一通の黒い手紙
その手紙は悪魔からの招待状
さぁさみんなで
悪魔の城へおいでませ
+黒い涙と白い月+
私が第二のDispar of nightmareの生贄、か。なんだか突然すぎて、しっくりこないや。
功刀くんの部屋から出た私と、それに有紀はのんびりと廊下を歩いていた。
さっきの話がよほど堪えたのか、二人ともシーンと静まり返っている。
でも当の私はそれほどショックを受けていない。というか、まだ実感がわかない。
「、さっきの話のことだけど・・・大丈夫?」
「え?なにが?」
「何がって、もしかしてあんた平気とか言うんじゃないわよね?」
「全然大丈夫だよ!ようは、B・Tの連中に捕まらなきゃいいんでしょ?」
「いや、まぁそうだけど・・・」
「だったら心配ないよ。大丈夫、私にはも有紀もついてるから」
にっこり笑って、両隣の二人の腕を取る。
私は大丈夫。だって、こんなに頼もしい親友が二人もいるんだもん。
一人じゃどうにもならないかもしれないけど、W・Mっていう立派な仲間がいる。
だから私は、戦える。
「らしい考え方ね」
有紀がフフっと笑みをこぼした。それにつられて私も笑う。だって、さっきまであんなに深刻そうな顔してたけど、しょうがないなぁという風な笑顔を見せた。
「だけど、いつB・Tがをまた誘拐してくるかわからないわ。より一層気をつけたほうがいいわね」
真剣な面持ちで有紀が言った言葉に、私たちは神妙に頷く。
以前トーナメント戦のときに誘拐された前科から、私は誘拐という言葉に敏感だった。
「それじゃ、私は水野のところに行ってくるわね。ちょっと見ておきたいデータがあるから」
「あ、有紀!」
廊下を曲がろうとしていた有紀の動きを私の声が止める。
「なに?」
「あのさ、今度暇なときでいいからその・・・・Dispar of nightmareのこと、教えてくれないかな」
有紀の表情が少しだけ沈む。この世界でDispar of nightmareのことを出すのはタブーだってことくらいわかってる。
だけど、知っておかなくちゃいけない気がした。私たちだって、もうこの世界の住人なんだから。
「わかった。それじゃ、あとでね」
そのまま水野くんのところに行ってしまった有紀を見送り、私たちは廊下の真ん中に立ち尽くす。
なんか、悪いことしちゃった気分だなぁ。
「よし、。私たちもいきますか」
「え?行くってどこに?」
「西園寺さんのところよ。あの椎名から手紙預かったでしょ?」
「あぁ!そういえば!!」
功刀くんのこととかいろいろあったから、すっかり忘れてた。さすが、。物覚えがいいね!
ということで、私たちは西園寺さんの部屋、本部管理室へと向かう。
最上階にある本部管理室へついて、ノックをすると中からあのソプラノボイスが聞こえてきた。
「「失礼します」」
やはり大きなデスクに座っている西園寺さんは、いつ見ても美人さん。向こうの世界にいたら絶対モデルになってた。
「あら、に。功刀くんの件は聞いてるわ。大変だったわね」
「いえ、大丈夫です」
がはっきりとした声で答えると、西園寺さんは優しい笑顔で頷いた。
「それで、今日はなんの用かしら?」
「あの、B・Tの椎名翼という人から手紙を預かってきました」
「椎名から?」
西園寺さんは黒い封筒を受け取ると、さっそく中を読み始めた。
しばらくして、一瞬驚いたような表情をした後、すぐ私たちに向き直る。
「ご苦労様。わざわざありがとう。もう下がっていいわよ」
「はい」
結局あの手紙に何が書いてあったのかわからなかったけど、とりあえず言われた通りに部屋を後にする。
だけど、あの西園寺さんの顔。きっと良いことじゃないんだろうな。
「相変わらず緊張するー;」
「、職員室とか苦手だもんね」
「だって嫌いじゃない!」
「私は嫌いだけど、緊張なんかしないもん」
シレっと言うに少しむくれつつ、私はふとさっきまで話していたことを思い出す。
「あのさ、・・・」
「なに?」
「もし、私が生贄にされたらやっぱり死ぬことになるんだよね」
「ちょっと!なに言ってんのよ!」
は私の肩に手を置いて、少し声を張り上げた。
だって考えちゃうよ。もし、私がこの世界で死んだらどうなるんだろうって。
きっと向こうの世界にも戻れないし、B・Tがこっちの世界も向こうの世界も支配する。
