神様。お願いです
どうかあの人に会わせてください
たった1度でいいのです
わたくしを救ってくれた
あの、愛しき人に
白薔薇
東京選抜の帰り道。一馬は独り、暗い夜道を歩いていた。
肩から下がるヒュンメルのスポーツバッグにはたくさんの荷物。それは肩を少し痛くする。
練習の疲れを全身に感じながら、それでも淡々と家路を急いだ。
と、その時。寒い北風がヒュウと吹いた。
「寒っ!」
とっさに声をあげ、見を振るわせ、目を閉じた。堅く閉じた目をゆっくりと開くと、そこはいつもの帰り道ではなかった。
広い草原。美しい川の流れ。色鮮やかな花たち。明らかに今までとは違う風景だ。
「な、なんだよこれ・・・」
あまりに唐突な出来事に一馬は思わず肩にかけていたスポーツバッグを落としそうになった。
さっきまでは確実に帰り道を歩いていたはずだった。
家が立ち並ぶ住宅街。もう少しで我が家にたどり着けるはずだった。
それが今はどうだ?この景色。日本にまだこんなところがあったのかと思わせるようなところ。
幻想的な雰囲気。気候も冬とは思えないほど暖かい。まるで春のようだ。
何がなんだかさっぱりわからない。一馬の頭にははてなマークが山ほど出来ていた。
とにかくここから脱出しなくては。
一馬はしばらく川沿いに歩いてみる事にした。
周りを見渡して、今まで向いていたほうとは反対側に歩き出す。理由はない。ただこっちだと本能が告げていた。
「いらっしゃい」
不意に女の声がした。
慌ててまた振り返る。そこには白い着物を着た女が独り立っていた。
その声はまるで鈴のように美しい。容姿もこの世のものとは思えないほどの美しさだ。
腰まである長い黒髪が風になびいて揺れている。この女もまた、幻想的な雰囲気をかもしだしていた。
まさに、この空間にぴったりの女だった。
いや、厳密に言うと女というより少女に近いだろう。歳は一馬と同じくらいだろうか。
「おまえ、誰だ?」
一馬は少しおびえながら少女に聞いた。
この変な空間に合わせて変な女。どうしてこうも変なことが次々に現れるのだろう。白昼夢でも見ているのだろうか。
「わたくしに名前はありません」
「は?」
「わたくしはずっとあなたを待っておりました」
「俺を・・・待ってた?」
女の説明に一馬のはてなマークはさらに増えていった。
どうなってるんだ。練習のしすぎで頭がおかしくなったのか?
「一馬さん、どうかわたくしに名前をつけてくださいな」
「え、なんで俺の名前・・・」
「貴方のことをずっと見ていましたから。一馬さんのことならなんでも知っていますよ」
クスクスときれいに笑う姿に一馬の頬は赤くなる。
元々女慣れしていない上に、こんな美人の前だ。無理もないだろう。
「」
「?」
「そう、。今日からおまえの名前はだ」
女は少し驚いた風に目を丸くしたが、すぐにまた綺麗に笑って頭を下げた。
「ありがとうございます、一馬さん」
「いや別に・・・・。なぁ、ここはどこなんだ?」
は両手を広げて笑いながら言った。
「ここはわたくしの住む世界。貴方にどうしてもお会いしたくて呼んでしまいました。さぞ驚かれたことでしょう。でももう大丈夫。すぐに帰して差し上げます」
一馬は少し寂しさを覚える。なぜかは解からないが、まだここにいたいと。と一緒に話していたいと思った。
「なぁ、」
「なんでしょう」
「俺は前におまえと――」
「一馬さん」
一馬の言葉をさえぎって、は悲しく笑った。
そして、ゆっくりゆっくり足元から消えていく。
「ありがとうございます。わたくしは話せただけで満足です。これからもどうぞ、お元気で。いつまでも見守っています。さようなら・・・」
「あ!おい!」
が消えた瞬間、周りにあった風景も消えた。
一馬はもとの住宅街の道路に立っている。
ふと、下を見ればそこには一輪の白いバラ。
あぁ、そうか。思い出した。
「。あれはおまえだったんだな」
バラを手に取り優しく微笑む。
あの美しい姿、まさしくバラにふさわしい。
このバラは一馬が育てたのだ。
小さい頃、道端にひとつだけ落ちていたバラ。家に持って帰って水をやり、育てていた。
つい最近、枯れてしまったのだ。
「・・・・」
バラの刺に指が刺さる。赤い血が白いバラに似合っていた。
美しいバラ。その姿は今も悲しく。
復帰作品。病院で仕上げました。見事に駄作・・・。
花月
