これほどまでに愛しい気持ち




これほどまでに悲しい想い




私が感じる全ての気持ちは




一体誰に向けられたものなんだろう






































































黒い涙白い月














































































西の果て。そこには昼間でも雲に覆われて日が射さぬ、小さな街があった。

もう何年も使われていないであろう建物がいたるところに広がっているその場所には、3人の少年が暮らしている。

かつては街で一番人気の店も、今はこの少年達によって占領されていた。否、街にはもう彼ら以外誰も残っていないのだ。

廃れた街を後目に、とれかけた看板が風に揺れるその店の前で水野竜也は立ち尽くしていた。目の前には先の見えぬ暗い階段が続いている。

水野はポケットにある紙を握り締め一度ため息をつくと、足早に階段を降りていった。

乾いた足音が石造りの階段に響いては消える。足元を照らすものが何もないので、一段一段をしっかりと踏みしめながら慎重に階段を降りていった。

ようやく目が慣れてきたところで、階段は終わっていた。目の前には錆びついた鉄の扉がある。北の廃墟にあった鉄の大扉を思い出させるようなものだった。

所々に傷がついたその扉を水野はゆっくり開ける。想像以上に重かった扉の先には、数本の松明に照らされている器械尽くめの部屋があった。

「よう、早かったなタツボン♪」

部屋の中心にある一番大きな机へ足を乗せて座るシゲが片手をあげて笑う。水野は盛大なため息をついて扉を閉め、中へと入った。

「今ファイルの整理してるところやさかい、もうちょっと待っててや」

机のまわりに散乱しているファイルや資料をものすごい早さで読み、分類していくシゲを見てまだ当分かかりそうだと思った水野は、近くにあった本棚を物色し始める。

「井上と吉田は?」

いくつかの本を手に取って眺めながらシゲに尋ねると、後ろから消え入りそうな声が聞こえた。

「僕ならここやで〜」

ビックリして水野が振り向くと、山積みになった機械類の中から吉田が手を振っている。そしてしばらくごそごそと動いたあとに、水泳選手よろしく勢い良く顔を出した。

「なんや水野やないか。久しぶりやな。トーナメントのケガ、大丈夫か?」

「あぁ、もう治った。それより何してたんだ?」

身体中にコードをからませてこちらを見ている吉田に近づきながら水野が聞く。よく見ると黒いオイルのようなもので顔が少し汚れていた。

「こいつをちょっと調整してたんや。最近だいぶガタがきてしもうてな〜困ってんねん;」

傍らにドンと構えたパソコンを叩いて吉田は笑う。

だいぶ使いこんでいる物のようだが、かなり高性能の代物だということは素人目に見てもすぐ分かった。

大事な商売道具だからなと水野は苦笑する。

「井上はまたいないのか?」

「今外回りしとるで。あいつは暑っ苦しいやり方でしか仕事できへんからなぁ…よし!終わった!」

シゲが最後のファイルをダンボールに放りこんで言った。さっき水野が見たときには軽く1時間はかかりそうな量の資料をこんな短時間で整理し尽くしてしまうとは。

大きく伸びをして身体をほぐすシゲを見ながら、水野は昔ながらの友人に少しの怖さを覚えた。

「お待た、タツボン。ほな場所変えましょか」

さっさと前を歩き出すシゲに続いて水野が重い鉄の扉をくぐる。今度は二つの足音が階段に響いた。

