どんなに頑張っても、どうにもならないことはあるんだ









人を殺して何がいけないの?









この世はあまりにも不公平だ














この世界は穢れすぎた


































































黒い涙白い月




























































B・T本部、拷問室。ありとあらゆる拷問機材が置かれた、特別冷たい部屋。

そこに一馬は繋がれていた。体中に火傷や切り傷がつけられ、普通の人間なら死んでもおかしくないような拷問を加えられている。

ろうそくの炎が揺らめく中を一人の男が入ってきた――榊だ。

榊はうなだれている一馬の顔を持ち上げ、無理やり目線を合わせる。

一馬の目は一向にひるむ様子もなく、ただ暗い闇だけが広がっていた。を失ったときと同じ、あの暗闇の色が宿る。

(フフ・・・これでこそB・Tの一員だ)

一馬の目を見て、満足そうに笑う榊。そして、そのまま一馬に問うた。

「真田。お前はなぜ、あの娘を生かしていた?」

何も答えぬまま、ただひたすらに前だけを見据える一馬に、榊は一度だけムチを打った。

「っ・・・!!」

もはや声すら出ないほど体力を消耗していた一馬は、一瞬苦痛の表情を浮かべたが、またすぐ元の冷酷な顔に戻る。

「答えろ」

「・・・・・・・」

それでも一馬は答えない。タバコの煙を吐き出して、榊が胸から取り出したものを一馬の眉間に押し当てる。

黒い塊からは火薬のにおいが漂ってきた。

「しかたがないな・・・・・」

榊がカチャリと銃の引き金を引こうとしたとき。バンっという音と共に3人の少年たちが拷問室へと入ってきた。

「待ってください!!」

結人が榊の腕にしがみつき、無理やり銃を離そうとする。

「え、し・・・ゆ・・・と・・・ユ、ン・・・・」

小声で一馬が反応する。その眼には少しだけ光が宿っていた。

「お願いです榊さん!一馬を殺さないでください!」

「お願いします!!」

結人と潤慶に続き、英士も必死になって榊を止める。

大の大人であってもB・T3人の前では、思うように身動きがとれず戸惑っていた。

しかし、その必死な3人を見て、榊は何かを思いついたように口の端を上げる。

3人の背筋に寒気が走った。

「お前ら、そんなに真田を助けたいか?」

「・・・・・はい」

代表して英士が肯定を唱えると、榊は一層口元にいやらしい笑みを浮かべた。

何かよくないことをたくらんでいるのは明白だ。しかし、それでも一馬だけは死なせてはならない。

自分達はどうにでもしていい、だから一馬を助けて欲しかった。

「俺もどうするか迷っていたんだ。B・Tにとっても真田のような優秀な人材を失うことは実に惜しい」

「それじゃあ・・!」

結人が希望に満ちた顔を向ける。しかし、榊は相変わらず悪魔のような微笑みを浮かべていた。

「一つ、条件を出してやろう」

銃を胸元にしまい、一馬の頭をわしづかみにして榊は言う。

それと同時に三上をはじめとする、数名のB・Tたちが英士たちを取り押さえた。

「なにをする!!」

もがいてももがいても身動きはとれずに、ただ叫び声だけをあげるしかなかった。

「命は助けてやる。ただし、その代償はもらわないとな・・・」

刹那、榊の手が黒く光る。

「うわぁああぁあぁっ!!!!!!!」

すると、今までどんな拷問にも耐えてきたはずの一馬が突然苦しみだし、暴れだした。

苦痛に喘ぎ、その表情は悲しみと苦しみに耐え忍ぶ、まるで鬼のような顔となる。

捕らえられている3人は何が起きたのかわからず、ただ彼の名を呼ぶだけだった。

「一馬!!榊さん、何を・・・!」

「消すんだ、真田の記憶を」

「消、す・・・?」

榊は笑った。まるで悪魔のように。













「愛しき人との思い出、存在、その全てをな!!」














との思い出を消す。それすなわち、一馬の唯一の希望を絶つということだった。

3人は思う。一馬にとっては全てだった。その人を一馬の中から消してしまうなんて、死ぬよりも耐え難いことだ。

冗談じゃない。今まで必死に生きてきて、やっと手に入れた一馬の希望なのに。そのたった一つの希望を失う?

