女のくせに
その言葉がなにより嫌いだった
誰も好きで女に生まれたんじゃない
なのに何故、こんな仕打ちをうけなくちゃならないの?
自由に生きたい
私の願いはそれだけなのに
+黒い涙と白い月+
私の生まれたユルタというところでは、男が絶対的な権力を握っていた。女は家畜同然に朝から晩まで働かされ、口答えすることは一切許されない。
「性別が女」たったそれだけのことで、私は好きなこともできずにただ黙々と働くだけの毎日を送っていた。
差別され、見下され、けなされる。そんな日々が続いていたある日。私は道端に落ちていた短剣を手に入れた。武器は男だけが持つことを許された聖なる物だと聞かされていた私は、誰も見ていないことを確認すると、すばやくそれを胸に隠した。
毎朝自分と同い年くらいの男の子達がやらされていた武術の稽古を影からみて、私は密かに自分を強めていく。監視の目を盗んでは拾った短剣を丁寧に磨き、仕事の合間にも必死に武術を体得していった。
気が付けば私は、ユルタでも1、2を争うほどの力をつけていた。男と対等に渉りあいたい。そのためにはどうしても力が必要だった。
しかし、私の望みは神に受け入れられることはなかった。
「おい、そこでなにしてる!」
真夜中の廃墟で一人武術の練習をしていたところを運悪く数人の商人に目撃されてしまったのだ。ユルタでは仕事が終わってから女が外出することを固く禁じている。もちろん、見つかれば命はない。
「女がこんな時間に出歩いて良いと思ってんのか?」
太った男が私の前髪を引っ張る。私は後ろに隠していた短剣をぎゅっと握り締めた。
「こりゃあ長に報告するしかないな」
にやりといやらしい笑みを浮かべながら、その男は言った。私は慌てて許しを請う。長に報告されてしまえば、死刑は間違いない。このまま見下されて死ぬなんてまっぴらだった。
「お願いです!それだけはご勘弁を!もう2度としませんから!」
子供ながらに無理やり覚えさせられた敬語を使って、必死に頭を下げた。その様子を見て満足そうな笑みを浮かべている男たちを、私は今すぐにでも倒してやりたいと切に思う。
「なんだコレ!見てみろよ、こいつ剣なんかもってやがる!」
血の気が一気に引いていった。この剣は私が生きるための糧。唯一の光。これを取られてしまったらもう2度と、私は男と対等に渡り合うなんて希望を持てなくなってしまう。見ると、汚らわしい男の手が私の短剣に触れようとしている。
私の中で何かが砕けた。
「うわぁあああぁあぁあああっぁ!!!!」
左胸から大量の血を流して、男がゆっくり倒れていく。私は虚ろな目で他の男達を振りかえった。
「このやろう!!」
殴りかかってくる男どもを次々と返り討ちにしていく。毎日休まず武術を磨いていた私にとって、これくらい容易いことだった。
最後に残った奴は、涙を流しながら懸命に命乞いをしている。そんな男の胸に私はあっさり剣を下ろした。
血の海と化したその場に、ただ立ち尽くして涙を流す。赤く染まった手。今まで散々痛めつけられた傷跡がくっきりと残ったその腕には、もはや儚い夢を持つことは許されなかった。
「いやああああ!!!!!」
自分の犯してしまった罪の重さ。汚らわしい両手。全てに恐怖を感じて私は叫んだ。そして、短剣を持ちながら走り出す。どこか自由になれる場所を求めていた。性別とか宗教とか考えとか、全てを受け入れてくれるそんな場所を。
雨が全ての汚れを流してくれるよう、祈り続けた。
記憶の隅に追いやっていたはずの記憶が全て呼び戻されてしまった。一番触れられたくない、悲しい記憶。それが呼び戻ってきた有紀の精神的ダメージは計り知れない。
大きく頭を振って記憶をまた追いやろうとする。しかし、完全に消えてはくれない過去が有紀の攻撃を鈍らせていた。
(さっきより精度が落ちてる?)
