辛い過去など
悲しい記憶など
全て忘れて
またあの頃のように
笑っていたい
+黒い涙と白い月+
一度に本部管理室に入ると迷惑だろうから、まず先にカズさんと昭栄(なぜかついて行った)が入っていった。
その間、私と光宏は廊下で待機。昭栄のいない、久しぶりの静かな時間が流れた。
私はこれから西園寺さんに話す内容を頭の中でまとめていた。だけど、その隣で光宏が小さくため息をつく。
いつもは明るい光宏がため息をつくなんて珍しいことだった。何かあったのかと、無性に気になる。
「どうしたの?ため息なんかついちゃって」
「え、あ・・・別になんでもないよ」
「そっか、それならいいんだけど」
やっぱりちょっと変だった。何か思い悩んでるような、ムリに笑ってるような感じがする。
さっきまであんなに元気だったのに。もしかして、私が何かしちゃったかな。
そうかもしれない。もう護衛なんてやってられない、とか?それなら、私と二人きりになってため息をつく理由も納得がいく。
「あ、のさ・・・光宏」
「なんだ?」
「あのね、もし護衛が嫌なら辞めても大丈夫だから・・・」
「は!?ちょ、待て。なに言ってんだ?」
「え?だって私たちの護衛がいやだから、元気ないんじゃないの?」
「バカ、んなわけないじゃん!むしろたちの護衛やれてすっごく嬉しいよ」
「ホント?」
「ホント。マジだって。信じられない?」
「ううん、信じるよ。良かった。私嫌われちゃったかと思って」
勘違いだったのか。本当、良かった。あれ?光宏の顔が赤い。なんでだろ。
「光宏、顔赤いよ?大丈夫?」
「ぜ、全然平気だよ!それよりさ、。いっこ聞きたいことがあるんだけど・・」
「うん、なに?」
光宏は周りをキョロキョロと見回して、どこか落ち着きがなかった。言うのを躊躇っている感じがする。
一度大きく深呼吸をして、よし、と小さく呟いてから私の目をじっと見つめた。
「あのさ、俺・・・・」
「ー!みっくんー!終わったとよ!!!!」
光宏の声をはるかに上回るバカでかい声と共に、昭栄が元気よく本部管理室から出てきた。
後ろではカズさんが呆れた顔をして頭を抱えている。
なんとなく、いいコンビって感じがした。
「あ、二人ともお疲れ様。どうだった?」
「俺と同じ、戦闘の部署に配属されるったい!」
「それじゃあ!」
「おう、今日から俺もW・Mの一員や」
やったー!!これでカズさんも正式に私たちの仲間になったんだ!
今夜はお赤飯だね。いや、特に意味はないんだけどなんとなくめでたいっていうイメージで。
だけど、戦闘か・・・。それじゃあB・Tと戦うときは、昔の仲間と戦うことになっちゃうんだよね。
それって大丈夫なのかな。カズさん、辛いと思う。B・Tとはいえ、一緒に過ごした仲間なんだから。
「大丈夫や。お前が気に病むことやなか」
「え!?私、声に出てました?」
「出てはなか。やけん、顔にそう書いてあったとよ」
私ってやっぱり読まれやすい性格してるのかな。なんかいつも読まれてる気がする。とか有紀にも。
「ありがとな」
ちょっと照れくさそうに、小さくカズさんは言った。それが私にはとても嬉しくて、思わず笑顔になってしまう。
「いいえ、カズさん。これからもよろしくお願いします」
差し出した手をしっかり握って、カズさんは微笑んだ。仲間が増えるって、いいことなんだなと思った。
にしてもまたかっこいい人が増えたなぁ。この微笑みは、まさに犯罪。家に持って帰りたいくらいだよ。
「、顔にやけてるぞ」
「や、やばい!」
光宏に言われて、たるんだ顔を引き締める。危なかった、また読まれるところだった。ナイス光宏。
さて、次は私の番。はぁ〜すっごい緊張してきた。なんせただでさえ緊張する西園寺さんに、お願いごとするんだから。
受け入れてくれなかったらどうしよう・・・。そしたらまたあの家に逆戻りか。
止めよう、縁起でもないこと考えるの。まずは言ってみないとわからないしね。
「それじゃ、。行って参ります!」
