私の前で私の歌を聞いて
笑ったり、怒ったり、いろいろな表情を見せる貴方は
とても 綺麗に笑っている
旋律〜For My Song〜
放課後。部活も終盤に差し掛かったころ。俺はPKの練習を突如中止した。
「翼ぁ〜どないしたんや。また勝ち逃げかいな?」
「悪ぃ、忘れ物した。時間になったら先に上がっててかまわないよ。それじゃ、お先」
あとのことを柾輝に任せて、2階にある自分の教室へ向かう。
2階の廊下へ差し掛かると、どこからともなく歌が聞こえた。
少し悲しい旋律がとても美しい声にのってどこまでも響いている。
俺は思わず足を止めた。いや、止まらざるを得なかったんだ。
その歌声はあまりにも綺麗すぎたから。
だけど、こうしていたら日が暮れる。あんまり気が乗らなかったが、とりあえず自分の教室へと足を進めた。
どうやら、この歌は俺のクラスが発信源のようだ。そんな奴クラスにいたか?
ガラガラという音をたてて、後ろのドアをあける。ずいぶんと立て付けが悪いな、コレ。
ふと、歌が止まった。窓側の机に腰掛けて、窓から射す西日を体中に浴びながら彼女――はこちらを見ていた。
「そんな歌、まさかお前が歌ってるとはね。」
だいたいこいつ、歌なんて知ってたのか。クラスじゃいつもボーっとしてて、何考えてるかわかんない奴だったから。少し意外だった。
は俺の顔をただ見ているだけで、何の反応を示さない。心なしか顔に「誰?」的なことが書いてある気がする。もしかして、こいつ・・・
「お前・・・まさか俺のこと知らないわけじゃないよな?」
まさかな。仮にもずっと同じクラスだったし、隣の席だし。
「え、いや、知って・・・ないです」
このやろう・・・(怒)今まで俺がどれだけ苦労したかも知らないで。その上顔も覚えてないとはな。なめられたもんだ・・。
ここで俺のスイッチが入ってしまった。
「一応お前の隣の席の奴なんだけど?しかも俺が転校してきてからずっと同じクラスだ。それを知らない?でも、お前がいつもボーっとしてる所為で俺にどれだけ迷惑がかかってるのかくらいは知ってるよな?同じ班の班長だから授業中のプリントとか全部俺が机の中に入れてやってるし、お前がやるべき仕事を全て俺がやってるんだもんな。もちろん俺の名前と顔は知らなくてもそれを感謝する心くらいは持ってるよね?」
ふぅ、すっきり。今まで眠そうな顔してたもさすがに目が覚めたみたいだ。
「ご、ごめんなさい・・・;」
少し後ろに後ずさりながら俺に謝るに、ふっとため息が出た。
まぁ、前からこんな感じの奴だったし期待はしてなかったから別に良いけどな。
あ、忘れ物取りに来たんだった。
俺はすぐ後ろにあるロッカーから明日提出のノートを探し出す。
そういえば、なんではこんな時間まで残ってんだ?たしか部活には入ってなかったと思うけど。
「はなんでまだ残ってんの?」
「まぁ、なんとなく。寝過ごしたから」
「寝過ごした!?お前まさか、2時間目から今までずっと寝てたのか!?」
「わかんないけど・・・たぶんそう」
わかんないけどって・・・。どういう神経してんだ!?確か1時間目はかろうじて起きてた気がする。数学の質問に答えてたから。だけど2時間目は完全に熟睡してた。
・・・・何時間経ってると思ってんだ。
「で?」
「で?って?」
あぁ!なんでこいつはこんなに鈍いんだ!ここで話切り替えることなんて歌のことくらいしかないだろ!
「歌だよ、歌!起きたんならなんでさっさと帰らないわけ?何をのん気に歌なんか歌ってんのさ!」
「別に、ただなんとなく」
「あ〜もう!!!」
ホント、としゃべってるとイライラしてくる。俺は頭をかきむしった。
なんかスローテンポだし、限りなくボケっとしてるし。
なんでこいつは、こうも自由に生きられるんだ?
