そのころ私の居場所なんかなくて
どこにいても周りの目ばかり気にしていて
世界はとても広いのに
ひどく息苦しかった
+黒い涙と白い月+
あれは私が4歳のとき。とても幸せな毎日を送っていた。
お父さんもお母さんも仲が良くて、私にも優しくて、絵に描いたような、何事もない家族だった。
だけど、あの男がくるようになってから、私の家族はどこかおかしくなってしまう。
男の名は勝彦。財閥の若きリーダー。彼と私のお父さんは昔の知り合いらしくて、よく家に来ていた。
最初は一緒に夕飯を共にするくらいだったけど、それはだんだんエスカレートしていって、お父さんの仕事のことにも口を出すようになってきた。
お父さんが何の仕事をやってたのか今でもよくわからないけど、かなりのお金が動く仕事だと思う。その頃の財閥は不況のあおりで経営が傾いていたから、そいつはお父さんのお金に目をつけた。
お父さんが持つお金で、自分の会社の経営を立て直そうと。そして勝彦は、財閥を取り仕切る傍ら、お父さんの仕事まで受け持つようになっていた。
その頃、よくお父さんがお母さんに話していたのを覚えてる。は何か仕出かす気でいるって。
私も小さいながらに、家の中で起こっていることがなんとなく理解できていた。
そして、私の5歳の誕生日。その事件は起こる。
「神崎義男さんですね?」
「え?」
「横領の容疑で逮捕する!」
家族3人でささやかなパーティーを開いてる最中、警察官が何人も入ってきてお父さんを連れて行ってしまった。
横領といわれても、誰一人としてそんなことした覚えはなく、なによりお父さんはそんなことする人じゃないことは、家族である私たちが十分知っていた。
それなのに、裁判の結果は有罪。会社はあっけなく倒産して、お父さんは獄中で自殺した。
路頭に迷っている私とお母さんの目の前に現れたのは、しばらく顔を見せていなかった勝彦。そいつはお母さんにこういった。
「私と再婚しましょう。そうしたら、あなたたち二人の面倒を一切、私が預かります」
昔のよしみですからね、とそいつはいかにも善人面でお母さんに言い寄った。正直、お金にも生活にも困っていた私たちは、たとえ何か裏があるとわかっていても勝彦にすがるしかなかった。
こうして、お母さんは再婚。私の苗字はになる。
今までよりもっと大きな家に住むことができた。高級住宅街の中、私たちの家は光り輝いていたけど、中身はまるで作り合わせの家族。冷たい雰囲気が漂っている。
そんなある日。私は父親と会社の重役が話しているのを聞いてしまった。
「どうですか、新しい奥さんとお子さんの様子は」
「ハハっ!何も知らずに暮らしているよ。本当にのんきな奴らだ」
「そうですか。まったく、会社のために再婚してやったにも関わらず・・・」
「その通りだよ。所詮俺の目的は神崎の金とその娘だけだ」
「でもそのおかげで、様の会社も立ち直ったことですし、結果オーライというわけですね」
「そういうわけだな!アハハハハ!!」
信じられなかった。こいつは自分の会社を立て直すために、お父さんを嘘の罪をかぶせて自殺までさせ、お母さんと再婚することで私たちのお金を得た。そして、そのお金で自分の会社を立て直した。
しかもそれには、私も一枚噛んでいるらしい。私がいるから、お母さんと結婚した?なんで、どうして。
私はこのことをお母さんに話そうとした。だけど、翌日。私は父親とお母さんに呼び出される。
一瞬昨日聞いていたことがばれたのかと思ったけど、実際にはそうじゃなかった。
「。少し、気の早い話になると思うのだけど・・・あなたに財閥の跡取りになってほしいのよ」
「残念なことに私とお母さんの間には子どもができなくてね。この際、にも今から英才教育を受けて、私の後を引き継いで欲しいんだ」
いや。やめて。私をあんたの娘みたいに呼ばないで。お母さんを自分の妻みたいに呼ばないで。
これが、父親の目的。子どもがいない代わりに私を跡取りにさせる気でいたんだ。
私はお母さんに目で訴えた。こいつは私たちを利用しているだけなんだと。このままでは、家族が壊れてしまうことを、なんとか伝えようとした。
だけどお母さんは、私の目を見ようとはしない。そして、お母さんは言った。
「、お父さんの言うことを聞きなさい」
そのとき、幼い私の中で全てが崩れ去った。お母さんは全部理解した上で、こいつと結婚したんだ。優しかったお父さんを裏切ってまで、優雅な生活を望んだんだ。娘である私すら見捨てて。
結局、私一人が夢を見ていただけだった。大人は汚く、浅はかなもの。その点で、私はまだ子どもだった。
