努力はいつか実を結ぶ





諦めなければ夢は叶う





それじゃあ、なんで俺の願いは叶わなかったんだ?





必死に頑張っても、どんなに足掻いても





どうにもならないことはあるんだ




















































黒い涙白い月













































第2フロアへ続く道とほぼ同じようなところを、ひたすら歩く。誰もがこのまま難なく次のフロアへ行けると思っていた。

しかし、そこで思わぬ人物が現れる。

「久しゅう、タツボン♪」

暗がりに輝く金髪。派手な服装。片手を上げ、気さくに話しかけるその少年に水野は頭を抱えるしかなかった。

「シゲ。なんでお前がここに…」

「まさか、次の相手ってあんたじゃないでしょうね!」

水野に続いて、有紀も声を上げる。シゲはそれを聞いて片目をつぶりながら言った。

「ちゃうって。単なる情報収集や」

「情報収集?なんであんたが」

「ネタは多いにこしたことないやろ?」

シゲはカラカラと笑いながら、水野の肩に手をまわす。

「ちゅうわけや。姫さん、同行させてもらうで」

翼は「姫さん」という言葉に青筋を立てながら、別にいいよと短く言って先を急いだ。

「ねぇ、藤代君。あの人何者?」

は隣りを歩いていた藤代に小声で尋ねる。

「あぁ、あいつは情報屋の藤村成樹だよ」

「情報屋?」

聞いたことがない単語に は首をかしげた。その様子に、藤代が先を続ける。

「情報屋っていうのは、金さえ払えばどんな情報も提供してくれる組織のことさ。シゲの他にもあと二人いるよ」

そうなんだ、とすっきりした顔で再びシゲを見る。そのとき は、シゲの明るい表情になんとなくだが冷めた雰囲気を感じ取った。

(ホントに信用できるのかな…・)

が警戒心を高めている間に、『03』と書かれた扉の前につく。

相変わらず大きな音を立てながらゆっくりと扉が開かれた。

「あ、来た来た!おっせーよ!俺の出番なくなったのかと思ったぜ」

フロアの中央にあぐらをかいて座る結人が、一行をみるたび元気な声をあげる。

これにはさすがの翼も虚をつかれたのか、一瞬びっくりした表情をみせるが、すぐにため息をついて結人の傍に歩いていく。

「お前、場の雰囲気とか少しは考えないわけ?」

「いいじゃん、別に。それより相手誰!?」

翼の注意もさらっと聞き流して、結人はすっかり戦闘モードに入っている。

翼は再び短いため息をついて、W・Mに対戦相手を決めるよう指示した。

「じゃ、俺で決まりだな」

指を鳴らしながら日生が一歩前へ出る。

「みっくん、大丈夫と?」

「まかせとけって♪」

心配する昭栄にとびきりの笑顔を向ける日生。そして、フロアの中央へと歩き出した。

「第3ゲーム、スタート」

設楽の掛け声で辺りにガラスのシールドができる。今度はスモーク効果もないようだ。

「久しぶりだな、日生」

面白そうに笑みを浮かべながら、結人が言う。それに武器を手にする事で答える日生。特大のブーメランを軽々と持ち上げ、肩にかける。

結人はますます面白そうに笑うと、自らも戦いの構えを取った。

「いくぜ!!!!」

先に仕掛けたのは日生のほうだ。肩にかけたブーメランを背負い投げの要領で一気に前へと投げ出す。

轟音を立てながら向かってくるブーメランを結人は気孔術により手をかざすことで難なく方向を変えた。

「まだまだ!」

日生が左腕をぐいっと手前に引くと、ブーメランはそれに吊られたかのように結人の背後から迫り来る。

しかし、次の瞬間。結人はバリバリという音を立てながら藤代に変化をした。

「ちょろいちょろいv」

片目をつぶり、重力変化を発動させる藤代。ブーメランはあっけなく地面へとのめり込んだ。

「ちっ、まさか味方にやられるとはな」

「結構厄介だろ?この能力」

お互いに比較的和んだ様子だが、実際のところは想像を絶するプレッシャーが辺りを漂っていた。

(藤代の重力変化は確かに厄介だな。それなら…)

「こいつでどうだ!!」

日生は再び一直線にブーメランを投げる。それを見越して、結人もまた重力変化を発動させた。

「なんどやっても無駄だっ…えぇ!?」

倍以上の重力がかかり、既に砕け散っている地面には捕らえたはずのブーメランはなかった。

「残念、はずれ」

背後から日生の声が聞こえたと同時に、結人は首筋に鈍い衝撃を受けて吹っ飛んだ。

ガラスに激突しそうになった結人はとっさに風祭に変化してシールドを張り、ガラスへの激突を防いだがその反動で少しだけ前に飛んだ。

しかし、たいした衝撃ではなかったのですぐに立ちあがることができた。

「結構厄介だろ?この能力」

結人が言った台詞をそっくりそのまま日生が口にする。

(このやろ…)

