昔はとても良かった
毎日笑いあい、毎日夢を見れた昔は
でもそれは、長くは続かなかった
あのころの輝かしい日々は
いったいどこへ行ってしまったのだろう
+黒い涙と白い月+
広いグラウンド。ボールを蹴る音。笑いあう声。
辺りを見渡せば、同じユニフォームを着た仲間たちが元気のボールを蹴りあっている。
「カズさーん!!」
バカでかい声の方に目を向ければ、そこにはこちらに大きく手を振っている昭栄がいた。
ここはどこだ?どこかで見たこのある光景。とても懐かしい場所。
(あぁ、そうか。ここは昔の学府院たい)
そこはDispar of nightmareが起こる前の平和な学府院だった。まだ何もかもが普通どおりで、輝かしい夢を持てた時代。
カズはそこで仲間たちと共に、すばらしい夢を見ていた。蹴球で上を目指すという夢を。
「なんばしよっとですか、カズさん。練習ば始まってしまうばい」
「あぁ、今行くけんな」
迷彩帽を被りなおして、自分を待つ仲間たちのもとへ向かう。どうやら、俺は悪い夢を見ていたんだと過去を振り返りながら、カズは笑って走り出した。
そしてまた、ボールを蹴りあう。こんなに楽しい時間を過ごしたのは何年ぶりだろうか。思えばB・Tに入ってから、楽しいことなんて一つもありはしなかった。
世界のため、なくした夢のため、失った友のため、毎日気の抜けない生活をしていた。
その所為か、今までどおりの日々に戻った今がとてつもなく楽しい。
青い芝生の感触が、ボールを触る手ごたえが。全てが新鮮に思えた。
自然と笑えた。心から嬉しいと感じた。
すると、突然。フィールドプレイヤー全員の動きが止まる。
これもどこかで見た光景だった。そして、とてつもない胸騒ぎと共にそれは起きた。
ものすごい爆風と共に真っ黒い光が一面を覆う。今までのことがまるで嘘だったかのように、フィールドは黒に飲み込まれた。
Dispar of nightmare。これがこの光の正体。カズは全てを思い出した。この瞬間、彼の夢は瞬く間に散っていったのだ。
「カズさん!!!」
「昭栄!!!」
ディフェンダーとして俺のすぐ目の前でゴールを守っていた後輩の名を呼ぶ。最後に見たのは、すごい速さで消えていく仲間たちの姿。そして、昭栄が自分に伸ばした手だった。
気が付くと、そこには何もなくなっていた。傍らには静かに息をして眠る昭栄。一面に広がる瓦礫の山をみて、カズはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
何もなくなってしまった。夢も仲間も何もかも。
そして、ただ漠然と思っていた。この世界をどうにかしなくてはならないと。
後ろから突如肩を叩かれる。ふと、振り返ればそこには体中に傷を負った仲間たちがいた。
「カズ、助けてくれんね・・・」
まるでゾンビのように迫ってくる仲間に、カズは初めて恐怖を感じる。まるで自分が全ての原因かのような責任感が襲ってきた。みんなの夢を奪ってしまったのは、自分ではないか。そう思えてしょうがない。
「悪か・・・みんな・・・・」
この世界を変えてやろうと、そう心に誓ったはずなのに、それを自分は裏切った。自分の意思を通してしまった。
なぜこうも上手くいかない?ただ、俺は世界を救おうと、B・Tを倒そうとしただけじゃないか。
仲間たちは徐々にカズの身体を蝕んでいった。それを黙って見届ける。なんの抵抗もしなかった。
「・・・ズ、さ・・・カ・・・ん!!」
昭栄、悪か。俺は情けなか男たい。自分が一度決めたことも貫き通せん。
もう、出来んかもしれんな。B・Tに入ってもなお、俺は夢ば見とった。
お前と仲間と、もう一度蹴球ばする夢を。
あぁ、あの芝生の上で、もう一度だけ・・・
ボールを蹴りたかった。
「カズさん!!!」
昭栄の大きな声で、カズはその目を見開いた。視界には、見慣れぬ天井。B・Tとは違ってどこか優しい雰囲気を感じ取れた。
そして、少し首を動かすと目に涙をいっぱいためた昭栄が心配そうにカズを見ている。
「良かったと・・・カズさんが目ぇ覚ましてくれたとよ」
心底安心した声でそう言う昭栄に、カズは驚いたようにまた目を開く。
B・Tにいって散々迷惑かえた自分を、こいつは昔のように出迎えてくれた。
嬉しかった。そして、なぜかとても切なかった。
「昭栄・・・俺ば、許して・・・くれるんか?」
途切れ途切れの声でそういうと、今度は昭栄が驚きの表情を見せる。
そして、しっかりと大きくうなずいた。
「当たり前やけん、カズさん。俺はカズさんがどこに居ろうが、カズさんの後輩や。やけん、俺がカズさんを裏切るわけがなかやろ」
少し前まで、まだまだ半人前だった後輩が、一回り大きく見える。よくみれば、顔中に疲労の後がみえた。
裏切り者の俺を、こんなになるまで介抱してくれたんか・・・。
自然と頬が緩む。その笑顔はまだぎこちなかったが、カズは確かに笑っていた。
「ありがとう、昭栄・・・・」
静かにそう言ったカズの声は、昭栄の涙をあふれさせる。まだ痛いだろう手で昭栄の肩を叩くと、小さく「スンマセンっす」という言葉が返ってきた。
