自分でもよくわからない
いつからこんな風になってしまったんだろう
誰からこんなこと教わったんだろう
これからどうなってしまうんだろう
綺麗な雫
あの日、と話してから俺はよく屋上へ来るようになった。
理由はわからないけど、なんとなく足が向く。そして必ずといっていいほどそこにはがいた。
今日もドアを開けるといつものようにフェンスに寄りかかったがタバコをふかしてた。
「どーも。また来たの?」
「お互いさまだろ」
まーね、と彼女はタバコの火を消す。なぜだか最近、は俺と話すときにタバコを吸わない。
前はいつでもどこでも吸ってたのに、今ではめったに吸わなくなっていた。
「なんか進展はあった?」
「進展って・・・;別に何もないよ。お前のお仲間に睨まれるくらいで」
「そりゃ〜なにより」
全く他人に興味のないふりして、こうやってさりげなく俺を気遣ってる。一体何を考えてるのかわからないけど、そんなに悪い奴じゃないかもしれないと俺は思い始めていた。
隣にいると、なんだか普通の子みたいでそんなに怖くないしな。
なにより傍にいるだけで、不思議と落ち着いた。
になら素直になんでも言えそうな気がして、居心地がいい。
こんなこと言ったら、また鼻で笑われるんだろうけど。
「、その傷どうしたんだ?」
両腕に巻かれている包帯を見て俺は思わず声をあげる。確かに昨日まではこんなもの巻かれていなかった。
「ん?あ〜コレね。別になんでもないよ」
「なんでもないわけないだろ!いったい何があった・・・」
そこで俺は言葉を失う。の目が、あまりにも寂しそうだったから。
その目は「何も聞かないで」といっているようで、とても痛々しく感じた。
俺が手を離すと小さく礼を言われた。
何かがあったのは明らかなのに、それを聞き出せない自分に腹が立つ。
少しでもの力になりたいと思った。を守れる自分になりたいと願った。
今まで感じたことがないこの気持ち。なんて呼ぶかはまだ分からない。
あちゃ〜見られちゃったよ。真田って意外と鋭い。
「心配かけちゃったかな・・・」
小さくつぶやいた言葉は、静かに響いて消えた。上を見上げれば夕暮れにタバコの白い煙が吸い込まれていく。
(これからどうすっかね)
短くなったタバコを投げ捨てて、新しいタバコに火をつける。
真田が見つけたこの傷は仲間につけられたものだった。理由は簡単。私が裏切り者だから。
この前私が真田を呼んだのは、本当は焼きを入れるためだった。真田は候補じゃなくて、完全に私たちの敵となっていた。
私が同じクラスということもあって、この役を回されたわけだけど、私はそれをしなかった。
今思えばなんであの時殴らなかったんだろうと思う。無傷の真田をみて、仲間は私を裏切り者と判断した。そして、このざま。要するに、袋叩きってこと。
だけど、これだけであいつらが満足するはずがない。今日あたり、また何かしら仕掛けてくるだろう。
そして私の予想通り、再び取り囲まれる。ニヤニヤとした笑顔に嫌気が差した。
「、ちょっとツラ貸せや」
リーダーの子が私を見下ろす。ここで逆らってもなんの得にもならないので、とりあえずおとなしくついて行った。たどり着いた先は、校舎裏。リンチをする定番の場所だった。
「もう一回チャンスをあげる」
茶色い髪をいじりながら言うこの子の言葉が理解できなかった。いったい何の話?
「今日中にあの野郎をボコってきな。それが出来なかったら今度は本気でお前をボコすから」
簡単でしょ?と周りの子が笑う。何言ってんの?この人たちは。
真田をボコす?そんなことで良いならいつだってやってあげる。簡単だよ、そんなこと。
ただあいつを殴るだけで元の生活に戻るんだったら、私は今すぐにでもあいつを殴りに行くよ。
胸が痛むのなんて、気のせいだから。
「わかった」
短く返事を返して、足早にその場を後にした。そしてその足で真田の元へ向かう。
放課後なら、まだ屋上にいるはずだから。
急いだ。なんだか知らないけど、早く屋上に行きたかった。少しだけ小走りになる。
さびたドアを開けると、そこにはやっぱり真田の姿があった。
「・・・?」
不思議そうに私を見つめる。それもそのはず。私がこの時間にここへ来たことなんてなかったからね。
「どうした?なんか顔色悪いぞ」
心配した顔で真田が近づいてくる。だんだんと距離が縮まるにつれ、私の心臓が早く動いた。
来ないで、来ないで。私に触れないで――!
