人間愛なんて、全く信じていなかった
だけど、あいつは俺にそれを気付かせた
とっても暖かくて、とっても優しい感情を
その呼び名を教えてくれた
+黒い涙と白い月+
外は、いつの間にか雨が降っていて、窓に水の当たる音がする。
「大切な話がある」とは言った。
それからしばらくしても、一向に話は始まらない。ただ、黙って俯いているだけ。
きっと言うことを躊躇っているんだと思う。彼女の表情はとても苦しそうだ。
なぜか胸が痛んだ。仕事とはいえ、にこんな顔はさせたくない。
ここに来てからの俺は、どうかしていた。昔ならたとえ女であろうと子供であろうと、容赦なく殺してきたのに、が辛い顔を見せるだけでこんなにも揺れ動く自分がいる。
仕事だ、B・Tに関わる重大な任務だと言い聞かせても、一向に決意は固まらない。
頭ではわかっていても、気持ちがついてこない。
結人たちが言ってた「惚れてる」っていう言葉が浮かんできて、すぐに頭を振った。
絶対に違う。だって、俺はこの世を恨んでいるから。そんな俺がに惚れてる?
ありえるわけがないじゃないか。
「私・・・」
本当に小さな声で、が呟く。今までのバカな考えを全部頭の隅に追いやって、の方を見た。
「私、一馬と初めて出会ったときから、なんとなくこうなることがわかってた」
「こうなる、こと・・・?」
一度だけ頷いて、顔を上げる。薄っすらと目に浮かべた涙に、俺は思わず見入ってしまった。
は息を吐いたあと、ゆっくりと話し始める。まるで自分にも言っているかのように、ゆっくりと。
「私のお父さんはどこかの組織の研究員で、年に1、2回しか会えない日々が続いていたの。お母さんが死んでからもそれは続いていた。だけど、ある雨の日、突然血だらけのお父さんが帰ってきて、私に言ったの」
「、この資料を持って今すぐに私の地下研究室に行きなさい!そして、絶対に出てきてはダメだよ!」
「だけどお父さん!この怪我は・・・!」
「いいから早くいきなさい!そして、この資料は誰にも渡してはいけない!わかったね?」
「私は泣きながら地下の研究室に行った。でも、お父さんのことが気になって入り口のドアからこっそり見ていたの。そしたら、背の高い黒ずくめの男が入ってきて・・・・」
その先は、もう話すことができない様子だった。の眼からは大粒の涙が止めどなく溢れて、テーブルの上にいくつものシミを作っている。
きっとその男とは三上のことだろう。少し落ち着いたところで、は話を続けた。
「一馬が来たとき、血の匂いがしたの。すぐにお父さんを殺した人の仲間だと思った。お父さんの研究資料が目的だってことも、なんとなくだけど気付いてた」
気付いていた?それじゃあ、今までは全部知っている上で俺と暮らしてきたのか?
父親の仇だってことも、全部知っていてあの笑顔を見せてくれていたのか?
「なんで・・・なんで俺を住まわせてくれてたんだよ」
普通嫌うだろ。父親の仇ならなお更。俺を殺そうとするだろ。
「最初は、お父さんの仇をとろうと思って家に入れたの。だけど、一馬と過ごしていくうちに出来なくなってて・・・別の感情が生まれてきてしまったのよ」
「別の感情・・・?」
また、たくさんの涙を流しながらは勢い良く顔を上げて俺を見た。そして、叫んだ。強い雨にも負けないほどの声で。
「私・・・一馬が好きなの・・・!!」
ものすごい衝撃を受けた気がした。好き・・・?俺は父親の仇なのに、そんな俺を好いてくれているのか?