その日を境に、私の家は地獄へと変わる。毎日英才教育や礼儀作法を学ばされ、何事にも常に1番であれという父親の教育方針を叩きつけられた。
学校でのテストの点は100点じゃないと殴られる。スポーツだってこなせるようにと、武術も習わされた。
一日中無理難題を押し付けられて、できなければ殴られ、蹴られ、自分の時間さえ与えられない。
食事もテストの点しだいで与えられていたから、ひどいときは1週間も食べられないことすらあった。
その所為で学校でも勉強しなくてはならなくなり、友達も次第に減っていって孤立していった。
生きるため、食べるため、殴られないためには、何を犠牲にしても1番になってみせろ。それが父親の口癖だった。
やがて感情浮かばなくなって、気が付けばまったく笑わない子になる。何年も何年も、そんな毎日が続いた。
私が大きくなるにつれ、父親は何もなくても私に虐待をするようになっていく。その現実から目を背けて、私の唯一の肉親であるお母さんはめったに家にはいなかった。
誰も助けてくれない、一人で生きていくしかない。もうこの家に、私の居場所なんてなかった。
そして、小学校高学年になったとき、学校中である噂が持ち上がる。「の本当の父親は悪いことをして逮捕された」と。
その所為で、私はもっと孤立していった。陰口をささやかれ、いじめも受けた。もともと暗い性格になったうえに、父親が前科持ちなんて、子どもにとってはいじめの最大の的だ。
中学校はみんなとは違う少し遠いところに通うことになった。そこでも、噂って言うのはすごいもんで、あっという間に広がっていった。
だけど、そこでに出会った。始めはいつもひっついてくるに戸惑いを感じていたけど、しだいにそれも薄れて、私はまたもとの笑顔を取り戻せるようになった。
はわたしの恩人。私たちは親友となった。だけど、本当のことは話せなかった。話したら、また離れて言っちゃうんじゃないかって。それが何より怖かった。
そんなある日、と遊んでいて帰りが遅くなった私を父親がいつも以上に虐待した。
このままでは殺される。とっさに思った私は母親の制止を振り切って、の家に駆け込んだ。外は雨が降っていて傷が痛んだけど、そのときは殺される恐怖のほうがひしひしと伝わっていた。
「!?どうしたの、その傷!」
「・・・・」
の家で手当てをしてもらった私は、落ち着いたところでに全てを話した。何も隠さず、隅から隅まで全部。
覚悟はしていた。他の人たちのように、離れていってしまうことを。だけどがとった行動は、私の予想をことごとく裏切ってくれた。
「そっか。つらかったね・・・」
は、泣きながら私を抱きしめた。なにがどうなっているのかわからなかったけど、優しく抱きしめられていること、が私のために泣いてくれていることがわかったら、私も自然と涙が溢れた。
初めてだった。自分のために泣いてくれる友達をもったのは。自分を拒絶しないで、全て受け止めてくれる人は。
それが何より、一番嬉しかった。
その日、私たちは本当の親友になった。何があっても一緒にいられる、大事な親友。全てを受け止めてくれた、たった一人の人。それが、。
「まぁ、こんな感じ。以上!私の過去ととのラブラブ話でした」
話をしたのは久しぶり、というか以外にこのことを話したのは初めてだった。光宏は話の最中、何度も頷いて、真剣に聞いてくれた。
そして、時々すごくつらそうな顔をしながら。
当たり前だよね、こんなこと14歳の子どもが体験することじゃないもん。普通は。
話し終わったあと、光宏は少し目を伏せる。その様子を黙ってみていると、光宏はすっと顔を上げて、私の頭に優しく手を置いた。
「ごめんな、つらい話させて・・・」
頭を撫でられて、顔が少し赤くなる。恥ずかしくて、何も言えなかった。
「よく、頑張ったな・・・」
光宏の言葉が胸にしみた。その瞬間、今まで溜め込んできた涙が一気に流れ出す。
この人も受け入れてくれた。やっぱり、私の居場所はここでいいんだ。
本音は、受け入れてくれなかったらという不安で一杯だった。だけど、光宏は私の話を聞いて、しっかり理解してくれて、私を励ましてくれる。
これ以上の幸せ、どこにある?
「ありがと、光宏・・・」
涙を浮かべながらそう笑って言った私に、光宏も笑いかけてくれた。
「なぁ、。俺お前の話聞いてて、一つ思ったことがあるんだ・・」
「なに?」
光宏はふっと息を吐いてから、私の目を見据えた。そして、静かに口を開く。
「帰ったほうが・・いいんじゃないか?」
「え?」
言っている意味が良く理解できなかった。帰ったほうがいいっていうのは、ここへは住まないであの家へ帰れってこと?
