平穏な日々を送っていた。


波風の立たなあいような、普通の日々。


今までも、そしてこれからもずっとそうだと信じきっていた。


ただ、漠然とそう思いこんでいた。


でも――


少し、私の人生に狂いが生じてしまったのは


あの人達に会ってしまったから…























































黒い涙白い月







































































9月。この夏でも秋でもない微妙な季節が、私は好きだった。

夏休みも平穏無事に終わり、2学期が始まって早2週間。

熱い夏の興奮も次第に冷めていき、またもとの退屈な日常が始まる。

「あ〜あ…今日も授業か…メンドイなぁ〜」

そんなことを呟いていると、後ろからドンと肩を叩かれる。

振り向くとそこには私の大好きな親友、 が立っていた。

サッパリした茶髪のショートカットに大きな目、整った顔立ち。

いつ見ても可愛いなぁ……

「おっはよ〜!! !後姿、めっちゃ寂しいよ!リストラされたリーマンみたい☆」

「なんでやねん!そっちこそ、めっちゃ可愛い!!」

「あはは!わけわかんないよ〜 だって充分可愛いじゃない!」

この意味不明な会話も今では当たり前のこと。

にしても、この子本当に可愛いよ・・・

あぁ…笑顔がまぶしい(遠い目)

ホントにこの子、芸能界に突き出してやりたいわ!

「ところでさ、授業の半分をボーっと過ごしているのに天才秀才と騒がれる さん!今度のテストの首尾はいかがです?」

「なんか、嫌みったらしいネームだね…別にいつもと変わんないよ。フツーフツー」

「ということは、490点の快挙を成し遂げてもそれが普通っていうんだね!あぁ、うらやましい!!」

そう言って、 は大きな目をさらに大きくする。

「で? ちゃんは私になにをしてほしいのかな?」

大体 がこういう事いうときは、私になにかをしてほしいときだ。

「さっすが !話しがはや〜い!今日の数学、あたし当たっちゃうんだ〜教えてv」

私は軽くため息をついて、笑う。いいよといったら、 も笑って喜んだ。

これが私の唯一癒される時間。学校なんて、友達に会いに行くようなもんだから。

昨日のお笑い番組の話をしながら学校へ行くと、2つの下駄箱が妙に膨らんでいる。

私達はまたかと大きなため息をつき、思いきって下駄箱を開けた。

―ドサドサドサ…・―

落ちてくるは、手紙手紙手紙…もう毎朝のことだから慣れてしまったけど。

「今日も大量だね〜」

「さっすが !もてる女は辛いってか?」

「それは も同じじゃない」

床に落ちた手紙を拾いながら二人同時にまたため息をついた。

「ちょっと!通行の邪魔なんだけど!」

脳みその奥までよく響く金切り声が後ろから聞こえる。こんなストレスを増大させる声を発せられるのは一人しかいない。あいつだ…(怒)

「全く!これで学校一の秀才だなんて聞いて呆れるわ!」

浅井真由美。地味で真面目で頭が良いだけしかとりえが無い奴。絵に描いたような悪役。

最近(というかずっとだが)私になにかとちょっかいを出してくる。

朝からこいつに会うなんて、今日の占いそんなに悪かったかな?

〜早く行こ!こいつモてないもんだから、ひがんでるんだよ。あ〜あ!女の嫉妬は見苦しいね〜」

が、スっと立ちあがって小○真珠なみの毒舌を吐く。

この子、顔に似合わずすんごい毒舌家。まぁ、そのおかげでいつも真由美は再起不能なんだけど。

「悔しかったらあんたも勉強以外のとりえ、見つけてみなよ!そうすりゃちょっとはマシなんじゃない?」

がとどめの一撃を食らわすと、真由美は怒って顔を真っ赤にしながらその場を後にした。

いつもこうなんのが分かってるんなら、始めからつっかからなきゃいいのに。

あぁ〜つかれた…;;

、あんまり気にしない方がいいよ?いつもの事だけど」

「大丈夫。いつものことだから!」

でも、実際今日は少しいつもと違っていた。

私は真由美の言った言葉を聞いてしまった。とても小さな声だったけど、しっかり。


―絶対、後悔サセテヤルカラ―


教室に行くと、すぐつまらない授業が始まった。テストが近いから、みんな必死にノートをとってるのに私だけ、ずっと今朝の事を考えていた。

教師の言葉が呪文のように耳から入って抜けていく。

あぁ…退屈だな

授業はつまらない。みんな取りつかれたように静かになるから。

家はつまらない。どうせろくに顔も合わせない、家庭なんて名ばかりのところだから。

人生はつまらない。上がりも下がりもないこの日常が

たまらなく退屈なんだ。

「… !!聞いているのか!」

突然名前を呼ばれ、はっとする。

前を見ると、頭のてっぺんが寂しくなった数学教師が教卓に手をついて怒っていた。

「お前はまたボーっとして!少し成績が言いからって、調子に乗るなよ!すぐに足すくわれるぞ!」

私は小声ですみませんと謝った。

それに満足した教師は少しばかりにらんだ後、再び黒板に向かう。

別にあんたには関係無いだろ!!すくえるもんならすくってみろってんだ!!