人を愛すことなんて、信じていなかった。他人を愛することなんて、嘘っぱちだ。みんな心の中では汚い感情が渦巻いているに違いない。
俺はそういう世界で育ったから。暗い闇の中で生きてきたから。
だけど、彼女は俺の全部を知っていて、それでも好きだと言った。
こんな汚い俺を、を殺そうとしてこの家に来た俺を、好いてくれると。
はまだ泣いている。その雫は、とても綺麗だった。今まで盗んだどんな宝石よりも輝いている。
だけど、俺は所詮B・Tの人間。汚い世界でしか生きられない、闇の住人。
「ごめん・・・」
小さく呟いた俺の言葉に、はふっと顔を上げた。
「俺は・・・の言った通り、お前の父親を殺した奴の仲間だよ。ここにもその研究資料を奪いに来たんだ」
きっと今なら、は資料を渡してくれる。これは、仕事なんだ。榊さんを裏切れるわけない。
ホント、俺は・・・汚れてる。
「資料のありかを教えてくれ」
「・・・わかった」
涙をぬぐって、はポケットから小さな鍵を取り出した。テーブルの上に置いて、俺に差し出す。
「コレが地下研究室の鍵。お父さんの部屋の本棚の裏に隠し扉があるの。その階段を下りれば、すぐに資料は見つかるわ」
「そうか・・・ありがとう」
鍵を受け取ると同時に、俺は懐から短剣を取り出し、へと向ける。
彼女はピクリとも動じず、当たり前かのように俺の行動を受け入れた。
相変わらず涙は流れているが、俺が今まで殺してきた奴らのように泣き喚いたりはしていない。
まさか、これまで予想していて・・・それでも俺に研究資料のありかを教えたのか?
なんで、そこまで出来るんだよ・・・。なんで、こんなに・・・。
「なんで、俺に・・そこまでしてくれるんだよ・・・俺は、お前の敵なんだぞ!」
わからない。なんで?なぜ?どうして、は助けを求めない。なんで俺なんかのために命を捧げるんだ?
ふっと、は微笑んだ。いつも見ている、優しい笑み。
「私は・・・一馬が好きだから・・・」
「好きな人のためなら、なんでも出来るんだよ・・・」
あぁ、やっとわかった。俺が感じてた気持ちの呼び名。
に感じてた、この変な気持ち。全部わかったんだ。俺がやるべきことも、全部。
頬に一筋、流れる雫。
俺は剣を高く掲げ、そして大きく―――振り下ろした。
「か、ずま・・・?」
抱きしめられたとわかるまでに、しばらくの時間が必要だった。
暖かい。これが人のぬくもりなんだと、初めて知った気がする。
さっきまで、私はこの人に殺されるところだった。けど、それでも私はこの人を愛していた。
一馬になら殺されてもいい、そんな気さえしていた。でも、彼はそれをしなかった。
床に深く突き刺さった剣には、少し血がついていた。ずっと昔に一馬がつけた血なんだろう。
きつくきつく私を抱きしめる一馬は、声をあげずに泣いていた。
その大きく孤独な背中を、私は静かに包み込む。
私もまた少し泣いた。でもそれは、今までの涙とは違う。
愛しくて、愛しくて、嬉しくて流した涙。
あぁ、こんなにも暖かいんだ。人が生きるっていうことは・・・。
その夜、私たちは一晩中抱しめ合っていた。
空はすっかり晴れて、月の光が私たちを優しく照らす。
最高の夜だった。
翌日、俺は研究資料を持っての家を出た。
仕事が終わった以上、あそこに住み着いていたらが生きていることがばれてしまう。
だから、出て行く。名残惜しいけど。
榊さんのところへ行く前に、結人たちのところへ寄っていこうと思い、廃墟へと足を運んだ。
「ただいま」
「「「おめでとう!!」」」
いきなりの歓声に包まれて、俺は少し後ずさる。な、なんだよ一体?
「いやぁ、一馬くんにもついに春が来たんだな」
首を縦に振りながら言う結人。それに続いて、ユンが俺の肩に手を置いた。
「よかったね、一馬!想いが通じて!」
「ま、こうなるとは思ってたけどね」
英士まで、どうしたんだよ。なんのこと言ってんだ?・・・・・・まさか?
