こぼれそうな星達
輝く満月
それはアイツと会うのには
少し場違いな
綺麗な夜
死神
神様とか天使とか、そんなのこれっぽっちも信じてなかった。
ましてや見るなんてこと今まで一度だってない。
そりゃそうだろう。
そんなメルヘンチックなこと誰が信じるか。
俺は現実主義だし、そんな戯れなんて一切興味がなかった。
そりゃたまには神頼みとかするけど、それでも神様なんて信じてなかった。
・・・このときまでは。
「こんばんは」
選抜の帰り道。
人気の少ない帰り道で不意に声をかけられ、立ち止まる。
後ろを振り返っても、もちろん前にも人影すらなかった。
気の所為か。
そう思ってまた歩きだそうとした時、再び声がかかる。
「真田一馬さんですね」
凛と透き通る女の声。
疲れてるのか?幻聴まで聞こえてくるなんて、そうとうキてるな。
一応辺りを見渡してみる。
やっぱり誰もいない。
こりゃ早く帰って寝たほうが良さそうだな。
「上です。上」
ちょっと呆れたような、声。
その通り上を見ると、そこには真っ黒いマントを羽織った女が一人、浮かんでいた。
「なっ・・・!」
思わず変な声をあげてしまう。
だって、現実的にありえないだろ?
この時間帯に人がいるのも珍しいのに、それが浮いて自分の上に存在している。
何度目を擦ってみても、やっぱり女はそこにいた。
夢か?
「真田一馬さんですね」
夜の闇に溶けそうな真っ黒いノートを見ながら、女はまた俺の名前を言い当てる。
やばいな。やっぱり疲れてる。
幻聴のほかに幻覚まで見えてきた。
もちろん俺は怪しいクスリとかもやってなければ酒も飲んでない。
なら疲れてるとしか考えられないだろう。
早く帰って寝よう。それしか方法が思い浮かばない。
でも、身体は言うことを聞いてくれなかった。
俺は女を見上げたまま、一歩たりとも動けない。
静かな空間に、女の声だけが涼しく響いた。
「ずいぶん探しましたよ。よかった、見つかって」
なんとも現実感のない声だった。
女はふっと冷たい笑みを浮かべた後、すっと俺の目の前に下りてきた。
暗くてよく見えなかったけど、左手には大きな鎌を持っている。
なんだ、コイツ。
コスプレにしちゃ手が込んでる。
だいたい、空に浮くなんてアニメでくらいしか見たことない。
やっぱり俺の気のせいなんだろうか。
「気のせいなんかじゃないですよ。全部現実です」
心、読まれた・・・!
ホントなんだよ今日は!
一度頬を強く殴ってみた。
けれど状況は変わらず。女は無表情のまま、そこに立っていた。
外灯に照らされ、顔がさっきよりもはっきり見える。
どうみても俺と同い年くらいの綺麗な女だった。
身長も俺と同じくらい。女にしては少し高いくらいだろう。
しゅんとした、この世のものとは思えないくらい綺麗な女。
それがなぜ宙に浮いてて、今俺の目の前にいるんだ?
わからないことだらけで、頭はもはやパニック状態だった。
声が出ない。
別に怖がってるわけじゃないけど、やたら気味悪いのは確かだ。
なんて声をかけていいかわからない。ただそれだけ。
「真田一馬さんですね」
これで女が俺に名前を尋ねるのは3度目。
いい加減女もイライラしたのか、少し声色が変わっていた。
「あぁ・・はい」
「よし」
なにがいいのか全くわからない。
っていうか今の状況を誰か教えてくれ。頼むから。
女はノートをしまって、鎌を両手で持ち直す。
そしてまた少し、浮き上がった。
「俺に、なんか用ですか?」
若干震えながらも、俺は女に聞いてみた。
いや、聞きたいことはもっとあるんだけど、とりあえずそれが一番気になる。
できることならこんな危ないやつとは早く縁を切りたい。というかもう帰りたい。
女は無表情のまま一つ頷いて、こう言った。
「魂を頂戴しにまいりました」
は?なに言ってんだ、コイツ。
魂を頂戴しにって・・・やっぱコイツ危ない。服装から状況から全て危ない。
もういいや、早く立ち去ろう。
ダッシュで走ろうと思ったけど、それでもやっぱり身体は動かなかった。
もしかしてこれ、金縛り?
「逃げようとしても無駄です。こうなることは運命ですから」
「運命?」
女はまた頷いて、今度は口元に冷たい笑みを浮かべながら続けた。
「アナタは今日ここで死にます。それが運命です」
まったくわけがわからない。
俺が死ぬ?今日?ここで?今?
また頭の中がこんがらがってきた。
まさか死ぬわけがない。
こんなところで事故にあうはずもなければ、病気も持ってないし。
ホント俺、どうしたんだ?
