どんよりと空を覆い隠す雲











その隙間からほんの少し太陽が顔をのぞけば











こんな気持ち、一生気付かなかった











けれど太陽の代わりに











恵の雨が











私たちを引き寄せた





















































































梅雨の日



















































































今日も雨。昨日も雨。

その前も、そのまた前もずーっとずーっと雨ばかり。まだ5月なのに梅雨入りしてしまったかのようなこの天気。本当ならもっと晴れてお出かけ日和が続くはずなのに、空はいつも機嫌が悪い。

天気予報のお姉さんも顔を曇らせて毎朝天気を伝えてる。完全に異常気象だね、これは。傘マークばかりついたテレビの画面を消して、私はそそくさと出かける準備をした。

窓に打ち付ける雨はいつもより少し弱い。たしか、午後から少しだけ止むと聞いた。

それでも今降っていることには変わりないので、とりあえず私専用の傘を持ち玄関を開ける。朝の空気は湿っぽかった。

玄関の門を開けて傘を差し、空を仰ぐ。透明なビニール傘は忠実に空を映し出していたけど、冷たい雫の所為でそれは少しゆがんでいた。



「嫌だなぁ・・・この天気」



ぽつりと独り言を呟いて、私は学校へと歩き出す。

雨だから体育の授業はなくなるけど、そのかわり通学にいつもより時間がかかる。その上制服がぬれて面倒くさい。

水溜りを踏まないように下を向いて歩くから、前方不注意もいいところ。雨の日は危険がいっぱいだ。

色とりどりの傘が行き交う道路で、控えめなビニール傘を持ちながら私はただひたすらに学校へと急ぐ。

この時間帯に見る顔ぶれはいつも同じ。疲れた顔をしたサラリーマン、雨なのに元気いっぱいの小学生達、大学生くらいのカップル。あとはまぁ、自転車がいろいろ。

人間観察は嫌いじゃなかった。だからこの顔ぶれもだいぶ見慣れている。今日もいるな、とか今日はいないなとか、そんなくだらないことを考えるのも結構好きだったりした。

そんな人たちと一緒に歩いてしばらくすると、屋根の大きな廃屋が見えてくる。私が小さい頃は確かおばあさんが一人住んでいたはずだったけど、今は誰も住んでいない。

屋根が大きいから、軒下は全然ぬれていない。少し羨ましいなぁと思いながらもそこを通り過ぎようとした瞬間、廃屋の窓に誰かが映った。

一人は私自身。そしてもう一人は・・・・。



「真田くん・・・」



同じクラスの真田一馬くん。少し冷めた雰囲気を持ってるけど、顔が抜群にいいことから女子に絶大な人気を誇っている人。何回か告白されてるとこを見たことがある。サッカーが上手いらしいのに、なぜかサッカー部に入っていない不思議な人だ。

今までとは違う顔ぶれ、それも真田くん。びっくりした、と顔に出るほどびっくりしてしまった。

真田くん家ってこっちのほうだったんだ。けど、なんで今まですれ違いもしなかったんだろう。また一つ謎が深まった。

真田くんは私の存在に気付かず、そのまま私の横を素通りして先に行ってしまった。青い傘を差して、男の人らしい大きな歩幅で。

私は立ち止まったまま、その後姿を見つめていた。ビニール傘にはゆがんだ空が映し出され、ポツポツと不定期な音を奏でている。

彼の後姿が遠くなるにつれ、金縛りにかかったような状態はほどけていった。そして、私が私自身に戻ったとき、なんだかボーっとしたような感覚に陥る。

今のは一体なんだったんだろう。予測不能な事態と遭遇したからなのか、それとも他のものなのか。

どちらにしろ、真田くんが関わっていたのは違いない。やっぱり不思議な人だ。



「あ、時間」



近くにある交番の時計を見れば、もう遅刻寸前の時間だった。回りの顔ぶれもすっかり変わってしまっている。

私は鞄を持ち直して、少しだけ歩幅を大きくしてみた。真田くんみたいになれるとは思ってないけど、それでもちょっと、まねしてみたくて。






























チャイムの音が鳴り響く寸前に私は教室へと滑り込んだ。よかった、間に合った。ふぅと一息ついてから荒い息を整える。



「珍しいね、が遅刻寸前に来るなんて」

「今日はいろいろあったの!雨だったしねぇ。あーもーこの天気なんとかして!」



友達と軽く会話をしたあと、自分の席に着く。少しぬれたからだをタオルで拭きながら先生が来るのを静かに待った。

ふと、真田くんが目に入る。窓側の席で一人サッカー雑誌を読んでいる姿はとても綺麗で絵になった。

不思議な人。とっても不思議な人。あの瞬間から、真田くんが気になってしょうがなくなった。いつも以上に目で追っている。

まだ胸のドキドキは収まらない。いや、違う。これはきっとさっき走ってきた所為。このドキドキも真田くんの所為にしちゃいけないよね。

時の流れって言うのは速いもので、午前中の授業はすぐに終わった。そして待ちに待ったお昼休み。

仲の良い友達とくっついてお弁当を広げる。私のお弁当は朝走ってきた所為でちょっと形が崩れてしまっていた。



、今日どうしたの?朝からなんか変だよ?」

「え?そう?」

「そうそう。なんかボーッとしてるし、いつもよりドジだし」

「そうかなぁ・・・?」



いつもよりって言葉がちょっと引っかかるけど、確かに言われるとおりだ。何もないところで2回も転んだし、自分の席間違えたし。

なんだか頭が上手く働かない。天気の所為だと思うんだけど、それもなんか違うような気がする。

私自身のことなのに、私が一番わかってないのが悔しかった。



「それにいつもより真田くん目で追ってるしねー!」

「は!?!?」



ちょっと、ちょっとちょっと。今なんていいました?いつもより?いつもよりってなんですか!?