「もう全部知ってる、とか?」
「「「当たり前」」」
「だよな;」
やっぱこいつらに隠し事なんてできるわけがねぇよな。どうやって知ったのかわからないけど、なんだか少しホッとした。
もしかしたら、榊さんを裏切った俺を軽蔑するかもしれないと思ってたから。
「一馬、これからもあの家に通うんだろ?」
「まぁな」
「じゃあ今度尾行しなくちゃね」
「ヨンサ!ナイスアイディア☆」
「えぇ!?マジですんのか!?」
「当たり前でしょ」
しばらく笑いあって、3人は俺のほうに向き直った。
穏やかで、安心できる笑顔。
「「「おかえり、一馬」」」
俺も笑って頷いた。
俺はすごく幸せな奴だと思う。大切な親友がいて、愛する人がいて。
汚くて、真っ黒な俺を受け入れてくれることが、こんなにも嬉しい。
とっても嬉しいんだ。
「それで、研究資料は手に入れたの?」
英士の言葉で思い出す、資料の存在。思った以上に分厚い資料を取り出すと、ものめずらしそうに結人が眺めた。
「すっげー!こんなん俺には一生わかんねぇよ」
「結人なら無理そうだね」
「なっ!じゃあユンにはわかるのかよ!」
「結人よりはね☆」
よく飽きないな、こいつらのこういう会話。今に始まったことじゃないから、別に気にしないけど。
「それじゃあ、榊さんにこの資料渡してくる」
「一人で大丈夫?一馬」
「なに言ってんだよ英士。もうガキじゃないんだから」
「そうじゃなくて、ヨンサが言いたいのは、ちゃんが生きてることうっかり言っちゃうんじゃないかってこと」
「わかりやすいもんなーかじゅまくんはv」
「バ、バカにすんな!大丈夫だって!」
そんなこと言われると余計緊張する。ただでさえ、バレないかドキドキしてるってのに。
こいつらもこいつらなりに気を使ってくれてるんだろうな。
本当はついてきてほしいけど、これは俺の選んだ道だから、俺が決着をつけなくちゃいけない。
だから、大丈夫。俺は一人でも、きっとやり抜いてみせるから。
「それじゃ、いってくるな」
「がんばれよー!」
また裏道を駆使して、本部へと向かう。
しばらくして、本部管理室につきノックをすると、榊さんから入室の許可を得る。
「失礼します」
相変わらず大きなデスクに座っている榊さん。ただ一つ違うのは、先客がいたってことだった。
「三上・・・」
「よぉ真田。久しぶりだな」
同じB・Tとはいえ、三上とはめったに会う機会がなかった。どこかへ仕事へ行ってるんだと思うけど。
正直、三上はあまり好きじゃなかった。なに考えてるかわかんなかったし、どこか冷たい空気が取りまいている。
さっさと用件すまして、さっさと帰ろう。長居は無用だ。
「例の研究資料です」
「おぉ!よくやったな、真田!」
榊さんは安心したように資料を受け取ると、すぐに眼を通し、どこも盗まれていないことを確認した。
「それでは、俺はこれで・・・」
「真田」
三上の声で、引き止められる。なんだよ、早く帰りたいのに。
三上の方に向き直ると、あの嫌な笑みを浮かべて笑っている。この笑みも好きじゃない。
「もちろん、娘は始末してきたよな?」
全てを見透かしているかのような言い方。思わず息を呑む。
落ち着け。冷静に。ここで三上にバレたら全ておしまいだ。
「当たり前だ」
出来るだけ静かに行って、俺は早々に部屋を後にする。
三上の視線を背中に感じながら部屋を出ると、大きなため息をついた。
「あ、危ねぇ・・・」
あなどりがたし、三上亮。さすがはB・T一の古株だな。
まぁいいや、さっさと3人の下へ帰ろう。そしたら明日、の家に行こう。
きっとまた、あの優しい笑顔で出迎えてくれるだろうから。
へぇ、「当たり前」ねぇ・・・。そういう風には見えなかったが?
まぁいいさ、どうせ長くは続かない。
知ってるか?真田。幸せっていうのは、永遠じゃねぇんだよ。
いつか終わりがくるもんだ。
それが早いか、遅いか。ただそれだけのこと。
せいぜい大事に掴んで置けよ?
お前の愛しいお姫様を・・・。


