悪魔が倒されて
世界が滅んで
俺達が死んで
また生き返って
月日は流れた
+黒い涙と白い月+
大きな木々が立ち並ぶ並木道。その道を2人の少年が歩いていた。
行きかう人々、色とりどりの車、太陽が浮かぶ空の青さ。最初はそれら全てが珍しかった彼らも次第にこの世界へと馴染んでいった。
あの世界が消えてから早3ヶ月。白月の姫のおかげで現実世界へと送られた彼らは、いつも通りの生活をしている。
向こうの世界になかったものが、今は当たり前のように感じられていた。そのことだけでも彼らにとってはありがたすぎるもので、生きているという実感がほんの些細なことでもわいた。
「キャプテーン!三上せんぱーい!」
後ろから大きな声が聞こえてきて、少年達――渋沢と三上は足を止め、振り返る。そこには大きく手を振りながら走ってくる藤代とその後ろを少し急ぎ足で歩いてくる笠井の姿があった。
「起きたら先輩たちいないからびっくりしまし・・・痛っ!なんで殴るんスか!三上先輩!」
「うるせぇバカ代!道端で大声出してんじゃねぇよ!恥を知れ恥を!」
「落ち着け二人とも。こんなところでいがみ合ってたら通行の邪魔だろう」
「まったく、誠二が寝坊するから走らなきゃならなくなったんですよ」
清々しい朝には少し不釣合いな会話を繰り広げる4人。しかし、この風景はかつて向こうの世界で一緒に暮らしていたときのものと全く変わっていなかった。
その様子に嬉しそうな、またどこか寂しそうな表情を見せる渋沢。それは他の3人も少なからず感じ取っていた。
確かに本当は死ぬはずだった自分達が生き延びたのも、特殊能力が消え、時間の軸が戻り、普通の人間と同じようになったのは嬉しい。
しかし、自分達が生まれ育った世界が消えてしまったことは悲しかった。それに、もっと悲しいのは・・・。
「今頃、どうしてるんでしょうね」
三上に首を掴まれながら、藤代が静かに言った。その言葉に場の雰囲気が暗くなる。みんな、どうしているだろうか。
ちゃんと元気に、笑っているのだろうか・・・。
「おはよう、風祭」
「あ、水野くんシゲさん。おはよう」
「HR開始2分15秒前だ。ギリギリだな」
「相変わらず不破大先生は細かいなぁー。そないにきちきちせんと、間に合っただけでも儲けもんやってv」
「そんなこと言ってるとまた昨日みたいに遅刻するわよ?」
風祭、水野、不破、シゲ、有紀の5人は同じ学校へ進むことになった。それは向こうの世界でも同じ学校で学んでいたため、風祭がまた一緒に勉強したいと言い出した結果だ。
さすがに有紀は一人暮らしをしているが、他の4人は一緒に生活もしている。この世界に来てから、一人暮らしをしているものは少ない。大抵の人が向こうの世界と同じような生活をしたいと思っていた。
朝の教室は賑わっていて、5人はいつものように話し始める。しかし、今日はその様子も少し違っていた。
「早いもんやな。もう3ヶ月か」
「渋沢たちはこの前会ったけど、他の奴らはどうしてるんだろうな」
水野が感慨深そうに言う。その言葉に他の4人も思いをめぐらせた。
あの白い空間で足元から徐々に消えていった感覚は、今も忘れられるものではない。よく夢に出てくるくらいに凄まじいものだ。
それに、最後にみたとの顔。悲しみにくれ、涙を流していたあの顔はみんなの心を痛めた。
-みんな-
の呼ぶ声が笑顔と共に蘇る。敵も味方も関係ない。全ての人を、世界を救おうとしたたった一人の少女は、残酷な末路を辿ることになった。
「に・・・会いたい」
有紀は静かにそう言うと、黙って顔を覆った。その想いは誰もが持っている願い。もう一度だけ、あの笑顔が素敵な少女に・・・に会いたかった。
たとえそれが叶わぬ願いであっても、彼らは祈り続ける。
世界のために命を懸けたという少女に、会えるようにと・・・。
駅前のカフェで、5人はテーブルを囲んでいた。周りの客は楽しそうに談笑しているにも関わらず、彼らの表情はとても重く、暗いものだった。
彼らの考えていることは、きっと同じことだろう。3ヶ月前に起こった出来事。
「あのとき、はいなかった」
最初に言葉を発したのは圭介だった。彼の声は沈みきったその場をさらに重く沈ませる。
「ケースケくんの言う通り、はいませんでした。でもそれでが死んだと確定するには早いんじゃないですか〜?」
緩やかな声色で須釜が言うと、それに設楽が反応する。
「どうしてそういいきれるんだ?現にはいたのにはいなかった。俺達の身代わりになったとしか・・・」
「ちゃんに問いただしても黙っとるだけやしなぁ。埒があかんで、こりゃ」
吉田がコーヒーのカップを置いた。あのとき、はいなかったのだ。W・M、B・T、情報屋、そしてだけが現実世界に送られた。
どこを探しても、どれだけ叫んでもの姿はない。
