別になんとも思っちゃいない
人を殺めることも
他人を裏切ることも
だって、僕がいるべき世界は
たった一つだけなんだから
+黒い涙と白い月+
暗闇に続く道を一行はひたすら歩いた。心なしか、さっきよりも道が長くなったような気がする。
しばらくして辺りが急に明るくなったと思えば、目の前には松明に照らされた鉄の大扉があった。
『04』と書かれたその大扉を同じように翼が開け放つ。
ギィという音を立てて、大扉はゆっくりと内側に開いていった。
「なんだよ、これ・・・」
部屋に入ったと同時に、水野が驚きの声を上げる。
『01』〜『03』の部屋は、どちらかといえば暗い感じの部屋だった。だからこそ、月明かりがとてもきれいに見えたのだ。
しかし、この部屋は違う。壁のいたるところには赤々と燃え盛る松明が並べられており、異常なまでに明るかった。少し暑い気もする。
「Welcome!待ってたよ☆」
爽やかな笑顔を浮かべて両手を広げる少年、李潤慶。そして彼の隣には須釜、カズ、結人の3人が並んでいた。
「何で須釜たちがココにいんの!?」
思いっきり指を指しながら藤代が叫んだ。3人は思った通りの反応だったのか、平然としている。
「スガと功刀はともかくとして、若菜はさっきまで戦ってただろうが!なんで俺たちよりも先に着いてるんだ?」
藤代に続いて圭介も同じように指を刺した。結人はにこっと笑いながら手を頭の後ろで組んだ。
「ホントはちゃんのところに行きたかったんだけど・・・まぁ、企業秘密ってことでv」
「そういうわけで、僕たちもこの先同行させてもらいます〜」
「どういうわけやねん!!」
須釜の言葉にすかさずシゲがツッコミをいれた。さすが関西人。絶妙なタイミングだ。
「どーでもいいから、早く対戦相手決めろよな。お前らホントに場の雰囲気とか、今自分たちが置かれてる状況とかわかってんの!?こっちは好きで案内役やってんじゃないんだから、もっとスムーズにことを運ばせようっていう気遣いはあって当然だと思うけどね!」
場が瞬時に凍りついた。全員がフリーズしていると思われたそのとき、一人だけ無事なものが声を上げる。
「それじゃあ、次は俺が行くよ」
笠井はナイフ形の手裏剣を取り出して、前に歩みだした。
「タ、タク・・・お前平気なの?」
藤代が青い顔をして尋ねると、笠井は少し緊張した面持ちで頷いた。
「ちょっと危ないかもしれないけど、やってみる」
「いや、そっちじゃなくて椎名の・・・」
すでに歩きはじめていた笠井に藤代の言葉は聞こえていなかった。
椎名のマシンガントークは私たちのいる最上階でも十分有効だった。
隣にいる一馬は、自分が言われたわけでもないのに青い顔をしている。
・・・・・・恐るべし;
「ねぇ一馬。潤慶って一馬の親友でしょ?どんな人?」
少しでも敵の内情を探るために、私は雰囲気を変えて一馬に尋ねた。
こんなときでも味方のことを考えてるなんて、私って偉いv
「どんな人って・・・そりゃ強いよ。なんせ、英士の従兄弟だからな」
「へぇ〜英士の・・・従兄弟ぉ!?」
「、知らなかったのか?」
さらっと言った一馬に私は何度も首を縦にふる。
言われてみれば、どこか似てる気もするけど・・・なんか性格がこう・・・ねぇ?
「あいつは俺たちでも少しはためらうことを平気でやってのける奴だから・・・」
「どういう意味?」
「よくわかんねぇ。まぁ、とりあえず強いってこと」
親友の一馬ですら、こんなことを言うのだから実力はかなりのものだろう。
にしても、ためらうことを平気でやってのけるって・・・?
