夜の繁華街。行き交う人々。車の音。

この眠らない街を一人の少女が歩いていた。

すらりと伸びた手足、黒い髪を風になびかせ、その顔はモデル並に整っている。

彼女が通った後、男だけではなく女までも頬を赤らめ、振り返った。

そんな少女に声をかける少年がある。

「おねーさん」

少女は足を止め、少年を見つめた。少年が口元に笑みを浮かべ、彼女に言う。

「俺と遊ばね?」

整いすぎている無表情な顔を少しも変えることなく、彼女は言った。

「いいよ」

































































夜人形−Night Doll


























































朝方。安っぽいホテルのベッドから、服を着る彼を見る。

手元には数枚の万札。その数を数えることもせず、少女――はただベッドに横たわっていた。

声をかけてきた人と一晩を共にすることなど、にとってはよくある。

その代わり、相手からはお金をもらっていた。のような美しい女を抱けるのだから、男達は出し惜しみをしない。

夜の街は、絶好の稼ぎ場だった。

しかし、今回のような若い男は珍しい。いつもは中年のおじさんか、若くても不良っぽい人とかホストとか、そういう感じの人ばかりだった。

今回の相手も、確かに不良っぽいといえば見えなくもないが、明らかに雰囲気が違う。

毎日遊んでいるような人には見えなかった。顔がいいから最初はホストかと思ったが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。

それに、かなり抱き慣れている。久しぶりに自身も楽しむことができた。

と同じようなことをしている人なのだろうか。

「お前、慣れてんな」

服を着終わり、ミネラルウォーターを飲みながらに言う。そっちこそ、ともだるい身体を起こした。少し腰が痛い。

乱れた髪を手で直して、近くに散乱する服を取った。この季節、いつまでも裸でいるのは、たとえベッドの中でもキツイものがある。

「なぁ、また俺とヤらねぇ?」

「なんで」

「はじめてでこんなに合ったの、久しぶりだから」

「お金くれるならね」

少しも表情を変えず、は淡々と言った。逆に少年はそれを楽しそうに眺めている。

「それじゃ、メアドとケー番。教えろよ」

少年の要求に従い、バックの仲からケータイを取り出し、投げる。

普段ならきっぱり断るのだが、もはじめてでここまで身体が合う人は、この人だけだった。

それに、せっかくの若い金づるだ。みすみす逃すのも惜しい。

服を全て着てから黒いブーツを履いていると、そういえば、と呟く少年の声が聞こえた。

「まだ名前聞いてなかった」

そういえば、まだ教えていなかった。は性格上、聞かれたこと以上は必要がない限り教えない。

今回に限らず、名前も知らない相手と身体を重ねるなんて、よくあることだった。

「なんてーの?」



、ね」

「そう」

「・・・・・・」

「なに」

「普通、そっちは?とか聞かねぇ?」

「必要ないでしょ」

「連絡とるとき必要だろーが」

「そう?」

「そう」

少年と向き合って、名前を聞く。彼は不適に笑って、御柳芭唐という名前を告げた。

芭唐はのケータイを投げてよこす。見れば、丁寧に自分のメアドまで登録したみたいだ。

見慣れぬ名前に、少し違和感を覚える。

「金があるときに、また連絡すっから」

「うん」

芭唐がミネラルウォーターをバックにしまい、肩にかける。一緒に出るかと誘われたが、もう少しゆっくりしていたいと断った。

「あ、やべぇ朝練遅れる」

「朝練?」

部活をやってる人が、売春なんてするとは思っていなかった。

運動部だろうか。やけに筋肉質だし。

柄にもなく、相手のことを考えていた自分に気付いて、はすぐその思考を止めた。

「実は野球部。驚いた?」

「別に」

これは嘘。ホントは少し、驚いていた。

つまんねぇ、と笑って芭唐は肩をすくめる。その様子をはじっと見つめていた。

「それじゃあ、またな。

急ぎ足でホテルの部屋を出る芭唐を見送って、は一人ベッドに倒れこむ。

なんだか思考が定まらない。身体売るなんて、毎日のようにやってることなのに、なぜか今日はひどく疲れた。

立ち上がってホテルのカーテンを開けると、朝日に照らされる街を歩く芭唐が眼に入る。

部活をやってる相手は初めてだった。しかも野球部。

野球部といえば、丸刈りで、礼儀正しくて、純情というイメージしかなかったは、芭唐によってそのイメージを全てぶち壊された。

あんな野球部員のいるところだ。きっとすごく弱いんだろうな、と思う。

(あ、また・・・)

また芭唐のことを考えていた自分に驚いた。普段なら、こんなことなかったのに。なぜか今日は少し変だ。

原因はなんだろう。珍しい相手だったから?それも違う気がする。

とにかく、変だった。だけど、きっとすぐに忘れるだろうとはカーテンを閉める。

新しいセフレが一人増えただけ。ただそれだけのこと。

お金を掴んで、もまたホテルを後にする。

肌寒い街を歩けば、またいつものように人の視線が集まった。

そして今日は朝から、声をかけてくる人がいる。

「お嬢ちゃん、一人?お兄さんと一緒に来ない?」

そう、きっとみんな同じ。お金を払って、女を抱いて、欲を満たす。

あの御柳とかいう人もその中の一人。

それなのに、どうしてだろう。こんなにも胸がざわめくのは。

若い男に肩を抱かれ、はまた近くのホテルに入っていった。

違う、との中で誰かが言う。その声を無視して、はただ前だけ見据えた。

無表情のまま、ただなされるがまま、連れて行かれる。

笑顔すら見せぬその姿、まるで人形。

夜に生きる、夜人形。












今日もまた、遊ばれる日々――