「どういう意味・・・?」
「別にがいるのが嫌だっていうわけじゃなくて・・・その、俺達がさ」
少し下を向いて、光宏は悲しそうな顔をする。光宏が私の話を黙って聞いてくれていたように、私も黙って光宏の言葉を待った。
「俺達は、Dispar of nightmareで帰る家を失った。だから正直、やみたいに、家族がいるっていうことが、すっごくうらやましいんだ」
私は有紀から聞いたDispar of nightmareの話を思い出す。この世界には何も残っていない。当然失ったのは、友達だけでなく、大事な家族も。
そう考えると、私はとても贅沢なことを言ってるんだと思った。光宏たちは戻りたくても戻れないのに、私は・・・。
「の家がすごくひどいところだっていうのもわかってる。だけど、お母さんもいるんだろ?」
静かに頷いた私をみて、光宏は私の肩に手を置いた。
「なら、やっぱり戻ったほうがいい。ここにはいつでも来ていいんだし、辛くなったら俺達が力になるからさ」
「光宏・・・」
「たとえ出来損ないの家族でも、ないよりはあったほうが、いいと思うんだ・・・」
そうか、私の居場所は一つじゃない。二つあってもいいんだよね。
今の私は昔みたいに一人じゃないから。も光宏も、W・Mのみんなもいてくれる。困ったときは私を支えてくれる大切な人たちが、たくさんいる。
だから私は・・・・。
「わかった。私、向こうの世界に戻るよ」
「うん、そっか!」
太陽みたいな笑顔を向けてくれる光宏に、私も笑顔で答えた。
ありがとう、光宏。もうちょっとで私は、大切なものを見失うことだった。
お母さんを救えるのは私しかいない。だから、私は向こうの家で戦ってみせる。あの父親に勝てるように、頑張ってみせる。
だからもし、疲れたときはまた話聞いてね?みんな。
「はい、そこまで。ね?だから言ったでしょ、西園寺さんのところには行かなくてもいいって」
「へぇ〜すごかぁ、。んこつならなんでもわかってしまうんやね!」
「いきなり西園寺さんのとこばいかんなんて言いよって、何かと思えばこのことやったとね」
突然、壁の隙間から西園寺さんのところに行ったはずの3人が飛び出てきた。
はやっぱりと言った風に私をみて、肩に手をかける。
「あの家、戻るんでしょ?」
「うん、そうする」
「やっぱりこうなると思ってたわ。、えらい!」
「へへっ!なんか照れちゃうな・・・」
「悪か、。話ば聞いてしまったと・・・」
「あ、大丈夫ですよ。いずれはみんなに話そうと思ってたことだから」
カズさんが申し訳なさそうに言っていたら、昭栄までシュンとしてしまった。本当にこの二人はよく似てる。
この二人も、や光宏と同じように私を受け入れてくれた。嬉しすぎて、また涙が溢れそうになるのを必死で押さえる。
そうしてしばらく、5人で話していると、黒川くんが現れた。
「あ、ここにいたのか。みんな、集合かかってるぜ」
「集合?なんで?」
「知らねぇ。至急会議室に集まれだと。ヘッド自らの呼び出しらしいぜ」
西園寺さんからの?なんだろう。こんなこと初めてだ。
とりあえず私たちは、黒川くんに続いて会議室へと向かう。
そのときの私たちは、これが悪夢のお告げになることなんて、想像もしていなかった。
現実世界。高級住宅街の一角に聳え立つ豪邸の前に、翼と設楽は立っていた。
大きくても冷たい雰囲気が漂うこの家には、どこかB・Tと同じ感じがしている。
二人は静かにほくそ笑んで、インターホンを押した。
「はい」
中から出てきたのは小柄な女性。おそらくメイドだろう。翼はにっこりと微笑んで、こう言った。
「こんにちは。僕、さんの友達なんですが、今日はお母様に用があって参りました」
こんな笑顔、B・Tないじゃ見せたことないのに、すげぇな。と設楽は心の中で思っていた。それと同時にちょっと恐怖を覚える。よくこんなにころころ表情変えられる。
「奥様ですね。少々お待ちください」
メイドは中に入っていった。そこで翼はもとの顔に戻る。
「お前、その笑顔なんか怖ぇぞ」
「そりゃどうも」
本人も疲れているらしい。そりゃ、親にも見せないような顔してりゃ疲れるわな。
「お待たせしました。なにか御用かしら?」
出てきたのは気品の溢れるいかにも奥様って感じの女性。どうやらこの人が白月の姫の母親。
その顔は疲れていて、顔色が悪い。母親は翼たちを不思議そうな目で見ている。
設楽はその母親に少し笑ってこう言った。
「さんのお母様ですね?」
「はい、そうですけど・・・」
その手に黒涙を浮かべ、設楽が微笑んだとき。母親はやっと危険を察知して、家の中に入ろうとした。
そこを翼がすばやく押さえ、設楽はゆっくりと母親に黒涙を近づけていく。
「あなたにも、協力してもらいますよ。この世界のためにね・・・」
母親は気絶し、翼たちは笑いながらその場を後にした。
「さぁ、準備は整った」
翼はそう言ってほくそ笑む。設楽もそれに続いて、もとの世界へと戻っていった。
「世界崩壊の始まりだ・・・」
その声は夜空に響いて消える。
白い月が世界を照らし、そして包んでいた。


