叶えたい夢があった
それは途方もなく大きくて
時々押しつぶされそうになってしまうけど
それでも、心の中で輝き続ける
そんな夢を持っていた
+黒い涙と白い月+
暗く広い部屋の中心では、大きなガラスの箱が妖しく光る。
その前で二人の少年はただ静かに立ち尽くしていた。
しかし、その間には尋常ではない緊張感が漂っている。
「本部の中でもこの場所が立ち入り禁止だってことは、お前も当然知ってるはずだよな?功刀?」
ただそこに立っているだけなのに、三上からただならぬ威圧感を感じる。
カズの頬を汗が伝った。
「お前がちょくちょく本部内を詮索してることは前から知ってたぜ」
気付いてたか?と三上はカズの横を通り過ぎ、先ほどから赤黒く光るガラスの箱を見上げる。
「B・Tの本部には限られた人間しか入ることを許されていない場所がいくつかある。お前はそういう場所を選んで調査してたよな」
背中越しに問いかける三上にカズは答えない。それは、彼の言っていることが全て本当のことだったからだ。弓を持つ手に力が入った。
まぁいい、と三上は小さく呟く。
「それより、コレ。見てみろよ」
三上が巨大な黒涙に目を戻すと、カズもゆっくりと後ろを向いた。
ついさっき見たばかりだが、それでもまだ背筋にゾクっとした感触が蘇る。
赤い液の中で堂々と浮かぶ黒涙はまるで大きな化け物のように不気味だった。
「普通の黒涙はB・Tたちが自分の力を結晶化したものを言うが、こいつは違う。いろんな奴らの『不』が入ってるからな」
「いろんな奴らの『不』?」
やっと言葉を発したカズに三上は冷たい笑みを見せる。
「B・Tたちはもちろん、向こうの世界に住む奴ら。さらには、W・Mの闇も入っている」
「W・Mたちの闇・・・?」
「そう。この間のトーナメントで頂戴した。あいつらも善良ぶってる割には、ずいぶん深い闇を持ってやがる」
ガラスの箱に手を当てながらおかしそうに笑う三上。その笑い声はなんとも悲しい感じがした。
「どがんしてW・Mから黒涙ば取ったとね?試合中にはそげん暇なかったはずたい」
「お前らの着けてたあのブレスレットだよ。あれにはフィールド内にいる人間の『不』をとる効果をつけてあった。もちろん、俺以外のB・Tには知られていないがな」
ポケットから黒いブレスレットを取り出して、ヒラヒラと振ってみせる。
まさかブレスレットにそんな効果がついていたとは全く知らなかったカズは驚きの表情を見せた。
ブレスレットをポケットにしまうと、三上は振り返って再びカズと対の位置につく。
口元には冷たい笑みが浮かんでいた。
「さてと。そろそろはっきりさせとかなきゃなんねぇな。お前がB・Tに入った本当の理由を」
カズの目が一瞬見開かれる。それでも目は逸らさなかった。
「功刀、なぜお前はB・Tに入った?」
「そがんこつ、W・Mの奴らば倒してこん世界をどうにかするために決まっとろうが」
「本当にそうか?俺はお前が他のB・Tとは違うような気がしてならねぇんだがな」
「・・・・・・どういう意味や」
武器を持つ手にもっと力が加わる。赤い血が地面に落ちた。
「つまり、俺が言いたいのは――――」
お前は本当にB・Tに入りたかったのか、ってことだ
カズの顔が強張った。思わず奥歯をかみ締める。それに対して三上は余裕の表情でカズの前に立っていた。
「あ、当たり前や。俺は自分の意思で入団を決めたと。誰の指図も受けとらんたい」
「確かに誰にも指図は受けてねぇだろうな。だが、俺にはお前が心のそこからB・Tや榊さんに忠誠を誓ってるようには見えねぇ。お前がB・Tに入ったのは何か別の目的があるからじゃないのか?」
「なんを根拠にそがんこつ言っとーとや?」
待ってましたとばかりに、三上が腕を組みかえる。そして語り始めた。カズがB・Tに入団した日のことを――
「お前が功刀一か」
榊は大きなデスクに肘をつきながらカズを見た。カズは緊張した面持ちではい、と答える。
「自らB・Tに志願したそうだな。その理由は?」
榊の目は深く黒い闇に満ちていた。その目に少なからず恐怖を覚える。少しだけ俯いたあと、黒い闇に目を向けた。
「私的な理由でW・Mんこつは良く思っとらんです。あと・・・・・・こん世界をどうにかしたか。」
「この世界を?」
「・・・・はい」
部屋の中にしばしの沈黙が流れる。榊はしばらくカズを見据えたあと、ふっと笑みをこぼした。
「この世界をどうにかしたくてB・Tに入るとはな。なかなか面白い奴だ。よかろう、君の入団を許可する。三上。」
「はい」
B・Tのリーダーだったため、その場にいた三上に榊は小さな箱を持ってこさせた。
黒い半透明な箱には雫の形をした黒いバッチが入っていた。榊はそれをカズに差し出す。
「これがB・Tの証だ。常に身に着けておけ。それと・・・これからコレから君に黒涙を埋め込むが、異論はないな?」
「・・・・・・はい」
B・Tのメンバーは皆、入団する際に榊の手により黒涙を埋め込まれる。カズはそのことを情報屋から聞いて知っていた。
黒涙をはめ込まれること。それはつまり、もう二度とB・Tからは抜け出せないという現実を指していた。
「そうか。それでは」
榊の手にぼぉっとした黒い水が浮かび上がる。それをそのままカズの左胸に近づけていった。
カズは静かに目を閉じる。