バリバリと音を立てて再び若菜結人の姿に戻ると口に溜まった血を吐き出して、ペロリと唇を舐めた。




















「はぁ〜今のはうまかったな」

ガラスの外で二人の戦いを見ていたシゲが感心したように呟いた。

それに対して、なにが起こったのかわからない はシゲを見上げてなんで?と説明を請う。

「日生の能力は分身なんや。つまり日生は、最初のブーメランを投げるとき同時に若菜の背後に回って、若菜が最初のブーメランを捕らえた隙に首をガツン!とやったわけやな」

ガツン!と言った時自分の首に手刀を当てて、シゲはリアルに説明してくれた。

しかし、今の説明を受けても到底納得できるはずもない。あまりにも人間離れした技だった。

やってのける日生達もすごいが、見極められるシゲもまた只者ではないと は感じざるを得なかった。

一度下を向いて気持ちを落ち着けてから、 はガラスの中の二人に目を移す。

そこでは、再び激しい戦いが繰り広げられていた。





















日生の分身能力があるかぎり、もう重力変化は使えない。自分の武器である気孔術で応戦しつつも、結人は新たなる作戦を考えていた。

(高山の拘束能力で止めてもどれが本物かわかんないから使えねーし…せめてどれが本物かが分かればそいつだけを狙えるんだけど……まてよ?どれが本物かを調べる、か。へへーん♪良いこと思いついたぜ!)

「俺ってば、天才かもな!!」

飛んできたブーメランを足場に、結人は上へ高く高く跳び上がった。この高さなら分身した日生が全員見える。

結人は瞬時に親友である英士の姿へ変化した。

「なに!郭だと!?」

日生は変化した相手を見て驚愕の声を上げた。

ニヒルな笑みを浮かべながら結人は日生の心に神経を集中させる。目を閉じればどれが本物かなんて一発で見抜くことができた。

「そこだ!!」

気孔術を一気に1人の日生へと放つ。

日生はとっさにブーメランを盾にしてなんとか直撃を免れたが、それでもガラスに身体ごと叩きつけられた衝撃は計り知れないものがあった。

分身たちも一瞬にして露と消える。

「あとで英士に礼を言わなきゃな」

笑いながらもとの姿に戻る結人。対して日生はよろよろとガラス伝いに立ちあがる。

「まだ…終わって、ねぇ!!」

傷ついた体に鞭打って傍に落ちていたブーメランを拾い、日生は再び力をこめて投げようとした。

しかし――

「ぐわぁああぁ!!!!」

肩に激痛が走る。どうやら、さっきの激突で肩を痛めたらしい。

日生は傷ついた肩を押さえながら再び膝をつき、痛みに耐えた。

「諦めろよ日生。もう勝ちめないぜ、お前」

静かな声で結人が言う。その瞳には暗い闇が映っていた。

「ま、だ…・まだ、終わって…ねぇ、よ…!」

おびただしい量の血を流しながら、それでも立ちあがる日生。その目を見て、結人は言葉を失った。













―ぜってー諦めねぇ!!!―














昔の自分。強い意思の宿った目をもっていたあの頃の姿が日生にダブって見えた。


















― 一馬ぁぁあぁぁああぁ!!! ―





















同時にかつての辛い記憶も甦る。結人は何か無性にイラついて、立ちあがる日生の顔を蹴飛ばした。

「がはっ!うっ…・!!」

口から血を吐いて日生はあっけなく倒れた。さらに結人は身体中に蹴りを入れ続ける。

既に辺りは血の色に染まっていた。























あまりの悲惨な状況に私はBLACK CRYSTALから目を背けた。

自分の所為で仲間があんなに傷ついている。

それがなんともいえず辛かった。

、目を背けんな」

しっかりとした声で隣りに座る一馬が言う。その言葉に私は一馬の方を見た。

「最後まで見届けなきゃだめだ」

BLACK CRYSTALから片時も視線を移すことなく、一馬は言った。

その瞳には、親友の戦いを見つめる芯の通った意思が感じられる。

「ねぇ、一馬。結人はどうしちゃったの?」

少し震えた声で私は尋ねた。さっきまであんなに余裕たっぷりで戦っていたのに、突然どこか苦しそうな戦い方になった。たしか、光宏が起き上がったところから。なぜ?

