私を見ないで
嫌われたくないの
疎外されたくないの
お願いだから
私を見ないで
見 な い で
鏡の前。流れる水の音を聞きながら、私は目の前に写る自分自身を見ていた。
黒く長い髪、白い肌。どれも綺麗だと評されてきたもの。だけど、私にはひとつだけ欠点がある。
「赤い・・・」
カラコンをとれば、そこに写るのは赤い瞳。充血とかそういう類のものじゃなく、本当に目が赤い。まるで獣みたいだった。
小さい頃、この目の所為でよく親を泣かせた。なんでこんな子が生まれてきたのかといつも否定の言葉ばかり聞かされて。
おかげで気付けばあまり笑わない人間になってた。他人の顔が近づくたびに、目のことがバレたんじゃないかと怯える。
仲のいい友達ができれば、この目のことを知って離れていってしまうんじゃないかと怖かった。
私はダメな人間。他のものがどんなに優れていても、この目がある限り完璧にはなれない。
どうして私だけ、こんな瞳なんだろう。他の子はみんな黒いのに。髪も黒なのに、瞳だけ。
ひとつため息をついて黒いカラコンを付け直す。もう一度鏡をみると、もう一人の自分がおぼろげに写っていた。
こんなの、本当の私じゃない。
そう思っても人前でカラコンをとることなど絶対にしなかった。他人の反応なんて、分かりきってる。怯えるか珍しがるか、どちらか。
「汚いなぁ・・・」
誰に言うわけでもなく、でも自分に言ってるわけでもなく、呟いた。何が汚い?表面だけいい他人?それともこんな目を持ってしまった自分?
そんなの、私だってわからなかった。
またひとつため息をついて水道を止める。トイレから出ると、放課後の廊下はしぃんと静まりかえっていた。その静けさが心地よい。
他人から一歩距離を引いて、傷つかないように自分を守って。それでいいと思ってた。
だけど時々考える。もし、この目を好きだと言ってくれる人がいたら。もし、私を愛してると心から言ってくれる人がいたら。
その人はきっと神様に違いない。いや、きっと神様よりもすごい人。およそそんな人など、いるわけがなかった。
ぼんやりと冬の廊下に漂う冷たさを感じて歩いていたら、突然ドンという衝撃と共にしりもちをついた。
腰を打った痛さに顔をしかめて上を見上げると、そこにはどこかで見たことある・・・というかクラスメイトが同じように顔をしかめてたっていた。
「あ??」
「三上・・・」
三上亮。名門と名高いうちのサッカー部で10番を担っているすごい人、らしい。全部人から聞いた情報だから、うるおぼえだけど。
三上は私に手を差し伸べて、そっと立たせてくれた。その代わり謝罪はない。感じがいいのか悪いのか、よくわからない人だった。
立ち上がったところで、三上の顔が一瞬ゆがむ。何かと思って考えてみたとき、私の顔から血の気が引いた。
「お前、その目・・・」
しまった。ぶつかった衝撃でカラコン落としたんだ。慌てて目を隠し、その場を離れる。カラコンを探すことより、この目を少しでも早く他人の視線に入れないことのほうが重要だった。
後ろから三上の制止がかかっているけど、そんなこと聞くはずがない。第一、頭の中ではそれどころではなかった。
見られた。もうおしまい。私が作り上げてきた人生が全て狂ってしまった。
明日からきっと私はさらし者。赤い目を持つ異端の存在。もの珍しいピエロ。恐ろしい獣。
がむしゃらに走って、必死に走って、ようやく足が止まったところは学園の並木道だった。下校している生徒はいない。かわりに、グラウンドからは部活をやってる生徒の声が聞こえてきた。
頭の混乱が収まらない。聞こえる音全てが否定の言葉に聞こえた。
見てよあの目。怖い。さんってあんな子だったんだ。ヤダ、一緒にいたくない。
「やめて・・!」
私は違うの。こんなはずじゃないのに・・・私はこんな目を持ちたくて持ったんじゃない。
私の所為じゃないの・・・!
