昔話をしましょう 昔々のお話を




それは遠い日の物語




それは不思議な物語




古より伝わるこの伝説は




悪魔と天使の悲しい記憶――












































































黒い涙白い月












































































トーナメントが終わって早三日が経った。 は未だに眠り続けている。

B・T達が消えたあと、残された私達はすぐにW・M本部へ連絡をとって応援を呼んだ。

もっともW・Mのみんなは戦い続きで動ける状態じゃなかったから、主に動いていたのは情報屋の藤村成樹だったけど。

北の廃墟に朝焼けが射す中、私達は本部への道のりを歩いた。その間、誰一人として口を開く者はいなかったけど、たぶんみんな同じことを考えていたんだと思う。






の能力






私や他の能力者みたいに、はっきりした効果や作用がわかっていない。

ヘッドは「黒涙を浄化できる特別な力を持った存在」だと言っていたけど、それだって実際どうやって浄化するのかも未だに謎のまま。

。あなた、一体何者なの?

「有紀」

後ろから突然名前を呼ばれ、はっと我に返る。声のした方を向くとそこにはティーセットをもった がいた。

彼女の整った顔は少しやつれたように見える。心なしか、顔色も悪い。

無理もないか。あれだけ激しい戦いを何度も見せられちゃね…

私はトーナメントで繰り広げられた数々の死闘を思い返した。当然、自分が戦った最終戦のことも。

今まで幾度となくB・T達と戦ってきたけど、あれだけ嫌な戦いは初めてだった。

もう忘れたと思ってたのに。あんな昔のこと。あんな最低の記憶、今更思い出すなんて。

どうかしてるわ、私。

「有紀?どうしたの?」

が私の顔を心配そうに覗き込みながら言った。私は何でもないよとぎこちない笑顔で答える。

それにつられたのか、 もふっと笑みをこぼした。そして二人で眠っている の方を見る。

「もう三日だね。 が眠り続けて」

「そうね。他のみんなはとっくに回復してるのに」

私達が帰ってきてからというもの渋沢と山口が負傷者の手当てに大忙しだった。だけど、山口もケガを負ってたから実際一番大変だったのは渋沢なんじゃないかな。

その甲斐あって、トーナメント参加者は既にほぼ全員完全な回復をとげていた。今日あたり、通常の仕事に戻るんだと思う。

ただ、私と はヘッドから に付き添っているようにとの命を受けた。たぶんトーナメントで相当なダメージを受けている への配慮。もちろん、 が目覚めたらすぐに報告できるようにっていうのもあるとは思うけど。

ヘッドの予想通り、 はかなりのショックを受けているみたいだった。こっちの世界に来てまだ何日も経っていないのに、こんなことになって。しかも一番の親友が目の前で倒れて三日も眠り続けている。

の精神的ダメージは計り知れないものがあった。

現に今も、 はとても心配そうな顔で を見守っている。そこには後悔とB・Tに対する怒りが渦巻いていた。

「ねぇ、有紀」

から視線を離さずに は小さく私を呼んだ。

「なに?」

「…一つ聞きたいことがあるんだけど」

の顔が少し険しくなる。まるで尋ねることをためらってるみたい。

小刻みに震える の手に私は静かに自分の両手を重ねた。 と目が合う。

「いいよ。なんでも聞いて」

できるだけ優しい声でそう言うと、 は小さく頷いてこう尋ねた。

























「BLACK TEARSって何なの?」

























正直、どう答えて良いか迷った。今の彼女に真実を伝えても良いのか。さらに不安を募らせてしまうんじゃないか。

「人の弱い部分に黒涙をはめ込んで操り、全人類を支配しようとしてる組織だってことは分かってる。だけど、それだけじゃないんでしょう?」

私はおもわず下を向いてしまった。確かにB・Tとはそれだけのために結成された組織じゃない。その真実を に伝えても良いの?