盾で短剣を受けとめながら、一馬は有紀の攻撃が乱れていることに気付く。さっきまでの気迫や闘志などといものが全く感じられなくなっていた。そのかわり、有紀が放つ攻撃の一つ一つに怒りや憎しみが込められるようになる。有紀の過去を知った一馬は黙ったまま攻撃を防ぎ続けた。
「私が何をしたのよ!ただ自由を望んだだけじゃない!」
何もかも否定されて、誰も『私』を見てくれなくて。
「女じゃいけないの!?なんでそんなことで差別されなきゃいけないの!?」
好きで生まれたわけじゃない。まるで、生まれてきたこと事態が罪のように感じる。
ガンッ!という衝撃音と共に、一本の短剣が折れた。それと同時に有紀がその場に崩れ落ちる。
目から止めどなく溢れだす涙が地面に跡を残した。そして、小さな声で問いかける。
「ねぇ、教えてよ…私はどうすれば良かったの?」
誰でもいい。誰でもいいから…
「お願い…教えて…答えてよ…!」
泣き崩れた有紀を、一馬はただ見下ろすことしかできなかった。
「有紀…」
私は初めてみる有紀の姿に、少なからずとも戸惑いを覚えた。いつもしっかり前を見据えて、どんなときでもしゃんと立っていた有紀があんな一面をさらけ出すなんて、考えもつかない。
「教えて…答えてよ…!」
有紀の声が聞こえた。泣き崩れる有紀の姿に、私の頭は再び激しい痛みに襲われる。
「うっ…!!」
割れるんじゃないかと思うほどの頭痛で私は頭を抱え、しゃがみ込んだ。
「 ちゃん!?」
結人の声が聞こえる。しかしそれにかまうこともできず、私はただ痛みに耐えしのぐだった。
―答えてくれよ、 …!―
また頭の中で声がする。懐かしい声。愛しい声。誰の…
―俺たちがなにをしたって言うんだ?―
悲しい、辛い、寂しい。これは記憶…・?思い出したい。思い出せない。だけど――
― ーーーーー!!!―
思い出したくない
「きゃあああ!!!!!!」
痛みが最高潮に達して、私は思わず悲鳴を上げた。なにがどうなっているのかさっぱり分からなかったけど、涙が流れていたことだけは理解できる。
そして、依然私を守ってくれた白い半透明の膜が再び現れた。暖かいその中で私はかろうじて意識を保っている。しかし何もすることができなかった。
膜はどんどん広がっていき、やがて部屋全体を覆うまでになった。当然部屋の中にいる人達のことも全てすっぽりと包んでいる。そして、次の瞬間。膜は一気に不思議な波動を出し始めた。
「なんだ、これ?」
「白い膜?」
口々に疑問を唱えるみんな。私は何もできず、ただぼんやりとその光景を見ているしかない。
波動の効果はガラスのシールドをも突き破り、中にいる一馬と有紀も包み込んだ。
「これは… ?」
有紀が顔を上げて白い膜を見る。どうやら波動の効果はないらしい。しかし、たった一人その影響を受けたものがいる。一馬だ。頭を抱え盾を落し、一馬はその場にうずくまった。
「うわぁっ・・!」
苦悩に耐え忍ぶ声が室内に木霊する。何事かとB・T、W・M問わず緊張が走った。
「一馬!」
「おい、しっかりしろ一馬!」
英士と結人がシールドを叩きながら叫ぶ。しかしそれも届かない。一馬は一人頭を抱えながら、苦しみに耐えていた。
なんなんだ一体!この波動は、この痛みは!他の奴等はみんな何ともなってないのに、俺だけ…!何が起きたのかさっぱりわからない。ただ、頭が割れそうなほど痛い。
― 一馬 ―
声?誰の声だろう…懐かしい。心地よい声。俺を、呼んでる…・?
それをかわきりに、限りない声が頭の中に響いてきた。
―いらっしゃいませ!―
―どうしたの?一馬―
―楽しいね―
―ずっと、一緒にいたいっ…!―
―さよ、なら…かず、ま…―
―ありがとう―
―愛してる―
「!!!!!!!!」
ものすごく大事なことを忘れている気がする。思い出せない。なんだ?なにを忘れてるんだ?
会いたい――だけど
誰に?
「やばい!!」
苦しみに耐えながら叫んでいる一馬を見て、 達とは反対側にいた三上がそう言った。
それと同時に三上はシールドへ手をかざす。すると瞬く間にガラスは砕け散り、一瞬にして消え去った。そして一馬の元へ駆け寄ると両手を空中にかざして目を閉じる。小さくなにかを呟いたとき、辺りを強烈な光が包み込んだ。
しばらくして、光は収まったが誰一人として目を開けることができない。それほどまでに凄まじい光だったのだ。三上はふっと息をつき、辺りを見渡す。どうやらあの白い膜は消えたようだ。代わりに がぐったりと横たわっている。そして一馬も。
みんなの視界が開けてきて、部屋が少しざわめき始める。今何が起こったかを知る人物は恐らく三上以外にいないだろう。呆然としている人々に向かって三上は静かに言った。
「トーナメントはこれで終了だ。望み通り、白月の姫は返してやるよ。じゃあな」
三上が歩き出すと、思い出したかのようにB・Tが続く。倒れた一馬を結人が担いで近くにあった扉からB・Tは消えていった。
後に残されたW・Mたちはあまりにも唐突なできごとに、誰も口をきけなかった。しんと静まり返った部屋の中に、月の光が射しこんでいるだけ。
の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。


