お前達はなぜ俺達を倒そうとしてんだ?




世界のため? 人類のため?




はっ!そいつぁ、たいそうな理由だな!




時の流れから外れたこの身体




『忘却』を奪われたこの能力




そんなもん、いらねぇじゃねーか




なぁ、なんで俺達を倒そうとしてんだ?




なんでお前等は戦ってるんだ?














































































黒い涙白い月

































































「ん…・あれ…?」

対若菜戦で気を失っていた日生が昭栄の背中で目を覚ます。さっきより幾分か細くなった暗い道をみて、まだ状況が理解できていな日生はそのまましばらく固まっていた。

「あ!みっくん、目ぇ覚めたと?」

顔を半分こっちに向けながら昭栄がにかっと笑う。日生はあぁと小さく頷いて今の状況を尋ねた。

「みっくんが戦ったあと、笠井と水野が戦ったけん。」

少し前を歩くシゲに抱えられ気を失っている水野とけがを負った笠井を見て、どれだけ激しい戦いだったか、自分がどれだけの間眠っていたかがなんとなく分かった。

「サンキュ、昭栄。自分で歩くよ」

昭栄の背中から降りると、少しめまいがした。やはりまだ本調子じゃないらしい。

暗い道を歩いていくと、『06』の扉が見えた。その扉は今まで以上に大きく感じられた。

「開けるよ?」

翼が含みを込めた言い方でその場にいる全員に言った。冷たい汗が流れ落ちる。

まるで何年も使われていないかのごとくゆっくりと開いていく扉。

しだいに部屋が見えてくる。一人の少年が窓際に立っていた。









「三上…先輩っ…!」










藤代の声が小さく木霊する。開け放たれた扉の向こうにいたのは、紛れもなく三上亮、その人だった。

不敵に笑うその姿からは、とてつもないプレッシャーが襲ってくる。全員が揃って声を失った。

「み、三上…亮」

有紀が小さな声で呟いた。少し震えている声に、 はただならぬ不安を感じた。

「有紀。あの人…」

「三上亮。B・Tの中で一番の古株。B・Tのリーダー、榊ですら一目置くほどの実力者・・そして――」






「あの事件…Dispar of nightmareを起こした、張本人」








恨みや哀しみが入り混じったような有紀の表情。噛んだ下唇から少し血が出ていた。

Dispar of nightmare。初めて聞いた単語に は疑問を抱いたが、それ以上有紀に尋ねることはできなかった。

触れてはいけない言葉なのだということを、 は自然と感じ取っていた。

「どうした?早くかかって来いよ。それともすごすご逃げ帰るか?」

口の端を吊り上げて挑発する三上に、誰も動かなかった。否、動くことができなかった。

そんな中、三上の前に進み出る者がいた。普段は泣きボクロが印象的なその目も今は強い光が宿っている。

「誠二!」

無謀ともよべる藤代の行動に、笠井が思わず声を上げた。それでも藤代はその場を離れなかった。ただ三上だけを睨み続けている。

「バカ代が相手か…物足んねぇな。でもまぁ、その度胸だけは誉めてやるよ」

ニヤリと笑って三上は右手にムチを構えた。藤代もチェーンが付いている大きめのソードを取り出す。

藤代は決して冷静なわけではなかった。むしろ頭の中はパニック状態だ。

ただ、未だに信じられない。デビスマと称されていたその笑い方も、自分のことをバカ代と呼ぶその声も。全てが何ら変わっていなかった。

早々にガラスのシールドが張られて、試合開始となる。間髪置かずに藤代がソードを大きく縦に振るった。

すると、チェーンで繋がれた刃の部分が勢い良く三上へと向かっていく。

少しタレた目を細めてムチで刃をいとも簡単に受けとめる。

たったそれだけのことなのに、衝撃波が一枚のガラスに小さなヒビをいれた。そのくらい、藤代の攻撃は凄まじかったのだ。

「相変わらず、甘ぇんだよ」

ムチを刃にくくりつけて、三上はそのまま腕を自らの方へ引き寄せた。ものすごい力で引っ張られ、藤代の身体が中を舞う。

「うわぁ!?」

武器ごとガラスに叩きつけられて、頭から地面へと落ちて行く。

地面に当たる直前。藤代の身体がフワフワと浮かんだ。重力変化の能力を発動させて、とっさにその場を無重力状態にしたのだ。後何秒か発動するのが遅かったら、大変なことになっていただろう。

「へぇ。ちょっとは腕を上げたじゃねぇか。バカ代」

ムチを手元に戻して、三上がデビスマを浮かべる。藤代も口の端から出た血を拭いて地面へ着地をした。

「もう、バカ代じゃないっすよ…」

真剣な目をして、藤代が呟く。勝算がない。目の前にいるかつての先輩に勝つ方法が見つからなかった。

どうすればいい?なにをすれば勝てる?なぜ三上先輩はB・Tへ行ってしまったのか?なぜ――











Dispar of nightmareなんて起こしてしまったのか?













