この気持ちに名前をつけるとしたら
いったいなんと呼べるのだろう
きっとそれは
それは――
+黒い涙と白い月+
の家に入ってきてから、しばらくの月日が流れた。
相変わらず調査は続けているが、一向に資料の場所はわからない。
は何かと俺の面倒をみてくれるので、なかなか隠れて探す時間がなかった。
そして夜。俺はいつものように、と夕食を共にする。
「それでね、今日はたくさんお花が売れてね!」
楽しそうに今日の様子を話す。最初は俺もも、どこかぎこちない会話だったが最近では互いに打ち解けてきた。
の笑う顔をみると、心が和む。今まで生きてきた中で、こんな想いしたことがなかった。
鼓動が高鳴り、頭の回転が鈍くなる。理由はわからない。だけど、そんな感じがした。
おかしいな。ここには仕事で来ているはずなのに・・・。
ずっとここにいたいと思ってしまう。
「一馬?」
自然と緩んでいた口元を引き締め、ハっとして前を向くとが心配そうな顔で俺を見ていた。
「どうしたの?具合でも悪い?」
「あ、いや、なんでもない。ちょっとボーっとしてただけだ」
「そっか。よかった」
また笑う。本当に幸せそうに。
再び緩む口をきゅっと閉めなおして、に向き直った。
今日は少し進展しないと。そろそろ成果を報告しなければ、榊さんに怒られる。
に聞かなければ。もちろん、研究資料のことじゃなく、父親のこと。
何か暗号のようなものを口にしてくれれば、俺がそれを解けばいいだけ。後は簡単だ。
「、聞きたいことがあるんだけど・・・」
「ん?なぁに?」
「あの、さ・・・・お前両親はどうしたんだ?」
の動きが止まった。当たり前だ。思い出したくもない記憶だろうから。
ごめん、。許してくれ。
は静かにフォークを置くと、少し俯いたままで話し始めた。
「お母さんは私が小さいときに病気で死んじゃったの。お父さんは・・・・・殺された。私の目の前で」
その目には涙がたまり、手は小刻みに震える。こんな優しい少女をここまで追い詰めて、俺は何を聞いているんだろう。
思い出すのも、話すのも辛いのをわかっていながら。
最低な奴だ。本当に、俺はバカだ。
それでも俺は、もっと聞き出さなくちゃならない。
「ゴメン、変なこと聞いて」
「いいの。気にしてないから」
苦しそうに笑うの顔が、余計に俺の胸を痛めた。
無理して笑わないでくれ。俺を安心させるためなんかに、笑わないでくれよ。
「もう一つ、聞きたいんだけど・・・」
「なに?」
俺は、悪い奴なんだ。ゴメン。
「その、親父さんが死ぬ前とかに・・・」
を利用しようとしてるんだよ。だから、お願いだから――
「に何か、言ってなかったか?」
そんなに優しい笑顔を向けないでくれ
は言葉が見つからないといった風に、目を見開いた。
大して俺は、顔を下に向ける。
普通、初対面の奴がこんな話を聞いたときに、死に際に何か言ってなかったか、なんて聞くはずがない。
俺はの親父さんの死に関わっていると、自ら言ってしまうようなものだった。
だけど、しかたがないんだ。少しくらいのリスクは背負わないと、この仕事は成功しないと思う。
の顔はまたいつもの穏やかな表情に戻って、再び食事を始めた。
俺の質問なんて受けていないかのように、ただ静かに食事を取る。
なんで、答えないんだ?聞かれたくないことだっていうのはわかってる。だけど、なら答えてくれるはずだった。
なのになんで?
「、なぜ・・・」
「いずれ」
俺の言葉を遮って、は俺の目を見つめた。
「いずれ、お話します・・・」
とても鋭く、真剣な目。と暮らしてきて、こんな目一度も見たことがない。
わかった、と小さくつぶやいて俺も再び食事に手をつける。
聞き出せなかったことは、とても残念なことだ。しかし、俺は心のどこかで安心していた。
わかっていたんだ。俺が答えを知れば、と一緒にいられる時間が短くなることが。
今は、仕事が進まなくなったというあせりよりも、まだと一緒にいられるという安堵感の方が大きい。
こんなこと、一度だってなかった。
俺はどうしてしまったんだろう、こんなにもこのという少女が。
大切に思えてしまう・・・。
翌日。俺はが店に出ている間、結人たちのもとへ向かった。
どうやら別の仕事が入ったらしい。しばらくは研究資料を探すばっかりで、全然帰ってなかったから、結人たちの顔を見るのも久しぶりだ。
裏道を駆使して、B・Tたちのたまり場となっている本部近くの廃墟へ行けば、見慣れた顔が3人。結人、英士、ユンだった。
「あれ!一馬じゃん!なんでこんなとこに来てんだよ!」
「久しぶりだね、一馬」
「仕事はどうしたの?」
それぞれの言葉を受けて、俺は懐かしさを覚える。いつも4人でいたから、余計昔に戻った感じがした。
「お前らが仕事頼まれたって聞いたから、4人でやれって榊さんが」
「なんだよ〜別に一馬がいなくても俺達だけで出来たのに」
「そうだよ。逆に足手まとい」
「うん、そうだね☆」
「・・・・・・・・」
おい、お前ら。俺がそんなに嫌いか?確かに殺しとかのミスは多いけど、そこまで言われる筋合いはねぇぞ?
