私の名は
白月の姫としてこの世界に舞い降りた者
この世界を救うためなら
みんなの命を救うためなら
この命、惜しまない
+黒い涙と白い月+
どこか知らない真っ白な世界で、私とは存在していた。目の前には今まで一緒に戦ってきたW・Mのみんな。そして榊を中心に世界を暗い闇に陥れていたB・Tの人々。その中には三上の姿もある。
何が起こったのか、私にもまだわかっていない。たぶん世界はもうなくなってしまったんだと思う。その証拠に、辺りは一面真っ白だ。
みんなにさっきまで黒い幕に包まれ、足元から徐々に消えていった様子はない。いたって普通。いつも通り。それが余計に痛かった。
もしかしたらこのままもとの生活に戻れるんじゃないか。Dispar of nightmareは結局失敗に終わって、また普段どおりの生活に戻れるんじゃないか。そんな気さえ起きてくる。
みんなの顔は安らかなものだった。すっきりしたような、そんな顔。後悔とか、怖さとか、まったく感じていないような顔。
それに対して私は、今にも泣いてしまいそうだった。もきっと同じだろう。やっとここまで来たのに。悪魔を倒して、みんで一緒に暮らそうって言ってた。B・TもW・Mもなくなって、元の平和な世界を夢見たのに。
どうしてこうなっちゃうの?みんなが一生懸命戦って勝ち得た平和。それを誰が怖そうというの?
もしこの世界に神様がいるというなら、私はその人を恨む。時間の軸をはずれ、普通とは違う特殊能力を持ち、家族を奪われ、友達を亡くし、さらに世界まで、やっと手に入れた平和まで奪おうとする。
あまりに残酷な運命だった。私の目から思わず涙が溢れ出す。
『』
光宏が静かに私の名を呼んだ。その声は響いている。それがこの空間の所為なのか、光宏たち自身の所為なのかはわからない。
ただ、いつもと同じような口調に私はまた心を痛めた。
『泣くなよ。俺らはなんの後悔もしてないから』
「だって、やっと掴んだ勝利だよ!?消えちゃったら意味ないよ!」
私の声は普通だ。やっぱり光宏の反響する声は、光宏たち自身のものだ。つまり、光宏たちの身体はもう・・・。
隣から、のすすり泣きが聞こえる。も悲しい。私も悲しい。こんな結末、誰も望んでいない。それはきっと、みんなも同じだと思う。
『もも、お前らが泣く必要はなか』
「カズ・・・」
『これでよかったんや。いずれにしろ、俺達はずっと昔に死んどお身体たい。もう充分や』
他のみんなも、その通りだと頷く。でも私は、納得がいかなかった。もっとみんなのこと知りたいし、もっとみんなと一緒にいたい。
それだけの時間を私たちは共有してきた。やっとこれからだってときに、どうしてこうなるの?
カズたちが納得しても、私はあきらめない。きっとみんなを元の世界に戻してみせる。だって私は白月の姫だもん。この世界を救うために生まれた存在だから。
またみんなで、笑いあおう。
私は目を閉じ、胸の前で手を組んだ。気持ちを静め、神経を一点に集中させる。すると、より白く透明な膜が私を中心に大きく広がっていった。
「・・・!」
の心配そうな声が聞こえる。でも私は止めなかった。たくさん笑って、たくさん泣いて、たくさん支えあってきた仲間。それはB・Tだって同じこと。みんな、この世界のためを思っていたことには変わりない。
その気持ちを無駄にはしない。絶対に救ってみせる。私の命を犠牲にしても!
膜はどんどん広がっていって、やがてみんなを包んでいった。まずはみんなを元の身体に戻さないと。世界を直すのはそれからだ。
しかし、みんなの身体は一向に戻らない。それどころか、私の膜がだんだんと小さくなっていってしまった。
また神経を集中させて、より大きな力にする。それでも膜は小さくなるばかり。やがて、私の膜は消えてしまった。
「どうして!!」
『、もう止めろよ』
結人の声が聞こえた。止めろってどういうこと?どうしてみんなはこの状況を受け入れてるの?悔しくないの?
