの男。これは違う。ただうるさいだけ。
バラードだけど、こいつは男だ。こいつも違う。いったいどこで歌ってるんだ?まさか、幻聴?
一人道の真ん中に立ち止まってキョロキョロしていると、すぐ後ろに女が一人座っていた。
そいつはギターを手に持って、ケースの上に腰掛けている。普通ケースって広げて前に置くもんじゃないの?不思議な奴。
だけど、こいつのほかに女は歌っていない。とすると、この女がさっきの歌を歌ってたのか?
しばらくそいつを見ていたら、はたと眼があった。相手も俺を凝視している。
そして、にっこり笑って手を振ってきた。
「おにーさん。一曲いかが?」
「は・・・・」
ストリートミュージシャンに話しかけられたのは初めてだったから、柄にもなく少し戸惑う。
だけどもし、この女がさっきの声の持ち主なら、もう一度聞いてみたかった。
「いいよ」
俺は女の目の前に座る。地面は冷たかったから、スポーツバックを下に引いた。
「おにいさん、可愛いね。よく女の子に間違われるでしょ?」
「いいから早く歌ってよ」
少しムっとしながら言うと、彼女は苦笑しながらギターを構えた。
そして流れる、美しい旋律。あの曲とは違ったけど、確かにあれはこいつの歌声だった。
力強くて、しっかりとした歌声。それに似合う、歌詞。
だけどどこか、繊細でか弱い。不思議な感じの歌だった。
彼女が歌うその声に、その歌に、俺は時を忘れて聞きほれた。なぜか親近感のわく歌。なんでだろう、心が和んだ。
曲が終わって、彼女が少し頭を下げる。俺も小さく拍手をしてやった。
「なかなか上手いじゃん。びっくりしたよ」
「そりゃどうも。そうだ、名前なんていうの?」
「俺?椎名翼。そっちは?」
「」
は笑ってそういった。さっきも思ったけど、の笑顔は好きだった。明るくて、爽やかって感じ。
「今の曲、どうだった?感想聞かせて」
「よかったと思うよ。ところどころ、音程はずれてたけど」
「あ、バレてた?」
「バレバレ。そんなんじゃ、プロになれないんじゃないの?」
そうだよね、とはまた笑う。俺もつられて笑みをこぼした。といると、なんとなく落ち着く。すごく楽しかった。
「今の曲、即興なんだ」
「へぇ。それにしてはよくできてたね」
「誰イメージしてたと思う?」
「誰?」
の細い指がゆっくりと俺を指す。
「君だよ。翼くん」
「はぁ?あの曲が俺?」
俺の外見で判断したんなら、到底理解できない。あんなに力強いイメージじゃないだろ?
自分で言うのもなんだけど、小柄だし、もっとこう・・・軽やかな感じの曲だとおもう。俺は絶対に認めないし、そんなの弾かれたら即効で帰るけど。
なのには、あんなに力強くて、堂々とした曲を歌った。少し繊細な部分も入っていたけど、それのどこが俺をイメージしたんだ。
「翼くんって、意外と毒舌。部活でキャプテンとかやってそうだったからさ」
当たってる。こいつ、予知能力でもあるのか?さらには続けた。
「翼くんの目は、とってもしっかり前を見据えてて、堂々としてる。それに、自分が一番だっていう自信も溢れてた。だから、こんな感じの曲。あってるでしょ?」
笑ってギターを抱えなおす。驚いた。こいつは俺を外見で判断したんじゃない。
一瞬で見分けたんだ、俺の本質を。これも才能なんだろうか。とにかく、素直にすごいと思った。そして嬉しいと。
「だけど、なんで繊細っぽい感じのフレーズが混じってたんだ?」
「あ、すごい。気付いてた?あそこは、奥底の部分だよ」
「奥底?」
奥底ってなんだよ、と迫れば、は自分の胸に手を当てて静かに言った。
「自分でも知らない、繊細な部分。人は誰しもそういうところがあるんだと思って。どんなに強そうでも強がっても、必ず弱いところとかはあるからさ」
俺の知らない、自分の奥底。そんなところまでも見抜いて、は歌ってたのか?
失礼なことを言われたにも関わらず、その言葉は俺の胸にしみこんできた。の歌った歌。それはまさに、俺自身だった。
「なぁ、はプロとか目指してるわけ?」
「もちろん!目指せ世界一!」
「世界一?」
「世界中に私の歌声を響き渡らせるの。すごいでしょ?」
あぁ、わかった。なんでが俺のことすぐに見抜いたのか。なんでこんなにも俺に似合う曲が作れたのか。
俺と似てるんだ、こいつ。夢に向かって、堂々と前へ突き進んでる。
それじゃあこれは・・・。
「の歌でもあるわけか」
「え?」
わけのわからないといった顔をして、俺を凝視する。その顔が少しおかしくて、俺は思わず笑い出す。会ったばかりなのに、なぜかすごくいい奴に思えた。
他人のことはわかるくせに、自分のことになると無頓着。そんなところも少し似てる気がする。
「、ジェラート好き?」
「うん!大好き!」
「じゃあ、もう一曲歌ってくれたら、奢ってあげる」
「ホント!?よっし!それじゃ、もう一曲・・・」
綺麗なギターが響き渡る。まるで、ここだけ違う空間のような感じがした。
俺は黙って目を閉じる。の歌声が耳の奥から響いて、心に伝わった。
その美しい歌声は、いつまでも響いて
夜の街に彩を添えた。
そして、俺は思う。
いつかこの歌声を
自分だけのものにできたらと・・・。
リクエスト企画の翼夢です。深崎トキさまに捧げます!
花月
