夏が過ぎようとしている
夏と秋の中間
季節の変わり目
その時期はいつも
人を感傷的にさせる
不思議な季節
そのままの君で
疲れた。ホント、疲れた。
誰もいない体育館に、私の靴が鳴る音だけ聞こえる。キュッキュッという一定のリズムが少し耳障りだった。
小さな身体には不釣合いな大きいモップを持って、体育館の端から端を行ったり来たり。さすがにもう飽きてきた。
でも、疲れたっていうのはモップ掛けのことじゃない。今日1日を総称して、疲れたっていうこと。いや、今日に限らず毎日クタクタなんだけどね。
トン、とモップの先が体育館の壁に当たり、止まる。そこで一度休憩した。はぁ、と短いため息を着けば自分の惨めさがあらわになった。
夕日の差す体育館は思った以上に、人を感傷的にさせるみたいだ。現に今、めちゃくちゃ寂しい。
夏も過ぎようとしている今日この日、私はなんでこんなことしてるんだろう。大きなドアから差し込む夕日に顔を照らされ、ボーっとそんなこと考えていた。
そんな時。また、キュッキュッという足音が聞こえてきた。
意識を急いで戻して、後ろを振り返る。するとそこには、場違いな客人が訪れていた。
「一馬!?」
「おう、お疲れ」
雑司が谷中の制服じゃなく、野上が丘中の制服を着ている一馬は、私から見てどこか不自然。いつも見慣れてる制服だけど、この学校で見るとどこか違って見えた。
ってか待って。なんで一馬が当然のようにここにいるわけ?ここ他校なんだけど?
しかも本人全くなじんでない。まぁ、なじんでたら嫌だけどさ。
「なんでここにいるの?」
「いや、校門で待ってたら英士が中に入れてくれてさ。体育館でまだ仕事してるっていうから見に来た」
なるほど、英士くんの仕業か。ありがとう英士君、今度なんかするね。
私の彼氏、真田一馬。彼の顔を見るだけで、さっきまで感傷的だった気持ちが少し楽になった。こういうところに愛を感じる。
一馬はまたリズミカルな音を立てて私の隣へ並んだ。
私より背の高い一馬を見上げたら、顔を赤くして笑って、頭をくしゃくしゃを撫でられる。いつもやられてることだけど、今はなぜかいつも以上に嬉しかった。
「手伝うか?」
「いいよ、もう終わるし。ちょっと待っててね」
「わかった」
一馬はステージの上に座って私のモップ掛けを見ていた。
なんか見られてると照れるな。柄にもなく緊張しちゃうし。でも見ないでとは言えないから、そのまま黙々とモップ掛けを続けた。
キュッキュッという私の足音と、外から聞こえてくる蝉の声だけが体育館に響く。
ふと後ろを見れば、夕日に照らされた一馬の顔が見えた。かっこよくて、ドキっと心臓が高鳴った。
目が合って、照れたように笑うから私もつられて赤くなる。私の笑顔が彼を赤くさせたのか、それとも夕日の所為なのかはわからない。
「なぁ、」
「なに?」
背中から一馬の声を受けても手を休めることなくモップ掛けを続ける。
広い体育館に私たちの声はよく響いた。
「お前、ムリしてるだろ」
「え・・・?」
一馬らしくない発言。いや、一馬じゃなくてもこの言葉には戸惑っていたと思う。
その理由は簡単。それが図星だったから。
「どういう意味?」
「英士から聞いた。俺たちといるときと学校で過ごしてるは全然違うように見えるって」
「・・・・・・そんなことないよ」
「学校でのはすっごくムリしてるような気がするって。俺もさっき黄昏てた見てそう思った」
またトン、とモップが壁に当たった。しかし、折り返す気が起きない。このまま一馬の顔は見れなかった。
だって、今一馬の顔を見たら・・・泣いてしまうかもしれないから。
「ムリ、してるのか?」
「・・・・・・・・・・」
図星。そんなことないなんて言えない。だって現に無理してるんだもん。
一馬たちといるときの私が本当の私かどうかなんて、まだわからない。けど、気を使っていないのは確か。それに学校より何倍も楽しいのも本当のこと。
だからずっと一馬たちと過ごしていたい。学校なんて、本当なら行きたくない。
けど、私はバスケ部のマネージャーだし、こうして仕事だってたくさんある。
みんなに迷惑はかけたくないから、行かないとしょうがない。かといって、本当の自分を出したらみんなに嫌われるんじゃないかと思うと、怖い。
自分を殺して、みんなに合わせて、無理してでも笑っていれば、なんの被害も受けない。
それが、私のやり方。
つまらないなんて、言ってられないでしょう?
「。無理して笑ってても、全然楽しくないだろ?」
「楽しくなくても、被害がなければそれでいいよ」
「確かに害はないかもしれねぇけど・・・利益も、ないんじゃないか?」
利益・・・・。
被害がないけど、利益もない。プラスマイナス0。そんな人生、楽しいの?
「はのままでいいんだよ。そのままのが俺は一番好きだ」
そのままの・・・私・・。
一馬たちといるときの私が、そのままの私。
それを出しても、いいの?
「そう、だね」
「?」
くるっと後ろを向いて、一馬と向かい合う。
体育館の端と端。距離は遠くても、一馬の表情は読み取れた。
にっこり笑って、それは自然な笑顔で、元気に言う。
「やってみるよ!一馬」
「おう、がんばれ」
照れた笑い方が、まるで太陽みたいに見えた。
愛しいその笑顔。私も一馬のその笑顔が好き。そのままの一馬が大好き。
そのままの私で過ごしてみよう。そうじゃないと――
そのままの私を愛してくれた一馬に、悪いから。
冒頭文意味不明。かっこいい一馬を目指してみました。
花月
