もうずっと忘れてた
音楽の楽しさ
音楽の美しさ
そして
人を愛する心
ラ・カンパネラ
夕日っていうのは、なぜだか人を感傷的にさせる効果がある。
特に音楽室の夕日はひとしおだ。
窓からさす西日が美しい。
机に座って、五線の引いてある黒板を見つめる。
何も書いてないけど、そこには確かに音符が見え隠れしていた。
もう、絶対ピアノなんて弾かないと思ってたのに。今日はそうもいかないかな。
ピアノの蓋を開けてドの音を奏でてみる。
調律された、美しい音程。
それは私の心に深く染み渡った。
何か弾こうか。
そっと鍵盤に両手を乗せる。
そして奏でる、旋律。
夕日に溶ける、ラ・カンパネラ。
「すげぇ・・・」
その声が聞こえたのは、曲が中盤に差し掛かったあたりだった。
不意に聞こえた声に、思わず指を止める。
振り返ると、ドアのところにいたのは・・・。
「真田・・・一馬?」
「なんでフルネームなんだよ」
軽く笑みをこぼして音楽室へ入ってくる真田。
同じクラスだけど、数えるほどしかしゃべったことがない。
なんだかとっつきにくい奴だった。
「お前、ピアノ弾けたんだな」
「なによ、悪い?」
「別に悪いなんて言ってないだろ。もうやめるのか」
「人に聞かせるような技術は持ってないからね」
蓋をまた閉めようとしたとき、真田の静止がかかった。
驚いて彼の顔を見ると、とても優しい顔をしていた。
西日が真田の顔を照らす。
不覚にも、綺麗だと思ってしまった。
「さっきの曲。聞かせてくれよ」
「な、なんで」
「だってあんなに綺麗な曲弾けるのに、聞かない手はないだろ」
真田のこんな顔見たことない。
ちょっと赤くなったのを夕日の所為にしながら、またピアノに両手を乗せる。
自然と流れる悲しい音楽。
もう絶対に弾かないと思ってた。
まさか人に聞かれるなんて。
この曲は私にとって嫌な音楽でしかなかった。
昔の記憶が蘇る。
「のピアノ、綺麗だ」
あぁ、もう。思い出さないで。
こんな記憶忘れたと思っていたのに。
真田の所為だ。
あんな笑顔、私に向けるから。
ピアノなんて、弾かなきゃよかった・・・。
「やっぱりすげぇな。こんなに弾けるなんて」
「・・・・・・・・・・」
曲が終わり、さっさと鍵盤の蓋を閉じる。
きっと今の私は、悔しそうな顔をしているんだろう。
こんな顔、誰にも見られたくない。
「って、音楽の時間でも絶対ピアノ弾かなかったから、弾けないのかと思ってたよ」
「うるさいわね、私の勝手でしょ」
「なにそんなに怒ってんだ?」
怒ってなんかいない。
ただちょっと、昔のこと思い出しただけ。
私のピアノが綺麗だと言ったあの人。
でも、今はもういない。
音楽に集中しすぎて、一番大切なものに気付かなかった。
結局あの人は、私の元から去っていった。
「今のお前には音楽しか見えてないだな」
そんなことなかった。
一番大切なのはあなただったのに。
どうして私の前から消えてしまったの?
音楽なんて嫌い。
ピアノなんて大嫌い。
その所為で、私は・・・。
「?」
気付けば手のひらを強く握っていた。
真田はそんな私をみて、不思議そうな顔をしている。
「ゴメン、なんでもない」
「なぁ。なんでピアノ弾かないんだ?」
「・・・ピアノは・・・私から大切なものを奪っていったから」
「大切なもの?」
私は黒板に向き直り、真田に背を向けた。
西日が更に強くなる。
綺麗なんて思ってない。
私のピアノは全然綺麗じゃないから。
だから、あの人は・・・。
「何があったかわかんねぇけど、俺は好きだよ。のピアノ」
「え・・・?」
「すごく、綺麗だ」
振り返れば、綺麗な笑顔を向けている真田がいて。
やっぱり、美しいと思ってしまった。
「だから、また弾いてくれよ。俺のために」
「真田の・・・ために・・?」
頷く真田。
誰かのために弾くなんて、もう二度とないと思ってた。
それでも、今私は。
この人のために、また弾いてもいいかなって。
そう思ったんだ。
「・・・・お金取るわよ」
「げっ。マジかよ」
「ふふ、冗談」
自然と笑みがこぼれる。
もしかしたら超えられるかもしれない。
あの人の影を。
ねぇ、またピアノ弾いてもいいかな。
今度はあなたのためじゃなく。
真田のために。
「また、聞きにきてよ」
「あぁ」
笑いあって、私たちは音楽室を後にした。
頭に残っているのは真田の綺麗な笑顔と――
夕日に流れるラ・カンパネラ。
ラ・カンパネラはリストの曲です(たぶん)
結構好きな曲
花月
