が俺の部屋を出る時に見せた涙が頭から離れない。

今まで何人もの女と付き合ってきた。だけど、どれもこんな風な感じじゃなかった。

俺から去っていく女はどれも引きずったことがない。さっぱりした別ればかりだった。

だけど、は違う。

は俺と同じ感じがする。それはきっとも感じているはずだ。

心の中にある深い闇。人には言えないほどドロドロした感情。

頭の中に大神さんのことがよぎる。が見ていた写真にはまだ全てが正常だった頃の自分が写っていた。

どうすればよかったかなんて今でもわからない。

でも唯一つわかるのは――




















































































夜人形-Night Doll-





























































































と最後に会ってから1週間の月日が流れた。

やっと分かち合えたと思った。やっと繋がったと。

はじめは単なるセフレの関係で終わると思っていたけど、自分が思っている以上に俺はにはまっていった。

と出会ってから、毎日のことを考えてた。初めて俺のことを本気で理解してくれる人と出会えたような気がした。

親でもどんなに親しい友達でも決して理解できなかった俺の過去。

その忌まわしい過去は俺の心から消えることはない。

誰にも同情されたくなかった。責められて当然のことを俺はしでかしたんだ。

何人たりともこの闇をわかってくれる人はいないと思っていた。それが当たり前だと思い込んでいた。

けどそれは間違いだ。たった一人、だけは俺をわかってくれた。

言葉には出さなかったけど、気持ちは通じていた。は俺と同じだ。俺と同じ闇を持っている。

笑えないのもきっとその所為なんだろう。だけど、それさえ俺は愛しく感じた。

ベッドの中でを抱いている時、今までにない幸せを感じた。抱きしめているのに抱きしめられているような感覚に陥った。

初めてのことばかりだ。何もかも始めて。

愛しい感情があふれ出してくる。会っていないと不安になる。

いつから俺はこんな風になったんだろう。心に穴が開いたように、どこか物足りなかった。

早くに会いたい。会ってこの腕に閉じ込めたい。そんな欲望は絶えることがなかった。

がいなくなってからこの1週間、ずっと雨が降り続いている。まるで俺の心をそのまま映しているようだった。

部活の練習にも身が入らない。夜遊びも俺を満足させることはできなかった。

部活が終わってから俺は真っ直ぐ家に帰った。途中何人か知り合いに会って遊びに誘われたが、全て断った。

気分じゃない。何をするにも気力がなかった。

誰もいない部屋のドアを開けて、すぐベッドに倒れこむ。

このベッドでを寝た。あれほど幸せなことはなかった。表情には出てなかったけど、照れて赤くなる顔が可愛かった。

ケータイにはからのメールは1通もきてなかった。もちろん電話も。

あの日以来、との連絡が途絶えた。何度メールしても何度電話しても、からの反応は返ってこない。

いっそのこと家まで行こうかと思ったが、さすがにそこまでの情報は流れていなかった。

の通う学校にも行ってみた。けど、誰に聞いてもは休みだと答える。教師の目を盗んでちょっと入ってみたが、本当にがいる気配は感じられなかった。

あの性格だから友達もいないらしい。無論家を知っている奴もいなかった。

もう一度に電話をかけてみる。無機質な呼び出し音が鳴り響いた。

何度目かのコールで俺は電話を切った。やっぱり出ない。結果はわかってたけど、寂しいものが心に残った。

「あぁーくそっ!!!」

勢い良くケータイを向かい側のソファに投げつける。一度バウンドしたケータイは大人しくクッションの上に乗っかった。

なんで俺から逃げるんだ。は絶対俺に惚れてる。これは自惚れなんかじゃなくて、確信に近かった。

の目が声が全てが、俺を愛しいと伝えていた。それは俺も同じ。全身でを愛している。

