ありがとう、俺を想ってくれて








ありがとう、俺を支えてくれて








ありがとう、俺を認めてくれて








だけど、ゴメンな








俺はこうするしかなかったんだ








































































黒い涙白い月









































































昔は栄えていたこの街も、今では瓦礫の山と化している。そんな中を一人の少年――真田一馬がとある場所へと進んでいた。

Dispar of nightmare以来そのままにされているこの世界はどこへいってもこんな状態で、まるでその出来事を風化させないようにする戒めのようだ。

いくつもの瓦礫が足場をいっそう悪くする。しかし一馬は、そんなことも気にせず黙々と歩いていた。

やがて一馬は、瓦礫の中で足を止める。そしてゆっくり、下を見た。

そこにあったのはもう枯れてしまった花。触れればすぐに崩れてしまいそうなほど、それはひどくくたびれていた。

「なんでこんなとこに花が・・・」

かがんで花を見ながら呟く。ふと横を見るとここにも瓦礫の山が出来上がっていた。

どうやらそこは店のようで、看板らしきものの破片が残っている。

一馬は瓦礫の山に向き直り、右手を握り締めた。

確証はない。だけど、この看板をサイコメトリーすればきっと何かが分かるはずだ。開いた右手をゆっくり近づけていく。

(もう少し・・・あと少しで・・・)