ビシっと敬礼して、にっこり笑うと3人も同じように笑ってくれた。
ドアに手をかけるところで、急に光宏からの声がかかる。それにあわせて後ろを振り向いた。
「なに?あ、さっきの話!」
「やっぱなんでもないや。ゴメンな、変なこと言って」
「ううん、私こそ聞いてあげられなくてごめんね。今度絶対聞くから!」
「ハハ、期待してる」
それじゃ、と私は中に入った。そのあと、ドアの向こうで光宏がため息を漏らしたことを、私は知らない。
「失礼します」
「、待ってたわよ。さ、そこに座って」
西園寺さんはデスクから離れて近くにある立派なソファに座る。
席を勧められたのは初めてだった。いつも立ち話で終わるから。どうしていいのか迷っていたら、西園寺さんが大丈夫よ、と優しく声をかけてくれたので、お言葉に甘えて座ることにした。
ふかふかしてとっても気持ちいいソファ。皮の手触りが、少し冷たかった。
「Dispar of nightmareのこと、聞いたみたいね」
「はい。有紀に話してもらいました」
「それはよかった。いずれ私から話そうと思っていたことだったから。ちょうど良かったわ」
にっこり笑う西園寺さんは、いつもと違ってとても優しい雰囲気だった。
普段はなんかキャリアウーマンって感じで、すごくしっかりとした感じだったから。だから今日はそんなに緊張していない。
だけど言うことがことだけに、やっぱり少し戸惑いはあった。まず、何から話せばいいのか。
「あの・・・」
話を切り出す。声が少し上ずっていたけど、それでも西園寺さんはちゃんと私の目を見て、話を聞こうとしてくれていた。
言わなくちゃ。あのこと。そうすれば、私は・・・。
「そろそろ」
まだ迷っているときに、西園寺さんはふと呟いた。俯いていた私は、顔を上げる。
「そろそろ来る頃じゃないかと思ってたわ」
真剣な顔で、私のことを見ながらそう言った西園寺さんは、少し寂しそうだった。
あぁ、この人は全部知っているんだ。私のこと、全部わかっていてくれるんだ。
そう思うと、安心して涙が溢れてきた。私の過去を全て知って受け入れてくれたのは、だけだったから。
この世界にも、私を受け入れてくれる人がいたこと。それが何よりも嬉しかった。
「私は構わないわ。W・Mの本部には空き部屋もあるし、大体の人がここに住んでるからね。だけど、貴方は本当にそれでいいの?」
「私・・・?」
「ええ。あなた自身は、どう考えているの?」
私の、考え・・・。私がどうしたいか。
私は家のために、こっちへ来ることを決意した。もうあんな家いたくないし、あの家も私を必要としていないことくらいわかってる。
私は、ここにいたい。いつまでもこの世界にい続けたい。だから・・・。
「私は、この世界にいたいです。私を必要としてくれたのは、この世界だったから」
真っ直ぐ、芯のある声で言った。私は白月の姫。この世界は私を必要としてくれている。
あんな家じゃ、私はもういらない。邪魔な存在になるより、こっちの世界にいた方がずっといい。
「わかった。それじゃあ、。あなたをこちらへ正式に迎え入れましょう」
「ありがとうございます」
「これがあなたの部屋の鍵よ。必要な家具は、全てそろってるから」
「はい」
レトロな感じの鍵を受け取り、すばやくポケットにしまう。今日から私はこの世界の住人になる。
やっと、あの家から出られるんだ。
「学校は行くんでしょ?」
「はい、もいますから」
「そう。ねぇ、」
「はい?」
西園寺さんはにっこりと笑って私を見、そして言った。
「辛かったらいつでも言っていいからね。W・Mの人たちは、みんなあなたが好きだから。きっと受け入れてくれるはずよ」
また、涙が溢れてきた。どんな言葉より、嬉しい。
この世界は、私を受け入れてくれる。私は、ここにいてもいいんだと感じさせてくれる。
「ありがとう、ございます・・!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑顔を見せると、西園寺さんもまた笑ってくれた。
