いらないんです、何もかも




醜い人の心も




全部消えてしまえば




全部なくなってしまえば――














































































黒い涙白い月

























































松明がずらっと並んだ狭く冷たい道をしばらく行くと、『02』と書かれた鉄の大扉が見えた。

先頭で歩いていた翼がその前で立ち止まり、小さな声で何かを呟く。

すると、鉄の扉は凄まじい音を立てながらゆっくり開いていった。

中には第1フロアと同じような部屋が広がっていたが、ただ1つ違うのはすでにガラスのシールドが張ってあったというところだけだった。

「あれ〜功刀君は倒されちゃったんですか〜」

場に似合わないのんびりとした声が響く。

ガラスの中に立っていたのは須釜寿樹、その人だった。

「スガ!」

目の前にいる笑顔の須釜に、圭介がその名を呼びながらガラスの中へと走っていった。

圭介がガラスに入った瞬間、徐々にガラスは透明度を失っていく。

そして、ついに何も見えなくなってしまった。

「なにをしたの!?」

有紀が近くにいた不破に掴みかかる。それでも不破はピクリとも動じず、淡々とした口調で質問に答えた。

「ガラスにスモーク効果をつけただけだ」

「俺らが中を見れないように、あいつらも俺らが見えてないよ」

翼が冷たく笑いながら言った。有紀はその笑顔に悪寒を感じ、大人しく不破から手を離す。

一方、中に入った圭介はガラスをたたきながら外の仲間へ懸命に呼びかけた。

「おい!水野!小島!どーなってんだよ、これ!」

「スモーク効果がかかっちゃったみたいですね〜」

「・・・・・・スガ」

少し薄暗くなったガラスの中、圭介は再びのんびりとした声の方へ身体を向ける。

昔のことを思い出しそうになって、思わず頭を振った。

「どうやら、戦うしか方法はなさそうだな」

そう言って、圭介は両手に数本のナイフを取り出した。鋭く光るそのナイフには、どうやら電流が流れているようだ。隙のない構えをとる。

須釜はそれをみて、笑顔のまま自らの武器である扇子を取り出した。

辺りに冷たい緊張感が漂う。

「行きますよ、ケースケ君v」

柔らかな物言いとは対照的に、須釜が扇子を一振りしただけで鋭い風が襲い掛かってくる。

「うわぁ!」

なんとかギリギリのところで避けはしたが、右腕からは血筋が流れ出した。

圭介は左手で着地すると、すばやく態勢を立て直してすかさずナイフを投げる。その速さたるや、並みの人間のそれではなかった。

「甘いですよv」

ナイフをもう片方の扇子で受け止めながら須釜が笑う。しかし、それに笑ったのは圭介も同じことだった。

「それはこっちの台詞だ」

その言葉と同時に今度は反対側から複数のナイフが須釜の腕へ突き刺さった。

圭介は須釜がナイフを受け止めることを予測してわざとナイフを投げ、すばやく反対側からまた別のナイフを投げたのだ。

血の流れる腕を押さえながら、須釜はそれでも笑って圭介を見ていた。

傷口を押さえていたほうの手が光ると、もう傷は塞がっていて跡すら残っていない。

「忘れたんですか、ケースケ君。僕の能力」

再び過去の記憶が圭介を襲った。今度はもっと強く首をふり、それを追いやる。

(そういえば、こいつの能力は治癒だったな・・・)