「僕達は定期的に他のメンバーと連絡を取っているわけじゃない。もしかしたらこの3ヶ月間でまたなにか進展があったかもしれませんよ」
杉原が言うように、その可能性は確かにあった。それぞれこの世界に馴れることで精一杯だったので、定期的な連絡を取っていない。
しかし、が見つかったのなら何らかの連絡が入ってもいいだろう。それすら、今のところないのだ。
「確かめるしかない、か・・・」
「そうですね〜ケースケくん」
5人は一斉に立ち上がると、店を出た。あの場所へと向かうために。
昼休みの屋上では、白い煙とともに翼たちの姿があった。ここでも静かな雰囲気が流れている。というより、誰も口を開こうとしていなかった。
翼は3ヶ月前の今日、あの世界がなくなった日のことを考えている。それは黒川、井上も同じだった。
「ここは・・現実世界か?」
「どうして・・・俺達は確かに死んだはずだ」
誰が言った言葉だったかは覚えていない。しかし、確かに全員がそこにいた。あの世界の誰かだったことに間違いはない。
誰一人として状況が掴めていないなか、一人だけ冷静にことを見つめる者がいた。だ。
は何も言葉を発しなかった。ただ黙って下を向き、涙を流しているだけ。その涙の意味を理解できぬものなどいなかったはずだ。
「おい、は・・・?」
確か一馬だったと思う。初めてにそう聞いた。それでも彼女は黙っている。何も言わず、ただ泣いていた。
何があったかなんて聞きたくもなかった。
「時の流れってもんは非情なもんだな」
黒川が煙と一緒に言葉を吐き出す。他の二人も黒川のほうを見た。
「どういうことだよ、柾輝」
翼が少し言葉に毒を盛って聞き返す。井上も黒川を睨んでいた。
「てめぇのことで精一杯で、命の恩人をすっかり過去の人にしてやがる」
「まだ死んだって決まったわけじゃないやろ」
「それでもみんな、心の底では思ってるんだろ?」
たばこを捨てて、井上が黒川に掴みかかる。寸前のところで振り上げた拳を止めた。黒川の言っていることは間違いじゃない。確かに自分も、の生死に関してマイナスなイメージしかもっていなかった。
「だけど」
今まで黙っていた翼が静かに声をあげる。その声には強い気持ちが宿っていた。
「だけど気にならないわけない」
そう、それもまた真実。誰しもが気になっていた。生きていて欲しい。死んで欲しくない。その想いはみんな一つだった。
「柾輝、直樹。今日は特別な日だよな」
「あ、あぁ」
「なら行くぞ。あの場所へ」
立ち上がった翼に続くように、黒川と井上もその場を後にする。残ったのは、タバコの残骸だけだった。
「カズさん!カズさん!見てください!大盛りにしてもらったとです!」
「そげん小さかことで叫ぶな、アホ」
「にしても相変わらずだな、二人とも」
「高山はもうちょっと静かになってるかと思ったぜ」
学校の近くにあるラーメン屋で昭栄、カズ、光宏、小岩の4人は偶然出会った。
今日はあの日からちょうど3ヶ月たった日だというのに、相変わらずな昭栄とカズ(もっとも騒がしいのは昭栄だけだが)に光宏たちは少し複雑な気分になった。
彼らものことを気にしていないわけはないだろう。しかし、それにしても昭栄は能天気すぎると思ったのだ。
でも、長年護衛として共にを守ってきた仲間だから、口に出さなくてもわかる。昭栄が人一倍の身を案じていることぐらい。
カズにしたってそうだ。B・Tを裏切ってもW・Mに入れたのは、昭栄はもとよりとの力が大きかったから。あのとき二人がカズを受け入れていなかったら、今頃どうなっていたことか。
あの世界にいたものなら誰でものことを思っているに違いない。光弘はそう考えていた。
「なぁ、この中で誰かかに連絡とれたやついるか?」
光宏の質問にさっきまで明るかった昭栄の表情も暗くなる。それはつまり、NOということだ。
「仕方なか。たぶんほかの奴らも連絡とれんのやろ」
「にしてもわかんねぇよな。なんではともかくとまで連絡とれねぇんだ?」
小岩の言うことももっともだ。あの場にいなかったはともかくとして、しっかりとこの現実世界に帰ってきていたとも連絡が取れないのはいささか疑問でもある。
「もショックが大きいんだよ。たぶん忘れたいんだと思う」
大切な親友をなくしたんじゃムリもねぇよ、と光宏はラーメンをすすった。
「なくてなんかなか!は生きとるけん!」
「昭栄・・・」
ドン、と机を叩いて昭栄はつらそうな顔をした。
誰だっては生きていると信じたい。しかし、そう信じるには証拠があまりにも少なすぎた。
「昭栄の言うとおりばい。は生きとる。あいつが死ぬわけなか」
「俺だってそう思いたいけどよ・・・それにしても・・・」
「確かめるしかないだろ。こうなったら、意地でもの顔見てやる」
箸をおいて光宏はグイっと水を飲み干す。その姿に一同はあっけにとられた。
