どうしても守りたいものがあった
どうしても助けたい人がいた
だけど、それがどうしても思い出せない
今まで何をしていたんだ?
これから何をしていく?
どれだけ思い出そうとしても
真っ白な世界が広がっているだけ
+黒い涙と白い月+
青白い月に照らされている北の廃墟。そこから少し離れた場所に、もう一つの廃屋が立っていた。
いたるところに何度となく修理した後が見られるその廃屋は、今にも倒れてしまいそうなほど年季が入っている。
ひび割れた窓から月の明かりが射しこむ廃屋内に、郭英士と三上亮の姿があった。
「やっぱ来てたか、郭」
「当然でしょ。報告いれろって言われてたし」
壁に寄りかかりながら静かに言う英士の言葉に、三上は苦笑を浮かべる。そして冷たい隙間風が吹きぬけると同時に、三上達の後ろにあるドアが鈍い音をたてながら開いた。
「早かったな、二人とも」
低めの声が室内に響く。二人は姿勢を正し、声の主へと向き直った。きちんとしたスーツに身をつつみ、不敵な笑みを浮かべている人物――榊は右手をポケットに入れながら三上と英士を交互に見まわす。
「到着はもう少し後かと思っていたが」
榊がタバコを口にくわえ、火をつける。たちまち、白い煙が上がっていった。
「それで、状況は?」
近くにあった錆びついた椅子に腰掛け、足を組みながら聞く。三上が一歩前へ出て質問に答えた。
「現在W・Mは、第6ステージをクリアして最上階に向かっています」
「もうまもなく到着する予定です」
英士が三上のあとに続く。榊は煙を吐き出しながら足を組みなおした。
「最上階は、真田だったな。W・Mのデータは取れているか?」
「はい。不破が一試合ずつデータ収集を行っています」
英士の答えに満足したのか、榊が椅子から立ちあがる。そして、二人に背を向けるとドアの方へ歩いて行った。
「私は本部へ戻る。また何かあったら連絡しろ。それと―――」
「真田のことは…わかっているな?」
顔を半分だけ二人に向けながら榊が静かに問うた。その目には底のない暗闇が映し出されている。
二人が神妙に頷くのを見届けると、榊も一度だけ軽く頷いて廃屋を後にした。
残された三上と英士は、同時にふっとため息をついてからドアへと向かう。先に歩き出した三上に少し遅れて英士が続いた。
誰もいなくなった廃屋に、また一陣の風が吹きぬけた。
さすがに最上階ともなると、道のりも険しくなっていた。長い階段がどこまでも続いている。底知れぬ緊張感が辺りを包み込み、階段を上りながら口を開くものは誰一人としていなかった。
ただ乾いた足音だけが無数に響くだけ。視界もはっきりしていない。
(最終ステージ…か)
気を抜けば滑り落ちてしまいそうな階段に注意しつつ、 は考え込む。
翼がいった最終ステージという言葉。つまり、次のステージで最後の戦いとなるわけだ。当然次のステージには もいるだろう。
自分の大切な親友。自分を助けてくれた大事な親友が。 がさらわれたあの時から、 は少なからず罪悪感を感じていた。自分がついていながら、再び を危ない目にあわせてしまった。他の試合を見ている間でも、 の頭の中はそのことでいっぱいだったのだ。
(許さない…絶対に)
決意を新たにし、 はまた一歩一歩階段を上がっていく。しばらくして、今度はその場に似つかない木製の扉が姿をあらわした。この扉もだいぶ古いようで、どこからか吹いてきた風にがたがたという音を立てている。
翼が立ち止まり、片手を扉に押し当てる。次の瞬間、木と木がぶつかる音がして、扉は見るも無残に砕け散った。
木片が飛び交う中、部屋の中央に立っていたのは真田一馬。その後ろには柱にくくりつけられている の姿があった。
「 !!!ちょっとあんた! になんてことして…」
「あっーーーーー!!!!!」
が の扱いに抗議しようとしたとき、 の変わりに結人が声をあげた。
「おい、一馬!!俺の ちゃんになんてことしてんだよ!!」
「はぁ!?結人!?」
一気に緊張感が解け、一馬は完全に肩透かし状態。周りにいた人達もどっと気が抜けた。
「なんでここにいんだよ!」
「んなの、 ちゃん見に来たに決まってんだろ。ったく!俺の ちゃんを柱なんかに縛りつけやがって」
(俺のって…どういうことだよ;)
てきぱきと柱から縄を解き、 を解放する結人を身ながら一馬がため息をつく。その様子をみて、ついに翼のスイッチが入ってしまった。
あまりにも凄まじいダークオーラは誰の目から見てもこれから起こることが容易に予想できた。部屋の温度が一気に下がる。
「若菜…」
「ん?なんだよ、椎名」