手の震えを必死に押さえながらどんどん看板へと近づいていく。徐々に腕から電気が走った。

そして一馬が看板に触れようとした瞬間、数人の足音と共に聞きなれた声が聞こえてくる。

「一馬!!!」

看板まであと数ミリというところで、一馬の動きが止まる。後ろへ振り返るとそこには英士、結人、潤慶の3人が息を切らせて立っていた。

「お、お前ら・・・なんでここに・・・」

「それはこっちの台詞でしょ、一馬」

「そうだぜ!ったく、心配して後追ってきたらやっぱり自分の過去調べようとしてやがった!」

「ここまで来るの、けっこう大変だったんだよ?」

服のいたるところに汚れがついている。潤慶の言うとおり、相当な苦労が見受けられた。

一馬はすくっと立ち上がり、3人に向きなおる。右手の発動はすでに止まっていた。

「なんで自分の過去を知っちゃいけないんだよ。自分のこと知って何が悪いんだ!?」

「だから記憶をなくしたのは事故だったって言ってるだろ!そんなこと知るためにわざわざ自分の能力使うなんて、馬鹿げてるから止めてんだよ!」

「別に自分の能力をどう使おうが、俺の勝手だろうが!もうほっといてくれよ!」

そこまで言い終えると、一馬は下を向いて、静かに呟いた。











































































「どうせ、俺のことなんてどうでもいいくせに」






































































パンっと乾いた音が瓦礫の街に響きわたる。

気が付けば英士が一馬の前に立っていて、その手は赤くなっていた。

4人の時が静かに止まる。

「ヨ、ヨンサ・・・」

潤慶がそう呟くと、ようやく今の状況が理解できた。

英士が一馬を殴ったのだ。

「英士、お前・・・」

どうしたんだ、と結人が驚きの声をあげる。

いつもは冷静な英士がこんなことをするなんて信じられなかった。

呆然と頬を押さえながら英士を見る一馬。その目を鋭く睨みつけながら、英士は言った。









「一馬のことをどうでもいいと思ったことは、一度もない」









芯の通った声だった。頬よりも胸が痛くなる。

「そうだよ、一馬」

ポンと叩かれた右肩には結人の手が乗っていた。

「一馬がどうでもいいなんてこと、あるわけないだろ?」

「僕たちは親友だからね♪」

にっこりと笑顔を見せながら潤慶も一馬の首に手をかける。

そういうこと、と英士も静かに微笑んだ。

「ゴメン・・・」

申し訳なさそうな声で一馬が言うと、また4人に笑顔が戻る。

一馬は、ここまで自分のことを考えてくれている親友の存在に心から感謝した。

そして4人は瓦礫の街を後にする。B・Tの本拠地まではずいぶん遠かった。

瓦礫を踏み分けるようにして歩き続ける4人は、しばらくして足を止める。

暗い闇の中に、ある人物の姿があったからだ。

「ご苦労だったな、3人とも」

ポケットに手をいれながらゆっくりと近づいてくるのはB・Tのヘッド、榊。その人だった。

「さ、榊さん・・・」

結人がその名を呟く。榊の発する妙な空気に4人は思わず退いた。

榊は相変わらず不適な笑みを浮かべながら新しいタバコに火をつける。

白い煙が夜の闇に溶けた。

「真田。そんなに自分の過去が知りたいか?」

榊の質問に一馬は答えることができなかった。まるで答えを急かすかのように、榊はじっと一馬を見据える。

「どうなんだ」

少し強めの口調に押され、一馬は小さくうなずいた。

そうか、と榊はタバコの火を消す。そして、もう一度一馬を見た。

「なら、思い出させてやろう」

衝撃的なその言葉に4人は驚きの表情を見せる。

今まで散々一馬の過去を隠してきた榊が急に考えを変えるとは考えにくい。何か裏があるに違いなかった。

「待ってください榊さん!そんなことしたら一馬が・・・・!」

反論する英士を鋭く睨む榊。英士はそこで悔しそうに言葉を飲み込んだ。

「ただし、ひとつだけ条件がある」

「条件?」

一馬は条件という言葉に首をかしげる。あまり良い予感はしていなかった。

「私はお前に過去の姿を全て見せてやろう。その代わり、お前には新しい黒涙をはめ込んでもらう」

一馬たちにはすでに黒涙がはめ込まれている。それがもう一度黒涙を入れるということは、さらに力が強くなるということだった。

決して悪いだけの話じゃない。なぜそんな条件を出してきた?

「どうだ?お前にとっても悪い話じゃないだろう」

にやりと笑う榊を見て、真田は考える。さらに悪の血を濃くしてしまうか、矛盾の残るまま今の生活を続けていくか。

「一馬・・・」

心配そうに潤慶が声をかける。英士と結人も一馬の決断にかなりの不安を抱いているようだ。

自分完全じゃないみたいで、時々とても不安になった。だから何度も自分の過去を知ろうとした。

そのたびに親友たちはそろって俺を止めてた。さっきみたいに殴られるのは初めてだったけど。

今思えば、そうまでして止めてたのはやっぱり俺のためだったんだろうな。

俺が知ったら苦しむから、必死に止めてたんだ。ゴメンな、今まで気が付かなくて。

それでもやっぱり、俺は――

「一馬!!!!」

結人が叫ぶ声を後ろで聞きながら、一馬は榊の元へと歩いていった。振り返らず、ただひたすらに。

「交渉成立だな」

そう笑って榊は一馬を連れて行く。残された3人はただその後姿を見送るしかなかった。

「なんで、だよ・・・っ!!」

結人の肩が震える。それは他の二人も同じだった。

「なんでなんだよ、一馬!!」

瓦礫に膝をついて、結人は静かに泣いた。そして・・・・






























































「なんでなんだよー!!!!!」

































































のどが張り裂けんばかりに叫んだ声は、おそらく一馬の耳にも届いていただろう。

それでも彼が後ろを振り返ることはなかった。

振り返ってしまえば、その瞬間。

彼らの元へ、駆け出してしまいそうだったから―――





































































「オイオイこいつぁ、なんの冗談だ?」

医療室のドアを開けた圭介が第一声でこう言った。

ムリもないだろう、ベッドには傷ついたB・Tのメンバーが横たわっているのだから。

「あ、けーすけ。お帰り」

「お帰りじゃねぇよ。なんでB・TがW・Mの医療室で治療受けてんだ?」

「う〜ん・・・一言で説明すんのはむずかしいんだけどね」

「まぁ、いいじゃない硬いことは気にしないで。目が覚めたらちゃんと帰ってもらうから」

が交互に圭介をなだめる。圭介はカズの様子をみてしばらく考えをめぐらせた。

いたるところに巻きついている包帯には血がにじみ出ており、簡単に直る傷じゃないことは確か。

そのうえ、かなり衰弱していることは一目見ただけでもすぐにわかった。そんな奴をすぐにここから投げ捨てるのは、人間としてあまりにも非情な行為だ。

(まぁ、B・Tの連中ならやりかねないけどな)