「三上先輩。なんであんなことしたんスか」

真っ直ぐ三上の目を見つめながら静かに問うた。三上はただ不敵に笑うだけで菜にも答えない。

「三上せ…」

「藤代」

答えてくださいという言葉をさえぎって三上が声を発する。そして、再びムチを構えながらこう言った。

「お前、なんで俺と戦ってんだ?」

三上の顔から笑顔が消えた。次の瞬間、ムチがあらゆる角度から無数に襲いかかってくる。

右手のムチだけでここまで強力な攻撃ができるなんて、到底考えられない。

藤代は、あらためて三上亮という男の大きさを思い知った。

掠っただけでも、激痛が走る。避けるのが精一杯でこちらから仕掛けることなんて不可能に近い。

それなのに、藤代の頭の中はさっき三上が言った言葉でいっぱいになっていた。

自然と動きが鈍くなる。

「なぁ、なんでだよ」

攻撃をしながら三上が再度聞いてくる。ムチの風圧で傷つく身体の痛みに耐えながら、藤代はなんとか言葉を返していった。

「そんなの…! ちゃんを助けるために…決まってるじゃないっすか!!」

「ホントにそうか?それじゃあ、白月の姫が助かったらもうお前等は俺らに干渉しねぇのかよ」

「……黒涙をはめ込んで世界を支配するB・Tなんかを放っておけるわけないっすよ!」

「この先俺達が戦って仮にB・Tが滅びたとしても、お前等はそれで何を得る?人類の平和か?そんなの、永遠に続くわけじゃねぇんだぜ?また新しい悪魔が出てきて、また同じ争いが続いていく。それでもお前等は戦うのか?誰のために?何のために戦うんだ?」

藤代は言葉を失った。三上の言うことは筋が通っており、間違ってはいない。確かに、B・TとW・Mの戦いに終止符が打たれたら、どうなるんだろう。何を得る?平和。でもそれは不確かで不完全な偽りの平和だ。













































俺はなんで戦ってるんだろう――






















































ほんの一瞬だけ動きが鈍った藤代を三上は見逃さなかった。右へ放ったムチに気を取られバランスを崩した隙をついて、反対側にすばやくムチを当てる。

「うわぁあぁっ!!」

とっさに避けて急所は外れたものの、左肩はもう使い物にならなくなってしまった。たまらずその場にうずくまる。

「オイオイ、まだ一本しか使ってないんだぜ?もう降参か?」

ムチを肩にかけて笑う三上を藤代は見上げて睨んだ。その目が気に食わなくて一瞬顔を歪めたが、すぐにまたデビスマを浮かべた。

「わかってんだろ?お前じゃ俺には勝てねぇって」

藤代を見下ろして言う三上は、そのまま腰を曲げて藤代と目線を合わせた。

それでもなお、藤代の目は強い意思を失わない。

「さっさと負けちまえよ。楽になるぜ?」

ニヤニヤしながらムチを見せる三上。藤代はふっと下を向いたあとにまた強く三上を睨んだ。

「いやっス!」

その言葉と同時に右手を地面につける。するとその場の重力が一気に増した。

「くっ…!」

ものすごい力に押され、地面には無数のヒビがはいる。普通なら一瞬で潰されてしまうようなこの状況でも、三上は余裕の笑みを浮かべていた。

(ホントに甘ぇなバカ代。俺の能力、忘れてんじゃねーよ)

動き辛い腕を懸命にのばして、三上はムチを振るう。その動きはまるで重力の増加など受けていないように鋭いものだった。

三上のムチは藤代の左肩にある傷口にピンポイントで当たった。あまりの痛みに藤代が顔を歪める。その瞬間、三上にかかる重力が少しだけ軽くなった。

三上はすばやく2本目のムチを取り出すと、藤代の足へと巻きつけて勢い良く反対側へと引っ張った。

弧を描いて藤代が宙に浮く。

「しまった!!」

下方に三上の姿をみながら藤代は叫んだ。再び重力変化を使おうとしたが、肩の痛みが激しくてとても使えるような状態じゃない。

しかたなく、藤代はソードを取りだしてガラスにぶつかる直前にそれを突き刺した。自分の身体を右手一本で支えるのには、相当な負担がかかる。それを承知で藤代はソードと共に地面へと落ちていった。