それは優しい笑顔だった。
B・Tの本部から南方へかなり進んだところに、小さな教会が経っている。
そこにはかつて、大きな町があり、とても栄えて平和な場所だった。
この教会はその町のシンボル的存在で、毎日のように人々はこの教会へ通っていたものだ。
だが、それも今では見る影もなく廃れてしまっている。屋根の上に立てられた十字架には赤い血がこびりつき、建物全体がいつ壊れてもおかしくないような状態だった。
内乱。何百年も昔、この地で起こった惨劇。それはとても凄まじいもので、今でもよく思い起こされる。
眼を閉じれば、美しい鐘の音と共に、あの悲劇が浮かび上がってきた。
泣き叫ぶ人々、転がる死体。まさに地獄だ。
そんな記憶、早く忘れてしまいたいのに。この能力がそれを許さない。
どうして、こんな・・・・。
「三上」
教会の前に立っていた少年――三上は、自分を呼ぶ声にはっとした。
ゆっくりと後ろを向けば、そこには懐かしい人物が立っている。はるか昔、己の行く道を違えたかつての仲間。共に笑い、共に泣いてきた、親友の姿。
「渋沢・・・」
いつも通りのニヒルな笑みを浮かべることもせず、ただ渋沢に向かい合う三上。
渋沢は真剣な顔で、しかし少し寂しそうな複雑な表情をしていた。
しばらくの沈黙のあと、先に話を切り出したのは、渋沢のほうだった。
「三上、功刀を傷つけたのはお前か?」
渋沢の目は悲しみに染まっていた。三上はふっと笑みをこぼし、渋沢を睨みつける。
「おいおい、いい加減にしろよ渋沢。敵の心配してどうするんだってーの」
「敵じゃない。今は味方だ」
その言葉に笑っていた三上の動きが止まる。その眼は凄まじい殺気を放っていた。
「へぇ、あいつ死んでなかったのか。そりゃすげぇな。それで敵だったW・Mに入団して、共に悪の組織を倒しましょうってか?そいつぁ頼もしい仲間が増えたもんだ」
三上は渋沢に背を向け、また教会のほうを向く。冷たい北風が二人の間を流れた。
「なぁ、もう止めにしないか」
静かに顔を伏せ、三上に問う。何の反応もない三上を見据えながら、渋沢は続けた。
「いくらB・Tとはいえ、お前は自分の仲間を傷つけたりするような奴じゃないはずだ」
その言葉に、三上はまた笑い始めた。高く響く笑い声。そして一通り笑い終えたあと、三上は渋沢のほうを向いて、叫んだ。
「冗談じゃねぇ!なんでも知ってるような顔しやがって!」
「三上・・・」
「お前に何がわかるんだよ!俺の苦しみ、悲しみ、怒り、わかるわけないだろ!?」
「だが、お前は・・・・!」
「忘れられるお前に、忘れられない俺の苦しみなんてわかるはずねぇんだ。俺は今でも鮮明に覚えてる。あのときの内乱を。だから・・・」
三上のムチが、背後にあった教会を切り裂く。大きな地響きと共に教会は脆くも崩れ去った。
「俺は全部壊してやる。この世の全てをな・・・」
「三上、お前まさか!」
「ハっ!せいぜい楽しめよ、残り少ない人生を」
三上はそう言ってその場を後にした。徐々に離れていく親友の姿は、とても悲しく感じられる。
渋沢は崩れた教会に近づき、かろうじて残った十字架に手を添えた。
くっきりと残る血の跡。それは内乱で着いたものだった。
「忘れるわけがないだろう」
あの悲しい記憶を、忘れることができるなら忘れたいと思うのは当然だ。
だが、三上の能力はそれを拒む。きっと、何百年たった今でも昨日のことのように思い出されるのだろう。
その苦しみは、本人にしかわからない。
渋沢も眼を閉じてみた。遠くで聞こえる、笑い声と鐘の音。
それは今も聞こえてくるような気がした。
なぁ、三上。俺は時々考えるんだ。
もし、あの内乱がなかったら今頃どうなっていたのかって。
もし、俺がお前を無理やりにでもW・Mに連れて行かせればどうなっていたのかって。
そしたら今でも、この教会の鐘を聞くことが出来ていたのだろうか。
あの頃みたいに、4人で笑いあって暮らせていたんだと思うんだ。