少しの不安を覚えながら私は再びBLACK CRYSTALに視線を移した。
ガラスのシールドが張られて場はすっかり戦闘モードだ。
中にいる二人は武器を構えたまま相手の動きを見張っている。
「はじめまして、だよね。笠井竹巳くん」
「なんで、名前を・・・」
「知ってるよ。それが僕の能力だから」
にっこりと笑いながら潤慶は指に巻いてある糸をなぞった。
「まさか・・・霊視?」
「ご名答♪」
なんなら君のプロフィール全部言ってあげようか?と潤慶は目を閉じて笠井の個人情報を言いはじめた。
「笠井竹巳。1984年11月3日生まれ、O型。身長169cm、体重56kg。好きなものはいわし、嫌いなものは鳥の皮。趣味は釣りで特技はピアノ・・か。ちなみに―――」
潤慶はゆっくりと目を開けながら冷たい笑みを浮かべた。
「君は昔・・・」
「うるさい!!!!」
潤慶の言葉を遮って、笠井が両手の手裏剣を一気に投げつける。潤慶はそれをかわして、そのまま笠井の背後をとった。
「くっ・・・!」
首に細い糸も巻きつけられる笠井。赤い筋が首筋を伝う。
「簡単にバックとられるようじゃ、忍失格なんじゃない?」
不気味なほどきれいな笑顔を見せる潤慶は、さらに糸の巻きぐあいを強めた。
「俺は、もう・・・」
笠井の姿が徐々に透けていき、見えなくなる。次の瞬間、潤慶の鳩尾に鈍い痛みが走った。
「ぐはっ・・・!」
口から少し血を吐いて、潤慶はその場に崩れ落ちる。目の前には鋭い目をした笠井の姿があった。
「俺はもう、忍じゃない」
笠井が再び手裏剣を構えると、潤慶は口元の血を拭きながら立ち上がる。
そして顔の前で糸をピンと張り、またにこりと笑った。
「お前はなぜ人を殺めない」
潤慶の言った言葉に笠井の心が揺れる。それでもひるむことなく、潤慶を睨み続けた。
「人を殺すことになぜ迷いを感じるの?」
潤慶が笑顔のままで言った。笠井はその瞬間、手裏剣を投げる。
さっきと変わらない手裏剣さばきに見えたが、潤慶には明らかに笠井が動揺しているのがわかった。
潤慶は笑いながら目の前を見る。しかしそこに笠井の姿はなかった。
(なるほど。隠身術、か。さすがは元忍。でも、所詮は落ちぶれ忍者だよね♪)
両手を縦横無尽に動かしたあと、潤慶は右手にある細い糸をすっと手前に引いた。
するとガラス内にいくつもの糸が張り巡らされ、その中心には両手足を糸に捕らえられた笠井がいた。
「な、なんだ!」
「居場所がわからないんなら、無差別攻撃につきるってね☆」
潤慶は笠井の身体に巻きついている糸を引く。笠井のいたるところから血が流れだした。
「うわぁぁっ!!!」
「おまえはなぜ人を殺めない」
笠井の顔色が変わる。潤慶は目を細めながら静かに言った。
「人を殺めることなんて、簡単じゃない」
邪魔だから殺す。それだけでしょ?大人はみんなやってるよ。
「結局最後に残るのは、強い奴だけなんだ」
潤慶はさらに糸をキツクしていった。笠井の身体に食い込んだ糸はもっと奥へと入っていく。
「う・・・っくは・・・!」
地面はすでに笠井の流した血で彩られ、辺りはもう赤一色となっていた。
「お前はなぜ人を殺めない」
「や、めろ・・・」
「知ってるよ。君は昔――」
「やめ、ろ!!!!」
なんとか自由を手に入れようと笠井は必死に糸を引き千切ろうとするが、身体を動かせば動かすほど糸は容赦なく笠井に食い込んでいく。
一滴、また一滴。血の海が広がっていった。
「両親に・・・」
「よ・・・せっ!」
捨てられたんだよね
「うわぁあぁぁあぁぁぁああぁあ!!!!!!!!!!」
笠井の中で何かが弾けた。
笠井は叫びながらまた新しい手裏剣をとりだし、両手の糸を切り離した。