「お願い、教えて」

の言葉に私は下唇を噛む。今話したら は…

「あたしもW・Mの一員だよ?大丈夫。何を聞いても私は平気だから」

しっかりと私の目を見据えて力強く が言った。その目には強固な意志が宿っている。

そうだね。 も立派な私達の仲間だもんね。

私はふぅっとため息をついて軽く笑った。そして がもってきたティーカップにお茶を注いで彼女に渡す。

「わかった。教えるわ。少し長くなるけど、大丈夫?」

神妙に頷く を見届けたあと、私はお茶をひとくち飲んでから話し始めた。

古くからこの世界に伝わる物語を――

















































それは遠い昔。この世界は一つの国を中心としたとても豊かで平和な世界だったの。

中心となる国の王様は優しく慈愛に満ちた人で、家族をすごく愛していた。もちろん、そんな王様を誰もが尊敬し、愛していたわ。

この平和なときがいつまでも続いて行くとみんなそう思っていた。そんなある日。お妃様が病に倒れたの。

王様は誰よりもお妃様を愛していたから、毎晩必死になって祈り続けた。どうか妃をお助けくださいと。だけど、その祈りが届くことはなかった。

雪が降り積もる夜、お妃様は息を引き取ったの。

世界中が悲しみに包まれた。その中でも一番悲しんだのは、やっぱり王様だったのよ。

王様は毎日を泣いて過ごした。国の政にも全く参加しなくなり、次第に国は乱れていったの。

そんなとき。王様の前に一人の悪魔が現れた。

「どうやら相当悲しんでいらっしゃるようで。良ければ私があなたの力になりましょう」

悪魔は王様の命と引き換えに一つだけ願いを叶えることを約束した。王様はすぐにその条件を飲んだわ。


「どうか私の妃を生きかえらせて下さい」


それが王様の願い。そして王様は悪魔との契約を果たした。

数日後。王様は死んだ。その代わり、死んだはずのお妃様が生きかえったの。

当然お妃様は悲しんだわ。

「あぁ、何故悪魔と契約なんかしてしまわれたの。なぜ…!」

自分のためにしてくれたことだとは分かっていても、お妃様はとても喜べなかった。私だけ生き残っても二人一緒じゃなきゃ意味がない。そう思っていたから。

お妃様は王様の分までこの国を立派に立て直そうと心に決めた。しかし、その決意は悪魔の所為で脆くも崩れ去ってしまったの。

「妃よ。私の手先となれ」

もちろんお妃様は断固として拒否したわ。それでも言うことを聞かざるを得なかった。

なぜなら、悪魔との契約のもとで甦った魂は甦らせた悪魔の思うがままになってしまうから。

悪魔はお妃様の魂をのっとり、平和だった世界を混沌へと導いていった。

人には誰しも他人には見せない負の感情がある。悪魔はその感情を操る力をもっていたのよ。世界中の人々は次々と悪魔にのっとられていったわ。

太陽は光を失い、草木は枯れ、人々の心はすさんだ。大人達は生きぬくために奪いあい、子供や老人はなす術もなく死んでいったの。

これが悪魔の本当の目的。甦らせたお妃様を使ってこの世界を自分のものにしようとした。

もう少しで悪魔がこの世界をのっとろうとしたとき。ある一人の少女が現れたの。

異国の旅人と名乗った彼女は、荒れ果てたこの世界を見て悪魔と戦うことを決意した。

誰よりも美しく、誰よりも気高く、そして誰よりも優しかった彼女はまるで本物の天使のようだったそうよ。そして少女は数人の術者を連れて、悪魔が住み付く城へと乗り込んで行った。