「なんだよじゃないだろ!?何しに来てんだお前は!人生には乱しちゃいけない場とか雰囲気があるんだよ!ホントに何年生きてるんだ!?せっかくの人質解放してどうするつもり!?お前はもう仕事終わったから何してもかまわないと思ってるんだろうけど、あいにくこっちはお前等が考えたこのトーナメントを終わらせるまで神経使わなきゃなんないんだよ!少しは人の苦労汲み取れよな!」
若菜結人、撃沈。
しばらくの間、なんとも言えない静寂が辺りを包んだ。その中でも翼はすっきりした顔で勝ち誇っている。これから戦うところだというのに、一馬は既に大ダメージだ。
「あ〜あ。ダメだな、こりゃ」
フリーズした一馬をみて設楽が言った。もしや不戦勝か?と誰もが思った瞬間、設楽の手刀が一馬の首に炸裂した。
「ってー!!なにすんだよ!」
「何って、真田がフリーズしてっから起こしてやろうと思って」
「だからっていきなり手刀はやめろよな!」
「はいはい。それより早く試合しろよ。時間ないんだから」
淡々と話す設楽に一馬は首をさすりながらしぶしぶ頷く。そして、再び鋭い目つきでW・M達を睨んだ。
「対戦相手は誰だ?」
不破が無機質な声で尋ねる。すると、奥の方から短剣を携えた有紀が進み出た。
「私がいくわ」
凛と通ったその声に一馬の顔色が変わる。その様子を見て、須釜とカズが苦笑した。
「え、あ…小島…?」
「なによ。私が相手じゃ不満なの?」
有紀が腰に手をあてて一馬を睨む。一馬は少し俯きながら小声で呟いた。
「………女とは、戦えない」
「!!!」
一陣の風が一馬の頬を霞めた。赤い筋が流れ落ちる。一馬の後ろにある壁には一本の短剣が突き刺さっていた。
一馬は血をふき取りながら有紀を見据える。有紀の顔はとてつもない殺気に満ちていた。
「女だからって、甘く見ないで」
静かに響いたその声が一馬の心に重くのしかかる。一馬が手に持っていた勾玉を顔の前までもってくるとそれは瞬時に長いソードへ姿を変えた。
「ゲーム、スタート」
杉原の声と共に、ガラスのシールドが張り巡らされる。
「手加減してもいいけど、そしたら負けるのはあなたの方だからね?」
「……あぁ」
しばし睨み合う二人。先に仕掛けたのは有紀の方だった。短剣を一馬の真上から振り下ろす。ガンという音と同時に一馬のソードがそれを受けとめた。何度かそれを繰り返し、激しい剣同士の攻防戦となる。
そして有紀の決め技が一馬に襲いかかった。しかし、間一髪のところで一馬はそれを耐えしのいだ。
ギリギリと互いに引かない状態が続く。力ではほぼ互角。有紀の言った通り、女だからといって手加減していたらあっという間に負けてしまうだろう。
(やばいな、このままじゃ埒あかねぇし…)
一馬は両手に神経を集中させる。するとソードは瞬く間に変形し、茶色いムチになった。有紀の短剣に巻きついたムチを一馬は一気に引いて有紀ごと宙に浮かせる。ものすごい轟音をたてながら有紀はガラスのシールドへ直撃を食らった。
「きゃ…!!」
短い悲鳴と共に、有紀が地面へと落ちる。一馬はムチをほどいて手元に戻し、その様子を冷淡な目で見つめていた。そして今度はムチをヤリに変え、ゆっくり有紀の元へ近づいていく。
辺りが土煙にまかれ視界が悪かったが、ぼんやりと浮かんだ人型の形に一馬は何の戸惑いもなくヤリを振り下ろした。
「結人くん?おーい」
隣りで完全に固まっている結人を見かねて、私は一応声をかけた。
縄をほどかれ、自由の身になったけど、一馬たちの試合がはじまってしまったのでみんなのところに戻れないからしかたがなく私はその場に残っている。
何度呼んでも反応がないので、少しゆすってみた。すると結人はうわぁっ!と声を上げて戻ってきた。
「え!?なに、もう試合始まってんじゃん!」
剣と剣がぶつかりあう音が響く中、結人は食い入るように試合を見ている。
「ねぇ、一馬がもってたあの玉ってなんなの?」
「あぁ、あれね。あれは勾玉。一馬の意思で剣、ヤリ、ムチ、弓、盾の5つに変形するんだ。結構ずるい武器だよな」
へへっと笑いながら結人が説明してくれた。たしかにずるい…っていうか、便利な武器だけど。なんで一馬だけそんな特別な武器を持ってるんだろう。
「あれは俺達みたいに与えられた武器じゃないからだよ」
「「うわぁ!?」」
ビ、ビックリした…;突然後ろから声がして私と結人が同時に声をあげ、振りかえる。そこには腕を組んで試合を見ている英士の姿があった。
「英士…いつのまに……」
「ついさっきね」
さっきって…全然気配を感じなかったけど?まぁいいや。それより、与えられた武器じゃないって。
「俺達が持ってる武器は、全部榊さんが与えたものなんだ」
口に出さないでも相手に思ってることが伝わるって便利。榊さんって誰?