「しょ、しょうがねぇだろ。榊さんに言われたことなんだから・・・」
「ハハハ!冗談だって、一馬!元気だせよ!」
「それじゃ、さっそく仕事に行こうか」
変わんねぇな。結人の明るさも、英士の冷静さも、ユンのゆるやかさも。
この雰囲気が俺には一番あっていた。
ここが、俺の場所なんだ。
仕事が終わって、すっかり夜になってしまった。早く帰らないと、に怪しまれる。
今日は満月。まぶしいほどの月が、血で汚れた俺達を照らしていた。
「だいぶかかっちゃったね」
「全部結人の所為でしょ。道間違えるからこういうことになるんだよ」
「しょうがねぇだろ!地図読めなかったんだからさ!」
「じゃあ、地図持つなよ・・・」
相変わらず息が合ってるのか合ってないのか・・・。まぁ、夜に殺す方が性には合ってるけど。
「それより一馬。早く帰んなくていいの?」
ユンの言葉で、俺はまたのことを思い出す。
ツッコミしてたら、すっかり忘れてた。この時間だと、もう夕食の用意も済ませてるころだろな。
「なぁ、一馬!そのちゃんってどんな子?可愛い?」
「バっ!んなこと聞くなよ!!///」
「またまた照れちゃって〜v」
「俺も知りたいね。どんな人なの?」
英士までそんなこと聞くのかよ!どんな人?言葉じゃなんとも言えないけど・・・。
「髪が黒くて、腰くらいまであって、一緒にいると胸がドキドキして、笑顔が綺麗で、優しくて・・・」
「おーい一馬。別に俺らはのろけろって言ったわけじゃないんだけど?」
「えっ!?の、のろけてなんかねぇよ!!」
「結人の言う通りだよ。それをのろけって言うんだ」
ユンが嬉しそうに俺の肩に手をかける。
いや、俺は断じて違う!別に惚れてるわけじゃない!だいたいコレは仕事なんだから、そういう余計な感情ははさんでないし・・・。大丈夫だ。
「本人自覚なし、か」
「自覚なしって、何言ってんだよ英士!」
「一馬顔赤すぎ。それに、一緒にいて胸がドキドキするなんて、惚れてる以外のなにものでもないでしょ」
「いいねぇ〜一馬にもついに春が来たか」
「だから違うって言ってんだろ!!」
「顔赤くして言っても効果ないよ〜?」
ユンの奴まで・・・!もういい!そろそろホントに帰んないと、ヤバイし。
「それじゃ、もう帰る。またな」
後ろを向いて、さっさと歩き出す。まだ結人たちの笑い声が聞こえてきた。
あいつらは本当にこういう話が好きだ。特に結人。
まだ顔が赤いのはわかってたから、少し速度を上げて歩く。夜の風が俺の頭を冷やしてくれるだろうから。
「一馬!」
遠く後ろから声が聞こえた。
足を止めて振り返ると、穏やかな笑みで俺を見送る3人の姿が見えた。
「そんな、自分に嘘つかなくたっていいんじゃねぇの?好きなものはしょうがないって!」
「そうだよ、一馬。ファイト☆」
結人とユンは笑いながらそう言った。
自分に嘘をつく・・・?そんなことしていない・・・はず。
「でもね。一馬」
英士が、静かに口を開いた。
「その子、最終的には殺さなくちゃいけないってこと。忘れないでね」
胸に槍が突き刺さったかのような衝撃が走った。
そうだ。俺はいずれ、を殺さなくちゃいけない。全て終わったそのときに。
だけど、こんな思いで俺はを殺せるんだろうか・・?
「でもさー!」
結人が叫ぶ。そして、手を振りながら言った。
「俺達は、お前がどんな選択してもずっと味方でいてやるからなー!!」
その言葉に、英士もユンも大きく頷く。
嬉しかった。やっぱりこいつらは親友だ。今までも、これからも、永遠に。
「ありがとな!!」
俺も大きく手を振って、その場を離れた。
たぶん俺は、を殺す。それで全てが終わっても、あいつらはまた俺を迎えてくれるだろう。
この手がの血で染まっても、洗い流してくれるだろう。
俺はの家へと急いだ。
家に着くと、やはり夕食の用意がされており、はすでにテーブルへ着いていた。
「あ、おかえり一馬!」
「ただいま」
笑顔で出迎えてくれたに、また心が和む。だが、同時に胸が痛んだ。
いずれ、この笑顔を奪い取らなくてはならない日がくる。
それはとても、辛いことだ。
夕食をとっている間、俺はずっとそのことを考えていた。
今日殺した奴らみたいに、恐怖で一杯になった顔を向けられるんだろうか。
憎しみのこもった目で睨まれるのにも慣れている。だが、の場合は?
俺はそれに耐えられるんだろうか?
食事が終わり、お茶を飲んでいると、が深刻な顔で俯いている。
いつものじゃなかった。なにか思い悩んでいるみたいだ。
「、どうした?」
「あの・・・一馬」
ゆっくりと顔を上げ、は俺を見据える。息を呑んだ。
「突然で申し訳ないだけど・・・・」
なにか、大きなことが起こると俺の中で誰かが言っている。
大きな変動が起こると。
「大切なお話があります」