「お前の重力変化は完璧じゃない」

息を荒げてしゃがみこむ藤代に三上の声が上から降り注いだ。デビスマを浮かべる三上を見上げる。

「重力変化を使うにはかなりの集中力が必要になる。ケガの痛みで集中力が欠けたお前に、もう重力変化は使えねぇよ」

三上の能力。人並み外れた、驚異的な記憶力。

三上は確実に知っていた。『重力変化』最大の弱点を――






















「様子が変だ」

ガラスの中の死闘を見て、笠井が呟いた。隣りにいた山口がどういうことだ?と笠井を見る。

「重力変化が効いていない。それに、三上先輩は重力変化の弱手を知ってるみたいだ」

「弱点なんかあると!?」

昭栄の言葉に笠井が俯く。そして、小さく頷いた。

「でも、なんで三上はそんなこと知ってんだ?」

日生が言ったその質問に、今度は後ろにいた結人が声を上げる。

「それが三上の能力だからだよ」

得意そうな笑みを浮かべて言った結人の隣で腕組をしていたカズも、W・M達の視線を受けて目を開ける。

「瞬間、驚異的記憶力。お前達も忘れたわけじゃなかやろ?」

「つまりは、一度見たものは決して忘れないってことですから〜。当然藤代くんの弱点だって知ってますよ〜」

「それでなくても、あいつらは昔からの先輩と後輩だろ?相手の攻撃なんて見切ったも同然だぜ」

100%三上が勝つことを確信しているB・Tたちは、全員余裕だった。笠井の脳裏に一抹の不安がよぎる。

笠井、藤代、渋沢がW・Mに入団したその日。三上もまたB・Tに入団した。必死に止める渋沢の声すら耳に入らず、三上は強固な意志を貫き通して笠井達のもとを去ったのだ。最後に見たのは、やっぱりあの意地の悪い笑顔だった。

笠井が再び藤代達の戦いに目を移す。傷だらけになった藤代に何もしてやれない自分が、とてももどかしく感じた。






















やっぱ強いな。三上先輩。完全に俺の能力封じられちゃったよ。

俺、頭使うの苦手だから、どうすれば良いかなんてわかんねぇし。このまま死んじまうのかな。

結局、何もかも中途半端だ。 ちゃんも助けられないし、三上先輩が言ってた言葉もまだ答えを見つけてない。

俺はなんで戦ってるんだろう。


どうしたら良いんだよ…























―お前のしたいようにしてみせろ―

























懐かしい声が頭の中で響いた。誰の声だ?いつ言われた言葉だった?






あぁ、そうか。この言葉は――






















重力変化を封じられた藤代は、未だにうずくまったまま、尋常ではない左肩の痛みに耐えていた。

その様子をみて、早々に試合を終わらせようと、三上は右手のムチを構える。まるで期待はずれだったとでも言うように、ふっとため息を吐いた。

(所詮はこの程度だったってことか…)

残念そうに藤代をみつめた後、三上はムチを高く上げる。そして、藤代の首をめがけ、一気にそれを振り下ろした。

その時、すでに気絶しかけていたはず藤代が、すんでのところでムチを受けとめる。

「なにっ!?」

ここまで傷だらけになって、三上のムチを受けとめられるはずがない。それでも、現に目の前にいる藤代は自分の放ったムチを受けとめている。

何故。どこにそんな力が残っているんだ?

「三上先輩。もう、やめましょう」

三上にしか聞き取れないような小さい声で、藤代が言う。だまって聞いている三上の顔は真剣そのものだった。

「なんか、辛そうっすよ。先輩だってホントは――」

「だまれ!!!」

今までになく必死な表情で三上が声を荒げる。藤代は言葉を失った。

「お前に何が分かんだよ!記憶を忘れることのできるお前に、俺の何がわかるっていうんだ!!」

見たくもないものを嫌というほど見てきた。内乱の所為で傷つき、泣き叫ぶ人々。親を探す子供の声。その逆もあった。壊れた街。狂った大人。血に染まる体。

自分の両親が目の前で死んだところも、友達が瓦礫の下敷きになって自分に助けを求めてきたことも、全てがリアルに記憶されている。

なんども忘れようとした。だが、できない。何十年、何百年たっても決して忘れられない記憶。それを受け入れられるほど強くもないし、全てを吹っ切ってしまうほど頑丈でもないから。どうすれば良いのかわからなくて。



だから縋った。たった一つの希望に。



単純なことだろう?なにがいけないんだ。忘れたいって思ってなにが悪い?救われたいって思ってなにが悪い?