そんなの絶対に嫌だった。だけど・・・・。
「向こうの世界、もう帰りたくないよ・・・」
私は知ってしまった。向こうの世界じゃ、学校しか私の居場所なんてなかった。
だけど、ここに来て、まるで家族みたいにあったかい世界を知ってしまったから。
もう、本当の家族には戻れない。
俯く私をはただじっと見守るだけだった。
そして、静かに頭を撫でてくれる。優しく、まるでお母さんみたいに。
「。がいいなら、私の家に来てもいいんだよ?」
「ううん、にそこまで迷惑かけられないから・・・」
「なに言ってんの。私たち、親友じゃない。水くさいわよ」
「ありがと・・。」
私は少し泣いた。はその間、ずっと私の傍にいてくれた。
だけど、私たちは知らなかったんだ。このとき、私たちの会話を聞いてる人がいるなんてことを。
B・Tの本部。赤いカプセルから出された一馬は、その場に座り込んだ。
赤い液が体中に張り付いて気持ち悪かったが、それ以上に今まで記憶がまだぐるぐると頭の中を回っていて、思うように思考が働かなかった。
「どうだ、真田。自分の過去を見た感想は」
「・・・・・・」
「フっ、まぁいい。約束どおり、お前には新しい黒涙をはめこんでもらうぞ」
榊がゆっくりとしゃがみこみ、座り込む一馬の左胸に浮かび上がった黒い水をはめ込んでいく。
あぁ、これで俺は誰よりもB・Tに染まっちまった。
そんなことを考えながら、目を閉じてその現実を受け止める。
程なくしてその作業は完了した。
新しく黒涙をはめ込まれたとはいえ、特に身体の異変はない。先ほどと変わらず、ただ赤い液が気持ち悪いだけだった。
「もう戻っていいぞ、真田」
「・・・・・はい」
まだふらつく身体をなんとか立たせ、一馬はその場を後にする。
誰もいなくなった部屋で、榊は一人笑顔を見せた。
「真田。お前はこれで誰よりもB・Tの血を濃く持った者になった。だが、お前もそろそろ他人を疑うということを覚えたほうがいい」
榊はカプセルに浮かぶ赤い液をなぞり、見つめる。
この世に完全な取引などありはしない。どちらかが必ず利益か不利益をこうむることになる。
今回は私の勝利だ。なにせ、お前にはまだ全ての記憶を見せたわけではないのだからな・・・。
暗闇にたたずむ榊を小さな三日月が照らし出す。
その影は悪魔そのものの姿だった――
よろよろとした足つきで、元の廃墟に戻る途中。先に結人と英士、それから潤慶の出迎えがあった。
「一馬!」
結人が一馬の名を呼び、駆け寄る。あとの二人もそれに続いた。
「あれ、お前ら・・・何してんだ?」
「それはこっちの台詞でしょ!なんなのこの赤い液は・・・!」
「よく・・わかんねぇけど、記憶を戻すときに使ったカプセルん中に入ってた液だよ」
英士の言葉に、まだはっきりしない意識を奮い立たせて答える。
「それじゃあ、思い出したの!?」
潤慶が叫ぶと、一馬は少し俯きながら小さく頷いた。
思い出してしまったか・・・。3人の表情は暗い。
あれだけ辛い記憶、もう二度と思い出させまいと心に誓ったのに。
また一馬に辛い体験をさせてしまった。
「ゴメン、一馬・・・」
結人がポツリと呟く。その謝罪に一馬は首をかしげた。
「なんで謝るんだよ。俺が勝手にしたことだろ?」
「俺達、もう絶対一馬にあの辛い日々を思い出させないようにって誓ったのに・・・」
英士も暗い表情で俯く。潤慶もゴメン、と小さく言った。
「なに言ってんだよ。むしろ俺は嬉しかったぜ?記憶が戻って」
「だけど・・・!」
「昔、俺のためにどれだけお前らが頑張ってくれたかわかったから。それだけで俺は充分なんだよ」
少し照れたように笑う一馬。あぁ、昔となんら変わっていない。
一馬は、いつも俺達と共にある。だって俺達は4人で一つなんだから。
「そっか・・・そうだよね!」
「あーなんか心配したら腹減った!飯食いに行こうぜ」
「結人はいっつもそればっかりだね」
「だってしょうがないじゃん、ホントに腹減ったんだから」
「まぁ、落ち着きなよヨンサも結人も」
いつもどおりのこの光景。こいつらが親友で本当に良かったと一馬は思った。
こんなにも心配してくれて、こんなにも励ましてくれて。
「おーい一馬!はやく来ないと置いてくぞー!」
「あ、ちょっと待てよ!!」
一馬は仲間たちの下へ駆け出した。
