花が枯れていたら水をやる
人が困っていたら手を差し伸べる
そういう当たり前のことをしたい
それを教えてくれたのは
俺の尊敬すべき人――
+黒い涙と白い月+
朝。相変わらずこの並木道には学校へ向かう生徒たちであふれている。
そして私たち3人も、当たり前のようにその中にまぎれていた。
ついさっきまで、異世界へ入り込んで死闘を見てきたとは思えないほど、私たちは自然体だった。
「はぁ〜やっぱシャバの空気は良いわねぇ〜」
「、出所した犯罪者じゃないんだから;」
「そうだよ!それじゃあまるで殺人や強盗を繰り返し、こつこつとためた犯罪歴をようやく清算してこれからの人生まじめに生きられるか秋の風に訊ねる50過ぎのおっさんだよ!」
「え・・・誰もそこまで言ってないけど・・・」
この漫才みたいな会話も全ていつも通り。こんなに簡単に戻っちゃってもいいのかな・・・。
「あ〜あ。今日からテスト勉強かぁ・・・頼りにしてるよ、My friends♪」
「私も入ってるの?」
「もちろんよ、有紀!の次に頭良いんだから!学年の2トップを友に持っている私って、なんて恵まれてるのかしらv」
「そのうち慣れるよ、有紀」
有紀の肩をポンと叩く。に勉強を教えるのは鳥に100mを10秒台で走れって言ってるようなものだから、これからテストまでの1週間。かなりの努力を要する。
別にたいした問題も出ないから楽勝だけどね。
そうこうしているうちに、学校が見えてきた。相変わらず下駄箱が膨らんでいたし視線も痛いけど、あんまり気にはならない。慣れっていうのは恐ろしい。
「それじゃ、またお昼にね」
「うん、またね〜」
クラスが違う有紀とはここでお別れ。私はと共に久しぶりの教室へと足を踏み入れた。
「おはよ〜、!」
「おはよ!」
「おはよう」
クラスメイトから朝の挨拶を承る。あ〜やっぱり時間の軸がずれてるんだ。みんないつもと全く同じ。
「ねぇ、聞いた?二人とも」
クラスでの次に噂好きな子が駆け寄ってきた。新しい情報かな?
「なにを?」
「実は、今日転校生がくるんだってvvしかも男の子二人!!」
「え!?また!?」
椎名翼に続いて、また転校生か。今度は普通の人だったらいいけど。
「、またって?」
「だって今月二人目じゃん、転校生来るの」
「何言ってんの〜まだ誰も転校生なんて来てないよ」
「え、椎名翼は!?」
「しいな・・・?誰それ」
私とで顔を見合わせる。まさか、覚えてない?
「ゴメン、ちょっと出てきます」
「あ、うん。先生には言っとくね〜」
「ありがと〜」
話の分かるクラスメイトたちでよかった。私たちはダッシュで屋上へと向かう。
さび付いたドアを乱暴に閉めると、屋上のちょうど真ん中あたりで座りこんだ。
「ど、ど、ど、どういうこと!?みんなあんなに騒いでたじゃん!!」
「おちついて」
確かに私の席の隣にあった椎名の席には別の子が座っていた。それに、椎名の名を出したときのクラスメイトたちの顔。あれは嘘をついている顔ではなかった。
「異世界に関わった人たちは記憶から消えてっちゃうとか?」
「でも、そしたら有紀の記憶も消えてるはずでしょ?」
「あ、そっか。じゃあなんで・・・」
「本人が記憶を消したからだよ」
「あ〜なるほど!それで椎名だけの記憶がなくなってるんだ・・・って、えぇ!?」
突如現れた椎名に気付くことなく会話を続けていたは後ろに退いて驚きの声をあげた。
私に至っては声もでないほど驚いている。何の気配もなくどうやって割り込んできたんだ!?
