人間みな平等なんて誰が言ったんだろう
そんなの全部嘘だ
だってそうでしょ?
俺たちはこんなにも辛い思いをしてきたのに
なんであいつはあんなにも幸せに暮らしてるんだ?
不公平じゃないか
あまりにも不公平じゃないか―――
+黒い涙と白い月+
暗い道を少し進んだところに錆びれた階段があった。見るからに古そうなそれをみて、本当に上れるのかという不安がよぎる。
そんな心配も露知らず、翼たちは先陣をきってどんどん先へと進んでいった。
一段、 また一段と上っていくたびに階段がつらそうな悲鳴をあげる。
やけに長いものだったが、やっとのことで上に着けばすぐ目の前に『05』の大扉があった。
またもやゆっくりと、扉が開いていく。今度は松明などなく、月がいっそうきれいに輝いていた。
「遅かったね、待ちくたびれたよ」
凛とした声が鉄の部屋に響き渡る。月明かりに照らされたのは鋭い眼でこちらを睨む郭英士だった。
ひんやりとした空気に似合っている彼からは、いつも以上に冷めたオーラが出ていた。思わず全員が息を呑む。
「ゆっくりしたいのはやまやまなんだけど、こっちも急いでるから早く相手決めてくれない?」
そう言いながら、英士は部屋の中央に移動していく。それに続いて、もう一人。英士の前に歩き出した。
「水野・・・!」
有紀が驚きながら水野の背中に呼びかける。水野は軽く顔を向けながら挑戦的な笑みを浮かべた。
「そろそろ本気ださないとな」
水野の言葉にシゲも楽しそうな顔で笑った。
「きばりぃや!タツボン!」
水野は右手を高く掲げて意思を表す。今、第5試合が始まろうとしていた。
ガラスのシールドが張られて、密室状態となる。水野は英士の目を見ながら静かに武器を取り出した。
「お前には、絶対に負けない」
冷たく鋭い眼を向けながら、英士も自らの銃に弾をこめる。そして水野の額に狙いを定めながらもう一度静かに言った。
「絶対に―――」
パァンと乾いた音がこだまする。水野はなんとか避けられたものの、額からは一筋の血が流れていた。
少し長めのソードを両手に構えながら英士に向かっていく水野。W・Mでもピカイチの剣さばきが英士に容赦なく襲い掛かる。
英士は間一髪のところでソードの切っ先をかわしながら、密かに銃を放つ機会をうかがっていた。
そして、水野のソードに一瞬の隙ができる。それを英士は見逃さなかった。
ソード同士が微かにあたったその隙間に弾を撃ち込む。神技とも呼べるような弾道は水野の右肩を貫通していった。
「ぐわぁっ!!!」
止めどなく流れる右肩の血を必死に押さえながら、水野はうずくまる。しかし英士は水野が痛みに耐えている間すら与えず次の攻撃を仕掛けてきた。
頭のど真ん中を狙って放たれた英士の弾は、あと少しのところで水野が避けたために地面へのめり込んだ。
それでも油断を与えられなかった水野の精神的ダメージは計り知れないものがある。床に転がって逃げた水野はすぐさま自分のソードを持ち直し、再び戦闘態勢をとった。
「お前が今考えてること、教えてやろうか」
銃を構えず、相変わらずの視線で英士は水野を見つめた。その冷たい目に押されまいと水野は必死に自我を保とうとする。
「なんでこいつはこんなに俺を怨んでいるんだ」
戦っている最中に考えていた疑問をピタリと言い当てられ、水野の瞳が動揺に揺れた。
英士は顔色一つ変えずに淡々と話を続ける。
「人間はあまりにも不公平なんだ」
銃口が水野の額に向けられた。あまりに冷たく、あまりに悲しいその言葉に水野は動くことができなかった。
「俺は何も持ってなかった。なのになんでお前は全部持ってるんだ?」
暖かい家族、立派な家、何もせずあっさり食事にありつけて、夜はゆっくりとベッドで眠れる。
なんでお前だけ?なんで俺だけが?