「信じられませんか?」
「当たり前だろ。ってかお前何もんだよ」
「見てわかりません?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
いや、ひとつの予想は浮かぶけど、まさかそんなはずはない。
そこまでメルヘンな世界に入ってたまるか。
いいから早く帰らせてくれよ。
「死神です」
やっぱり。
死神に殺されるってどんな運命だよ。
もっと普通の死に方したかった。って、そんなこと言ってる場合じゃないだろ、俺。まず死ぬって言われてることに疑問を持てよ。
大丈夫だ。これは夢だ。ひどく現実味を帯びた夢。
それ以外考えられない。
早く目覚めてくれ。気が狂いそうだ。
「だから夢じゃないですって」
「じゃあなんだよ!」
「今日アナタは私に魂を取られて死ぬんです。明日の朝、通りすがりの人に発見されて警察に通報。事件発覚。それが運命です。」
「んなん誰が信じるか」
「じゃあ私が死神だという証拠をお見せしましょう」
死神と名乗る女は鎌を大きく振り上げて、右を見た。
俺も女の見たほうを見ると、そこには一匹の猫。
そして女が鎌を一振りすると、猫はその場に倒れこんだ。
お、おい・・・まさか。
「息を確認してみてください」
言われた通り、猫の傍によって確認してみる。
やっぱり、猫は死んでいた。
コイツ・・・本物?
「お解かりいただけましたか?」
「お前・・俺を信じさせるためだけにこの猫殺したのか?」
「はい」
表情を変えず、淡々と言う女の態度に腹が立った。
猫とはいえ、一つの命だぞ。
それをこんな簡単に奪っていい権利なんて誰にもない。
この女、心がないのか?
「最低だな、お前」
「よく言われます」
鎌を元の位置に戻して、女は再び地面に降り立つ。
そして、また俺の目をじっと見つめ、言った。
「というわけで、魂を頂戴いたします。ご覚悟を」
「お前、本物の死神なんだな」
「だから、さっきからそう言ってるじゃないですか」
「死神ってのは、魂を司るんだろ?」
「そうですね」
「じゃあ、お前俺の魂を誰かに移すこととかもできんのか?」
「・・・どういうことですか?」
「つまり、俺の残った命を他のやつに移せんのかってこと」
運命・・・ってかこれが俺の寿命だからそんなことできないのか。
なんで俺、ここで死ぬこと認めてんだろ。
でも逃げられる状況じゃないし、俺もあの猫みたいに死んでいくんだろう。
だったら。どうせ死ぬなら。
叶えたい願いがある。
死神は頭にはてなマークを浮かべながら、俺の質問に答えた。
「できますよ。その人の命くらいなら延ばせます」
「じゃあ頼む」
死神はひどく驚いた顔をして、俺を見た。
間抜けな顔、というんだろうか。
とにかく、そんな顔。
「自分の命を延ばすんじゃなく、他人の命を延ばそうとしてるんですか?」
「あぁ。だって俺、どうせここで死ぬんだろう?」
「確かにそうですけど・・・正気ですか」
「大マジ」
まさかこんな死に方するなんて夢にも思わなかったけど、その願いが叶うなら死んでも悔いはない。
英士と結人にこの命を捧げる。
大切な親友だから、長生きしてほしいし。
「変わった人ですね」
「お前のほうが充分おかしいと思うけどな」
「・・・なんで他人のためにそこまでできるんですか?」
「大事なやつらだからな」
「私には、わかりません」
「ははっ!そうだろうよ」
死神は鎌を下ろし、ふっと下を見つめる。
その瞳には悲しみが写っていた。
寂しそうな顔。コイツに会ってから始めてみる。
こんな顔もできるんだな。
「私は・・・他人のためにそこまでする人を今まで知りませんでした」
消えそうな声で言う死神。
それは俺に言っているのか、ただの独り言なのかわからなかったけど、とても悲しい声だった。
「私はただ奪うだけ。そんな感情なんて・・・知らない」
本当に。本当に困ったような、わからないといったような顔をしながら、死神は俯く。
そうか、コイツ。わからないんだ。
友情とか愛とか、人間の持つそういう感情。
だったら――
「いつか、わかる時が来ればいいな」
自然と笑みがこぼれた。
なんだかとても可愛らしくて。
死神ははっとしたような表情を見せた後、すぐにぎこちなく微笑んだ。
さっきまでの冷たい笑みとは違う、温かい笑顔。
すごく、綺麗だと思った。
「そうですね・・・わかる時がくれば・・・いいですね」
照れたように微笑んで、死神はまた夜空へ舞い上がった。
月の隣に並ぶ黒い女。
顔は見えなかったけど、それでもなんとなく想像はついた。
きっと、今までよりやわらかい表情なんだろう。
「一馬さん。今回は見逃してあげます」
「見逃す・・・?」
「はい。また会いに来ます。そのときは――」
「もっとお話してくださいね」
そう言って死神は空へと消えていった。
後に残るのは綺麗な星空と丸い月だけ。
「あ、名前聞いてない」
そう独り言を呟けば、どこからともなく答えが返ってきた。
『って言います』
それは微かだったけど、確かに聞こえた。
、か。
おい、。
また俺の前に現れてくれよ。
そしたら、もっとたくさん。いろんなこと教えてやるよ。
だから、きっと。
また会おう。
人を救ってしまった死神
花月