「注意力が足りないんじゃないの?僕がわざわざ出向いてやったのに、気付かないなんて失礼もいいとこだね」
久々に聞いたマシンガントークは健在で、しっかり私とにダメージを与えてくれた。
「な、なんの用?まさか私たちと殺り合おうっていうの?」
「まさか。誰がそんな意味のないことすると思う?」
あれ?案外控えめ。もしかして私たち、結構危険人物に指定されてたり。
「ここで僕とお前らが殺り合ったところで、僕が圧勝することは目に見えてるだろ。つまんない試合はする価値がないからね」
あぁ、そういうことですか。にっこりと天使のような笑顔でひどいことを言うこいつに、私は本気で殺意を覚えた。
「今日わざわざ出向いてやったのは、コレをお前たちに渡すためだよ」
そう言って椎名が差し出したのは黒い封筒だった。しばらく眺めたあとがなんの気なしにあけようとしたら、足元にロングソードの攻撃が飛んできた。
の顔から血の気が引いた瞬間だった。
「それをW・Mのヘッドに渡せ。用件はそれだけだ」
「こんなことくらい、自分でやればいいのに」
「こっちに少し用があったんでね、ついでだよ」
がボソッといった言葉に椎名は冷たい笑みを浮かべて言った。
「それじゃ、確かに渡したからな。しっかり届けろよ」
ふわっと浮かび上がって、椎名は空へと消えていく。後に残された私たちはふっと肩の力を抜いた。
「こ、怖いよ・・・」
「恐るべき、椎名翼のプレッシャー」
私たちとしゃべってるときずっと椎名が放っていた殺意にも似たプレッシャー。それを感じ取れないほど私たちもバカではない。
あ〜もう朝から疲れた;
「、教室戻ろう」
「うん、そうだね・・・」
はぁ〜と深いため息をつきながら屋上を後にした。
教室のある階に下りると、ちょうど休み時間のようでずいぶん賑やかだった。
そして、私たちの教室は他に比べてやたら騒がしい。どうやら、転校生が着いたらしい。
「ねぇ、。もし間違いだったらすごくありがたいんだけど、この声どっかで聞いたことない?」
「私もそれ思ったのよ。この能天気そうな声はすごく最近聞いていたような・・・」
教室から響いてくる馬鹿でかい声を聞いて私たちははぁ〜と本日二回目のため息をつく。
恐る恐る教室のドアを開けてみると、そこには思ったとおりの人物たちがいた。
「あ、!!どこ行っとったと?」
「おう、久しぶりだな」
クラスの女子が群がるその中心で、昭栄と光宏は私たちに手を振る。
知り合いなのぉ?と回りからは椎名の時と同様に痛い視線が突き刺さっていた。
予感が当たってしまった・・・。一番当たって欲しくなかった予感が!!
「な、なんでいるわけ?」
が震える声で二人に問う。それでも二人は何の悪びれもなくこちらを見ていた。
「なんでって、護衛に決まってるだろ?」
「そうたい!二人とも!この間みたいにいつB・Tが襲って来よるか分からんけん、これからは俺たちがいっつも守るばい!」
「あ〜わかった!わかったから、とりあえず場所を変えよう!」
周りの人たちにとっては意味不明な単語ばっかり並べられちゃ、変人だと思われるし。とにかく、ここは有紀を誘って5人で話し合うべきだよね!