「あ、目ぇ覚めたの?」
と、そして有紀が部屋の中へ入ってくる。一応、一通りの会話が済むまで待っていたが、どうやらまだ早かったようだ。
『まだ早かったみたいだね;』
カズの前で号泣している昭栄をみて、有紀が能力を使い、二人に話しかける。どうやら、とも同じ思いだったらしく、同時にうなずいて見せた。
「お前らは・・・」
「私は知ってるとして、こっちは白月の姫、。そんで隣が親友の」
カズがベッドの上から3人を見ると、有紀がとを紹介する。は礼儀よくお辞儀をし、はかわいらしく笑って見せた。
「お前らが・・・助けてくれたんか」
「別に助けたってわけじゃないけどね。昭栄にせがまれてって感じ」
「そうそう。西園寺さんに掛け合ってくれたのは有紀と渋沢さんだし、ここに運んだのは昭栄。私たちは傷の手当を手伝ったくらいだから、気にしないで」
とがそれぞれに事情を説明する。そうか、とカズはゆっくり身体を起こした。
昭栄があわててそれを止めたが、構わず状態を起こす。まだ直りきっていない傷が、所々で悲鳴を上げる。
痛みをこらえながら、カズはまっすぐに二人を見る。部屋の中に妙な緊張感が漂った。
「カズ・・・さん?」
カズの発する空気を感じ取って、昭栄はカズに呼びかける。それでもカズは黙って二人を見た。
「白月の姫・・・きさんはなぜW・Mに入ったと?」
「ちょ、なんでがそんなこと言わないといけな・・・」
「ええから!」
の言葉を遮って、カズが怪我人とは思えないほどの大声をだす。
「答えてくれんね・・・」
鋭くを見つめる目は、とても強い意志に満ちていた。それは数々の修羅場を見てきた人の眼だった。
は少し考えたあと、ふっと笑みをこぼす。その様子に、誰もが首をかしげた。
「私はみんなのために、世界を救おうと、そんな大きなことは考えてませんよ」
「そやったら、なして・・・」
「守りたいんです。大切な人たちを」
「大切な、人たち?」
ゆっくりうなずいて、は笑う。
「大切な人たちに笑っていてほしい。だから私は、一緒に戦ってるんです」
その笑顔は、とても穏やかなものだった。
カズは再び目を見開く。の笑顔は、この国に伝わる伝説の救世主。まさに白月の姫そのものだった。
カズは確信する。この人なら、きっとこの狂った世界を救えるだろうと。
「白月の姫・・・お前を真のメシアと見込んで、話があると」
なんともしっかりとした言葉に、思わず全員が息を呑む。その中で一人、カズだけはを見据えていた。
「話・・・?」
なにやらただならぬ雰囲気に、が声をあげるとカズはそれにうなずいた。
「他ん奴らも聞いてて損はなか。これはW・Mにとっても重要なことたい」
嘘をついているようには見えない。その顔は真剣そのものだった。
カズは少しだけ間をおき、小さくため息をつくと、静かに話し始める。
「B・Tは第二のDispar of nightmareを起こそうとしちょる。そして、その発動源になるんは、白月の姫。きさんや」
絶望的な言葉だった。まるで頭をかなづちで殴られたかのような衝撃がその場にいる全員に襲った。
「そ、そんな・・・・」
「嘘、やろ・・・」
と昭栄が信じられないといった声をだす。有紀は声に出さないにも、顔からは驚きの表情が見受けられた。
「・・・・」
心配そうに隣を親友を見ると、も戸惑いを隠せないようだ。だまってカズを見ている。
カズは三上と戦っている最中に彼が言った言葉を思い出していた。
「白月の姫を生贄にしてな」
小さく、だが確かに三上はそう言った。あのすさまじい戦いで生き残った今、自分はなんとしてもそれを伝えなくてはならない。そう思っていた。
はまだカズを見据える。何を考えているかは定かではなかった。
どこかで、鐘の音が聞こえた気がした。
それは、失ったときを刻むかのようにいつまでも響いていた。
榊さんに連れられてきた部屋は、俺がB・Tに入って一度も見たことのない部屋だった。
いたるところに、巨大な機会やカプセルが置かれている。どうやら、何かの実験室のようだ。
「ここだ」
一つの大きなカプセルの前で立ち止まった榊さんに習って俺も足を止める。赤い液で満たされたそのカプセルは、まるで血のように見えた。
「真田。今からお前の記憶を呼び戻す。だが、それが終わったあかつきには・・・わかっているな?」
にやりと笑いながら言う榊さんに俺ははい、とうなずく。それを見て満足したようにまた笑うとカプセルの中に入るよう、指示した。
中に入ると、すぐに赤い液が体中にいきわたる。不思議と息苦しさはなかった。
しばらくして、俺は猛烈な頭の痛みを感じる。何度か感じたことのある痛みは、止まることなくどんどん強くなっていった。
(なんなんだ!これはっ!!!)
手足の自由を奪われているので、頭を抱えることさえできない俺は、そのままの体制で痛みに耐えていた。
すると、急に全身の力が抜ける。同時に俺は意識も失った。
どれだけ眠っていたのだろう。肌寒さを感じて目をあける。
そこに広がっていたのは、まだ正常だったころの街の姿だった。


