誰もいないはずの校庭には
ボールを蹴る音がこだましていた
真夏の儚き恋の夢
九州選抜の練習を終え、カズは暗い夜道をテクテクと歩いていた。
練習の後、昭栄たちとラーメンを食べていたため、ずいぶんと遅い時間になってしまった。いつもなら人通りの多い国道沿いの道を通って帰るのだが、時間が時間だったので、少し近道をすることにする。
カズの家は自分の通っている学校の近くにあるため、学校を通りぬけたほうが明らかに早いのだ。
「っち。あのバカ昭栄が何杯も食いよるけん、こげん時間になってしまったと・・・」
育ち盛りの中学生は食べる量が半端じゃなかった。あらためて昭栄の胃袋に恐れを感じる。
重たいスポーツバックを背負いなおしながら、夜の闇に聳え立つ校舎の前を足早に通りすぎた。
別に幽霊の類を信じているわけでも、怖いわけでもないが、どうにも夜の学校というのは薄気味悪い。
そして、ちょうどサッカー部が使用しているグラウンドに差し掛かったとき、なんとも不思議な音が聞こえてきた。
-ポーン ポーン-
とたんに冷や汗が流れ落ちた。夜の風が不気味に吹き渡る。
(ま、まさか・・・・)
トレードマークである迷彩帽をかぶり直し、スポーツバックをおいて恐る恐るグラウンドの方へと足を運んだ。
こんな夜中に学校へ忍び込むなんて、決していいことじゃない。自分の中に広がる正義感はすでに恐怖を上回っていた。
グラウンドの照明設備は職員室からでしか管理できないため、当然ついていない。
そのため、相手の姿はおろか、自分の足元も見えにくい状態だった。
近づくにつれ、音が大きくなる。しかし、その音は以前にも聞いたことのあるようなものだった。
石造りの段差を降りきって、ようやくグラウンドの土を踏んだとき、カズは暗闇に動く人物に声をかけた。
「おい、こげん時間になんばし―――」
-ドカーン!!!-
何が起きたのか一瞬分からなかったが、顔面に受けた激痛で全てのことを理解した。
つまり、ボールが思いっきり顔に直撃したのだ。
重力に従い、カズはゆっくりと倒れていく。
「え!?なに?人!?!!?」
最後に聞いたのは女のものと思われる声。夜の星を見ながら、カズの意識は遠のいていった。
額にひんやりとした感触を受けて、カズは意識を取り戻した。
「っ・・・ん?」
目を開けると、空の星が目に入る。それと共に、顔面にも再び痛みが蘇った。
「あ、気が付いた?功刀くん」
「・・・・、か?」
外灯の光に照らされて傍らに座る女の顔が浮かぶ。それはカズのクラスメイトでもある、だった。
「さっきはゴメンね。まさか人がいるなんて思わなかったから」
「あぁ、別にかまわんたい。それよか、なしてこげん時間にこげんとこにおるとね?」
「コレ♪練習してたんだ〜」
サッカーボールを掲げて、笑顔をみせる。どうやらかなり使い込んでいるらしく、そうとう汚れていた。
「、サッカーやっとるんか!?」
「え?やってるけど、知らなかった?」
全く知らなかった。クラスではサッカーのサの字も知らないような感じだったし、第一まともに話したのも今がはじめてのような気がする。
つい一週間前に転校してきたばかりだから、しょうがないといえばそれまでだが。
「向こうの学校では女子サッカー部にも入ってたんだけど、ここにはないからせめて自主練でもしようかと思ってね」
「それやったら、こげんとこでやらんでも、近くに照明設備のあるフットサル場があるやろ」
「あ、そういえばあったね!そっか、そこ使えばいいのか〜なるほど」
ポンと手を叩いて本気で関心しているに、カズはため息をついた。
だいたい意識が足らなすぎったい。今何時やと思っとーや?