様々な疑問が頭を駆け巡り、私はパニックになっていた。どうして、なんで。そんな言葉が駆け巡る。
「やっと掴んだ幸せじゃない!どうしてこうなるの!?」
「、落ち着いて・・・」
「全ての原因だった悪魔も倒したのに・・!これからだって時なのに・・・!!!」
自分で何を言っているのか、よくわからない。ただ考えるよりも先に言葉が出てきてしまって、それは止まることを知らなかった。誰の制止の声も聞こえなかった。
「ここまで一緒に戦ってきた!!支えあってきたじゃない!」
『』
「あんなに傷だらけになって戦ったじゃない!」
『』
「なのにどうして・・!!!!!」
『!!!!!!!!』
突然の怒鳴り声に私はピタっと言葉を止めた。声の主は一馬だった。そう、一馬。私の恋人だった人。私のために、命までかけた人。
言葉が止めば、今度は涙が溢れ出す。とめどなく流れる涙は、頬を伝って下に落ちた。悔しさも悲しさも全て詰まったこの涙。
「・・・」
がそっと、私の肩に手を置いた。その手は震えている。も辛い、みんなも辛い。助けてあげたいのに、私にはその力がなかった。
私はまた、肝心なときに無力だ。
不意に、目の前がやわらかく光ったような気がして顔を上げる。するとそこには白い光に包まれているみんなの姿があった。別れのときが近いと、予感させるものだった。
『そろそろ、時間みたいだな』
困ったように笑いながら光宏が言う。その言葉に私はまた涙を流した。
これで本当のお別れ。もう二度と、彼らに会うことはない。白い世界で、白い光に包まれながら、一人また一人と仲間が消えていく。
それを私は見守ることしかできなかった。
『少しの間でしたけど、楽しかったよ。ありがとう』
屈託のない笑顔を浮かべ、私たちに語りかける。風祭将。
『何回も怒鳴って悪かったな。もう、泣くなよ』
コントロールできない能力の所為で、他人を傷つけてしまい苦しんでいた優しき人。山口圭介。
『俺はあんまり接点なかったけど・・・楽しかったぜ!』
飛行の能力を持ち、誰よりも明るく力を尽くした能力鑑定士。小岩鉄平。
『ホンマはこないに可愛い子と争いとおなかったんやけどな』
情報屋という立場で、もっとも私たちに近い人。藤村成樹。
『あまり役に立てなかったが、たちの活躍。本当に感謝しているよ』
W・Mのリーダー。いつも私たちの支えとなってくれた。渋沢克朗。
『まぁ、こない長く生きたんや。悔いはあらへん!』
肉体労働で情報をかき集めてくれた人。井上直樹。
『お前たちはよくやってくれたと思う。ありがとう』
誰よりも繊細で、友との戦いを受け入れた人。水野竜也。
『僕ももうちょっと親しくなりたかったんやけど、残念やな』
ゆったりとした笑みを浮かべ、手を振っている。吉田光徳。
『翼との戦いの時は悪かったな。ありがと』
友との決別。それでも誰より親友を信じた人。黒川柾輝。
『ちゃんとちゃんといたとき、すっごく楽しかったよ!ありがとう!またね!』
元気よく手を振り、いつも前向きな姿勢を崩さなかった。藤代誠二。
『違う世界の人たちなのに、重い使命を背負わせてすみませんでした。また、いつか・・・』
忍者に生まれ、家族に捨てられた、愛の意味を最も知る人。笠井竹巳。
『僕もこれを望んでいたのかもしれませんね〜』
にこやかな笑顔の奥で誰よりも孤独を感じていた人。須釜寿樹。
『ありがとう。これでやっと自由になれる』
他人から一歩距離を置き、友を大切にした人。設楽兵助。
『敵ながら君たちの戦いには目を見張るものがありましたよ』
黒い心を隠し、いつも笑顔で笑っていた。杉原多紀。
『お前たちのデータがまだ取れていないのが残念だが、仕方がない。礼を言う』
データを誰よりも信じ、計算することをこよなく愛した人。不破大地。
『別に負けたとは思ってないけど、悪魔を倒したことは褒めてあげるよ』
マシンガントークで相手を傷つけはするけど、本当は真実だけを口にしていた。椎名翼。
『!!すっごく楽しかったぜ!』
誰よりも友を信じ、誰よりも明るく、誰よりも前向きな人。若菜結人。
『この世界のために戦ってくれてありがとう。嬉しかった』
冷静沈着、4人の中でもリーダー的な存在。郭英士。
『これでさよならだけど、またどこかで会えるって信じてるから』
重たい運命を幼い頃より背負い、ずっと光にあこがれた人。李潤慶。
『短い間やったが、お前らといる時間、悪くなかったとよ』
誰よりもこの世界を愛し、救おうとした人。功刀一。