「いらねぇじゃねーか。こんな能力…」

三上は小さく呟いて、俯いた。悔しさ、憎しみ、哀しみ。全てが入り混じった顔を見られたくなかった。




「お前のしたいようにしてみせろ」




不意に藤代がはっきりとした口調で言った。三上が驚いて顔を上げる。

「さっき三上先輩、言ったッスよね。お前はなんで戦ってるんだって」

三上のムチを手放して、ソードを伝いながら藤代が置きあがる。肩の痛みに耐え忍ぶその顔にはたくさんの汗が流れたいた。

「俺は俺自身のために戦う。世界とか、人類とか、そういうことじゃなくて、俺だけのために。そう教えてくれたのは、三上先輩じゃないっすか」

意志の強い藤代の目に、三上は昔のことを思い出す。決して良い暮らしとは言えなかったけど、毎日藤代をどやして、それを渋沢が止めて、一歩下がったところで笠井が呆れたように見守っている。そんなかつての風景が鮮明に甦った。

これは忘れる事のできない記憶の一部。しかし、忘れたくない記憶でもある。

「自分のしたいようにしてみせろっていっつも言ってたじゃないっすか。だから俺は、自分の信じる道を生きます。三上先輩がB・Tに入ったことだって、それが三上先輩の良しとすることなら、俺に止める権利はないっすよ」

そう言って微笑んだ藤代の顔は、とてもすっきりとしたものだった。

「でも、もし。全部が終わってまたもとの世界に戻ったら…」












































「そしたら、タクとキャプテンと三上先輩と、また昔みたいに暮らしたいっすよ」





















































三上の目をしっかりと見据えながら藤代は笑う。昔と何ら変わっていない、屈託の無い笑顔に三上の目が大きく見開かれた。

(自分のしたいようにしてみせろ。俺の思うままに…か)

ふっと微笑んで、三上は肩の力を抜いた。同時に武器であるムチも消し去る。

そして自ら翼たちの方へ歩いて行くと、デビスマを浮かべながらこう言った。

「ゲームセット…だ」

その瞬間、ガラスが取り除かれて試合終了の現実がさらされる。三上の背中をみながら呆然と立っていた藤代はしばらくその場を動く事ができなかった。

「誠二!!」

駆け寄ってきた笠井の声で、藤代はやっと状況を理解できた。勝つには勝ったけど、どうにもすっきりしない勝ち方だ。

「俺…勝った?」

「なに言ってんだよ。あたり前だろうが」

ぺしっと軽く頭を叩いて、日生が笑顔で言う。そうしてやっと安心したのか、へへっと照れたような笑いをした後、藤代はあお向けに倒れこんだ。

「やけに諦めが良かったじゃないか、三上」

肩を回しながら戻ってきた三上に翼がそう声をかける。三上はまぁなと相変わらずの笑みで微笑んで、藤代の周りに集まっているW・Mたちの方を見た。

「たまにはこういうこともあるさ」

そう言う三上の顔は、なんとも優しい表情だった。

「次はいよいよ最終ステージだよ」

翼の言葉に、W・M達の緊張が一気に増す。

ふふっと軽く笑ったあとに、翼は次のフロアへ進んで行った。

































「忘れたい記憶、か…」

「え?」

BLACK CRYSTALで試合の様子を見ていた一馬が隣りで何かを呟いたので、私は思わず聞き返した。

一馬は何か考え込むような表情をして、しばらくBLACK CRYSTALを見つめていた。

「次は、ここだな…」

「そうなの?」

「あぁ」

緊張しているのか少し強張った顔で、一馬は立ちあがる。その後私のことも立たせると、部屋の前方にある柱にそのままくくりつけた。

「ごめんな」

ぎこちない手つきで縄を結びながら、本当にすまなそうな顔をして一馬は私に謝る。

そんな顔されたら、何も言えないじゃない…・

それが終わると、一馬は部屋の中央に歩いていく。その後姿からは、今までとは比べ物にならないほど強いプレッシャーが放たれていた。








































急に静かになった部屋で、三上はブレスレットをはずす。

「まさかあのバカに説教されるとは思わなかったな…」

一人ため息をついて苦笑すると、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。

(たぶん先客がいるだろうな)

そう思いながら、三上は早々に部屋を出る。

月が雲に隠れていた。