やっと掴んだ幸せなのに
それは俺の目の前から姿を消した
なんでこんなことになったんだ?
だれか、答えてくれよ
誰でもいいから
教えてくれよ・・・・
+黒い涙と白い月+
毎晩月の出ているうちに、の家へと向かった。
今日はどんなことがあったとか、最近は花の売れ行きがいいとか、そんなたわいもない話ばかりして、ずっと夜通し一緒にいた。
そんなささいな時間が俺には一番大切で、なにより一番愛しい時間。
と一緒にいると、心があったかくなる。汚い仕事をしている俺をは癒し、清めてくれた。
もはや俺が生きる意味は、のためにあると言っても過言ではない。
それほどまでに愛していたんだ。この、という少女のことを。
「一馬?」
「あ、悪い。ボーっとしてた」
「大丈夫?疲れてるんじゃない?」
「全然平気だよ、このくらい。心配すんなって」
「それならいいんだけど・・・ゴホっ!ゴホっ!!」
「!?」
「ゴメン、ちょっとむせちゃっただけだから」
ムリに笑ったように見えた。いつもとは違う笑み。俺は胸騒ぎを感じる。
何か、嫌な予感がしたんだ。悪いことが起きそうな気がする。
「なんだか、楽しいね」
「え?」
フッと笑っては言う。その言葉の意味がよくわからない俺は、少し首をかしげた。
「こうやって、毎日会っていろんな話して。そんな時間が私は好きなの」
「・・・」
「楽しいね」
俺の目を見て、本当に楽しそうに笑うを見て俺も心からの笑みを見せる。
力強く頷けば、は少し照れたようにまた笑った。
あぁ、こんな時間がずっとずっと・・・続けばいいのに。
そう願わずにはいられない。
しかし運命は、とことん俺の幸せを奪っていった
「!!」
お茶のカップを持って立ち上がろうとしたは、そのまま倒れこむ。
慌てて駆けつけると、さっきみたいな困ったような笑みを浮かべて俺を見た。
「アハハ・・ちょっとよろけちゃっただけだから・・・大丈夫」
「大丈夫なわけないだろ!待ってろ、今医者呼んでくるから」
「そんなことしたら、一馬がいるってばれちゃうよ・・・」
「かまわねぇよ、んなこと!それよりの方が・・」
「明日――」
俺の言葉をさえぎって、は俺の頬に手を当てた。
熱い・・・。
「明日必ず、病院行くから。ね?」
その眼は本気で俺を心配しているような眼だった。
俺はの手を掴んで、わかったと小さく呟いた。
をベッドに運ぶと、彼女はすぐ眠りにつく。安らかな寝顔。少し安心できた。
俺は静かに部屋を後にする。そしてそのまま家を出た。
美しい星空の下、俺は一人歩き続ける。
この胸騒ぎはなんなのか。せめてそれが、のことではないように祈るばかりだった。
翌日。俺の嫌な予感は的中することになる。
「今、なんて・・・」
「・・・・」
俯いたまま何も言わない。小さく息を吐いたあと、眼に涙を浮かべながらもう一度同じ言葉を繰り返した。
「もう長くないんだって。私の命・・・」
そんなこと、にわかには信じられなかった。
なんでだ?やっと手にした幸せなのに。これからもずっと一緒にいられると思っていたのに。
なんでこんなことになるんだよ・・・。なんで俺じゃなくて、なんだよ。
が、何したっていうんだ・・・!
「ゴメンね、一馬」
「なんでが謝るんだよ」
「こんなこと言うの、本当はいやなんだけど・・・」
一筋の雫が、の頬を伝って落ちた。
「今までいろんなことがあった。お母さんが死んで、お父さんが殺されて。でも、一度だって神様に願うなんてこと、したことなかったの」
「・・・」
の小さな手が、震えていた。
「今は一馬がいて、とっても幸せ。一馬に会えて、本当に良かったと思ってる。だけど、こんなことになっちゃって、私はもう一馬とずっと一緒にはいられない」
「なに言ってんだよ!直せばまた一緒にいられる!!」
「ゴメンね、一馬・・・。だから、今はじめて神様に祈ることができたの」
「死にたく・・・ないよぉっ・・・!!!」
唇を強く噛みながら、は泣いた。そんなを強く抱きしめながら、俺は思う。
もしこの世に神様というやつがいて、そいつが世の中全ての物事を決めているんなら、なんでを病気になんかしたんだろうって。
こんなに優しくて、愛されてる少女が、なんで死ななきゃいけない?