悪魔との戦いはものすごいものだった。術者も全員倒されてしまい、残るは少女ただ一人となってしまったの。

「お前みたいな小娘ごときになにができる?さっさと私にのっとられてしまえ」

悪魔が少女の負をのっとろうとした瞬間、悪魔の身体を白い膜が包み込んだ。

「なんだこれは!!」

「これが私の力です」

少女は負の感情を滅する力を持っていたの。悪魔も必死になって今まで集めた負の力で対抗しようとしたけど、結局は力尽きて消滅してしまった。

悪魔を倒した少女は悪魔に操られていた人々を解放し、この世界に再び平和をもたらしたわ。

やがて彼女は敬意を込めてこう呼ばれるようになった。白い月のように美しいメシア――白月の姫と。
















「……・白月の、姫?」

有紀から一通りの話しを聞き終えて、私は思わずそう聞き返してしまった。白月の姫。つまりは のことでしょう?

頭が混乱していてまだ良く理解できていない。そんな昔からB・TとW・Mは戦いを続けていたの?

私は有紀を見た。すると彼女は人差し指を顎に当てて真剣な目で私をみつめる。

「だけど、この話しには後日談があるのよ」

「後日談?」

「そう。実は、少女が倒した悪魔。まだ完全に倒されたわけじゃなかったの」

そう言って、有紀は再び話し始めた。










少女に倒された悪魔はまだほんの少しだけ力が残っていた。こんな小娘ごときにやられてたまるか。なんとしてでもこの世界を手に入れてやる。

そう強く望んだ悪魔は近くに倒れていた術者の一人に忍びこんだの。それでも戦いで傷ついた己を癒すのには相当な時間がかかった。

悪魔の力により生きかえった術者は自分の中に悪魔が宿っていることも知らず、そのまま平穏に暮らしたの。妻をめとり、子供を育て、やがて老いて死んでいった。

しかし、それでも悪魔は生きていたわ。術者の子孫へ乗り移りながら、次第に力を回復させていった。

「そして今。その悪魔が再び甦ろうとしている」

後ろから突然聞こえた別の声に、私と有紀は揃って振りかえった。

「渋沢さん」

すらっとした長身に白衣を着こなした渋沢さんは、柔らかい笑みを浮かべて「やぁ」と片手を上げた。

医療担当で治癒の能力を持っている渋沢さん。私も何度か診てもらったことがある。

「渋沢。どうしたの?仕事中でしょ?」

「今ちょうど休憩時間だからちょっと さんの様子を見ておこうと思ってね。どうだ?様子は」

私が答えずとも、私と有紀の困ったような笑みを見て渋沢さんはそうかと肩を落とした。

「人によって回復する速度は様々だ。焦らず、ゆっくりいこう」

私の肩に手を置いて、渋沢さんが微笑む。きっと気を使ってくれているんだ。有紀にしても渋沢さんにしてもW・Mのみんなはホントに良い人たちばっかりだなぁ。

「あ!そういえば、どういう意味なんですか?悪魔が甦るって…」

「あぁ。悪魔はもう既に甦りつつあるんだよ。この世界で」

この世界?あの物語はただの昔話じゃないの?だとしたら、術者の子孫ってまさか…・

「BLACK TEARS…?」

有紀と渋沢さんが静かに頷く。私はとてつもない衝撃を受けた。平和だった世の中を混沌に落とし入れた悪魔なんかと戦ってるなんて。しかもそれがもうすぐ甦る?