「って、限りなく自由に生きてるよな」
「そう?なんで?」
「なんでって・・・特に理由はないけどね」
「椎名くんは自由じゃないの?」
「お前よりは自由じゃないよ」
一応キャプテンだしな、と小さくつぶやく。
自ら立ち上げた部活とはいえ、いろいろ上手くいかないことも多い。
部員が足りないからGKも毎回借り出さなきゃいけないし、血気盛んな奴らをまとめるのは正直骨が折れた。
楽しくないわけじゃない。むしろ、気の合う奴らとサッカーができてすっげー嬉しい。
だけど、ほど、自由なわけじゃない。
時の流れに身を任せるような生き方は、そうそう上手くできるもんじゃないから。
ときどき。そう、本当にときどきだけど。
がうらやましくなる。
突然聞こえてきた歌にハッとする。目の前には、相変わらずオレンジ色に照らされたが気持ちよさそうに歌っていた。
俺は黙ってロッカーに腰掛ける。目を瞑ると美しい旋律が直接心に染み渡った。
なんだかとても、居心地がいい。
歌が終わる。それと同時に笑いがどっとこみ上げてきた。
「くっくっく・・・!変な奴だな、お前」
だってそうだろ?さっきまで話してたかと思えば急に歌いだす。
どこまで自分に正直なんだか、こいつは。
そう思うとむしょうに可笑しくなって、笑いが止まらなかった。
「なんかした?私」
「いーや、別に。ホント、自由な奴だよな」
「なんで?」
「突然歌いだしたから」
あ〜可笑しかった、と俺はロッカーから飛び降りて涙を拭く。
笑いすぎて泣くなんて、何年ぶりだろうか。
まったく、俺の負けだよ。・・・
「ホラ、ボーっとしてないで行くぞ」
俺のことを不思議そうに見てるの手をとって、さっさと教室から抜け出す。
細い腕に、少し驚いた。
「え、どこに!?」
「いいもん聞かせてもらったからな。飲み物でも奢ってやるよ」
「い、いいよ、悪いし。椎名くん、部活の途中でしょ?」
ほぅ、俺の誘いを断るとは。なかなかいい度胸してるじゃん。ま、に拒否権はないけどね。
時計を見ると、とっくに部活は終わっていた。ついでに言うと、昇降口もしまっている時間だ。
「部活なんてとっくに終わったよ。それと椎名くんじゃなくて、翼な。わかったら早く来い」
ずんずんと先へ進む俺の後を、転びそうになりながら突いてくるがかわいく思えた。
「俺が奢ってやるなんてめったにないんだから、ありがたく思えよ?」
「な、なんで私の名前・・・」
はぁ?もしかして、気付いてないのか?俺がこんだけしてやってるのに・・・。
「・・・・・鈍感;」
俺がそう呟くと、誰が?みたいな顔をする。どうやら、本気で気付いてないみたいだ。
誰が気にもなってない奴の面倒みたりするんだ?代わりに仕事やったり、机にプリントつめたり。
わざわざ、名前なんか覚えるかよ。
「つ、翼!待ってよ!」
ようやく名前で呼んだか。まったく、世話の焼ける奴。
相変わらず躓きながらも突いてくる。そのうち静かになったかと思うと、また綺麗な旋律が聞こえてきた。
「ホント、自由なやつ」
後ろには幸せそうに歌うの笑顔があった。俺もつられて笑みをこぼす。
綺麗な歌声はどこまでも響いていった。
旋律〜For Your Song〜の続編です。
今回は翼視点ですね。お楽しみいただけましたでしょうか。
未だに翼さんの口調がつかめません。ヒロとかぶります(フルバの)
なんとか、これからも翼夢UPできたらと思う今日この頃です。
花月