なぁ、神様。俺からもお願いします。
俺はどうなってもかまわない。だから、を助けてください。
俺の命を、にあげて・・・。
その日を境に、はどんどん弱っていった。店にも出られなくなって、ベッドからも出られなくなっていった。
それでもは笑ってて。いつも俺に大丈夫だと笑いかけてくれた。
俺は毎日祈り続けた。神様がいなくても、誰かがきっとこの願いを聞き届けてくれさえすれば、それでは助かると思ってたんだ。
でも、俺の願いは叶わなかった。
「!」
「か、ずま・・・」
大量の血を吐き、横たわる。その呼吸は浅く、もう後がないことを知らせていた。
「、しっかりしろ・・・!」
「一馬・・・私・・・」
「しゃべんな、わかったから。もうしゃべるな・・・!」
「ずっと、一緒にいたいっ・・・!」
俺の手を強く握り締め、痛みに耐えるの眼からは涙が溢れていた。
いやだ・・・死なないでくれ。俺がやっと見つけた、生きる意味。
失いたくない・・・!
「ゴメンね、一馬・・・・」
「!死ぬな!!」
「かず、ま・・・」
「頼むっ!死なないでくれ!」
刹那、が笑った。あのいつも見せてくれる笑顔。
俺の大好きな、愛しい笑顔―――
「さよ、なら・・・かず、ま・・・」
「愛してる」
こうしては死んだ。手は冷たくて、その眼はもう開くことはない。
あの笑顔で笑いかけてくれることも、俺と話をしてくれもしない。
は、死んだのだ。
「なんでだよ、」
どうしてこうなってしまった。俺は、なんにもできなかった。
「答えてくれよ、・・・!」
神様ってやつは、相当俺が嫌いらしい。
生まれたときから盗み、奪い、殺し、やっと見つけた愛しき人も失った俺の運命。
「俺達がなにをしたって言うんだ?」
「なにしたって言うんだよぉぉ!!!!!」
叫び声は夜の街に響いて、消える。
小さな家には、の思い出がありすぎた。
俺はの家に火を放つ。
店の花も、の部屋も、秘密の研究室も、の亡骸も、全て燃え尽きた。
これでいい。こうすればはいつも、ここにいられる。
闇夜を歩いて、廃墟に戻った。何も言わずに俺を迎えてくれた結人たちは、ただ黙って俺の傍にいてくれた。
涙は枯れることを知らず、ただただ流れ続ける。
これが「悲しい」という感情だってことを知るには、まだ時間がかかった。
「一馬、最近様子が変だ」
結人の言葉に、英士は読んでいた本を閉じて肯定を示す。潤慶も同じく頷いた。
一馬は今、一人で榊のところへ呼ばれている。
の件についてはバレていないと思うから、おそらくは仕事のことだろう。
結人の言ったように、が死んでからの一馬は様子がおかしかった。
笑顔をめったに見せなくなり、口数も減った。それに、前にも増して殺し方が酷くなった気もする。
「ちゃんが死んだのが、相当こたえてるよね・・・」
潤慶の言葉に他の二人も頷く。
「ちゃんがいた頃の一馬は、すっげー楽しそうだったからな。できることなら俺も、ちゃんには死んで欲しくなかったよ」
「俺もそう思うね。だけど、今は一馬の立ち直りを待つしかないでしょ」
「そうだな。幸い榊さんにもバレてないみたいだし・・・」
「そいつぁどうかな?」
突然聞こえた声に、3人は身構える。
声の主は廃墟のドアに寄りかかって不適な笑みを浮かべ、3人を見ていた。
「三上・・・」
潤慶が呟くと、三上はフッと笑いをこぼした。
「お前ら、まさか本気で榊さんが気付いてないとでも思ってんのか?」
「どういう意味?」
英士の言葉に、やれやれといった感じで肩をすくめる三上。
いくら仲間とはいえ、こいつほど危険な気を感じない奴はいなかった。故に、3人は未だかまえを解いていない。
「なんで真田だけ榊さんのところへいく?普通ならお前ら全員で向かうはずだろ」
「何が言いたい」
「つまり・・・真田があの女を生かしていたことくらい、俺も榊さんも知ってるってことだ」
「なんだと!?」
英士が声をあげると、それと同時に今度は結人が三上に突っかかっていった。
「それじゃあ、一馬は・・!」
眼を閉じ、今まで以上にいやらしい笑みを浮かべた三上が、静かに言い放つ。
「今頃きっと、罰でも受けてんだろ・・・・」
3人の顔から血の気が引いた。一馬のしていたことが榊さんにばれていたとしたら、命令違反ということになる。
命令違反者への罰――それは死。
三上を一人廃墟に残して、3人はすぐ本部へと向かった。
夜の闇に聳え立つあの高い塔へと。
誰一人として口を開くものはいなかった。ただ必死に走り続ける。
今宵は新月。暗闇の世界が広がっていた。
「まったく、くだらねぇやつら」
なにが友情だ。笑わせんじゃねぇよ。
真田も真田だ。自分の命を危険にさらしてまで女と一緒にいたいなんて、俺には理解できないね。
所詮、世の中なんて汚いところなんだ。
早くそれに気付けよ、4人とも。
お前らの運命なんて、B・Tに入った時点で決まってるんだ。
永遠に闇でしか生きられぬ者たち。
これからもっと辛いことが起こるぜ。
今とは比べ物にならない世界が待ってる。
「覚悟、しておけよ・・・」
そう言った三上の手からは、血がにじみ出ていた。