並んで歩けば、過去の世界で見た日々を思い出す。
思い出があるっていうのは、いいことでも悪いことでも、結構いいもんなんだな。
「はぁー。これで心置きなく昔話ができるね」
「ユン、俺達まだそんなに年老いてねぇだろ?」
「何百年も生きてる人間が、何言ってんの」
「やっぱ長いよな、何百年も生きるって」
「うわぁ、一馬がヘタレ発言じゃない!」
「てめぇ、どういう意味だよ結人!」
「あ、もしかしたら新しい黒涙入れられたからヘタレが直ったのかもよ?」
「ユンまで何いってやがる!」
「一馬のヘタレは早々直るもんじゃないよ」
「英士まで・・・;」
こうして廃墟までの道には笑い声が響いた。いつも通りの風景にいつも通りの会話。
これが、俺の帰る場所。
月夜の闇に生きる少年達は、これから起こる惨劇など全く知る由もなく、ただ今を生きていた。
途中で会った渋沢さんに応接室を借りる許可を得て(渋沢さんはリーダーだから許可をとらないといけないらしい。もちろん、快く許してくれた)と有紀、そして私の3人はそこで話をすることになった。
有紀の顔はとても辛そうで、心が痛む。それでも知っておかなくてはならない。
これから起こるであろう第二のDispar of nightmare。それと真っ向から戦うためには、予備知識が必要だった。
「それじゃあこれから話すけど、どこから話したらいいかな・・・」
有紀はそう言って考え込んだ。そして、何かをひらめいたように手を打ってそのまま応接室を飛び出していった。
「有、紀・・・?」
「行っちゃったわね」
どうしたの有紀!?いきなり飛び出すなんて、学年次席のすることじゃないわよ。
ってこんなこと考えるのはやっぱりあの人の影響なんだろうなぁ。
学年トップはそんなことしないだの、もっと自覚を持てだの。
ホント、血を全部取り替えて別の家の血を入れたい。できればとか有紀とか。
それならもうちょっと綺麗になれたかもしれないのに・・・!
「、今とってもくだらないこと考えてたでしょ」
「え!?ば、バレた?」
「そりゃバレるわよ。何年間一緒にいると思ってる?」
「アハハー・・・その通りです;」
が呆れたようにため息をつくと、思いっきり応接室のドアが開いた。
「お待たせ!私だけじゃ語りつくせないから、助っ人持ってきた」
「オイ小島。持ってきたってなんだよ」
「あ、黒川くんだ!!」
有紀が連れてきたのは争奪戦のときに一緒に戦った黒川柾輝くん。
久しぶりに見たけど、相変わらず黒い。
「あとなんか余計なものまで引っ付いてきた・・・;」
「余計なものって・・・あぁ、なるほど」
がまた呆れたように肩を落とす。その視線の先には光宏と昭栄、そしてなぜか功刀くんの姿があった。
「だって俺達護衛だから。護衛たるもの、いかなるときでも行動を共にしないとな!」
「その通りばい、みっくん!」
「とかいいつつ、さっきまで思いっきり別行動してたのは誰よ?」
「さ、さぁ早くはじめようぜ;」
「そ、その通りばいみっくん;」
あ、図星だ。さすが。ずばり言うね。でも、なんで功刀くんがいるわけ?
「なんで功刀まで連れてきてんのよ」
有紀が私の気持ちを代弁してくれた。すると功刀くんは、ばつが悪そうに迷彩帽を被りなおす。
「このアホに無理やり連れて来られたばい・・・」
「やけんカズさん、まだ怪我しちょるけん、心配やったとよ!」
「それやったら大人しく寝させろや!」
お〜さすがは先輩と後輩。息もばっちり合ってる。
「まぁいいわ。それじゃ、この5人で説明するわね」
「ちょお待て。俺も数に入っとるんか?」
「当たり前じゃない功刀。せっかく来たんだから、教えてあげましょうよ」
しょうがなかな・・と呟いて功刀くんも席につく。なんか個性豊かな人たちばっかりだな;
一度有紀が咳払いをして、気持ちを切り替える。
「それじゃあさっそく話し始めるわね」
さっきとは打って変わって、至極真剣な面持ちで有紀は言った。
私たちも息を呑む。これから話すことは、ここにいるみんなの心に傷をつけた大惨事。
すごく重要な話だってことは、言わずとも知れたことだった。
「あれは今から百年以上前のこと・・・」
舞台はB・Tの総本部から始まる。
その悲劇はB・Tの古株、三上亮の手によって引き起こされようとしていた。