「や・・・め・・・・っ」








そんなの絶対許さない

















「やめろぉぉおおっ!!!!!!!」

















許されるはずがないんだ。

「くっ!若菜、暴れるなよ!!」

「やめろ!やめてくれ!消さないでくれぇ!!」

「一馬っ・・・・!」

「一馬!」

英士も潤慶も、結人と同じく必死に呪縛から逃れようと暴れる。

しかし、思った以上に相手は手ごわく、身動きすら取れなかった。











なんでこうなっちまうんだよ・・。俺達が何したってんだよ。

なぁ、頼むよ。あいつからちゃんを取らないでやってくれ。お願いだから。

あいつ、やっと心から笑えたんだ。ちゃんと出会えて、俺達にも見せないような楽しそうな顔してて。

すっげー幸せそうだったんだよ。たった一つの望みなんだよ。生きる糧なんだ。

だから頼む、消さないでくれ。二人の時間を奪わないでやってくれ。

榊さんっ・・!!

「榊さんっ!!!」

「お願いします!消さないで!」

「お願いします!!」

結人、英士、潤慶が必死に呼びかけても、榊はその作業を止めることはなかった。

それどころか、一馬の叫び声はより悲痛なものになっていく。

「もうあきらめろ。あの人に立てついたら、お前らもあぁなるかもしんねぇぜ?」

「いやだ!ぜってー諦めねぇ!!」

なんとしても一馬を助けるんだ。あいつがこれからも幸せな顔できるように。

「ぜってー諦めねぇ!!!」

しかし。その気持ちは、届くことはなかった。

強烈な光が、放たれる。






























































「一馬ぁぁあぁぁああぁ!!!」

































































ぐったりとうなだれる一馬が鎖からはずされると同時に、3人も解放された。

一馬は救護室に運ばれ、3人はその場に取り残された。否、動くことができなかったのだ。

「安心しろ。お前達の記憶は残しておいた。これに懲りたら、二度と逆らうようなマネはしないことだな」

そう言い放つ榊を睨みながら、3人は涙を流す。

彼らは一馬の――親友の記憶を守ることが出来なかった。

助けられなかったのだ。









ダメだった。俺にはどうすることもできなかった。

どんなに足掻いても、どんなことをしても、結局一馬を助けられなかった。

何が努力すれば、だ。くだらねぇ。そんなこと、世の中じゃ何の役にもたたない。

俺の願いは叶わなかった。あんなに足掻いても、ムリだった。

所詮人間なんて、力が全てなのかな・・・。

ゴメン、一馬。俺、お前を助けてやれなかったよ・・・。









どうしてこうなっちゃったのかな。僕達が何したっていうわけ?

これがもし、神様が与えた罰だとしたら、僕は神様を恨むよ。

だって、そうだろ。盗み、奪い、殺すことでしか生きられなかったんだから。

それを罰するというなら、どうすればよかったんだよ。

これはあんたが与えた運命だろう。なのに、なんでこうなるの?

ねぇ、神様。人を殺したことが悪かった?だから一馬をこんなめにあわせたの?

人を殺して何が悪いんだよ。

そうでなきゃ生きられないような運命を作ったのは、神様なのに――









人生不平等だと思った。俺達はこんな悲惨な末路を辿ってるっていうのに、きっとこの世界のどこかでは真逆の裕福な生活してるやつがいるんだろうな。

間違ってる。やっぱり世の中は腐ってた。

俺達だけが何も与えられてなくて、それなのに大切なもの奪われて。

不公平だ。あまりにも世の中は平等じゃない。

なぁ、誰か教えてくれよ。

誰がこんな結果を望んでたんだ?

