泣いちゃいけない
そう自分に言い聞かせて
ずっと我慢してたら
ホントの涙を
忘れてしまった
綺麗な雫
「ふざけんじゃねぇよ!!」
大きな声と共に平手を食らって、女は倒れた。その上から、さらに蹴りを数発入れられている。
ゲホっと苦しそうな咳をしてうずくまっている彼女を無理やり立たせて、再び罵声を浴びせた。
「お前がセンコーにチクってることなんてこっちはお見通しなんだよ。これに懲りたら二度とすんじゃねぇぞ!!」
最後に一発頬を殴ってあっさり手を離すと、まるで地面に吸い込まれるかのように女は崩れていった。
行こ、と短く私たちに合図を出すと、さっきまで殴っていた子に続いてその場を後にする。
後ろから、女のすすり泣きが聞こえてきた。
(ボコされて泣くくらいなら、最初からチクらなければいいのに)
さっき、恐怖に怯えながら殴られている女を見てそう思った。私はいつも見ているだけだから、こんな光景見慣れてしまっているけど。
(毎日のようにこんなもの見せられたら、慣れないほうがおかしいか・・・)
私は世間で言うところの「不良」というやつ。髪も黒いし、ピアスもタトゥーもしてないから一見そんな風には見えないけど、確かに悪いことはいっぱいしてきた。
タバコも酒も普通に飲むし、盗みもするし、カツアゲもする。人を殴ったことだってある。
周りにいる人たちは強面の人たちばかりだし、現に悪い人たちばかりだ。
いつもつるんでる悪い仲間と悪いことをしながら、私は毎日を過ごしていた。
さっき殴られた女も、私たちのカモだった奴。毎日のようにカツアゲをしてたら、とうとう先生にチクられて、仲良く指導室送りにされた。
まぁ、学校に行くたび指導室に呼び出されてるからもう慣れてるけど、なんとなくむしゃくしゃしてたんだろう。案の定集団リンチ。
そういうとき、私はいつも見てるだけ。殴るのはあんまり好きじゃない。だって、返り血とか土埃とかで服が汚れるから。
それに、別に殴らなくても弱い奴が殴られるのを見てるだけで、なんとなくスッキリするし。
こんな考え方を持ってる私が、ある意味一番仲間内では怖いのかもしれない。
「、今日はどこでやる?」
「何を?」
「決まってんじゃん!カモ探しだよ」
「あ〜・・・じゃあ、いつもんとこで」
「オッケ〜」
ゲラゲラと大声で笑いながらいつもの場所へと向かう。今日はどうやらカツアゲをするらしい。
私は後ろのほうから仲間たちについていく。空には月が浮いていた。
「なぁ、あっちの方騒がしくねぇ?」
結人が何やら路地裏のほうを見ながら言った。確かに怒鳴り声が聞こえてきたけど、人だかりができているわけでもない。殴り合いではなさそうだ。
「だから嫌だったんだよ、こんな物騒なとこに来るの」
「しょうがねぇだろ、英士。俺の探してたスパイクここの店にしかないんだからさ」
英士がため息をつきながら言うと、バツが悪そうに結人が弁解をする。
今日は練習の帰りに、結人が前から欲しがってたスパイクを買いにきた。
だけど、その店はこんな治安の悪いところにあるから、結人にせがまれて結局3人で来ることになった。
スパイクを買って店から出てきたら、近くにある薄暗い路地に何人かの集団が怒鳴り声を上げているのを結人が聞きつける。
俺がそっちのほうに目をやると、どこかで見た奴がいたような気がした。
「どうした?一馬」
「まさか助けるとか?」
ボーっと見つめていると英士と結人に話しかけられて俺の思考は停止した。
「助けるって何を?」
「何言ってんだよ、カツアゲに決まってんだろ」
「カツアゲ・・・?」
あの不良とかがよくやってる、人から金巻き上げるやつか?実際に見たのは初めてだから、気付かなかった。
「ああいうのは、俺たちが出るよりプロに頼んだほうがいいでしょ」
そういうと、英士はケータイを取り出してすばやくボタンを押す。おいおいまさか・・・
「もしもし、警察ですか?」
やっぱり;こういうとき、英士って策略家(?)だなって思う。結人だったら頭に血がのぼって飛び出していきそうだし、俺だったら見て見ぬふりをしそうだし。
冷静に判断が下せるって、便利だな・・・。
「すぐ来るって?」
「うん、君たちは早くその場から逃げなさいだって」
「それじゃ、お言葉に甘えて帰るとするか。おーい、かじゅま!帰るってよ」
「かじゅまっていうな!!」
カラカラと笑う結人を睨みながら、俺はやっぱりあの不良集団が気になっていた。
茶髪や金髪でちゃらちゃらした奴らが多い中で、一人だけ後ろのほうにいた黒髪の子。
あいつはどっかで見たことがあった。はっきりとは思い出せないけど、確かに見覚えのある姿だった。
ぼんやりと考えながら、一向に答えが浮かばなかったけど、その疑問は翌日すぐ知ることになった。
「おい、真田。今日、が来てるらしいぜ」
「?」
比較的クラスでもよく話す奴らから、聞きなれない名前を聞いた。あんまりクラスのことに興味がないから未だに知らない奴も多い。