「……似てるんだ。昔の結人に」

そう言った一馬の声はとても哀しそうだった。まるで遠い昔を思い出すかのように、一馬は目を細めた。

「あいつは子供の頃から、諦めなければなんでもできるって信じてた。でも、突然結人はその考え方を変えたんだ」

「…どうして?」

「わかんねぇ。だけど、あいつ言ってた」































―どんなに足掻いても、どんなに頑張っても、結局なんにもできなかった―




























「だからイラついてるんだと思う。自分が捨てたものを日生は持ってるから」

一馬の声はさらに悲しみを増す。私はその瞳にどうしてか、懐かしさを覚えた。

どこかで見たことのある瞳。どこかで聞いたことのある声。

全てに懐かしさと哀しみを抱く。

そして、私はまた戦いに視線を移す。最後までこの戦いを見届けるために。
























イライラする。吐き気がして、気持ち悪い。なんでだ?


なんで俺はこんなにイラついてるんだ?


――そうだ、あの目。日生のあの目が気に入らなかったんだ。


頑張ればどうにかなる。諦めなければいつか必ず願いは叶う。


そんなことを考えていた昔の俺に似ていたから。あの目は昔の俺の目だったから。


気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!気に入らない!






「どんなに足掻いても、どんなことをしても、無理だった!」


「それでもまだ、諦めるなって言いたいのかよ!」






「ふざけんなぁ!!!」

結人は今まで以上に大きく足を振り上げ、日生の鳩尾めがけて一気に蹴りを入れる。

だが、手応えはなかった。

見ると、日生がすんでのところで結人の足を受けとめている。

すでに身体はボロボロで息をするのも苦しい状態にありながら、日生は小さな声で言った。

「それは、こっち・・の台詞だ…」

結人の足を離して、日生はブーメランを支えに、再び立ちあがった。

足が震えて血が流れ落ちる。それでも日生はしっかりとした声で話した。

「俺は、諦めるわけには…いかないんだよ・・」

ブーメランが地面から離れる。

「なんとしても、 を助けるんだ…・それに――」

日生の肩に再びブーメランが乗った。

「最初ッから諦めてる奴に、俺は負けねぇぇ!!!」

その言葉と同時にブーメランが宙を舞う。ケガを負っているのがまるで嘘のようにブーメランは一目散に結人へと突進して行った。

「うわぁ!!!」

直撃をくらって、今度は結人がガラスに激突した。

戻ってきたブーメランをキャッチして、日生は結人の前にしゃがみ込む。

「若菜。たしかに世の中には、諦めなきゃならないときもあると思う。だけどさ、全部が全部そうじゃないんだぜ?」

結人がゆっくりと日生を見上げる。

「そう考えた方が楽しいしな!」

そう言って笑った日生の顔に、結人はまた昔を思い出した。















―そっちの方が楽しいに決まってんじゃん!―















よく自分が言っていた言葉。大切な親友たちと過ごした日々。

「あはははは!!!!」

顔を覆うように手をあてて、結人は大声で笑った。

そして、ふっと鋭く息を吐いて言う。






「俺の負けだ」








結人の顔はなんとも言えず、すっきりとしたものだった。























「ゲームセット。勝者、日生」

ガラスが消えて、設楽がコールする。

それと同時に昭栄が日生の元へと走っていった。

「みっくん!大丈夫と!?」

「しょう、えい…・」

ほっと安心したような笑みを浮かべて、日生は昭栄の腕に倒れた。

「みっくん!みっくん!」

「大丈夫やって。気ぃ失ってるだけやから」

日生の顔を覗き込んだシゲが軽い口調で言った。

「若菜君とやりあって、気を失うだけで済むなんて。大した人ですよ」

杉原が笑いながらW・Mの方を向いた。

そして再び、一行は先を進む。

昭栄は、日生をおぶって次のステージへ向かう翼達について行った。
























「結人くんもやられちゃったんですか〜」

窓の外から月を眺めていた結人に、のほほんとした声が振りかかる。

声のした方をむくと、そこには須釜とカズの姿があった。

「あれ?お前ら、なんでここにいんの?」

「せっかくだから、どこまで行けるか見に行こうと思いまして〜」

相変わらずニコニコした顔で須釜が言った。

結人はそうだなと手を後ろで組み、W・Mたちが向かった扉とは別のものに歩いていく。

「若菜。お前はコレ、取らんと?」

カズが黒いブレスレットを見せながら結人に問う。

「あ、そっか。忘れてた」

結人は自らの右手首についていた同様のブレスレットを取り外した。

すると、戦いで負った傷は見る影もなく消え去り、一瞬にしてもとの健康な身体に戻った。

「やっぱこれあるのとないのとでは、大違いだな」

「そうですね〜」

3人は月明かりに照らされて歩き出す。

その先には暗闇の空間が広がっていた。