頭を抱えてその場にしゃがみこむ。涙は出なかった。ただ頭の中に響く真っ黒な言葉を抑えるのに必死だった。
ふわっと、背中に暖かさを感じる。その瞬間に声たちは姿を消した。
後ろを見ると、三上が息を切らして立っていた。肩には武蔵森サッカー部のジャージがかかっている。今まで三上が着ていたのか、とてもあたたかかった。不思議と落ち着く。
「なんも言わずにいきなり逃げんな」
大きな息を吐いて、三上はそう言った。変な感じがした。てっきり怯えているか面白がっていると思ったのに、彼の様子はいたって普通。普段となんら変わりない。
なんで?私が怖くないの?ボーっと三上を見ていたら、またさっきみたいに手を差し伸べて立たせてくれた。
「・・・・ありがと」
今度はちゃんとお礼が言えた。もしかしたらそれは、立たせてくれたことじゃなくて追いかけてきてくれたことへの感謝だったのかもしれない。
心のどこかで期待していた。私を受け入れてくれる存在になってくれないかと。
私の目を見ても、普通に接してくれたことが何より嬉しかった。
ぶっきらぼうに差し出された手にはカフェオレ。自分はブラックコーヒーを買っていた。
裏庭のベンチで暖かいカフェオレを飲む。何かがふっと解けて軽くなる気がした。
何も言わずここまで連れてきて、何も言わずブラックコーヒーを飲む三上。やっぱり変な感じがする。
「何も、聞かないの?」
聞こえるか聞こえないか、微妙な間の声で私が呟くと三上の口から白い息が出た。あぁ冬なんだと改めて実感する。
「お前は聞かれたくないんだろ?」
私を見ずに三上は言った。一度だけ頷くと、じゃあ聞かねぇとまたコーヒーを飲んだ。
「怖くないの?」
「何が?」
「私のこと・・・」
怖いでしょ?本当は。こんな目を持ってる人間なんて、普通じゃ考えられない。
それなのに、どうしてそんなに普通なの?いつもどおりに接してくれるの?
「怖くねぇよ。なんで俺がクラスメイト怖がらなきゃいけねぇんだ?」
「え・・・この目は・・・」
大きなため息をついて、三上はやっと私を見た。カラコンのない私の赤い目をじっと見つめながら真剣な顔つきで言う。
「目が赤かろうと黒かろうと、何色でもはだろうが」
私は私・・・?初めて言われた、そんな言葉。
両親にさえ否定されたこの瞳。まさかこんなこといわれる日が来るなんて・・・。
「それにその目、俺は好きだぜ。真っ赤で綺麗だ」
ポケットから広げた手のひらには乾いたコンタクトが乗っていた。探してくれたんだ。
小さい頃からずっとこの目がコンプレックスで、ひたすらに隠し通していた。
嫌われたくない、笑われたくない、怖がられたくないからずっとただ闇雲に。
だけど三上は、この目を好きだと言ってくれた。この恐ろしい目を、綺麗だと。
生まれて初めて、この目を持ってよかったとほんの少し思えた気がした。
コンタクトを受け取って、その場でつけようとしたけど止めた。もう少し、このままでもいいような気がして。
「ありがとう」
「どういたしまして」
返ってくる言葉が嬉しくて、感謝も謝罪も嬉しさも全部つめた『ありがとう』を受け止めて返してくれたことがこんなにも嬉しくて、たまらない。
自然に笑みがこぼれた。久しぶりに心から笑えた気がした。
「そっちのほうがずっといい」
そう言って三上も笑った。冬の空のした、2人で微笑みあっていた。
もしこの目を好きだと言ってくれる人がいるなら、それはきっと神様以上の人。
そんな人が今、私の隣で笑ってる。
優しさとあたたかさを持った人が――
きっとみかみんは受け止めるさ
花月