怪我や病気を通常の何倍も早く治す能力。これがある限り、相手にダメージを与えるのはかなり難しい。

それに加え、須釜のプレッシャーには凄まじいものがある。

冷や汗が圭介の頬を伝った。





































































「それじゃあ、あの須釜って人は怪我も病気もしないってこと!?」

一馬から須釜の能力を聞いて、私は声を荒げた。一馬は視線を動かさずに「まぁな」と短く答える。

だんだん私にも慣れたのか、一馬は最初よりもずいぶん話すようになった。

ただし、まだ少し赤くなりながらだけど。

「あいつの能力はB・T内でもかなりのものだし、それに・・・」

そこまで言ったあと急に静かになって、一馬は続ける。

「かなりのキレ者だ」

その言葉にはずっしりとした重みがある。どうやら嘘ではないらしい。

「キレ者って?」

私が恐る恐る聞くと、一馬は再び真剣な口調で話し始める。

「あいつには、コレといった弱点がないんだよ。いっつも笑ってて表情も読み取りづらいから、俺達でさえ、あいつの考えてることはよくわかんねぇんだ」

「でもけーすけは読心術が使え・・・あっ!!」

うっかりけーすけの能力をしゃべってしまったので、私はあわてて口をふさぐ。

敵に味方の能力を教えるなんて・・・ヤバイ;気づいたかな・・・

そっと一馬の方を見ると、顔を少し赤く染めながら「くっくっく」と笑っていた。

「大丈夫だって。W・Mの連中は全部能力がわかってるから。慌てすぎだろ、お前・・・!」

話し終わってもまだ笑っているので、私も少し恥ずかしくなる。

しばらくして笑い終わった一馬は、再びBLACK CRYSTALに目を移した。

・・・///」

なぜか赤くなりながら私の名を呼ぶ一馬。そういえば、名前呼ばれたの初めてかも。

あんまり赤くなっているので、こっちもつられて照れてしまう。名前呼ぶだけでそんなに赤くならなくても;

