嫌なことがあったわけでも
ぐれてやるって落ちたわけでもない
ただ、そこに
それがあっただけ
メンソール
学校の屋上。
透き通るような青空には、のんびりと進む雲が浮かぶ。
貯水タンクの上からその空を見上げれば、自分がどれだけ小さい存在かを思い知ることができた。
何時間目かもわからない開始のチャイムが、ほんの10分前に鳴ったことを思い出し、軽く舌打ちを打つ。
今日は朝来てから1回も教室に行っていなかったから、欠席扱いになるのだろう。
それでも教室へ行く気は起きなかった。
ここのほうが居心地がいいし、なにより真面目に授業を受けるほど優等生でもないから。
こっちのほうが私らしい。
白い煙を吐き出しながら、そんなことをぼんやり考えた。
「うわ、ヤニ臭っ」
その声が聞こえたのは、それから1分も立たないうちだった。
びっくりして貯水タンクから下を見下ろすと、見慣れた顔をした少年が一人。
真田一馬。私の彼氏。
「一馬ぁ」
「やっぱりここにいたか、。朝から姿見えなかったから心配しただろ」
「なんで来てるってわかったの?」
「ん?なんとなく」
以心伝心というかお見通しというか。
一馬は私のことに関して、すこぶる勘がいい。
まぁ小さいときからの付き合いだから、私だって一馬のことくらいわからなくもないが、それ以上に一馬は私を理解してくれていた。
私の顔を見て安心したのか、ふっと微笑んで貯水タンクをのぼる。
スイスイと上を目指し、たどり着いた場所は私の隣。
まるで指定席といわんばかりに、一馬は私の隣になじんでいた。
一馬が隣にいるだけで、なんか落ち着く。
これはきっと錯覚なんかじゃないはずだから。
短くなったタバコを携帯灰皿に押し付けて、新しいそれにまた火をつける。
ふぅ、と紫煙を吐き出せば、より一層落ち着きが増した。
青い空に煙が舞い上がっていく。
なんとも幻想的な感じがして、少し嬉しかった。
「、タバコ止めろって言っただろ?」
「だって止められないんだもん。一馬は吸わないの?」
「俺はサッカーやってるから・・・走るの辛くなるのいやだし」
「私スポーツやってないもん」
「若いうちから吸ってると肺がんになるぞ」
「それ、お母さんの言葉みたい。あ、一馬はお父さんか」
「俺はを心配して・・・」
「あー空が綺麗だなぁ」
「話をごまかすな!」
まったく、と一馬は小さくため息をついた。
そのしぐささえ愛しく感じながら、私はまた煙を吸って吐き出す作業を繰り返す。
タバコを始めたのは、単なる好奇心。
別に誰かにあこがれたとか、かっこいいとか思ったことは一度もないし、身体に悪いことだって充分わかってる。
現に最近長い階段をのぼると息切れするようになった。
でも、やめられない。タバコって恐ろしいな、とつくづく思う。
「は昔から屋上でタバコ吸うのが好きだったよな」
「そうだっけ?」
「ってかお前いつから吸ってた?」
「えーっと・・・小6くらい」
「親が聞いたら泣くな」
「とっくに知ってるよ」
「何にも言わないのか?」
「うん」
「すげぇな」
一馬もちょっとだけ吸ってみればいいのに。
おいしい・・・とは思わないけど、すっきりするのは確か。
体中のモヤモヤが煙と一緒に吐き出される気がする。
息を吐く、ということがこんなにもむずかしいなんて、知らなかった。
「なぁ、」
「なに?」
「それ、美味い?」
「・・・・・・・・・・・・・」
一馬がタバコに興味を示したのは、これが始めて。
今までタバコ関連の言葉といえば、止めろとか身体に悪いとかしか言わなかったのに。
スポーツ選手には縁遠いこのタバコというものに、一馬が興味をそそられるのは当たり前のことだけど。
だって、人間ってのは縁遠いものほど輝いて見えるものだから。
だから、好きになってくれそうもない人を好きになるとか、そういうのもあるでしょ?
――ちょっと違うか。ま、とにかくまともな反応ってこと。
「一馬も吸う?」
「・・・いや、吸うのは嫌だ」
「じゃあどうやって味確かめんの?」
しばらくの沈黙が続いたあと、一馬は何かひらめいたように目を見開いた。
「確かめられるよ」
「?」
不意に一馬の顔が近くなったと思った瞬間。
私たちはキスをした。
「・・・だいたーん」
「苦っ」
一馬ってたまに意表をつくよね。
でも、嬉しかったりするのもホント。
「タバコの味はいかが?」
「まずい。よく吸えるな、」
「慣れればいいってだけだよ」
一馬は自分がしたことを恥ずかしがっているのか、顔を赤らめている。
かわいい、なんて口に出してみた。
「ねぇ、一馬」
「ん?」
「一馬がタバコ吸い始めたら、私はタバコ止めるよ」
「何で?」
「だって、二人ともヤニ臭くなる必要ないじゃん?」
「タバコの味忘れるかもよ」
「忘れないよ」
「どういう意味だ?」
だってさ、いつでも味わえる。
「こうやって、思い出すから」
触れるだけの、キス。
お返しだよ、と微笑めば一馬もまた笑い出す。
いつもするキスの味。
それはきっと恋の味。
タバコは20になってから
花月