「何ボーっとしてんだよ。早く食っていこうぜ」
そう言って笑い、光宏は昭栄の肩に手を置いた。
「俺だって信じてる。は必ず生きてるってな」
足元からだんだん身体が消えていって、死というものが近づいてくるのがわかった。それでも後悔はしていない。だってあの世界と一緒に消えることができるなら本望だと思ったから。
でも、気が付いたら俺はトンネルのこっち側にいた。俺だけじゃない、他の奴ら全員がそうだった。ただ一人、を除いて。
「・・・?」
誰かがそう呟いた。はいたのにはいない。また数百年前と同じように、は俺の前から姿を消した。
悔しくて、悲しくて、何がなんだかよく理解できなかった。でも唯一はっきりしているのは、がここにいないということ。そして俺達は生き延びたっていう事実。
きっとは、俺達の身代わりとして命を落としたんだと思う。いや、はっきりと死ぬ瞬間を見てないからはっきりとはいえないけど、あの性格ならやりかねない。
はそういう奴だ。白月の姫という肩書きを背負い、たった一人で戦ってきたならたとえ自分の命を犠牲にしようとも俺達を助けるはずだった。
どんな形でもいい、生きていて欲しい。そうが願ったように、今俺も切に願っている。
が生きているようにと・・。
「一馬?」
結人の声ではっと我に返る。辺りを見渡せば、さっきまで歩いていた繁華街とはまるで対照的な住宅街に来ていた。
「なにボーっとしてんだよ。大丈夫か?」
「辛いなら止めてもいいんだよ?」
「そうそう、どうせトンネルなんてなくなってるんだし」
みんなの言葉を聞いて俺はまた思い出す。今俺達は最後にみんなで集まった場所へと向かっていた。
今日は世界が消えてからちょうど3ヶ月。この節目の時に、俺達はかつてトンネルがあった場所へ足を進めることになった。
もしかしたらが生きているという証拠が何かあるかもしれない。そんな希望を持ちながら、俺達はあの場所へと向かう。
「大丈夫。早く行こうぜ」
静かにそう言って歩く速度を速めた。それに続くようにユン、英士、結人の3人も歩く幅を広げる。
「ちゃん、いるといいね」
ユンが小さくそう言った。俺はそうだな、と小さく返す。
「きっと生きてるさ」
それはユンに言ったんじゃない。自分に言い聞かせたんだ。
かつてこの世界と異世界を繋いでいたトンネルは、3ヶ月前のあの日消滅した。
今思えば、この閑静な住宅街にそんなものがあること自体が不思議だが、それは確かにあったのだ。
その場所に今、異世界の住人だった25人が集まっている。最初はなぜみんながいるのか不思議だった彼らも次第にこの状況を受け入れた。ただ気持ちは一つ。
懐かしむことも、いがみ合うこともなく、彼らはただ待ち続けた。このまま待っていればきっと現れるだろう。あの少女が・・・。
日はとっくに落ち、辺りが暗闇に包まれる。星がキラキラと夜空を彩っていた。そんな中、誰かがこっちへ近づいてくる。
「おい、あれ・・・・」
結人が小さくそう言って指をさす。暗がりの向こうに見えるのは、2つの人影。それらは確かにこっちへと向かってくる。
丸い月が雲から顔をだし、人影を照らし出す。その姿に彼らは安堵の表情をみせた。
「久しぶり、みんな」
白い月に照らされてにっこりと笑う少女。それはまさしく、その人だった。
「!!」
「やっぱり生きてたんだ!」
「心配したぜー!」
それぞれ思い思いの言葉を口にして、の傍に駆け寄る。隣には満面の笑みを浮かべているもいた。
「何で3ヶ月も連絡よこさなかったんだよ!」
「ゴメンね、ちょっと記憶が混乱してて、最近やっとみんなのこと思い出したの」
「私たちだって大変だったんだからね!身体も記憶もボロボロで、思い出すのに3ヶ月もかかっちゃったわよ!」
が笑ってそう言うと、みんなもつられて笑い出す。そして一通り笑ったあと、は天使のような笑顔を見せてこう言った。
「ただいま、みんな」
その笑顔は、かつて一緒に生きたころとなんの違いもない。みんなもまた、笑顔で彼女を受け入れた。
「お帰り、・・・」
みんなの気持ちを代表した言葉を、一馬が放つ。3ヶ月間の不安など、もうどこにも感じられない。
「B・TとW・Mの戦争は終わった。これからもう、笑って生きていいんだよね」
はそういうとまた笑顔になった。迎え入れる彼らもまた、笑った。
たちの後ろには西園寺との母親の姿もある。彼女たちも彼らの姿を微笑みながら見つめていた。
「ありがとう!みんな!」
その言葉に彼らは大きく歓声を上げる。が生きていたことが、何よりも嬉しかった。
喜び合う彼らを、白い月が優しく包み込んでいた。
争いも、奪い合いも、戦争も、もう二度と起こさせはしない。悪魔は消え、救世主の勝利となった今、彼らがするべきことはたった一つ。
精一杯笑って生きること。
この世界のために――
Fin