「なに?」

一馬の方を向きながら、私は小首をかしげる。すると、一馬はすごく静かな声で言った。

「もし、自分の信じてた世界が突然壊れたら。はどうする?」

私は言葉を失った。あまりにもリアルな感じがしたから。

「自分の世界が壊されたその日に、須釜はB・Tに入ったんだ。」

一馬は視線をBLACK CRYSTALに向けたまま悲しい瞳をする。

私も暗がりに映る須釜の姿を見ていた。のんびりと笑う須釜の顔はどこか寂しそうだった。





































































相変わらずの笑顔を前に、圭介は精一杯の睨みを利かす。

いくら攻撃しても実際のダメージは0.そんな状況に焦りが見えないはずがなかった。

それでも圭介は再びナイフを構える。須釜も同様にして扇子を開いた。

「うりゃ!!」

掛け声と共に両手に持っていたナイフを一気に投げつける。だが、須釜が扇子を軽く振るだけでナイフは思い思いの方向へと飛ばされてしまった。

しかし、圭介はなおナイフを投げ続ける。あらゆる角度から須釜を狙うが、扇子の前にはかなく敗れていった。

『無駄ですよ。どんなにやっても僕には当たりません』

頭の中に響くこの声は、まさしく須釜のものだった。ナイフが明後日の方向へと飛んでいく。

「スガ・・・お前・・・」

新しいナイフを出すと同時に、そう呟く。須釜は予想通りといった感じでまた微笑んだ。

『ケースケ君の能力は読心術ですもんね。当然僕の声も聞こえてるんでしょう?』

「うるせぇ!!」

頭の中に響く須釜の声を遮るように、圭介は叫んだ。がむしゃらに投げるナイフも扇子の前ではなんの威力も持たない。

『ケースケ君、僕はいつも不思議に思ってたんです。なぜ、ケースケ君がW・Mなんかに入ったのか』

その場から一歩も動かず、須釜は扇子を振るってナイフを蹴散らす。それに対して圭介はものすごい速さでナイフを投げ続けた。

『いらないじゃないですか、こんな醜い世界』

圭介に一瞬の隙ができる。すかさず須釜は、二つの扇子を同時に大きく振った。

「うわぁぁ!!」

突然の強風にあおられて吹き飛んだ圭介は、ガラスに強く背中をぶつけて倒れた。

「ケースケ君だってそう思うでしょv」

圭介の前に立つ須釜がにっこりと笑った。少しだけ哀しそうな笑顔だった。

身体のいたるところに傷を負いながらも、圭介はなんとか立ち上がり、ナイフを構える。

須釜は少し呆れながら扇子を閉じ、肩にかけた。

「スガ、なんでB・Tなんかに入ったんだ・・・」

痛みをこらえながら圭介が問う。その目にはまだ光が宿っていた。

須釜はなんだというように肩をすくめてみせた。

「この世界を壊すためですv」

「ふざけんな!そんなことして何になんだよ!!」

「・・・・・・ケースケ君。この世は醜いんです。そんなの、あなたが一番良く知ってるじゃないですか」

須釜の顔から笑顔が消えた。そして、圭介の中に今まで押さえ込んできた記憶が蘇る。






























































須釜は貧しい家に生まれた。幼いころから苦しい生活だったが、両親も優しく、友達もたくさんいたので自分が不幸だと感じることは一度たりともなかった。

「スガ、遊ぼうぜ!」

隣の家に住んでいた圭介とは特に仲が良く、二人はまるで兄弟のように育った。

そんなある日。須釜の両親は貧しさに耐えられず、突如姿を消してしまう。

1人残された須釜はとりあえず圭介の家で世話になることになったが、その日を境に回りの態度は一変した。

今まで仲の良かった友達からは「親無し」とからかわれ、大人たちからも両親や自分の悪口を聞く日々。

須釜の心は次第に閉ざされていった。そんな須釜の唯一の支えが、圭介だった。

他のやつらがどんなことを言おうが、圭介だけは決して須釜を見捨てることはなかった。

そして、あの事件が起こってしまう。

瀕死の重傷を負いながらも運良く助かった二人は家の近くで一人の少年を見つけた。

それは須釜を一番からかっていた奴だった。

「たす、けて・・・たすけ、て・・・・」

あれだけ自分を見下していたくせに。

人間はなんて都合のいい生き物なんだろう。この世はなんて醜いんだろう。



























































こんな世界






























































消エテシマエバ良インダ




















































そして須釜は一人、B・Tへと入団した。

その目に暗い影を落としながら。




























































鮮明に浮かび上がった過去の姿。目の前にいるかつての仲間。

全てが圭介を惑わせていた。

あまりの絶望感にさいなまれ、圭介はナイフを落とし、膝をついた。そこに、須釜が近寄っていく。

「ケースケ君、B・Tに入りませんか?」

「!!!!!!」

須釜の言った言葉に驚いて、圭介は勢いよく顔を上げた。そこには哀しそうな笑顔がある。

「思い出したでしょ?この世の醜さを。いらないとは思いませんか?」

ゆったりとした口調。圭介は俯いた。

「ケースケ君・・・」

須釜が圭介に黒涙を埋め込もうとした瞬間。光り輝くナイフが須釜の肩を突き刺した。

「っく!」

痛みと電流によるしびれで菅間はとっさに後ろへ下がった。

「なんでですか!ケースケ君!!」

もはや須釜の顔に笑顔はない。

圭介はゆっくり立ちあがると、しっかり須釜を見つめる。その目には強い意志があった。

「たしかに、人間は愚かでこの世は醜い」

「それじゃあ!」

「でも、俺もお前も人間なんだ!みんな同じ人間なんだよ!」

須釜の目が大きく見開かれる。

「人間には愚かじゃない奴もいる。少なくともお前は、愚かじゃないよ・・・」

そういった圭介の顔は、昔のまま何も変わっていなかった。

(ホント、ケースケ君には敵わないなぁ・・・)

須釜は一度軽く息を吐いて、顔を上げる。そこには本当の笑顔があった。

「ケースケ君、もう一回最初から戦いましょうかv」

傷を治さないまま、須釜が言った。

「おう!こい、スガ!」

圭介も再びナイフを手にして、須釜に向かっていった。

『ケースケ君。僕も人間なんですね』

お互いに一歩も引かないまま、ナイフと風が交じり合う。

「あたり前だろうが」

『僕、少しだけケースケ君のこと甘くみてましたよ』

「はは!ぬかせ!」

3本のナイフが同時に投げられた。1つは片方の扇子をとらえ、もう1つは須釜の頬を掠める。

「負けですね」

最後の一本が左手の扇子を突き破った瞬間。須釜は笑顔のまま呟いた。

威勢の良い音を立てながら倒れこむ須釜を見て、圭介もその場に座り込んだ。

「やっぱり強いですね、ケースケ君はv」

「またまた・・・」

ガラスが黒いスモークと共に消え去る。W・M達が圭介の元へと駆け寄った。

「まさか第2フロアもクリアするとはね。正直、驚いたよ」

後ろから翼が声を上げる。その言葉にW・Mのメンバーは翼を鋭く睨んだ。

「まぁ、次はどうなるかわかんないけどね。せいぜい頑張ってよ」

また不適な笑みを浮かべて、次のステージへ歩いていく。その後に他のB・Tたちも続いた。

笠井と藤代に支えられながら、圭介が立ち上がる。そして、未だに倒れている須釜を見た。

「またな、スガ」

「はい。さようなら、ケースケ君」

お互いきれいな笑みを浮けべて、二人はまた別々の道を歩き出す。

それぞれの志を抱いて―――
























































「またな、ですか」

カズがつけていたブレスレットと同じものを、自らの腕から取り外す。

しばらくして立ち上がった須釜には、もう傷一つ残ってはいなかった。