ほんのり光が見えたと思えば、もうそこは外だった。分厚い雲が廃れた街をさらに寂しく見せる。

シゲは水野とある程度距離を保ち、振りかえった。綺麗な金髪が冷たい風に揺れる。

「で、一体何なんだよ。これは」

水野がポケットからくたびれた紙きれを取りだし、シゲに見せた。シゲは何も言わずにただ不敵に笑うだけ。

トーナメントが意外な形で終わりを告げ、残された人達でW・M本部へ応援を呼んだりしている最中。シゲは水野のポケットにそっとこのメモを忍びこませた。

そこにはこう書かれてある。『トーナメント時のB・Tの秘密を教える』と。

「お前等情報屋は金で動く組織だろう。それが何で急にタダで俺に教えるんだ?」

「いややわぁ。人をそんな金の亡者みたいに言わんといてえな」

両手を頬に当てて白々しく言うシゲに、少し呆れた表情を見せる水野。こいつは昔からそうだ。肝心なことを軽く流してしまう。

こういうときは無理にかまっていてもキリがない。水野は早々に話題を戻した。

「それで。何を要求するんだ?」

「ほんまに見返りは求めてへんて。一友達としての忠告や。仕事は抜き」

そういうシゲの目は真っ直ぐ水野を見つめている。どうやら嘘ではなさそうだ。

仮に嘘だったとしても、タダで情報屋から情報を得られるのはありがたい。ましてやB・Tの情報となれば聞かない理由はないだろう。

「わかった。聞こう」

水野はメモをポケットにしまいながら真剣な目でシゲを見据える。相変わらずの笑みを浮かべてシゲもふっと方の力を抜いた。

「トーナメント4回戦、李潤慶vs笠井竹巳。そん時須釜、功刀、若菜の3人がおったやろ?」

黙って頷く水野を見て、シゲはさらに口元を吊り上げる。

「おかしいと思わへん?」

「なにがだよ。エレベーターかなんかを使って先回りしたん――」





「あいつらのどこに傷があったん?」





「!!」

言われてみればそうだ。そこまではっきりと断言できるわけではないが、確かに3人とも目立った傷はなかった。直前まで戦っていた若菜ですら冗談をとばすほどの余裕があったのだ。

「須釜と功刀ならまだわからんこともないけど、今の今まで戦ってた奴がいきなり回復するか?」

「だけど、須釜の能力は治癒だろ?」

「須釜が若菜を直してたんなら、なおさらおかしな話しや。治癒には時間がかかる。常識的に考えて先回りはまず無理やな」

そこまで話しを聞くと、水野は深く考え込んだ。B・Tの言動は明らかに矛盾している。

第1W・Mと戦いたいだけなのなら、わざわざ を誘拐せずとも総力をあげて乗りこんでくれば良いことだ。

それにシゲが言っていた異常なまでの回復力。裏があるのは火を見るよりあきらかだった。

「俺もおかしいなー思て、ちょっと調べてみたんや。これ使ってな♪」

シゲがポケットから取り出したのは、黒いブレスレット。水野もどこかで見覚えのあるものだったが、どこで見たのかまでは思い出せない。

「なんだよ、それ」

「B・Tがトーナメントん時つけてたブレスレットや。ちょーっと裏から仕入れさしてもらってん」

そういえばシゲの担当は裏ルートだったなと思い返す。

「調べてみたら案の定、こいつには制御装置がついとった」

「制御装置!?ということは――」

不敵な笑みでシゲが笑う。そしてゆっくりと頷いた。

「せや。B・Tはあのトーナメント誰一人として本気を出した奴はおらん。全部力をセーブして戦ってたんや」

水野は頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。自分があれだけ苦労して勝ち得た勝利も、郭が本気じゃなかったからなのか?