「あれ?自覚なしだった?」

「自覚って・・・私いつも真田くんのこと目で追ってた?」

「「「うん」」」



そんな満場一致で言わなくても・・・。ってかなんで?なんでそんなことしてんだよ私!

はぁ、なんだか天気以上にそっちのほうで気が重くなりそう。なんで目で追ってたんだろう、私。もうわからないことだらけ。

不思議なことがいっぱい。






























学校も終わって、帰り道。朝から降っていた雨は止んだけど、未だに曇り空。早く家に帰らないとまた降ってきちゃうなぁなんて考えながら、私は学校を後にした。

真田一馬くん、かぁ・・・。どうして私はこんなに彼のことが気になるんだろう。この気持ちにまだ名前がつけられない。きっとみんなはつけられるんだろうけど、私はまだわからない。

空はまだ機嫌が悪い。また立ち止まって空を見上げれば、どんよりとした雲が空を覆い隠している。

私の心も今、こんな風にどんよりしているのだろうか。名前のつけられない感情に戸惑いながら。

そんなことを考えていると私の頬に一粒の雫が落ちてきた。まずい、また雨だ。

雨脚は次第に強くなっていき、そこで初めて私は傘を学校に忘れてきたことに気付く。やっぱり今日の私は変だ。ドジもいいところ。友達の言ったこと否定できないなぁ・・・。

鞄を頭に当てながら急いであの大きな屋根の廃屋を目指す。きっとすぐ止むはず。少しあそこで雨宿りでもしていこう。

私が廃屋にたどり着いたときには、もう全身びしょ濡れだった。鞄の中の教科書とかノートも、たぶんぬれているだろう。帰ったらすぐ乾かさないと。

軒下から落ちていく雨の雫を見つめながら、私はまたあのことを考えた。どうしてだろう。なんでこんなにも胸がドキドキするんだろう。いつから、こんな風になったんだろう。

なにもわからぬまま、雫はどんどん落ちて水溜りをつくっていく。



「はぁ・・・・なんだかなぁ」



私の独り言は雨の音に紛れてかき消された。その時、思いもよらない人が廃屋の軒下に走りこんできた。



「あれ??」

「真田くん」



私の悩みの原因、真田一馬その人である。なんて嫌なタイミング。真田くんと二人っきりで雨宿りなんて・・・勝手だけど気まずすぎる。

私たちの間に流れる沈黙がやけに居心地が悪かった。雨音だけがまた不定期に流れ続ける。



「あの」



意を決して、私から話しかける。いつ止むか知れない雨。このままの状態でいることは、濡れてしまうより嫌だった。



「なんだ?」

「今朝、真田くん学校来る時傘持ってたよね?なんで今は・・・」

「あ、えっと・・・わ、忘れて・・・きた・・・//」



真田くんは顔を赤くして小さく答える。

なぁんだ、私と一緒。赤く染まる頬がどこかかわいらしく見えた。



「そうなんだ。じゃあ私と一緒だね」

も?」

「そう、学校に忘れちゃったの」

「そっか」



そう言ってぎこちなく笑う真田くんの顔をみて、私の心拍数がまた上がる。なんで?走ってきたわけでもないのに。変なの。どうかしちゃったのかな、私の体。

この際だから、全部不思議に思ってたこと聞いちゃおうかな。すっきりすると思うし。



「真田くん、サッカー上手いんでしょ?なんで部活入らないの?」

「俺クラブユース入ってるから、公式試合出られないんだよ」

「そうなんだ、じゃあ本当に上手いんだね。将来はプロ選手?」

「まぁな」



さっきの笑顔とはまた違う顔。自信たっぷりで、未来に希望を持ってる顔。

本気でプロを目指してるんだなって、すぐにわかった。将来にちゃんと夢を持ってるって、すごく素敵なことだと思った。



は、家こっちのほうなのか?」

「そうだよ。真田くんは?」

「俺もこっち。案外近かったんだな」

「でも、毎朝真田くん見ないよ?」

「俺普段はチャリ通だから」

「あーなるほど」



もう一つの謎も解決。話してみると真田くんは、とっても可愛い人だった。いつもはクールな人だけど、それはきっと人見知りだからで、本当はもっと熱い思いを持ってる人。そんな気がした。



「あ、あのさ、・・・」

「なに?」

「今、か、彼氏とか・・いんのか?」

「え!?」



か、か、か、彼氏!?いや、いないけど・・・まさか真田くんからそんな言葉が出てくるとは。

嫌だ、なんかまた胸がドキドキしてきた。なんだろう、この感覚は。



「い、い、いないけど・・・どうして?」

「そっか・・・あのさ、もしよかったらだけど・・・」



真田くんの顔が真っ赤に染まって、私の目をしっかり見つめた。



「俺と付き合ってくれないか?」



やっとわかった。この感情の名前。

恋ということ。それはとてもわかりにくく、けれどとても身近にある感情。



「私も、真田くんに恋してたんだね・・・」

「え?」

「なんでもない!よろしくお願いします」



私がそういうと、真田くんはにっこり笑って私を抱きしめた。

そのぬくもりは優しくて、そしてほんのり――












あたたかい雨のにおいがした。





















久しぶりのほのぼの小説。雨続きで嫌になります;

花月