『カズさんもこの世界も、救おうとしてくれてありがとう!ちかっぱ感謝しとるけん!』
先輩を想い、人を想い、そのためなら自らも省みない。高山昭栄。
『学校でも、この世界でも、本当に楽しい時間をくれてありがとう』
ただ一人の女の子。いつも冷静で、的確で、ずっと憧れだった。小島有紀。
『護衛、あんまりできなくてごめんな。でも、たちといる時が一番楽しかったぜ』
護衛の任務に誇りを持ち、私たちを守ってくれた人。日生光宏。
『俺は間違ったことをしたとは思ってねぇよ。お前らは、なかなか楽しませてくれたけどな』
不敵な笑みを浮かべ、誰よりも苦しみぬいた、B・Tのリーダー。三上亮。
『百年経った今でも忘れない。俺は愛しさをまだ持ってる。これでたちとは離れるけど、心はいつも繋がってるから』
そして、私が心から愛する人。できればずっと一緒にいたい。真田、一馬・・・。
最後の言葉を残し、みんなは消えていった。最後の一馬も、もう消滅が上半身にまで及んでいる。
私はたまらず手を伸ばした。しかし、その手は一馬の身体を捉えることはできず、儚く宙を掴んだ。
最後に残った一馬のキラキラと光る残像も消え、白い世界に私とだけが取り残された。時が経てば経つほど頭の中にはみんなの記憶が蘇ってくる。
このまま永遠の別れになるなんて、絶対に嫌だ。私はどうなってもいいから、みんなを生かしてあげて・・・。
「?」
私の異変に気付いたが不安そうな声をあげる。私はまた目を閉じ、気持ちを落ち着かせて力を発動させた。
どうか、神様。私を生贄にみんなを蘇らせてください。私はどうなっても構わないから。
願いが聞き届けられたのか、私の身体は徐々に消えていった。風が吹いているかのように、私の髪はゆらゆらとなびく。
「ー!!!」
の声が無情にも白い空間に響き渡った。そして私は消える。一馬たちと同じように、キラキラとした残像を残して。
ここはどこ?今度は真っ黒い空間。さっきまでいたところとは正反対だ。
あぁ、私は死んだのかもしれない。ここはあの世っていうやつかな。それならきっと、みんなは生き返ってくれたんだろう。
「よかった・・・」
私は静かに呟いて目を閉じた。暖かい雫が一筋、落ちる。
この涙は誰のために流したものだろう。きっとみんなのことを思っての涙。みんなのために死ねるなら本望。白月の姫として、本来の目的を達成することができたのだから。
『・・・』
どこからか懐かしい声が聞こえてきた。私は辺りを見渡す。すると、目の前に数人の人影が現れた。
「誰?」
私が声をあげると、人影ははっきりして、輪郭が見えてきた。その姿に私は絶句する。
『・・・』
「王妃・・・それに貴方は王様?」
以前見た悪魔に操られた王妃の隣には、がっしりとした体格の男の人が立っていた。頭に被った王冠から、私は瞬時にその人が王様であると理解する。
「王妃、ここはどこ?みんなは助かったの?」
『ここは空間の狭間。あの世とこの世を結ぶ最後の砦』
「最後の・・・じゃあみんなは!」
『まだ完全には蘇っていません』
「どうして・・・私はどうなっても構わない!だからお願い、みんなを・・・!」
『その願いを聞き届けるには、一つ条件があります』
「条件?」
私は一瞬言葉を失った。条件。私はみんなのためならなんでもするつもり。だからどんな条件を出されても怖くない。覚悟は決まっていた。
『貴方の命。その清らかな命と引き換えに、彼らを別の世界に移すことを約束しましょう』
「私の・・・命・・・」
大丈夫。私は白月の姫だから。みんなのためならこの命、惜しくはないと誓ったはず。
さよなら、みんな。さよなら、。さよなら、おかあさん。
「わかりました」
私は力強く返事をして、目を閉じた。王妃が私の肩に手を置くのがわかる。
そしてまた、私の身体は消えていった。
これで本当に最後。私はこの世界のために犠牲になる。そして、またみんなに会えるときまで・・・。
「さようなら・・・みんな・・・」
小さく呟いて、また落ちる雫。その時。私の身体を包み込む暖かさを感じた。
「え・・・?」
突然のことに思わず声を上げ、顔を上に向ける。するとそこには長く黒い髪をなびかせた女の人が、私を抱きしめていた。
「おかあ・・・さん・・・?」
その姿はまさしく私のお母さん。しかし、黒涙の君になったお母さんの表情とは正反対に優しい表情だった。
『・・・あなたは死んでいい人間じゃないわ』
「お母さん?」
『生きなさい。精一杯、本当の最後まで・・・』
お母さんに抱きしめられたまま、私たちは真っ白な光に包まれた。