「BLACK TEARSのリーダー、榊。彼が悪魔の子孫なのよ」

「そしてその悪魔に対抗できる唯一の女性が、白月の姫。 なんだ」

に課せられた大きすぎる運命。それはもう遥か昔から決まっていたこと。

私は静かに眠り続ける の姿を見ながら考えた。自分には何ができるか。そして、辿り着いた答え。

「私は何があってもこの子の傍にいる。 が背負った運命、私も一緒に背負っていくよ」

今の私にはそれくらいしかできないから。いつか が私を救ってくれたように、今度は私が を救いたい。

「そうね。それは にしかできないことだから」

有紀が微笑みながら言った。私もつられて微笑むと渋沢さんの大きな手が私の頭に乗っかった。

「大変だと思うけど、がんばろうな」

さわやかに笑う渋沢さんに私は大きく頷いて笑った。まるで太陽みたいにあったかい笑顔だった。





























































目を開けると、少し汚れた天井が見えた。何も考えることなく、俺はしばらく天井を眺める。薄暗い部屋には誰の姿もなかった。

「一馬!」

ドアの開く音と共に見慣れた顔の奴等が入ってくる。結人にユン、それに英士の3人だ。

「やっと起きたか。心配したんだぜ?」

結人が安堵の笑みを浮かべて言った。俺はまだこの状況が理解できなくて呆然としているだけ。何がどうなったんだ?

「もしかして、覚えてないとか?」

「それはないでしょ。ただ混乱してるだけじゃないの?」

ユンと英士がそれぞれに意見を交わす。その会話を聞いて結人が俺の顔の前で軽く手を振った。

「えっと…トーナメントは?結局どうなったんだ?」

やっと意識がはっきりしてきた。俺は置きあがりながら3人に聞いた。やっぱり少し痛みが走る。

「一馬があの変な膜に包まれたあと、三上がシールド壊して助けたんだよ。で、そのままトーナメントは中止。白月の姫もW・Mに返して戻ってきたわけ」

あぁ、そうか。俺と小島が戦ってるときになんか白い膜に包まれて、頭が割れそうに痛くなって気絶したんだ。にしても、なんで三上が。

「一応トーナメントのこと榊さんから任されてたからでしょ」

英士…また勝手に俺の思考読みやがって!俺たちの会話がわかってない結人とユンは二人とも呆然としている。まぁ、当然といっちゃ当然だけど。

そうだ。トーナメントといえば、あの声は誰のものだったんだ?とっても懐かしくて、それでいて悲しいような、不思議な声。

そういえば、前にもこんな頭痛あったよな。それと何か関係してるのか。

「なぁ…俺、昔何してたんだ?」

小さく尋ねた俺の言葉が3人の動きを止めた。なにか聞いてはいけないような雰囲気が流れたけど、どうしても知りたかったんだ。だって俺には――







































昔の記憶がないから



















































「何してたって…俺たちと一緒に暮らしてたじゃんか。なぁ、ユン」

「そうだよ。一馬も覚えてるでしょ?あの廃れた生活」

「そりゃ…覚えてるけど」

確かに全ての記憶がないわけじゃない。だけど、どうしても引っかかるんだ。どんなことをしてみてもホントに小さい頃の記憶しか思い出せない。絶対変だろ。

「俺、どうやってB・Tに入ったんだ?いつ、どうやって…」

「一馬。だから言ってるだろ。昔仕事のときに事故って、頭打ったから――」

「じゃあ!なんで全部の記憶が消えてねぇんだよ!おかしいだろ!?」

英士の言葉をさえぎって、俺はつい怒鳴ってしまった。なにやってんだろ。こんな雰囲気にするために聞いたわけじゃないのに。

「悪ぃ。ちょっと頭冷やしてくる」

痛む身体を懸命に動かして、俺はベッドから抜け出しそのまま部屋を出た。

俺の記憶が消えてから、一度だけサイコメトリーの能力を使って自分の過去を調べようとしたことがある。

だけどそのときは出て行こうとする俺を英士たちが必死になって止めてた。

あの頃はなんでばれたんだろうと疑問だったけど、今思えば読心術と霊視の前に隠し事なんてできるわけないよな。

それから榊さんに呼ばれ、自分の過去を詮索する事が禁止された。その頃は榊さんの命令に逆らってまで自分の過去が知りたいとは思わなかった。

だけど、今は知りたいんだ。知らなくちゃいけないような気がするから。

あの懐かしい声が誰のものなのか、俺がどうやってB・Tに入ったのか、B・Tで何をしてきたのか。




俺は一体、誰と会いたがってるのかを。