同様にして足の糸も切り離すと、一気に潤慶へと向かって行った。
「すっごい力だね。あの糸、そんなもんで切れる代物じゃないのに」
笠井の手裏剣を受け止めながら、潤慶は目を細めていった。そして一旦笠井を引き離すと、もう一度動きを止めるために背後をとろうと飛び上がる。
しかし、潤慶が着地するころにはすでに笠井の姿はなかった。
「っち!」
潤慶はまたも糸を巡らせようと両手に糸を絡ませる。その時。後ろから冷たい感触を首筋に感じた。
「遅いよ」
笠井の声は全く無機質なものだった。
瞬時に身の危険を感じて潤慶は前へと逃げたが、それでも首には血筋ができていた。
「ははは・・・!やっぱりダメだね。一発でしとめられないようじゃ」
「・・・・・・」
「だから君の両親は君を捨てたんだよ」
「うるさい!!!」
再び笠井が潤慶へ突進してくる。潤慶は不適な笑みを浮かべて攻撃をかわし続けた。
「人を殺せない忍者なんて一族の恥だ」
「うるさい!」
「お前など私の息子ではない」
「うるさい!やめろ!!」
「なぜ人を殺めない」
「やめろぉ!!!」
―竹巳、お父さんの言うことを聞きなさい―
ねぇ、母さん。なぜ人を殺さなくちゃいけないの?
―なぜ人を殺めない!!―
父さん。僕は人殺しなんてしたくないよ
―人を殺さない忍なんて聞いたことがない!―
―この子は一族の恥さらしだ―
―早くどこかへ捨ててしまおう―
なぜそんな目で僕をみるの?
―お前など私の息子ではない!さっさとどこかへ消えるがいい―
僕は、いらない子なんだ
―さようなら、竹巳―
捨てないで、母さん!!
僕をすてないで―――
「どうしたの?」
気付けば俺は、一人で路地裏にしゃがみ込んでいた。
冷たい雨に打たれて、何もせず、ただそこに存在していた。
とんでもなく暗い目をしていた俺に、一人の少年が話しかけてきたんだ。
そいつは俺の手をとり、連れ出してくれた。日の当たる世界に。
笑うことのできる世界に――
「タクーーーーー!!!」
藤代がガラスを叩きながら笠井の名を呼ぶ。その声で笠井は元の自分を取り戻した。
いつのまにか巻きついていた首の糸を切り離し、再び潤慶へと手裏剣を投げつける。
(くそっ!余計なことを!!)
潤慶は心の中で藤代に毒づきながら、笠井の攻撃を避ける。
さっきよりも速く投げられる手裏剣は、まるで怪我などしていないかのように鮮やかだった。
「おれはもう忍じゃない。人を殺す理由なんてないんだ。いや・・・」
「最初から人を殺していい理由なんてどこにもなかったんだ」
どこからか吹いてきた風に、笠井の髪がなびく。
それと同時に潤慶の糸は全て風に流されていった。
「糸が・・・」
「ゲームセット!勝者笠井!」
潤慶の武器である糸が笠井の手裏剣によって全て切られた瞬間、ゲーム終了のコールが響いた。
「タクー!!!」
少し涙を浮かべながら笠井に飛びつく藤代。笠井は安心したかのように、ほっとため息をついた。
ふと、後ろを振り返ればそこには切れた糸を見つめながら立ち尽くす潤慶の姿があった。
なんと声をかけていいかわからず、笠井はその背中を見つめることしかできなかった。
「強いね、笠井」
笠井の方を見ずに潤慶が呟く。
「強くないよ。俺はただ―――」
笠井は藤代の頭に手を置いて笑った。
「一人じゃなかっただけさ」
笠井の方に向き直った潤慶の顔は、どこか寂しそうだった。
誰もいなくなり、真っ暗になった『04』の部屋。その中で潤慶は、一人仰向けに寝転がった。
「人を殺して何が悪い・・・」
黒いブレスレットが地面に落ちる。
「そうしなきゃ、生きてこれなかったんだ」
潤慶がそう呟くと同時に、再び松明に火が灯った。
それは、冷たい明るさだった。