襲われても文句言えんぞ、と心の中で毒づきながら、上半身を起こして帽子をかぶる。
まだ少し痛みは残るが、さっきよりはだいぶマシになったようだ。
「ねぇ、功刀くん。功刀くんもサッカーやってるんだよね?」
「そうやけど。なして知っとーと?」
「だっていっつもサッカー雑誌持ってるし。現に今もサッカーセット持ってるしね」
サッカーセット・・・あぁ、このバックのことか。
大きく膨れ上がったスポーツバックからは確かにユニフォームなどが見え隠れしていた。
「功刀くんなら・・・そうだなぁ、MFってとこ?」
「俺はGKたい!!」
「えぇ!?そんな華奢でGK!?」
カズの顔に青い十字路が出来上がる。
「ほぉ〜。、まさかお前が俺にケンカ売るような奴やとは思わんかったばい・・・」
「あ、えっと・・・ご、誤解だよ功刀くん!あはは・・・;」
は冷や汗をかきながら急いで弁解をする。それでも内心はやっぱり驚きを隠せないようだった。
「まぁ、よか。そんで、はどこのポジションね?」
「私?私はFWだよ!こう見えても部内1のエースストライカーだったんだから」
自慢気に胸を張る。するとカズは立ち上がり、スポーツバックからさっさと自分のサッカー用品を取りだした。
その様子をただ黙ってみていると、カズが足早にグラウンドへ降りていく。
「ホラ、なんしよるか。早う降りてこんね」
「まさか・・・勝負しようなんて言わないよね?」
「なん言いよっと。当たり前やろ。ここまで第一印象でコケにされたんは始めてやけん、俺の実力ば見せちゃーよ」
帽子の下から覗かせるカズの瞳は、以上に自信でいっぱいだった。
「それとも、尻尾ば巻いて逃げるんか?」
その言葉にムカっときたは、冗談じゃない!とカズに続いてグラウンドに下りていく。
ふっと短い笑みをこぼして、カズはゴールの前に構えた。もPKの定位置につく。
「一発勝負よ?」
「どんと来い」
ある程度の助走をつけて、は一気にボールを蹴り上げた。
ものすごい勢いをつけてゴールに向かっていくボール。それはカズの真正面に放たれた。
(真正面。余裕でさばけるけんな)
しかし、途中まで一直線で来ていたボールは突然軌道を変え、右側に鋭く曲がった。
「なんや!?」
「へへ〜ん!いただき♪」
が笑顔でガッツポーズをする。しかし、それはカズの心の中でも同じことだった。
「それはこっちの台詞たい!」
帽子が飛ぶのも忘れて、カズは右側に横っ飛びする。そして・・・
「そ、そんなぁ〜;」
「ふぅ。まぁ、こんなとこやろ」
ボールを軽く真上に投げて得意そうにを見つめる。それとは対照的にはがっくりと肩を落とした。
「すごいなぁ〜功刀くん。私の切り札だったのに」
「こそすごかぜ。俺やなかったら、入れられとった」
「すっごい自信家〜」
「事実たい」
夜の風が二人の間を通りすぎた。
熱い勝負を繰り広げた二人は、それぞれの家路に帰るために歩いていく。
もちろん、カズはを送るために自分の家とは反対の方向へと進んでいった。
「にしても意外だったな〜。功刀くん、クラスでは静かだったから、あんなに楽しそうな顔もするんだね」
「、俺に恨みでもあるんか;」
本人に悪気は全くないのだろうが、まるで自分がいつも仏頂面でいるかのように言われたカズは少なからずショックを受けた。
「こそ意外やったと。あんなシュート打つような奴には見えんかったばい」
「まぁね、よく言われる」
にっこりと笑ったの顔を直視してしまったカズは、頬を少し赤く染める。
しかし、すぐにそれは心配そうな顔に変わった。が俯いたからだ。
「?」
「向こうでは女の私でも十分にサッカーができてた。だけど、こっちは女子サッカー部もないし、まともに練習できる場所も相手もいない。だから・・・」
「今日功刀くんとサッカーできて、とっても嬉しかったよ」
寂しそうに笑うを見て、カズは思う。もし自分がの立場だったら、この状況に耐え切れただろうか?
サッカーがしたくてもできない現実。それはとても辛いことだということは、十分に理解できる。
考えただけでも、胸が張り裂けそうになった。
「それやったら、俺とすればよか」
「え?」
立ち止まったカズに向き直り、が驚きの声をあげる。カズはしっかりとを見据えた。
「俺が練習相手になってやると。やけん、お前は堂々とサッカーすればよか」
「な、なんで?まともにしゃべったの、今日がはじめてなのに・・・」
「口で言っても分からんようやな」
そういうが早いか、カズはを自らの腕に閉じ込めた。
「く、ぬぎ・・・くん?」
「カズでよか、」
ずっと見ていた。クラスでもずっと。だけど、声がかけられなくて、ただ遠くから見ているだけだった。
だから、今日とサッカーができて嬉しかった。
見とるだけなんて、もう耐えられんたい・・・
「好いとー奴が困っとる姿なんぞ、見たくなか」
の手がカズの背中に当てられる。
「ありがとう、功刀くん・・・いや、カズ」
「大好きだよ」
そう言ったの声は本当に嬉しそうだった。
夏の夜の儚き恋の物語
本当は昨日UPする予定だったんですが、どうもコレだけ上手くいきませんでしたので、今日発表です。
なにコレ?と思った方。すみません;見逃してやってください。
最後の方とかかなり強引ですね。しかも、コレカズさんじゃねぇだろ。
もっとがんばりますので、見捨てないでやってください(切実
花月