誰も望んでなかっただろう・・・。








3人の泣き声が響く部屋では、ただろうそくの明かりだけが灯っていた。

この残酷な結末を密やかに見守るろうそくだけが。

































































拷問室の中で泣いている親友の昔の姿。

こんな悲惨なことが自分の身に起こっていたなんて、想像すらしなかった。

だから結人たちは俺のことを止めていたんだ。こんな思い二度とさせないために。

「ゴメン、な・・・・」

聞こえていないとわかっていつつも、声をかけられずにはいられなかった。

俺はバカだ。親友の気持ちも考えないで、思い出しちまった。

止めていたにも関わらず、こいつらは俺のためにこんなに頑張ってくれたというのに。

自然と頬に涙が伝った。

「ゴメンな・・・っ!!」

何度も何度も謝って、俺は思い知った。これがB・Tというところ。

俺の記憶を消したのは紛れもない、榊さん。そして、は・・・。

俺の、恋人だった。

もう何百年経っているかわからない。きっと生まれ変わりなんだろう。でもようやく気が付いた。

今も昔も、こういうところは変わってないんだな。俺ってやっぱり鈍いんだ。

が好きだ。

この気持ちに偽りはない。過去に引き裂かれてしまったのなら、現在もう一度めぐりあったチャンスを生かさないでどうする?

それが唯一、今こうして涙を流してくれている親友達への償いだと思った。

俺は・・・いや、俺達は幸せにならなくちゃならない。

そのためには、この乱れた世界をどうにかしなくちゃならなかった。

消してしまおう。こんな、廃れた悲しい世界など。もう必要ないのだから・・・。

俺は拷問室を出て、倒れた昔の俺のところへ向かった。

深い眠りに落ちている彼の眼には涙。

きっと目覚めれば、のことなど忘れているだろう。榊さんのことだ。万に一つ、失敗などありえない。

「バカやろう・・・・!」

俺自身にそう告げる。

「忘れてんじゃ・・・ねぇよ」

あんなに大事な思い出、忘れてんなよ。親友泣かせて、なにやってんだよお前は。

聞こえていないなんて、わかってる。そういえば、俺が一番初めに覚えている記憶も救護室からだったな。

そして、結人たちがくるんだ。そろそろ、記憶の世界からも抜け出さないとな。

「結人、英士、ユン・・・ありがとう。俺のために頑張ってくれて」

高く空へと浮かび、記憶の世界がどんどん小さくなっていく。

これから起こることを教えることも出来ぬまま、この世界から去ることを少し惨めに思った。

「ちゃんと、思い出したから・・・お前らのこと」

だから、もう休んで良いぜ。俺の記憶の中で。

じゃあな、俺のもう一つの世界・・・。

目覚めると、眼に映る全ては赤く染まっていた。





























































「一馬!」

「ん?あれ、俺何してんだっけ・・・?」

「「「・・・・・・・」」」

「おい、なにそんな暗い顔してんだよ!俺なんかしたか?」

「な、なんでもねぇよ!お前仕事中に転んで頭打って、本部に運ばれたんだぜ?覚えてねぇの?」

「うそだろ!?やべぇ・・・全然覚えてない」

「ホント、注意力がたりないね一馬は!」

「思い出せないのは打ち所が悪かったせいでしょ。まぁ、俺達のことは覚えてるみたいだけど」

「そっか。お前たちのこと覚えてんなら、それだけでいいや」

一馬が笑ったあと、結人が小さく呟いた。

「なぁ一馬。ちゃんて子、知ってる?」

もしかしたら、覚えてるかもしれないなんて、甘い考えを持っていた。否、まだこの悲しい事実を受け入れたくなかったのかもしれない。

でも、一馬の口から出てきた言葉は・・・・。

?誰だよそれ」

とたん、結人の眼からまた涙が溢れ出した。やはり現実は残酷なもの。

所詮、3人の儚い願いは聞き届けられなかった。

「お、おい結人!?何泣いてんだよ!」

「か、ずま・・・っ!」

「ん?どうした?」








「どんなに足掻いても、どんなに頑張っても、結局なんにもできなかったっ・・・・!」








「結人・・・お前何言ってんだ・・?」

とめどなく溢れる涙を拭うこともせず、結人はそのまま泣き崩れた。

それに続いて潤慶も涙を流し、英士も眼を伏せる。

「ユンと英士まで・・・いったいどうしたってんだよ!」

いつもとは全く違う親友達の姿に慌てふためく一馬。

こうして、彼らはまた心に新たな傷を刻むこととなった。

そしてこの数日後。この世界でDispar of nightmareが起きることとなる。