「知らねぇの?だよ。ホラ、この辺でも有名な悪じゃん」
「最近まったく来なかったんだけど、今日はめずらしく登校してるらしいよ」
なんだかやけに興奮してる奴らの言葉を聞いているうちに、なんとなく聞いたことがあるかもしれないという気がしてくる。
そして、しばらく話していた後。教室のドアが静かに開いた。そこに立っていたのは、昨日みたあの黒髪の少女だった。
しぃんと静まり返る教室に彼女は顔色一つ変えず入ってくる。そのうちヒソヒソと話す声が聞こえてきた。おそらくこの子がなんだろう。
はクラスの雰囲気なんか気にもせず、すぐ俺の隣の席に着いた。
ってオイ。隣の席だったのか!?確かに毎日空席だったけど、今まで隣の席の奴を知らなかった俺って・・・。
軽い自己嫌悪に浸っていると、なんだか煙たい感じがした。口を押さえて隣をみるとが普通にタバコを吸っている。
なんか、見た目とのギャップが激しすぎてどうにもしっくりこなかったけど、タバコは慣れた風に吸っていた。改めて不良なんだと認識する。
しばらく何の気なしに見ていると、と目が合ってしまった。
「なに?」
「え、いや・・・なんでもない」
「あっそ」
思ったよりも高めの声。でも、あの目は普通じゃなかった。
冷たい目。それは、なんにも興味がないっていうように冷え切っていた。
すこしだけ、恐怖を感じる。
「ねぇ」
いきなり呼ばれて、身体がビクっとなるほど驚いた。俺ってやっぱりヘタレなのかも・・・・。
何も言わずにそっちを向くと、彼女はタバコを加えたまま俺のほうに向き直る。
「あとでちょっと、ツラかしてくんない?」
「な、なんでだよ」
「いいから」
有無を言わせない力強い声に、俺はただうなずくことしかできなかった。
は満足したように再び前を向くと、タバコの煙を吐き出す。
俺はそのとき、不良に呼び出された恐怖よりも、白い煙を見つめるが何を思っているのかが気になっていた。
昼休み。4時間目の終了を告げるチャイムが鳴ってから少したって、真田が屋上へ来た。
私は2時間目からずっとここにいたから、真田が来ることで初めて今が昼休みだということを理解する。
真田の顔は少し緊張していた。ムリもないか、私みたいな奴に呼び出されたんじゃ、いいこととは思えないもんね。
それにしても、逃げ出さないとは。けっこう根性あるじゃん。
「どーも」
「おう」
軽く挨拶を交わしてからこっちに来るように言うと、真田は素直に私の前に立った。
フェンスに寄りかかる私を真っ直ぐ見つめる。日に焼けた顔はとても整っていた。
「俺になんか用か?」
「あんた昨日、繁華街にいたでしょ」
真田が一瞬ギクっとした表情を見せる。なんとも分かりやすい、図星ってやつか。
「いたけど。それがどうかしたか?」
「私たちのこと見たよね。カツアゲしてるとこ」
カツアゲという言葉に、また反応する。純情ー。思ったとおりのいい子ちゃんだねぇ。
「だからなんだってんだよ」
「そのとき、ケーサツ呼んだの、あんた?」
少しだけ怯んだような顔を見せる。つまりはビンゴってこと。わかりやすすぎ;
「そ、そうだよ・・・」
あれ?目が泳いでる。もしかして真田じゃなかったり。あ、もしかして、あの時近くにいた男の子たち?
かばってるのか、その子たちを。美しき友情だね。涙が出ちゃうよ。ホント、くだらない。
「やっぱりそうだったんだ。なるほどね」
「どうするんだ。腹いせに殴るか?」
握ったこぶしが震えてるよ、真田。思ったとおり、そういう風に考えてたんだ。
まぁ、誰でもそう思うわな。
「まさか。男とタイマンはるなんて無謀なことしないよ。私はただ、忠告しにきただけ」
「忠告?」
「そ、忠告」
私はくわえていたタバコを捨てて踏みつける。屋上に、黒くコゲた跡が残った。
「私たちのグループのリーダーが昨日ケーサツに垂れ込んだ奴を探してる」
「なっ!?」
「そして、その候補にあんたが上がってる」
真田はまるで爆弾でも落とされたかのように唖然と固まった。無理もないか、けっこう衝撃的だもんね。
「気をつけたほうがいいよ。痛いめに合いたくなかったらね」
未だに呆然と立っている真田の横を通り過ぎる。そして私がドアにさしかかったところで、後ろから呼び止められた。
「!」
振り向くと、少しだけつりあがった目が私をしっかり見つめていた。
「なんで教えたんだ?」
なんで?そんなの・・・
「そんなの、ただの気まぐれに決まってんじゃん」
「気まぐれ?」
「うん。ただなんとなく、そうしたかったから」
それじゃ、と屋上のドアを開ける。さび付いた音を出しながら静かに閉まったドアに寄りかかった。
「なんで教えたかなんて、こっちが聞きたいよ・・・」
小さくつぶやいた声は、誰にも聞かれることなく消えていった。
最初に殴ってたのはヒロインじゃないですよ。
花月

