太陽が空高く上った頃、やっと家に着く。
全国でも有名な超高級マンション。その最上階が、の家だった。
強固なセキュリティーを通って、エレベータで上へ行く。
扉を開ければ、豪華な我が家がお出迎え。広すぎる家にいるときは、ほとんど一人。
リビングを通って部屋へ行き、制服に着替える。これで今日の仕事は終わり。
稼いだお金を財布から抜いて、そのまま机に置く。
鞄を掴んで玄関を出るとき、は顔だけ少し振り返る。
「さよなら」
小さく呟いて玄関を閉めた。その声は寂しそうに響いて消えた。
夜人形−Night Doll−
学校に着き、いつものように具合が悪かったと嘘をついて教室へ入る。
は夜伽のために学校へ遅れることなどしょっちゅうだった。
そのため、先生には生まれつき身体が弱いということにしている。もちろん、先生は信じてくれているが、生徒の中にはの本性に気付いているやつもいた。
夜の街で見かけただの、ヤクザの愛人だの、暴力団の彼女だの、悪い噂が耐えない。
それゆえには友達がいなかった。入学してから何度も友達になろうとした人はいたが、全てが断っている。
友達なんていても、邪魔になるだけ。彼氏だって、セフレで稼いでるなんて言ったら怒るに決まってるからウザい。
モデル並の美貌を持つを、学校の男子たちが放っておくわけがない。何度告白されたか知れないが、相当な人数がをモノにしようとしていた。
だが、悪い噂が立つようになってからは、その人数もだいぶ減ってきている。
ありがたいことこの上ない。
チャイムの音と共に、授業が終わった。どうやらはギリギリの時間に来たらしい。
先生が去り、クラスが騒がしくなる。そんな中、はブランド物のファッション雑誌を見ていた。
そろそろ新しい服が欲しい。普通の高校生では手も足も出ないような高級ブランドを買うのは、にとって優越感を与えてくれる、すばらしいことだった。
「ねぇねぇ、この間華武の試合見に行っちゃったー!」
「うそぉ!いいなぁ」
「どんな感じだった?やっぱりかっこよかったの?」
の席の近くで、3人の女子が騒いでいた。その声があまりにも大きかったので、雑誌に集中できなくて、少しいらだつ。無論、顔には出さないが。
「屑桐さんとか、すごいボール投げててぇー」
「かっこいいよねー屑桐さん!」
「ねぇ、あの人は?」
「あの人?」
「ほら、一年生の・・・」
「あぁ、御柳くんね!」
ピタっと、ページをめくる手が止まった。御柳。聞いたことのある名前。
はケータイを取り出して、メモリを見る。そこには確かに、御柳芭唐の名前があった。
(昨日の人、本当に野球部だったんだ・・・)
完全に信じていなかったは、ひどくおどろいた。あんな野球部が本当にいるなんて、思いもしなかった。
雑誌を見るフリをして、女子たちの話を聞いていく。
私立華武高校。毎年甲子園に出ている超名門校。昨日の御柳芭唐という人は、一年生ながらに4番というすごい人らしい。
4番ということよりも、同い年ということに驚いた。あれで4番。しかも強豪校。
ケータイのバイブがなった。画面を見ると、御柳芭唐の文字。しかもメールではなく、電話だった。
「はい」
『よぉ。覚えてるか?』
「さっき思いだした」
『わけわかんねぇ』
「いいよ、わかんなくて。何の用?」
『今日会えるか?』
「お金あるの?」
『臨時収入ゲットv』
「わかった、いいよ。どこにする?」
『迎えに行くから、学校の前で待ってろ』
「うちの学校知ってるの?」
『まぁな!それじゃ、後で』
一方的に電話は切れた。迎えに来るって、なんで学校知っているのだろうか。
放課後の練習もあるんじゃないの?強豪校だし。
またチャイムがなり、先生が入ってくる。そこでは気が付いた。また、御柳とかいう人のことを考えてしまっている。
ただ電話があっただけなのに。相手の都合や思考など、自分には関係のないこと。
それなのに、芭唐がらみのことになると、はその先を考えてしまうようになっていた。
ただの珍しい相手。それだけのことなのに、どうしてか気になってしまう。
ペンを置いて、机に突っ伏した。ひんやりとした感触が気持ちいい。
きっと気のせいだ、と自分に言い聞かせてはそのまま眠りに落ちる。
今夜のために。
放課後。生徒たちがぞろぞろと教室から出て行く中、は一人席に座っていた。
さっき芭唐から来たメールをもう一度見る。少し遅れるとのことだった。
それなら、外で待つよりも教室で待っていたほうが暖かい。幸いここからは校門がよく見えるから、芭唐が着たらすぐにわかる。
時計を見ていたら、またバイブがなった。この時間になると、誘いのメールが多くなる。
いつもなら、一番お金を払ってくれる人にOKの返事を出すのだが、今日はなぜか全て断った。
芭唐と会いたいから。いや、ただの気まぐれ。
自分で自分の行動に驚いていた。なんでこんなに気になるんだろう。
考えるとキリがなさそうなので、とにかく今は校門に現れる人をチェックし続けた。
4時に学校が終わってから、すでに30分が過ぎている。なにが少し、だ。
次第に時間が過ぎていき、ついに1時間が経った。日もだいぶ暮れている。
そして6時を過ぎた頃。半ば眠りかけていたは、校門へ走ってくる人影を見つけた。
あの姿、まさしく昨日の野球部員。鞄を持っても教室を出た。
「悪ぃ!先輩説得すんのに時間かかって」
「別にいいよ。それより、なんでうちの学校知ってんの?」
「まぁ、いろいろと情報得てな。それじゃ、行くか」
突然手を握られて、一瞬身体がこわばる。思えば、セフレと手をつないだのなんて初めてだった。
芭唐はなんの戸惑いもなく、自然と手をつなぐ。当たり前のように。
逆には、どうしていいかわからず内心戸惑っていた。手のぬくもりが、暖かすぎてなぜか怖かった。
−ちゃん−
「あ・・・」
「ん?どうした?」
足を止めて振り返る芭唐。それには首を振ってなんでもない、と答える。
思い出してしまった。手をつないだのなんて、久しぶりだったから。
もう吹っ切れたと思っていたのに。
無意識に手を握る力が強くなる。芭唐は、自分の少し後ろを歩くを見た。
美しい顔になんの表情も浮かべない彼女が、初めて芭唐に向けた反応。それがどういう意味かはわからないが、少しだけ寂しそうな雰囲気が漂っている。
芭唐は手を握り返した。そしてそのまま速度を落として、の横に並んだ。
暗い夜道を並んで歩く。は芭唐の顔を見上げて、すぐに前を見た。
不思議な感情が流れ込む。それがどういうものかなんて、わからなかったけど。
それでも私の顔には、なにも浮かばないんだろうなと思った。
もし、私がこの気持ちを顔に出せるとしたら、いったいどんな顔をするんだろう。
想像もつかないけど、きっと今よりましな顔。