圭介はあきらめたかのように軽くため息をついて、近くにある椅子に腰掛けた。

その様子を見てはにっこりと安堵の笑みを見せる。

「ヘッドにはちゃんと報告してあるんだろ?」

「うん、今有紀と渋沢さんが行ってるよ」

がお見舞いのりんごを差し出しながら言う。フォークでりんごを取りながら圭介がベッドの横に座っている昭栄にりんごを見せた。

「昭栄、お前も食うか?」

しかし昭栄はなんの反応も示さない。ただ黙ってカズの様子を見守っているだけだ。

「・・・・・どうしちまったんだ?あいつ」

「さっきからずっとあぁなんだよね」

昭栄はカズがここに運ばれてきてから、ご飯も食べずにずっとカズに付き添いっぱなしだった。

以前の彼なら、りんごなんか見た瞬間に飛びついてきたのに、今はこちらに見向きもしない。

「それだけショックだったんだよ」

が圭介の思考を読んだかのように言った。霊視の能力は、ここにいるすべての人間の思考を読むことができる。

それは昭栄も例外ではなかった。

「ずいぶんといろいろ考え込んでるみたいだから・・・」

昭栄に聞こえぬよう、本当に小さな声でと圭介に言う。それは彼の表情から見ても、容易に想像できた。

なんだか、胸が悲しくなる。

そんなとき、白いドアが開いて有紀と渋沢が入ってきた。

「あれ、山口。なんでここにいんの?あんた今日は水野の手伝いするって言ってなかった?」

「あぁ、そうなんだけど、ちょっと渋沢に用があってな。悪いけど少し借りるぜ」

そう言って圭介は渋沢を連れ、早々に医療室を出て行った。

後に残された有紀はさっきまで圭介が座っていた席に腰掛けると、ふぅっと短いため息をつく。

「西園寺さん、なんだって?」

「うん、目が覚めるまでここにいてもいいって。だけど、その後で事情は聞くみたいだけどね」

よかった、とはほっと胸を撫で下ろす。それは隣にいるも同じことだった。

「それにしてもなんで功刀さんはあんなところに倒れてたんだろうね」

「わかんない。だけど、功刀をあそこまで傷つけることができるなんて、只者じゃないよ」

の言った疑問に有紀がすばやく答える。そしてその後、有紀が西園寺から承った伝言を二人に伝えた。

しかし、その間もはずっと昭栄のことを見ていた。彼の苦悩に満ちた顔はなんともいたたまれなかった。

は人の心を読む能力を持っていない。それでも昭栄の考えていることはすぐにわかった。

誰がこんなことをしたのか。なぜこんなことになってしまったのか。

カズを見守る昭栄の姿は、とても痛々しかった。


































































医療室から出て少し行った辺りの廊下に俺は渋沢を連れ出した。

白衣を着た渋沢の顔は疑問でいっぱいだ。そりゃそうだろう、俺が渋沢を呼び出すなんてコレが始めてなんだから。

「なにかあったのか?」

深刻そうな俺の顔をみて渋沢まで深刻そうな顔になる。さすがは察しがいいなと思った。

「さっき水野の手伝いしてるときに、藤村とかいう情報屋との会話を聞いたんだが・・・」

小さな声をさらに潜めて俺は静かに言った。

「功刀がB・Tを裏切った可能性がある」

渋沢の目が見開かれる。そして、酷だとは思ったがさらにその先を続けた。

「そして功刀に怪我を負わせたのは・・・・三上だそうだ」

言ったあとでとても後悔した。渋沢に三上のことを言うなんて、ばかげてる。

だけど、言っておく必要があると思ったんだ。たぶん今一番三上のことを知りたがってるのは渋沢だと思うから。

「俺もまさかとは思ったんだけど、現に功刀が医療室にいたから、確かだと思う」

そうか、と小さく呟いて渋沢は俺の肩に手を置いた。

「わかった。報告ありがとう」

いつもどおりの笑顔を見せて、俺の横を通り過ぎる。だけど、どことなくその笑顔は苦しそうだった。

廊下を黙々と歩いていく彼の後ろ姿をみながら俺は願う。

どうかこれ以上、傷つく者がでないようにと。