そして静かに言い放った。
「昭栄、悪か・・・」
その声は小さく響いて消えていった。
「黒涙をはめ込むことに全神経を集中させてた榊さんには聞こえてないと思うが、隣にいた俺には聞こえたぜ。お前が高山に謝る言葉を」
驚異的記憶力の能力を持つ三上が、このことを忘れるはずがなかった。
それでなくても察しがいいため、今までの行動を見られていたのならカズが完全に忠誠を誓っていないことくらい、簡単に分かってしまう。
「俺の考えはこうだ。お前はB・Tを倒すためにわざとB・Tへ入り中から俺たちの秘密を探った。そしていつかくるW・Mとの決戦の時にB・Tを裏切り、W・Mへと寝返る。違うか?」
一滴、また一滴と手のひらから血が滴り落ちる。その手はわずかながらに震えていた。
無言のカズに三上は図星だな、と小さく笑う。
「だが、これは全て俺の推測に過ぎねぇ。だから・・・」
三上がムチを取り出し、片方をカズの目の前に突き出した。
「今から俺はお前の言うことを100%信じてやる。それが嘘だろうが本当だろうが、お前の言ったことなら信じてやるよ。だが、お前の返答しだいでは――」
容赦はしない
三上の顔から笑顔が消える。彼の冷たく、鋭い目はしっかりとカズを捉えていた。
頬を冷や汗が伝っている。カズは思考をめぐらせた。
確かに三上の言っていることは全て本当だ。推理も当たっている。しかし、ここで自分の計画を狂わせてしまっても良いのだろうか。
元から律儀な性格のため、たとえB・Tといえども嘘をつきながら生活するというのはとても心苦しいことだった。
しかし、それも世界を救うため。自分にムチ打って暮らしてきたカズだったが、先日のトーナメントで昭栄と戦ってからカズの心には迷いが生じていた。
自分と世界。どちらを優先させるべきなのか。
-俺はカズさんを信じるとです-
トーナメントのときに昭栄が言った言葉を思い出す。
そうや。俺には信じるべき仲間がおった。俺がどこにいようと信じてくれる仲間が。
やけん、俺はお前が尊敬できるような人間にならないけんな。昭栄。
カズは伏せていた顔を少し上げて三上を見る。その目からは強い生気が感じられた。
「俺は、自分を貫き通すばい。もう嘘はつかんと」
「そうか、残念だな」
お互いに武器を構える。辺りが緊張に包まれた。
「ひとつだけ教えてくれんね」
張り詰めた空気の中でカズが口を開いた。何だ?と三上が答える。
「この巨大な黒涙は何に使うと?」
三上に冷たい笑みが戻った。そしてムチを構えたまま黒涙に視線を移す。
「そうだな、冥土の土産に教えてやるよ。この黒涙は、あの悪夢を蘇らせるためのもんだ」
「あの悪夢・・・?まさかっ!!」
「そう、Dispar of nightmareの再来だ」
その言葉と同時に鋭いムチがカズに襲いかかってきた。
ドン!という衝撃と共に、カズは部屋の端へと飛ばされた。体中に痛みが走る。
(さすがは、B・T内1の実力者。一筋縄ではいかんな。やけん・・・)
「ただで殺られるほど、俺も甘くなかぜ」
その言葉に、三上は自分の足元を見た。黒く光る弓矢が深く突き刺さっている。
「はっ!面白い」
弓矢を抜き、ムチを再び構えながら三上が笑った。
カズもゆっくりと立ち上がる。すでに身体には深い傷がいくつもできていた。
また三上のムチが向かってくる。弓で交わしながらなんとか数本の矢を放つが、どれも三上には届かない。そして、片方のムチがカズの首を捉えた。
「ぐっ・・・!」
強く締め付けられる苦しさに、カズは思わず弓を落とす。それでも相変わらず目は三上を睨んだままだった。
「悪ぃな。あんまし長引かせたくねぇからちょっと本気を出させてもらったぜ」
少しだけ息を切らせた三上が笑いながら言う。
「こんな世界いらねぇ。だから俺が壊してやる。それまでお前は先に天国とかいうとこに行ってろよ。後から全員向かわせてやるから」
そう笑った三上の目にはほんの少しだけ悲しさが滲んでいた。
「 」
小さく言った言葉がカズの目を見開かせる。次の瞬間、カズの身体が宙を舞った。
なぁ、昭栄。俺は少しでもお前の尊敬できる奴になれたとや?
俺は世界やなく、自分を貫き通したと。それでもお前は俺を目標としてくれるか?
あぁ、こん願いはもう叶わなかやろうけど。
できればもう一度だけ、お前と一緒に蹴球ばやりたかったと・・・
ありがとう、昭栄――
静かに横たわるカズの目にはもう生気が宿っていなかった。
「あっ!!!」
ガシャーンという音と共に、の持っていたカップが割れる。
「!大丈夫とね!?」
「んもう、おっちょこちょいなんだから。怪我はない?」
昭栄とに見下ろされながら、大丈夫だよ、と笑う。
「それにしてもどうしたの?何にもないところで転ぶなんて」
「見えない石ころでもあったのか?」
後ろから日生と有紀の声が聞こえて、は振り返る。そして、恥ずかしそうに立ち上がった。
「なんか、急に力が抜けて・・・」
「あぁ、それなら俺もさっきから嫌な予感がしてたんだ」
「俺もばい、みっくん」
「・・・・・何かあったみたいね」
昭栄と日生に続いて、有紀が深刻そうな顔で言うとそれにも頷く。
それを合図に5人はトンネルの場所へと走っていった。
それぞれの胸に湧き上がる「嫌な予感」が当たらぬよう、願いながら。