力を押さえた状態であれだけの動きができるのなら、ブレスレットをとった本来の力は一体…

考えただけでも震えがおきた。それなら回復力も説明がつく。元の力を発揮できたのなら、治癒の能力を借りずとも瞬時に健康体へ戻ることができるだろう。

「いずれB・TとW・Mは嫌でも戦わなあかん時が来る。そん時のためにも今のうちからしっかり攻撃強化せないかんのとちゃうか?」

「・……」

「今のままやと、W・Mの負けは確実やで」

B・TとW・Mの戦いはもはや避けることのできない運命。そのことは水野も充分理解していた。

だからこそ、シゲに聞いたこの情報をしっかりと生かさなければならない。W・Mの勝利をつかむために。

「…本当に何も見返りはいらないんだな?」

「あぁ、別にいらんよ。好きに使ってくれてかまわへん」

それだけ言うと、シゲはすぐ水野に背を向ける。そして少し進んだ後にまた軽く振りかえってこう言った。

「健闘を祈っとるで、タツボン」

水野は答えるように強く頷く。それを見届けるとシゲはにっこり笑ってまた店の方へ歩き出した。

今のB・Tは自分の考えている以上に強力な力をつけている。根拠がなくとも水野はそれを肌で感じ取っていた。

シゲの姿が完全に消えてから「ありがとう」と小さくお礼を言う。そして自らもまた帰るべき場所へ向け、歩き出した。

胸の奥に強い決意を秘めながら。











































ここはどこだろう。見たこともない天井。だけどとても懐かしい感じがする。心の底から安心感が広がっていくのがわかった。

私は何をしていたんだっけ?何をしようと思ったの?全く思い出せない。

とりあえずベッドから上半身を起こす。痛みなどは特に感じないけどなんとなくだるい感じはした。

左側から暖かい日差しを浴びて思わず目を細める。ふと外を見れば何ともいえない光景が広がっていた。

そこら中ゴミや落書きで彩られ、お世辞にも清潔とはいえない街。路上には転々と横たわっている人々がいた。死んでいるのか、ただ眠っているだけなのか。

どこからか罵声が聞こえたと思えば、パンを持った少年が複数の大人に追われている。少年は必死な表情で
ただひたすら走っていた。

建物の造りから見て日本じゃないことは確か。私自身、こんな光景も街も見たことがない。

だけど不思議と、何も感じなかった。まるでこれが日常の風景であるかのように、心は平穏そのもの。

私どうしちゃったの?いつからそんなに冷たい人間になった?少なくとも前まではこんなことなかったのに。

窓を見るとかすかに私が映っていた。確かに「私」だ。ほんの少し髪が長い気がするけど、他は正真正銘 本人だった。

だけどどことなく違和感がある。なんていうか…どこか古臭い感じ。着てるものも、この部屋も。なんとなくだけど、そう思った。

そんな違和感はノックの音で途切れる。まだ頭が混乱していて良くわからないけど、とりあえずどうぞといってみた。

しばらく沈黙が続いたあと、重々しく木製のドアが開き始める。私は思わず息を飲んだ。

ゆっくりゆっくり開いたドアの向こうには暗闇しか広がっていなかった。人の姿はどこにもない。

あれ?確かにノックの音が聞こえたんだけど…。

次の瞬間。暗闇が突然部屋全体を包みこんだ。あたりは一瞬にして真っ暗になる。

「え!?なにこれ!?」

私がパニックになっている間に、気が付けば部屋には何も残っていなかった。ベッドも窓もそのほか色々な家具も、深い闇以外に見えるものはない。

冷たくも熱くもない、何をするわけでもなく私はただそこに立っていた。

怖くなった。世界にたった一人だけ取り残されてしまったかのような孤独感が渦巻く。私は大声でみんなの名前を呼んだ。

ー!有紀ー!昭栄ー!光宏ー!みんなぁ!」

思いっきり大きな声で叫んでいるはずなのに、ひとつも響かない。まるで闇が音を吸いとっているかのように沈黙していた。

誰かに会いたい。だけどそれが誰だかわからない。思い出せない。けど心のどこかではわかっているのかもしれない。

矛盾しているのは自分でもわかってるけど、どうしようもないこの気持ちに名前のつけようがなかった。

なんかだんだん何も考えられなくなってきた。いっそこのまま闇に溶けてしまえばそれでも良いんじゃないかな。

そんな時。目の前に一筋の光が見えた。あんまり明るい光だったから思わず目を細める。すると、誰かがこっちへ歩いてくるのがわかった。

ゆっくり向かってくるその人影は私と少し距離を保ちながら立ち止まる。逆光だから顔は見えないけどなんとなく懐かしい。

「……誰?」

声が少し震えた。人影は何も反応しない。

「誰なの?」

ちょっとだけ声を荒げる。人影がかすかに動いた気がした。

「死ぬな」

低く心地よい声が聞こえる。どうやら人影は男の人らしい。どこかで聞いたことのある声だった気もするけど、思い出せなかった。

「頼む、死なないでくれっ…!」

人影が急にうずくまった。もしかして泣いてる?その言葉を聞いて、何かを思い出しそうになった。前にもどこかであったような、体感したような感じがする。

一体何なの!?

っ…!」

人影が私の名を叫ぶと、今度は光が辺りを包み込んだ。視界が真っ白になる。

その後に見えたものは、見慣れたW・Mの天井。だけどそれを認識するまでにすごく時間がかかった。

あれは夢だったの?でも、あんな町並みとか見たことないのに。なぜこんなにも懐かしいの?

それにあの人影。私の名前を知ってた。あの人は一体誰なんだろう。




私は一体何者なんだろう――