祭り、プール、海、花火・・・
夏はイベントの宝庫
だけど、俺の彼女は
そんなきらめく夏に
全く興味を示さない
夜の華
ミーンミンミンミンージー・・・・・。
ミーンミンミンミンージー・・・・・。
けたたましく鳴いている蝉たち。一週間しかこの世で生きられない所為か、その鳴き声はまるで最後の悪あがきのよう。
たとえが悪いって?ほっとけ、そんなん。
今日も暑い。いや、今日だけじゃなく、昨日もおとといも、その前も。ずーっとずーっと暑い日が続いている。
エアコンをつけてても暑い。家の方針に基いて、設定温度を28度にしているからだ。外より幾分マシだけど、それでもちょっと暑かった。
「なぁー」
「・・・・・・・・・なに?」
俺のベッドの上でうちわを必死に仰ぎながら仰向けに寝ている彼女のに、俺は気だるい声をかけた。
世の中は夏休みの真っ只中。今日はちょうどユースも選抜も練習がなかったし、も予定が入ってなかったから、久しぶりに室内デートをしているところだ。
夏だからどこかへ行きたい!なんて一般の彼女が言いそうなことを、が言うはずもない。
プールも海も今は人でごった返している。そんな中にを連れて行ったら暑さと人の多さでブチキレるに決まっていた。
もちろん、からそんなところへ行こうという提案は出ない。
なので、夏は専ら室内デートが多かった。
「なんでこんなに暑いんだろうなぁ・・・」
「知らないわよ。夏だからじゃない?」
いや、それは分かってるんだけど・・・そういう答えが欲しいんじゃなくて。
じゃあどういう答えが欲しいんだ?って聴かれたら、それもそれで困る。
ただ、暑いこの部屋の静寂を破りたかっただけだ。特に質問の意味はない。
「暑いなぁ・・・」
「暑いねぇ・・・」
もう『暑い』しか単語が出てこない。夏生まれの俺がいうのもなんだけど、なんで夏なんかあるんだろう。ずっと春か秋でいいや。
ふと、寄りかかっていたベッドの端に何かひっかかっているのが見えた。
なんだ、これ。
暑さであまり動かしたくない身体を無理やり動かして、ひっかかっているものを取り上げる。
「花火大会・・・?」
ひっかかっていたもの、否、チラシに書かれていたのは花火大会のおしらせ。
そういえば、今年はまだ花火やってない。これなら夜だし、も行くっていうかもな。きっと気温も少しは下がってるはずだし。
幸い家の近所の土手でやるらしい。近いし、夏らしいし、デートにはぴったりだ。
「なぁー」
「・・・・・・・・・知らない。夏だからじゃない?」
「まだなにも言ってねぇよ!」
「なに?何で暑いかじゃないの?」
「違うよ。ほら、これ」
「ん?花火大会?一馬、こんなのに行きたいの?」
「いや、俺はどっちでもいいけど、はどうかなと思って」
「ふーん、花火大会ねぇ・・・」
うちわから送られる風でチラシがぴらぴらと揺れ動く。俺の角度から、花火の二文字が見え隠れしていた。
は、なにも言わずにただ花火のチラシを見つめ続けている。興味があるのかないのかすらわからない微妙な表情で。
には言えないけど、浴衣姿が見たいなんて思ってたりしてるのも事実。これ、結人たちに言ったらむっつりとか言われるんだろうな。
だけど、男だったら誰だって彼女の浴衣姿みたいと思うだろ?これって自然の摂理じゃないか?
まぁいいや。とにかく行くも行かないも次第。あとはの反応を待つだけ。
ちょっとだけ、期待はしてるけど。
「どうする?行くか?」
「うーん・・・・却下」
はぁ、やっぱり。
もともと人ごみ嫌いのがこんな人ごみの聖地みたいなイベントに参加するはずがなかった。
浴衣姿みたかった・・・もとい、と一緒に行きたかったけどな。
まぁ、無理やり連れて行ってもおもしろくない。第一、の嫌がることはしたくないし。
今回は諦めるとしようか。
「さて、と」
はチラシとうちわを持って勢い良くベッドから起き上がった。
なんだ、もう帰るのか?
「どうした?いきなり」
「なぁーに言ってんの。ほら、早く立つ!」
「え?な、なんで?」
「花火大会には行かないって行ったけど、誰も花火しないなんて言ってないでしょうが」
「つまり・・・?」
「つまり!今から花火、買いに行くよってこと」
エアコンのスイッチを勝手に切って、俺の手を引き、さっさと家をあとにする。
向かうは近くのコンビニ。もう、外は日が暮れかけていた。
「なんで花火大会には行かないのに、花火はやるんだ?」
「だって、綺麗なものは二人じめしたいじゃない?」
「二人じめ?」
「そ。二人じめ」
そう言ってにっこり笑ったの顔はやっぱり可愛くて、ちょっと胸が高鳴った。
頬が赤くなったのは、夕日が俺の顔を照らしているから。きっとそうだ。別に照れたわけじゃない。
夕方になってもまだ外は暑かったけど、不思議に繋いだ手のぬくもりはうっとおしくなかった。
むしろ、優しいぬくもり。ずっとこのまま繋いでいたい。
二人でやる花火の美しさ。
それはきっと、どんなに大きな花火大会にも負けないほど。
二人だけしか知らない、夜の華。