いつもはにぎやかな教室
放課後、静かになったそこにいたのは
他でもない君だった
窓の外
忘れ物をとりに放課後の教室に行けば、窓側の机に座っているがいた。
綺麗で頭がよく、性格もいいからクラスでも人気のは、俺にとっても興味のある存在で。
だけど、話したことはなかった。いや、正確には会話したことがなかった。
興味があるけど、はどこか他人に距離を置いているような気がして、女が苦手な俺としては近寄りがたい奴。
そんなと二人きりで教室に居合わせるなんて、運がいいのか悪いのか。
「真田くん」
「え、あ・・・・なに?」
「いつまでそこにいる気?」
「あ・・・・」
思わずに見惚れていて、ドアの前に突っ立っていた俺にが声をかける。
忘れ物とりにきただけじゃねぇか。なんでこんなに緊張してんだか。
まぁいい、さっさと帰ろう。なんか居辛い。
俺の席はの二つ後ろ。なぜか音を立てないように気をつけながら、静かに席へと近づいていく。
男にしては綺麗だと思う机の中を漁れば、明日の課題になっていた数学のプリントを見つけた。
ふと、前を見る。は少し開いた窓から吹く風を感じながら、ただそこに座っているだけだ。
授業中の風景と似ていた。あいつはいつだって、まともに前を見たりしない。
ただ、頬杖をついて窓の外を眺めているだけ。
俺も一度だけ真似してみたが、グラウンドが見えるほかには特に変わったものはなかった。
それでも彼女は外を見る。いったい何が楽しいんだろう。
の目には、この風景が別に映って見えているんだろうか。
数学のプリントをファイルに入れて、鞄に放り込む。がさがさという音はすぐに教室から消えて、また静かなところに戻った。
チカっとまぶしい光が眼に入る。見ると、雲間から射す夕日が教室内を照らしていた。
朱色の光が、の顔に降り注ぐ。
風に揺れる黒髪、伏し目がちな眼、儚い表情。そして、やわらかい夕日。
俺は言葉を失った。
まるでこの世のものとは思えないほど美しい、美術の作品みたいに整ったの姿。
いつもなら赤くなって目を逸らす俺も、このときばかりはをただ黙って見ていた。
不意にが頬杖を止め、前を見た。小さく息を吐きながら。
それと同時に俺の金縛りも解かれる。そして、今までの自分を思い出し、とたんに赤くなった。
「どうしたの?」
「え?」
自己嫌悪に陥ってる最中の俺に、は前を見ながら尋ねる。
そしてもう一度、今度は俺の目を見て言った。
「授業が終わったらすぐに帰る真田くんがこんな時間にいるなんて、どうしたのかと思って」
別に咎められているわけでもないのに、なんだか緊張してしまう。
俺のことなんて全く興味のない奴だと思ってたけど、すぐに帰ること、知ってたんだな。
意外。そして、少し嬉しい。
「数学のプリント忘れたから、とりにきたんだ」
「あぁ、そっか。明日数学あるもんね」
あの先生嫌いだなぁ、とは少し笑った。
いつも教室で遠くから見ていたはずの笑顔。だけど今は、自然と笑えてるって気がした。
の周りにはいつも人がたくさんいるけど、本人はいつも孤独そうに見えたから。
「こそ、なんでいるんだよ」
「んー?待ちぼうけ」
「は?」
「だから、待ってたんだって」
「誰を?」
「来る人を」
よく意味のわからない答えを返して、はまた前を見る。
その横顔は、切なそうだった。
人を待つのには不自然な感じがする。どこか、寂しそうな、不安そうな。
また風が吹いて、の髪を揺らした。それを優しく受け止めて、すっと立ち上がると、静かに窓を閉める。
「ねぇ、真田くん」
窓の外を見ながら、静かに呼ぶ声。凛とした雰囲気の声。
なに?と返す。少し上ずった俺の声。
「ここからは、何が見えると思う?」
すぐには答えられなかった。
窓から見えるものなんて、グラウンドとか校門とかだけど、彼女が聞いているのはそんなことじゃないことくらい、わかっていたから。
もしかしたらは、それを探していたのかもしれない。
いつも窓の外を見ながら、ただひたすらに、窓から見えるものを探していたのかもしれない。
「には何が見えてるんだ?」
は少し驚いたような、嬉しいような複雑な表情で俺を見る。そしてまた、窓を見た。
「空が、見えるの」
「空?」
半分開いたカーテンの隙間から、空を仰ぐ。夕焼けに染まった空は、普段の教室からではまったく見られないほど美しかった。
「空には表情があってね、日によって違う。まるで人間の心みたいに」
いつも授業中に、の考えてることが少しだけわかった気がする。
彼女はいつも、そんなことを考えながら毎日空を見ていたんだ。
俺が見ていたのは、グラウンドとか下のほうばっかりだったけど、は違う。
もっと大きくて、高いものを見ていた。ずっとずっと偉大なものを。
「俺にも見えるよ」
「何が?」
「空。真っ青に広がる、大きな空」
うん、と彼女はまた笑った。今度は満面の笑みで、にっこりと。
俺もまた赤くなる。でも、恥ずかしいからとかじゃなくて、の笑顔に照れたから。
まだまだヘタレだって、言われそうだな。この先しばらくは。
「それじゃあ帰りましょうか」
「え、待ち人はいいのかよ」
「だってもう来たから」
「誰が?」
「真田くんが」
は俺の手を取って、早々に教室を後にした。
「一緒に空を見られる人、待ってたの」
振り返りざまに笑ったの顔は、とっても満足したものだった。
こっちのほうが全然いい。いつも教室で見てたより、ずっと生き生きしてる。
「ずっと待ってたんだよ。毎日放課後、あの教室で。それでやっと現れた」
そのあどけない笑顔は
「真田くんだと思ってたんだ」
やっぱり綺麗で、見とれてしまった。
握られた手を強く握り返して、今度は俺が先を行く。
少し歩調が速かったのは、早く外に出てと空を見上げたかったから。
「今度は一緒にみような、空」
の顔は見られなかったけど、きっと彼女は笑っていただろう。
「うん」
ほんのちょっとの言葉だったけど、俺には充分伝わった。
の細い手が、俺の手をしっかりとつなぐ。
そのまま俺達は、青の下に飛び出した。
明日教室で、窓の外を見たら
そっと上を見上げてみよう
きっと一人で見るより、二人で見た空のほうが
ずっと青いと思うから。
意味不ドリーム一馬編。いや、いっつも意味わかんないんですけどね;
花月