「B・Tのヘッド。だけど一馬の武器だけはB・Tに入る前から自分で持ってたものだから」
「なんでそんなもの持ってたの?」
「……もらったんだよ、一馬の大切な人に」
「大切な、人…・」
結人が言った言葉に私は少しばかりのショックを受けた。なんでかは全然わからないけど、胸の奥が痛くなるような、嫌な感じ。それと同時に頭もちょっと痛くなった。
―これ、あげるよ―
「え…?」
頭の中でなにかが響いた。誰の声だろう?わからないけど、どこか懐かしい。
「どうしたの? ちゃん」
「う、ううん。なんでもない」
気のせいだ、きっと。うん、そうに違いない。
私はそのまま気持ちを切り替えて、一馬の試合に集中する。それでも頭の片隅ではぼんやりと暗闇が広がっていった。
ガン!という鈍い音がした。確かに有紀を狙ってヤリを下ろしたはずの一馬は、少し驚いた表情を見せる。
土煙が引いてきて視界が開けてくると、そこには短剣を二本交差させて一馬のヤリを受けとめている有紀がいた。
「だから言ったでしょ?甘くみるなって」
口の端から血を流して、有紀が不敵に笑う。一馬が虚をつかれて動けなくなっている隙に、有紀の短剣が一馬のヤリを押し返した。
「くっ・・!」
フィールドの端から一気に中央へと押しやられ、戦闘態勢を崩す一馬。そして休む暇もなく、有紀の短剣が襲いかかってきた。一馬の心臓めがけて放たれた剣はすんでのところでヤリを変形させた盾に食いとめられる。
有紀の剣がほんの少し、刃こぼれを起こした。
その瞬間、一馬の脳裏に多大な情報が叩きこまれた。それは閃光のような一瞬のものだったけれど、一馬にはその情報がしっかりと理解できる。触れたものの残像が情報として入ってくる、サイコメトリー。それが彼の能力だからだ。
「血…?それも大量の・・」
有紀の顔色が変わる。一馬の盾からすばやく離れて、態勢を立て直した。冷や汗が有紀の頬を伝う。
「なんだ、あのビジョン」
「……」
一馬を睨んだまま黙る有紀。彼女は必死に記憶を押さえ込もうとしていた。しかしその努力も空しく、さらに一馬が有紀を揺さぶる言葉を発する。
「男が数人と血だらけのナイフが見えた。たぶんその短剣だろ?」
―女のくせに!―
「何したんだよ、お前」
「うるさい!!」
両手にもった短剣を握りなおして、再び有紀が向かってくる。それを止めようと、一馬が有紀の腕をつかんだ。
そしてまた閃光が走る。今度は傷だらけの腕だった。しだいに情報がつながっていき、もう片方の手をつかんだ瞬間、全ての記憶が明らかになった。
「お前、ユルタの出身か?」
「!!!!!!」
つかまれた腕を振り払って後ろに退く。記憶が、甦ってしまう。
―武術を習いたいだと?ふざけるのもいい加減にしろ―
女は朝早くから真夜中まで、休む暇もなく働かされる。
―さっさと動け!女ども!!―
男は絶対的な権力を握り、女はそれに従うしかない。
―生意気な口をきくな!女のくせに!―
強くなりたい。こんなくだらない権力に縛られないほど強く。
―けっ!女のお前になにができるっていうんだ?―
決して難しいことは望まない
私はただ、自由に生きたいだけなの