「俺たちが何をしたっていうんだよ」
間髪いれずに再び水野に弾が放たれる。すんでのところでようやく身体の動いた水野だったが、それでも完全に避けきれたわけではなかった。また新しい傷ができる。
右肩からは相変わらず大量の血が流れ出ていた。しかし、ここで止まっていたら次は完全に撃たれてしまう。水野は震える手でソードを持ちなおした。
「くっ・・・!」
右腕に力が入らない。それでもなんとか耐えて英士へ向かって行った。
鋭く振り下ろされるソードを銃で受け止める度に鈍い音が響く。規則性のないソードの動きも英士の能力、読心術の前ではまるで意味がなかった。
(くそっ!相手に触れなければ金縛りは使えない!どうすれば・・・)
打開策が見つからず、ただがむしゃらにソードを振り下ろす水野。それには先ほどまでのキレがなく、焦りが生じているのは火を見るより明らかだった。
(甘いね、水野。そんな雑な剣さばきじゃ・・・)
「俺は倒せないよ」
銃で受け止めたソードを押し返すと、右手のソードは空高く舞い上がり、大きく弧を描いて落ちた。
呆然とする水野をよそに、英士は追い討ちの銃弾を放つ。その弾はあっさりと水野の右肩を貫いた。
「うわぁああぁあぁああ!!!!!!!」
さっき受けた傷と全く同じところに再び弾を撃ち込まれ、水野は激痛に叫び声をあげる。
その姿を英士は微笑みながら見ていた。
水野くんの叫び声があまりにも痛々しくて、私は思わず目を覆いたくなった。
隣の一馬もやっぱり少し辛そうな顔をしている。
「英士・・・」
そう呟いた声はどこか寂しそうに私の耳へ届いた。
「か、ずま・・・?」
胸が苦しくなって、なんだかとても悲しくて。私はつまりながらも一馬を呼ぶ。
なんだ?と首をかしげながら一馬が私のほうを向いた。
私は少しの戸惑いを覚えながらも静かに言葉を発する。
「一馬たちに・・・・昔、何があったの?」
一馬の顔が一瞬驚いたようになると、ゆっくり眼を細めた。その瞳は悲しそうに揺れていた。
「俺たちは・・・何も持ってなかったんだ」
一馬は少し俯いて静かに呟く。できることなら話したくない事柄なのは充分に理解していた。それでも、私は知りたかった。いや、知らなくちゃいけないような気がした。
「その日を生きていくだけで精一杯だった。家も家族も。俺たちには何も与えられなかった」
とても辛そうに話す一馬を私はただ見つめることしかできない。一馬は上を見上げて息を吐いたあと、また私に向き直った。
「いつか、知るときがくると思う」
目元だけで微笑みながら一馬は言った。
「・・・・・・・どういう意味?」
意味が理解できなかった私は小首をかしげて一馬を見上げる。
自分で言っておきながら、一馬はなぜか戸惑って頬を赤くした。
「いや、えっと・・・よくわかんねぇけど、なんとなく。はいつか知る日が来るんじゃないかと思って」
私から目をそらすため、BLACK CRYSTALに目を移す。
私はまだ言ってることがよく理解できなかったけど、それ以上何を聞いても無駄だと思ったので、また英士と水野くんの試合を見守った。
はじめから何も持ってなかったから、奪うしかなかったんだ。
毎日ゴミをあさって、ものを盗んで、人から奪って。
ただ生きたかっただけなのに、なんでこんなに辛いんだ?
俺たちは何も持ってないのに、なんでこいつは何でも持ってるんだ?