くだらない!数学の点が1点下がっただけでも文句をいうこいつに、私は自分の父親を重ねていた。

やがて授業終了のチャイムがなり、全員が起立したところであのハゲは叫んだ。

!放課後居残りだ!」

最悪…やっぱり今日の占いは最下位だったのかな…カウントダウンみてくればよかった。


























































悔しい悔しい悔しい悔しい!!!

なんでこの私があんな子に負けてるの!?

勉強だけが私の取り柄だった!なのに―

『あの子はいつも、軽々と私の上をいく』

え…?

『私はこんなに苦労しているのに、それでもあの子には敵わない』

なに!?なんなの、この声!!!!

『晴らしてやるよ、お前の悔しさ。さぁ、黒い涙を流してみろよ』

黒い…涙?

『BLACK TEARS――』

!!!!!!!!!!!!!!!!

























































なんやかんやであっという間に放課後。

と名残惜しい別れをつげ、誰もいない教室で数学のプリントと睨めっこしていた。

にしても簡単な問題ばっかだな…こんなんで私に喧嘩売ってたのか…上等!!

私は30分でプリントを終わらせ、職員室に持っていきさっさと帰った。

引きつった笑顔を見せるあいつの顔がとてつもなく面白かった。 に見せたかったなぁ〜

こんなことなら、 に待っててもらえばよかった。

まぁいいか!たまには一人ってのも。

青葉と紅葉が入り混じる不思議な木々が立ち並ぶ。

この並木道は全くと言って良いほど人通りが少ないから、ちょっと独占欲(?)が沸いてくる。

日が西の空に沈んでいく。さっき吹いた風に私は少しの秋を感じ取った。

気持ちよく歩いていると、見慣れた制服が目に入った。

後姿だけど、はっきりわかる。あのダサいみつあみは…真由美だ。

でも、真由美はこの時間なら塾にいるはずじゃぁ――

あんまり気が進まなかったが、とりあえず声だけかけてみようとおもい、小走りに真由美へと近づいた。

「真由美〜!!めずらしいね、こんな時間にいるなんて。なんかあっ…」

「許サナイ――」

え?今の声、ホントに真由美…?

私の言葉をさえぎって出てきたのは、いつもの真由美の声じゃない。

どす黒い感じの声。重苦しくて、この世のものとは思えない程低い。

「ちょっと真由美、どうしたの?」

「私ハコンナニ努力シテイルノニ、ナンデ誰モ私ヲ見テクレナイノ?」

「オ前サエイナケレバ…オ前サエ!!!」

真由美のみつあみがほどけ、みるみるうちに長くなっていく。

まるで生きているかのようにうごめく黒髪は、束になって私を襲ってきた。

逃げなくちゃ!!とっさにそう思ったが、足がすくんで動けない。

「くっ!!!!」

目を硬く閉じて、衝撃に耐える準備をした。

しかし、いくら待ってもなんの異変も無い。

恐る恐る目を開けると、私の目の前に男の人が立っていた。少年と呼ぶに相応しいその人の腕には私に向けられた髪が巻き付いている。

「邪魔ヲスルナ!!!!」

「おっと!そういうわけにもいかないんでね!よっと!!」

少年は髪が巻き付いている方の腕を強く引っ張り、真由美をふっ飛ばした。

「昭栄!!!!」

「合点ばい!みっくん!」

昭栄と呼ばれた背の高い少年が真由美の方に手をかざすと、何かを唱えた。

すると、右腕から激しい光が放たれ、真由美の両手両足を捕らえる。

空中で動かなくなった真由美を私はただ呆然と見ているだけだった。

なに!?なんなの!?夢?

「オノレ…許サナイ!!!」

頭の整理がついていない私に、また黒いムチが襲いかかってくる。

「しまった!!!」

最初に助けてくれた少年が叫ぶ。

私は、死んでしまうの?まだなにもしていないのに?

そんなのヤダ!!絶対に!!

「イヤーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

こんなところで死んでたまるか!!!!

廻りが急に暖かく感じられた。見ると、まるで私を守るかのように白い半透明の膜が私を包んでいる。

「なに…これ?」

私が呟くと、膜は勢いよく弾け飛んだ。そのかけら達は真由美の身体へ突進していき、今度は真由美のことを包み込む。

すると、うねりを帯びていた恐ろしい髪は元の長さにもどり、昭栄という少年にうけた輪も外れた。

地面に倒れこむ真由美を不思議そうに見つめる、二人の少年。

その光景を見届けたあと、私の意識も途切れた。



「みっくん…もしかしてこの子…」

「あぁ、たぶんな。とりあえずリーダーのところに運んだ方がいいだろう。昭栄、真由美って子の黒涙取ったか?」

「ばっちりばい!!」

昭栄は、その手に浮かぶ黒い水を日生に見せた。

「OK!そんじゃ、いくか」

日生はよいしょと を担ぎ、昭栄と共にその場から消えて行った。






そんな二人を木の上から見守る人物が一人。

「へぇ… 、ね。早速報告しなきゃな」

日もすっかり暮れた夜の闇に、少年は静かに溶けて行った。