一瞬の出来事だった。気が付けば真田の頬は赤くはれてて、私の手がジンと痛んだ。
殴ってしまった。真田のことを。
「なにすんだよ!いきなり」
「あ、えっと・・・ゴメン」
何謝ってんのよ、私。これからボコすんでしょ?何を怖がってるの?
今まで何回もやってきたことをやればいいだけ。ただ相手が変わっただけ。
なんで今回は上手くできないんだろう。
「なんかあったのか?」
真剣な目が私を捉える。全てを見透かすような、そんな目。
そんなとき、ふと思った。真田になら、全てを話してもいいんじゃないかって。
ここで全部話しても真正面から受け止めてくれるんじゃないかって、そう思った。
私の中で、何かが切れた。
「で、きない・・・」
「え?」
「真田を殴るなんて、できないよ・・・」
俯いて、小さくつぶやいたと同時に私は走り出す。後ろから真田の声が聞こえた。
(私はバカだ。世界一の大バカものだ。大切な人を傷つけようとするなんて・・・!)
さらに速度を上げる。もっと早く、もっと早く。
(真田が好き。そんなことにも気が付かないで)
悲しかった。だけど涙は出なかった。そこで初めて気が付く。泣き方を忘れてしまったんだと。
息を切らしてたどり着いた先には、ガラの悪い人たちが私の帰りを待っていた。
地面に座っていた彼女たちは、立ち上がって私を囲む。そしてまたあのニヤニヤした笑顔を浮かべた。
「お帰り、。ちゃんとやってきた?」
「やってない・・・」
「はぁ?」
「私には、できなかった・・・・」
顔色が変わって、空気が冷たくなるのが分かった。これから何が起こるかなんて、容易に予想がつく。
「それじゃ、しょうがないね」
その言葉と一緒に、激痛が走った。力が抜けて倒れこんだ私を今度は何人かで同時に蹴りつける。
この前見てた女の子を思い出す。そして、後ろのほうで私を見ている子と目が合った。
こんなに小さく見えてたんだ。見てるだけのやつって。
この中の誰よりも汚く見えた。急に自分が恥ずかしくなる。
いい加減蹴られすぎて、意識が遠のいていった。このまま死ぬのも悪くないかもと思ったころ。一番聞きたかった声が聞こえてきた。
「やめろ!!」
一斉に彼女たちは蹴るのをやめて振り返る。そこには肩で息をしている真田の姿があった。
「ケーサツに電話したのは俺だろ。だったら俺を殴れよ」
芯のある声だった。嬉しい言葉だった。何もかもが暖かく思えた。
「それじゃあお望み通り、お前をボコしてやるよ」
私の周りから離れて今度は真田を取り囲む。それでも動じず、真田はただ立っていた。
リーダーの子が勢いよく真田の頬を殴る。それを皮切りに、リンチが始まる。
「や、め・・・て・・・・」
なんとか止めさせないと。私が望んだのはこんなことじゃない。私は真田を守りたかっただけなの。
「お、ねが・・・やめ・・・・」
ゴメンね真田。私の所為で、真田が痛いめに合ってる。
あぁ、コレは罰なんだ。今まで私がしてきたことへの罰。
私は、なんてことをしてきたんだろう・・・。
真っ暗になった視界の中に、真田の姿を見つけた。
「!おい、しっかりしろ!」
私を呼ぶ声で目を覚ます。ぼんやりとした視界に傷だらけの真田が映った。
「さ、な・・・だ?」
「大丈夫か?」
横たえる私をしっかり支えて、真田は心配そうな声をだす。体中痛くて、頭が上手く回らない。
「ゴメンな、」
「なんで、真田が・・・謝るの?」
だって変じゃない。謝るのは私の方でしょ?
「守ってやれなかったから・・・」
あぁ、なんでこの人はいつも
「ゴメンな」
私の欲しい言葉をくれるんだろう。
「うっ・・・さ、なだぁ!!」
私は泣いた。まるで生まれたての子供のように。大声をだして、泣きじゃくった。
本当はいつも辛かったんだ。それを誰かに気付いて欲しかった。
いつも泣きたかったけど、ずっと我慢してた。そしたら、いつの間にか泣き方を忘れてしまっていたんだ。
今思い出したよ、真田。泣くことの意味。私自身を見つけられたよ。
ありがとう、綺麗な雫を思い出させてくれて――
それから私たちがいつも傍にいるようになって
屋上で毎日笑いあって
帰りに手をつなぐようになるのは
もう少し先のこと
後編です。なんだかよくわからない話になってしまった・・・;
花月