「不公平じゃないか」
もはや気絶寸前の水野に英士はそういって銃口を向ける。顔色一つ変えない英士に対し、水野はもう動くことすらできなかった。
「お前には一生わからないだろうね。何もかも余るほど幸せだったお前には」
英士が引き金に力をこめる
「死ねよ」
凍りつくような声で、英士はあっさりと引き金を引いた。
しかし。その銃から弾が飛び出すことはなかった。
「なにっ!!」
引き金を半分まで引いたところで、英士の身体は固まったかのように止まっていた。
必死に動かそうとしても、身体がそれを受け入れることはない。銃を構えたままの状態になっている。
視線だけを動かして、英士は目の前の水野を睨む。水野は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「残念、だった・・な、郭。金縛りには・・応用、が・・・あるんだ・・・」
途切れ途切れに言った水野は自らの左手についた血を見せた。
大量に流れる血をみて、英士はあることに気が付き、自分の足元を見下ろす。
そこには水野の左手から続く赤い血で染まっていた。
「まさか、自分の血を俺に踏ませてそこから金縛りを伝えたっていうのか・・・?」
返事をする代わりに水野はふっと微笑んで、ゆっくりと立ち上がる。そして、地面に落ちていたソードを拾い上げると真っ直ぐ英士の元へ歩いていった。
英士の首筋に冷たい感触が伝わる。
お互いの目が合った。英士は相変わらずつめたい目で水野を睨む。
「・・・・・・・・殺せよ」
唸るようにして英士が言った。水野はじっと英士の目を見ながらゆっくりとソードを引いた。
目を閉じて死を覚悟する。しかし、いつまでたっても痛みは襲ってこなかった。
目を開けるとそこにはソードを手放した水野が立っていた。
「どういうつもりだよ?貸しでもつくる気なの!?」
軽蔑と憎悪が入り混じった目で英士は水野をみた。それを受け止めるかのように、水野はまだ英士から目をそらさない。
「お前は・・・」
水野の目に光が宿る。
「お前はホントに何も持ってなかったのか?」
英士が大きく息を呑んだ。
何も持っていなかった。他人には当たり前にあるようなものも、俺たちには与えられなかった。
でも、ホントにそうなのか?
俺たちは全く何も与えられなかったのか?
「俺はW・Mに入るまで、友達と呼べる奴はいなかった。毎日傲慢な父親の叱咤を受けて必死に勉強やら鍛錬をしてきた。だから周りで遊んでいる子供たちをみて、羨ましく思ってたんだ。お前だって俺が欲しくてしょうがなかった一番大切なもの、持ってるじゃないか」
英士の脳裏に、大切な3人の親友が浮かび上がった。
そうだ。俺は一人じゃなかった。
どんなに辛くても、どんなに惨めに思っても、俺には親友がいた。
共に笑い、共に涙し、共に助け合った大切な奴ら。
唯一にして、最大の宝物。
「結人、ユン、一馬・・・」
静かにそう呟いた英士の顔には、先ほどまでの憎悪や悲しみは感じられなかった。
英士はふっと息を吐いて、微笑んだ。そして、そのまま上を見上げて水野をしっかりと見据える。
「降参。俺の負けでいいよ」
その言葉を言った瞬間、水野も微笑みながらゆっくりと後ろへ倒れていった。英士の身体も自由になる。
「ゲームセット。勝者、水野」
不破が無機質な声でそう告げる。ガラスのシールドがなくなるとシゲが倒れている水野を覗き込んだ。
「お疲れさん、タツボン」
シゲは水野を背負うと、W・Mたちのところまで運んでいった。
「水野!!」
有紀が水野に駆け寄り、声をかける。息が正常なことを確認すると、大きく息をついて安心した表情をみせた。
「次のフロアに行くよ。早くついてきてよね」
とげとげしい口調で翼が言うと、W・Mはそのままそれに続いていった。
「英士くん、治癒しましょうか〜?」
相変わらずの笑顔で須釜が英士に問う。英士は首を横に振った。
「ホントに大丈夫か?英士」
「大丈夫だよ。それより早く行かないと椎名たちに置いていかれるんじゃない?」
「あっ!やべぇ!!英士も来るか?」
結人が明るく英士の方を向いた。英士は済ました顔で目を閉じ、再度首を振る。
「俺はもう少ししてから行くよ」
結人は少し心配だったが、英士のすっきりした表情を見てわかったと言い、先を急いだ。その後にカズと須釜も続いた。
「ふぅ・・・」
一息つきながら、英士はカシャンとブレスレットをはずす。
目を閉じ、静かに耳を澄ますと、遠くの方で誰かの話し声が聞こえた。
英士は窓の月を睨んだ後、部屋を出た。
翼たちとは反対の方向へ――