というわけで、有紀を強引に連れ出した私たちは、平日の昼間だということも忘れて学校の近くにあるコーヒーショップへと場所を移した。
「せっかくの学校だったのにな」
「もっといたかったと!」
「ムリ言わないでよ。教室であんな会話されてちゃ、私らの人格が問われるわ!」
がコーヒーにミルクをドバドバ入れながらため息をつく。はこう見えてもかなりの甘党。
「それで、あんたたちはヘッドに頼まれてこっちの世界に来たってわけでしょ?」
「おう。あの学校ってとこだったら小島もいるしなにより二人を守りやすいからな。移動してきたってわけ」
有紀の質問に、光宏が的確に答える。まったく、そうなら事前に言ってくれればいいのに。まぁ、私たちのことを思ってしてくれてることだから、あんまり強くもいえないんだけど。
「というわけだから、しばらくの間よろしくな!3人とも!」
「よろしくたい☆」
あぁ、私の平凡な日々はいったいどこへ消えたんだろう・・・。
それでも、有紀、、昭栄、光宏たちの笑顔を見て思う。
私はなんて幸せ者なんだろうって――
「あ、。もう飲み物ないじゃない。とってこようか?」
「ホントだ。いいよ、自分で行くから」
そういって立ち上がった瞬間。私の身体からふっと力が抜けた。
ガシャーンという大きな音とともに、持っていたカップが無残にも砕け散る。
「!?大丈夫?」
「怪我はない?」
有紀とがあわてて駆け寄る。しばしボォーっとしていたが、二人の声ではっと我に返った。
「どがんしたとね?。なんもなかところで転ぶげな」
「見えない石ころでもあったのか?」
「ち、違うよ!なんか、急に力が抜けて・・・」
本当にどうしたんだろう。今までにこんなこと一度だってなかったのに。
と昭栄に支えられて立ち上がると、今度はとてつもなく「嫌な予感」が胸にあふれてきた。
「みんな、なんか変だよ・・・」
「変ってなにが?」
「嫌な予感がするの。なんか、とてつもなく嫌なことが起こりそうで・・・」
私は俯きながら小声でいった。他の4人は顔を見合わせている。
「私も、さっきから変な感じはしてたのよね」
が深刻そうな顔でつぶやく。それに加えて俺も、と光宏が言った。
「・・・・・・・何かあったみたいね」
有紀がそういうと同時に私たちは走り出した。行き先は一つ。異空間へとつながるあのトンネル。
私は願った。それぞれの胸に浮かんだ「嫌な予感」が当たらぬようにと。
程なくして、5人は再び異世界へと足を踏み入れた。相変わらず荒んだ風景が広がっている。
目の前に聳え立つW・Mのビルを前に立ち尽くしていると、昭栄がよろよろと歩き出した。
「おい、昭栄!どこ行くんだ!?」
「・・・・・こっちばい」
「え・・・・」
青ざめた顔の昭栄は、ある方向を見つめていた。そして、そこへとただひたすらに走り続ける。
「どうしたのよ、昭栄は」
「わかんねぇ。だけど、あいつのあんなに青ざめた顔見たことねぇよ」
全力疾走する昭栄の後を必死におう4人は、昭栄が立ち止まるところで同時に立ち止まった。
「こ、ここは・・・」
が思わず声をあげる。瓦礫の山。元の建物は分からないが、ずいぶんと大きな建物だったようだ。
突然、一筋の風が吹いて瓦礫の砂を巻き上げる。ぼやけた視界の向こうには、うっすらと何かが横たわっているのが見えた。
「昭栄・・・」
瓦礫を踏み分けるようにして横たわる何かに近づいていく昭栄。
だんだんと風もやみ、視界が開けてくる。そして――
「カズさん!!!!」
昭栄の叫び声に、4人は目を疑った。しかし、確かにそこに倒れているのは先日のトーナメントで昭栄と戦ったB・T、功刀一だ。
「カズさん!カズさん!!!」
カズを激しくゆすりながら何度も名を呼ぶ。しかし、カズはピクリとも動かない。
「どいて!!」
昭栄を押しのけて、有紀がカズの傍に駆け寄った。口元に耳を当てると、かすかに息をする音が聞こえる。
「まだ息があるわ」
有紀の言葉に、昭栄はカズを軽々と持ち上げた。
「おい、どこへ連れてく気だよ!」
「決まっとうや、みっくん。W・Mの本部たい」
「なに言ってんだ!B・Tだぞ!?何で助けようとすんだよ!」
光宏の目には暗い光が放たれていた。それは、B・Tに対する恨みを示すものだろう。
光宏と対峙する昭栄は反対に悲しそうな目をしていた。
「みっくん。これはカズさんたい」
やわらかい声で昭栄は続ける。
「B・Tやろうがなんやろうが、そげんこつ関係なか。この人は俺の尊敬する先輩やけん」
「その人が誰やろうが、倒れとおとこを見過ごせんとよ」
しばしの沈黙が流れる。光宏はちっと舌打ちをして髪をかきむしった。
「行くぞ、昭栄」
「合点ばい!みっくん」
光宏と昭栄に続いて、、有紀の3人も後に続く。
月はまだ隠れてたままだった。