それなのには何を躊躇っている?なにか理由があるはずだ。それがの心の闇なのか。

結局は言わなかったけど、表情が表にでない。それは俺も気が付いていた。

俺を避ける理由と表情が出ない原因。それがきっとを苦しめている根源だ。

の過去に何があったのか、すごく気になった。以外の女なら、こんなこと考えなかっただろう。けどだけは無性にほっとけなかった。

-私は、恋なんてしちゃいけないの-

の言葉が蘇る。あの時は確かに泣いていた。

俺には誰もいなかった。心の闇を打ち明けられる仲間も、誰も。

その時の孤独。寂しさ。決して口には出さないけど、もきっとそれは感じているはずだ。

なら俺はの支えになってやる。

心の闇を取り除くことはできなくてもが辛い時、傍にいてやれることくらいはできるはずだ。

ふと、が見ていた姿身が眼に入る。朝日を浴びて輝くの身体は美しいの一言に尽きた。

その身体の中にどんな暗闇を抱えているのか。どんな辛い目に合ってきたのか。

それを理解できるのは俺しかいない。同じ闇を抱えている俺しか。

記憶の中のが俺に微笑みかける。表情は変わらない。けど、あの時は確かに笑ったはずだ。

「なにやってんだ俺は!!」

1週間もじっとしてたなんて俺らしくもねぇ。俺は自分が好きな女も守れないような奴じゃない。

ソファの上に転がっていたケータイを引っつかみ、上着を着てすぐに家を出た。

家がわからないんなら探すまでだ。こうなったら意地でもを見つけてやる。

夜人形の異名を持つあいつのことだ。この時間なら家より繁華街にいる可能性のほうが高い。幸い俺もも顔は知れてるから知り合いに聞けばすぐに居場所はわかるだろう。

このままで終わってたまるか。必ず俺のものにしてやるよ。

ゲーセン、ホテル、たまり場、いろんなところを探しまくった。強く降りしきる雨は止む気配もなく、気温もだんだん下がってきた。

街で遊びまわっている知り合い全員に電話をかけ、の居場所を聞いたが誰からも有力な情報は得られなかった。

俺の気持ちとは裏腹に時間は刻々と過ぎていく。

昼間のように明るい夜の遊び場もこの雨で人通りが少なくなってきた。もう深夜だ。やっぱりは家にいるのか。

どしゃぶりの中、一人夜の繁華街に立ち尽くす。全身びしょ濡れになりながら、行き交う人々を眺めていた。

その時。俺と同じようにずぶ濡れの女を見つけた。

長い黒髪。モデル並のスタイル。夜の街に溶け込むような黒い服。

だ。俺の直感がそう伝えていた。人ごみに紛れ込む直前で、俺は走り出した。

水溜りに何度も足をとられそうになりながら、俺は必死にその後姿を追った。肩がぶつかっても気にしない。あれはだ。間違いない。

はどんどん人気のないところへ入っていく。そして、小さな路地裏に入ったところで、止まった。

・・・?」

雨が弱まった気がする。いや、元からそんなこと気にしていなかった。

長い黒髪からは水が滴り落ちている。その小さな肩は小刻みに震えていた。

寒さで震えているのか、それとも泣いているのか・・。俺には検討もつかない。

「なぁ、なんだろ?」

もう一度たずねてみる。すると、長い髪は揺れて女は俺のほうを向いた。

それは忘れもしない。ずっと会いたがっていた人。

まさしくだった。

は相変わらずの無表情。でもその顔はどこか寂しそうだ。目も心なしか赤くはれている。

お互い何も話さないまま、俺達は向かい合ったまましばらく時が経った。

雨は次第に止んでいき、いつの間にか白い雪に姿を変える。

突然静かになった街。まるで異世界に連れ込まれたかのような違和感があった。

「ミヤ・・・」

俺の名を呼ぶ声はあの日と何も変わっていない。愛しく感じた。

「ずっと・・探してた・・」

ずっと思ってた。ずっと会いたかった。やっとその願いが叶ったっていうのに、なんでそんなに泣きそうな顔してんだよ。

「ごめんね、ミヤ・・・私・・」

俯くを見たくなかった。泣いている姿なんか見たくない。

考えるより先に身体が動いてた。気が付けばは俺の腕の中にいた。

「ミヤ・・・」

切なそうに、愛しそうにそう呟く声が俺の心を締め付ける。

その夜、俺達は雪の降る中いつまでも抱きしめあっていた。